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エリアスがセブリアン伯の夜会会場に到着すると、使用人に声を掛ける間もなくアルフレドがやって来た。
「君が来たのはすぐにわかったよ」
「そう?」
「招待客がどよめいたからね。早速だが家族を紹介させてくれ」
以前、夜会で会った際、人目が煩わしいと言ったのを覚えているのだろう。早々に義務を果たすべく案内を務めてくれた。
「盛況だな」
「爺さん目当てだな。ルシエンテス侯爵とどっこいどっこいの珍しい夜会出席だから」
夜会は主催者の権勢を誇示する場でもある。招待客の顔ぶれひとつとっても評価が左右される。有名人や人気者の出席は主催者の株を上げる。セブリアン伯が躍起になって前当主を出席させようというのもこういった理由がある。なにかと話題に上るエリアスの出席を要求されたのは渡りに船というものだろう。
「ルシエンテス侯、こちらが父セブリアン伯ディマス、長兄エミリオ、次兄イラリオにございます。そして、そちらが祖父ロランドです」
アルフレドはかしこまって紹介した。
「はじめまして。お招きに預かり光栄です」
エリアスは儀礼的な笑みを浮かべて挨拶をした。
「セブリアン伯、こちらがルシエンテス侯爵です」
アルフレドの父兄は茫然と棒立ちになった。彼らを押しのけるようにしてロランドが両手を広げて歓迎の意を表する。
「おお、噂に聞きしに勝る麗しさですな! いやはや、見舞金や人手を出して下さり、深謝します。送っていただいた鋤は素晴らしい逸品ですなあ。すっかり気に入りました」
アルフレドの祖父はひと言で言うと大男だった。アルフレドと似た茶色の癖っ毛で、筋骨隆々であるのがコートを着ていてなお分かる。かっちりと首元を覆おうクラバットが窮屈そうである。膝丈の下衣はゆったりしているはずなのに、盛り上がり、靴下もぴっちりしている。だが、ぜい肉はなく、非常に頑強だ。
アルフレドも見事な体躯をしているが、ロランドはそれ以上だった。この年齢からしてみれば、驚異的である。
「お役に立てたようでなによりです。わたしも噂はかねがね。お会いしたいと思っておりましたので、ご招待いただきまかりこしました」
そのまま、ふたりはぶどう畑の具合を話し込み始めた。
「アルフレド卿の話では根に寄生するとか。どれが虫付きなのかそうでないのかを調べるだけでも途方もないことですね」
「そうです。ただ、やらねばならんことで」
「もちろんです。事はセブリアン伯領だけでなく、我が国全体の問題となる可能性もあります。わたしも及ばずながら解決に向けて微力を尽くします」
だから、金銭や人手を出すことに関して負担に感じることはないと言外に告げた。
「おお、なんと慈悲深く広い視野をお持ちの方だ!」
虫には領地の境など関係ない。セブリアン伯領で広がった後、他領にも及ぶ可能性はある。そのことを農業従事者でないエリアスが理解を示したことにロランドは感動した。
分厚い掌でエリアスの肩を叩こうとし、その華奢さに気づいて咄嗟に孫の背を叩いた。アルフレドは機敏に察知して、す、と一歩引いたので、エミリオが餌食となった。よろけてあわや膝をつきそうになっている。
「お、お爺様、なにをなさるんですか」
「おお、済まん済まん」
大して悪いと思っていないことが丸わかりの口先だけの謝罪をする。
ようやく話題が途切れたとばかりにセブリアン伯がエリアスに話しかける。
「今日は抑えた色味の大人しやかな装いですな」
貴族間では男性も女性に負けず、豪華な色味の装いをする。
エリアスのコートとウエストコートは深みのある青い生地に浮き立つモワレが艶を出し、金糸のブレードとタッセル付きフロッグで飾られており、シャンデリアの灯りに豪奢に光る。黄色の膝丈の下衣は白の草花模様を織り込み、上品さを醸している。
男性の衣装は長らく大きな変化が起きていない。それでも、エリアスが身に着けている服は流行の華美なものではなく、落ち着いた中にも金糸で存在感を示していた。また、生地ひとつとっても得も言われぬ美しい上質のものである。そして、草花の織物模様は遠い他国の神秘的な雰囲気が品よく現れていた。
「前セブリアン伯に敬意を表しまして」
「老人の目に優しい色味で来てくださったのか」
エリアスの返答に、横から当のロランドが呵々大笑する。
「ご覧になって、あの生地の美しさ」
「織物の模様も素晴らしい。さり気なく最先端のものを取り入れておいでだ」
「着ていらっしゃる侯爵様の美しさにはどんな服も敵いませんわ」
噂のルシエンテス侯爵は注目の的である。衣装も見識がある者にはその価値が分かる。そんな話声が聞こえてきたセブリアン伯とその息子ふたりは自分たちの手柄のように誇らしげにした。
そして、アルフレドの祖父もここぞとばかりに旧交を温めようという者たちから声が掛けられた。
「ロランド卿、久しいですな!」
「おお、男爵、お元気そうでなにより」
「君よりも元気な者は見たことがないですがね」
「違いない!」
アルフレドの祖父や夜会主催者と挨拶を交わし、まずはひと段落ついたエリアスは周囲を見渡した。領内での生産も商取引も成功を収めているセブリアン伯はその財力を示して盛大な飾り付け、飲食を用意していた。もちろん、出されるのはセブリアン・ワインである。旧来の顧客はもちろん、新規顧客獲得のためにも上質のものを出しているだろう。
「あれが祖母だ」
囁くアルフレドが指し示す方を見れば、当主であるセブリアン伯というよりもその父親であるロランドの傍に別の小集団が位置していた。その中心にいる女性がアルフレドの祖母だろう。
アルフレドは自身の祖母が祖父をどれほど思っても、自分の熱量とは同等のものが返ってこず、嫉妬に狂い、子供の教育、特に長男には偏った教育を施したと評したことがある。その祖父と同じ仕事をして行動を共にするアルフレドに嫉妬し、目の敵にされていると話していた。
「祖父が出席するなら祖母も必ず来るだろう。だから、夜会はひと波乱あるだろうな」と疲れた顔をしていた。
その意味が今、よく分かる。
セブリアン前当主夫人ミランダは黄金に輝く豪奢なドレスに身を包み、多くの招待客に囲まれて笑い声を上げていた。胸部を覆うストマッカー、ガウン、ペティコート(スカート)すべてに金糸やレースがふんだんに使われており、動くたびにシャンデリアの灯りに光がさざめくようだ。黄金は富と権勢の象徴だ。それをこれでもかと用いている。流行のふんわりと膨らませたスカートは堂々とした前伯爵夫人をより大きく見せていた。
ひ孫を持とうかという年齢の女性であっても、最先端のドレスに身を包んでいる。しかし、それを向ける相手がアルフレドの祖父だ。ぶどう柄でも取り入れた方がよほど気が引けそうだ。
「いや、そんなことをしてみろ。ドレスに関心を奪われる」
「そうか。自身を見てほしいのだものな」
だとしても、その年齢にしては豪奢すぎる装いだった。
「シャンデリアよりも明るいんじゃないか? 直視したら目が潰れそうだ」
「ザクロやカーネーションなどの植物柄は隣国の宮廷の流行の様式だよ」
噴き出しそうになるのを堪えて、エリアスは解説する。
「ルシエンテス侯は他国の物品にもお詳しいのですな」
アルフレドの次兄イラリオがすかさず口を挟む。
「事業で取り扱っておりますので自然と学びました」
「そうですか。我がアランバルリ国の富裕な者も好みますからな」
流れに乗り遅れてはならじと長兄エミリオもしたり顔で言う。
「他国の商品は異国情緒を味わえるまたとないものですので」
大海を経て遠方からもたらされる物品は貴族や商人たちがこぞって手に入れたがった。エリアスはそういった交易を広く行っていた。それを支えるだけの準備を整えていた。
「それを大量に持ち運べるだけの船がいりますな」
「ルシエンテス侯爵領の造船技術は素晴らしいと聞きます」
「良い鉱山をいくつもお持ちだとか」
セブリアン伯が言えば、エミリオやイラリオがおもねるようにエリアスを見やる。
エリアスは唇の両端を吊り上げて答えに代えた。
それだけではない。技術や材料だけでなく、航海の知識や技術も必要になって来る。難破すれば大打撃が待ち受けている。けれど、船が戻ってくれば莫大な富を得る。ある意味、博打のようなものだった。エリアスは勘や運に頼らず、可能な限り帰船できる条件を整えた。だからこそ、リスクはどの商人よりも低い。
「君に出す茶は我が領が最近造った高速船で取り寄せているものだよ」
父兄が話し始めてからは口を噤んでいたアルフレドに顔を向ける。
「ああ、珍しいものだと言っていたなあ」
エリアスは用意周到だから、仕入れた商品を自身でも味を確かめているのだろうとばかり思っていたと続ける。
「お前には味の違いは分からんだろうな。せっかく希少なものを出して下さっているというのに」
「猫に小判、豚に真珠とはこのことよ」
兄ふたりが弟を酷評する。
エリアスは内心、呆れた。アルフレドは幼少のころから領地を巡ってワインの味を吟味して来た。それこそ、原材料であるぶどうの様々な品種の味を確かめてきた。僅かな酸味、渋みの違いがどう作用するかを熟知している。ひとつの分野で国外に知れ渡るほど成功している。そんな者に対して、流行品に多少疎いからといって、よくも悪しざまに言えるものである。
「毎回、友人を驚かせることができて、こちらも楽しませていただいていますよ。船が着いて新しい商品を手にするたび心が弾みます」
「うちの愚弟にそこまで」
「お心遣い、感謝します」
弟を気遣ってくれて嬉しいというよりも、セブリアン伯爵家の身内に気をかけてくれたことが好ましいという態だ。
「ルシエンテス侯爵は広く事業を行われているとか。我が領ともぜひお付き合い願いたいものですな」
「セブリアン伯爵領ではワインだけではなく牧畜も盛んですね。やはり牧草が良いと良い家畜が育つのでしょうか。羊毛も品質が良いと伺っています。ぜひ取り扱いたいものですね」
そこでルシエンテス侯爵領に羊毛を売り、そこで加工された毛織物が輸出されるという仕組みの骨子が話し合われた。
「良いのか?」
アルフレドが前のめりになる父兄に聞こえないように囁く。
「ああ。セブリアン伯領の羊毛は高品質だ。うちの工業地帯に持っていけば良い商品を作り出すだろう」
それぞれ得意分野を担うというのだ。
「ワイン事業とは独立した事業でしてな」
定期購入しているワインの購入代と相殺することはできないと言うセブリアン伯にアルフレドが口を挟もうとしたが、エリアスはやんわりと押しとどめた。
「構わないよ。羊毛を取り扱うのも試みだから、今後取引量の増減があるかもしれないしね」
セブリアン伯爵家一族の中でも突出しているワイン事業に対抗意識を燃やすセブリアン伯は大口取引きにこぎつけた気持ちでいたところへ、水を差された。
給仕が配るワイングラスを受け取ることで、他の招待客の相手をし始めた父兄から少し距離を取ったアルフレドはため息をついた。
「もとはと言えば、ぶどうを育てるのも牧畜を飼うのも同一のものだったんだ」
アルフレドから受け取ったワインは想像通り素晴らしい味わいだった。このワインを飲みにやって来たと思えば労はない。
「事業が大きくなれば、各部門に分けるのは自然ななりゆきだろう」
そう言いつつも、エリアスはアルフレドが言わんとしていることも分かった。同じ領内で農業や牧畜業といった切り離し難い業種であるのに、張り合うことが滑稽なのだ。
「祖母の怨念が祟っているんだ」
言って、アルフレドはワイングラスを空にした。さり気なく、同じワインをルシエンテス侯爵家への定期購入品に入れていると告げる。人が良さそうでいて抜かりがない男だ。
「ご存命だろう」
「生霊というのは恐ろしいものなのだぞ」
エリアスと知り合ってから様々に調べているらしいアルフレドが真面目くさった顔をする。
「そうだな。幽霊よりもよほど生きた人間の方が怖い」
とうとう、エリアスとおじいちゃんが会うことになりました。
今のところ、まだアルフレドは無事な様子。
ただし、夜会が終わったら大変でしょうね。
なんだかんだ言って切り抜けるのが上手そうです。




