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3-1

 

 セブリアン伯爵領は世界でも有数の山脈に近接する、清涼な気候の地域だ。主に農業や酪農業に適した地形を有していた。そのため、ワイン、チーズ、バター、ライ麦、小麦、果実といったものを生産し市場に出している。特にワインはセブリアン・ワインというブランド名で国外にも浸透しつつある。


 農場では多く、牛、山羊、羊、豚、鶏といった家畜を飼育していた。

 作物の生育に適した環境というのは良質な牧草ができる土壌でもあるということだ。大麦と小麦を作る合間にクローバーやカブを作ることによって家畜の飼料を作り、飼育に充てた。


 人口増加は食料を要した。セブリアン伯領の生産物は財を成した。

 どんな時も順調一辺倒できたわけではない。

 なにかしらの出来事が発生し、知恵を絞って、あるいは縮こまってやり過ごして、乗り越えてきた。


 今、セブリアン伯領の広大なぶどう畑では害虫が発生していた。

 爪の先ほどの小さな虫で、ぶどうの樹の根や葉から樹液を吸う。どうしてだか、それでコブができる。どうもそれがぶどうの樹の生育を阻害して枯らしてしまうようだ。


 土を掘り返し、紡錘形にふくれた細根を観察しながら祖父が唸る。

「この状態では養水分の吸収ができなくなるな」

「このままでは樹自体が衰弱してしまう」

 アルフレドも歯噛みする。


 あちこちで開花不良や葉焼け、葉色の減退といった症状の兆候が見えてきている。

 葉に茶色のぽつぽつができているのは発見しやすいが、根となったら土に隠れているのでお手上げだ。


「ここでなんとかしておかんと、広まってからでは遅いぞ」

「早い段階で気づけて良かったというべきか」

 それでも、この広大な土地のぶどうの樹全ての根を掘り起こして見て回るとなると大変だ。

 農家の者に事情を説明してランダムに掘り起こし、見つけたら駆除するしかない。

「気の遠くなる作業ですね」

「それでも、やらねばならん」

 流石に長年生きて来た中で様々なことがあった祖父はへこたれない。アルフレドも力強く頷いた。全体的に広がってしまう前に食い止めなければならない。


「葉はともかく、根に寄生されると厄介ですね」

「うむ。分かりにくいからな」

 ここでエリアスが送ってくれた人手が役に立った。人海戦術でそっと土を掘り返しては駆除していくということをひたすら繰り返す。

「む。ここにはいないな」

「良かった。念のため、二、三見て———ああ、大丈夫そうです。では、その手前までですね。後は農場の人とルシエンテス侯爵が送ってくれた人材とに任せて、俺たちは被害がどこまで及んでいるかの把握を優先しましょう」

「そうだな」


 腰が曲がりそうに痛むが、祖父は元気なものだ。エリアスが送ってくれた物品の中から掴みだした鍬を担いでのっしのっしと歩いて行く。当面の食糧と共に送ってくれた人員が生活する日用品の他、農具や綱に荷車といった様々な物を用意してくれた。その中でも、祖父は今持っている鍬を気に入った様子だ。雨漏りする屋根の下で生活して来たから、テント暮らしでも不平不満はないという連中は、荒々しいが、それだけに、修羅場をくぐって来た祖父の言葉に従う。


 アルフレドは集まった人々に指示を出した後、追いかける。途方もない作業だが、それでもなんとか持ちこたえられていることに感謝した。そうする術を与えてくれたエリアスにも。




 そのころは目まぐるしく時が過ぎていき、家門の血筋ではない子供を身ごもった妻に、とうとう堪忍袋の緒が切れた祖父と父の強い要請によって妻と離縁した。

 自分でも情けないことだが、自領のぶどう畑で起きた害虫駆除で奔走していたし、エアリスの安全を脅かす者たちの動向を探ることに追われていた。そんな状態だから妻の奔放を放置してしまっていたアルフレドにもそれなりに責任はあると思う。


「こんな時に夫を支えるどころか、不始末をしでかしおって!」

 怒り心頭の祖父をなだめすかすのも慣れたものだ。手切れ金を渡す時に、いつごろぶりかで妻の顔を見た。自分よりもよほど元気そうである。諸々の手続きのために王都に滞在していると、ちょうど良いとばかりにセブリアン伯爵家のタウンハウスに呼び出された。


 父はアルフレドの顔を見るや否や言う。

「今度、セブリアン伯爵家主催の夜会を開く」

 祖父と同じくこんな時にか、という感想が浮かんだが呑み込んだ。今やセブリアン伯爵家で最も富を生むワイン製造の根幹が脅かされようという事態が起きているというのに、父ディマスは様子を尋ねることすらしなかった。

 祖父とアルフレドが事業責任者なのだから、自分には関係ないというのだろうか。


 元々、貴族は労働をしない。だが、そんなものは目まぐるしく変化しつつある現実世界ではカビの生えた価値観でしかない。技術向上により多くの物が作られ他国との取引きも盛んだ。それらをただぼんやり見ているだけで、自分たちはその旨味を味わえると思っている。少なくとも、部下に指示しなければならない。最低限、方針を決める必要がある。なのに、「良きに計らえ」で万事済むと思っている。そのうち、事業や家を乗っ取られるかもしれないなどとは一変も危惧しない。労働や金を稼ぐことは他人が行うことという認識しかないなのだ。


「それで、父上にも出席してもらいたい。もちろん、お前にも」

 おまけで付け加えられたが、アルフレドが参加しないという選択肢を父は取れないだろう。なにしろ、祖父を出席させるのなら、お目付け役として必要不可欠となる。

 異例ではあるが、存命中に爵位を息子に譲ったセブリアン前当主は交友関係が広く、社交界で強い影響力を持っていた。父からしたら目の上のたん瘤だろう。

 だが、父の苦虫を嚙み潰したような表情はそれが原因ではなかった。


「それでだ、父上は出席される条件を出された」

「条件?」

 父が不承不承話した事柄に、アルフレドもまた苦い顔つきになった。


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