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2-5

 



「それで、テルセロは夜会から帰って素っ気ないのを通り越して冷淡な妻の態度に、肚を決めたんだそうだよ。侯爵の言っていた通りだ。切り捨てるなら、一刻も早い方が良い。これで妻が激高して出て行くのなら、ちょうど良いではないかってね」


 王都のタウンハウスにいてはルシエンテス侯爵に紹介を、と押しかけて来る者が多くて、アルフレドはその侯爵の館に逃げ込んだ。悪びれなく笑いながらそう話す姿は、随分この館に馴染んでいる。それが不思議にも当然の事にも思われた。

「ここが一番、誰も追いかけて来ない」

「それは、迷惑をかけたな」

「現在進行形だぞ。かけている、だ」


「それで? テルセロは決めかねていたように見えたが、随分思い切りが良いじゃないか。妻と破局したのか?」

 話の続きを促すことで自分への矛先を逸らした。そうと知っているだろうに、アルフレドはこだわらずに続けた。


「ああ。そのせいでしばらくばたばたしていて夜会に参加できなかったそうだ。先日、偶然街中で会ってね。先だっての夜会よりはよほど顔色が良かったよ。侯爵によろしく、だってさ」

 夜会の後にアルフレドの友人たちの間でテルセロの話題が上がった時には離婚のことに触れられ、気まずげになるのだという。


 歯に衣着せぬルシエンテス侯爵を悪く言う者もいただろう。アルフレドはそんなことはおくびにも出さず、テルセロは件の隣国の商人とは元々縁を切ったそうだと続ける。

「侯爵のお陰で早めに行動することができたのだと感謝していたよ」

「それは重畳。ビジネスで有能な者がプライベートでも有能とは限らない。彼は稀有な才能の持ち主のようだね」

 エリアスがそう言うと、友人を褒められたアルフレドが嬉しそうに笑みを浮かべる。そのすぐ後に自嘲の苦い笑みに取って代わられた。


 エリアスは秘密を抱えることから、交友関係には慎重になる。当然、最近友誼を結ぶに至ったアルフレドに関しても調べている。アルフレドは妻帯しているものの、夫婦仲は良いとは言えない。貴族の結婚は契約であり、家同士の結びつきだとはいえ、夫人が奔放で、そこから逃げるようにしてワイン製造の事業に没頭している向きもあった。

 デリケートな問題に口を出すことは憚られた。


 ついでに言えば、テルセロが新たに起こそうという事業にも問題がないではないが、それも口を噤んでいた。

 テルセロが手掛けるのは後世に問屋制家内工業と称されるものである。エリアスはその慧眼から、いずれ小生産者らが原材料を着服するようになるといった問題が発生するであろうことを予見していた。しかし、事業にはリスクはつきものであり、全てが完璧に上手くいくことはないと知っている。多少の瑕疵に目をつぶる寛容さも事業を起こすことには必要である。そういったことをカバーする利益を出してこそ、成功したとも言える。

 純粋に友の幸先を寿ぐアルフレドに余計なことを言って、水を差すこともあるまいと黙っておくことにした。


「改めて、友の新しい門出に乾杯しょうか」

 後に、クライフという商人は不正が明るみに出て捕縛され、裁判にかけられるが、それはまた別の話だ。

 エリアスは宣言通り、テルセロの新しい出資者となった。契約は上手くいっている。


 アルフレドはワイン製造で成人しないころからあちこちの農家を回り、試飲をしているから相当酒には強い。同じペースで飲めば潰れるのはエリアスだ。

 酩酊を感じながらエリアスは切り出した。

「ところで、以前、わたしを襲った者だが、」

 アルフレドがワイングラスをテーブルに置き、真っすぐエリアスを見つめた。真面目である。エリアスは容姿が整っているからか、その高位爵位からか、虚勢を張られることが多い。礼儀に紛れさせ、対抗や服従、妬みといったものを向けられる。相手の独り相撲だが、人に接する機会がなく、耐性に乏しいエリアスには常にそういうものだといい加減うんざりする。アルフレドはそういうこととは無縁なので居心地が良い。


 美しさで圧倒されるので自身を保たなければならない、というとんでもない現象が起きるのだということは後々にそのアルフレドに聞いて、呆れたものだ。

「君は耐性があるのか?」

「ひい爺さんがとんでもない美形だったからな。あと、爺さんもそこまでじゃないが、美形だ」

 アルフレドは色恋沙汰の騒動で散々な目に遭ったと言いながら昔を懐かしむ表情をする。

「君の叔母上は社交界の花として名を馳せたそうだな」

「叔母上にはよくしてもらっているよ。爺さんの面倒を見ている俺を憐れんでいるからな」

 声を上げて笑ったものだ。アルフレドといるとよくそんな風になる。


 さて、大やけどを負った襲撃者はなんとか回復して尋問に当たろうとした矢先、獄中で死亡しているのを発見された。

「口封じか?」

 破天荒な祖父の尻ぬぐいや事業のことで奔走するので、荒事にも慣れているらしいアルフレドがすぐに察した。

「ああ。トカゲのしっぽ切だな。これで黒幕の名は明るみに出ない」

「危ないことはするなよ?」

 エリアスが用意周到に事が起きる前に十全に調べるという手法を取ることを知るアルフレドが注視する。即答を避けてワイングラスにワインを注ごうとすると、アルフレドが先んじた。エリアスとアルフレドのグラスに注ぐ。非常に慣れ親しんだ仕草だ。そして、その間に考えをまとめたらしい。


「俺の方で調べるよ」

「君が?」

「ああ。ルシエンテス侯爵に関わる者が動けば、相手に警戒されるだろう?」

 アルフレドはやはり頭の回転が速い。

「その通りだ。しかし、君を巻き込むわけにはいかない」

「そちらはどうにでもなる。爺さんのコネを使うから」

「セブリアン前当主の? なおさら、ご迷惑をおかけするのは心苦しいな」

 既にエリアスがアルフレドと親交があるということは周知だろう。となれば、セブリアン伯の関係者も警戒されるだろう。そして、それはアルフレドも分かっている様子だ。


「爺さんはあちこちに伝手があるから、心配するな」

 普段から散々迷惑を掛けられている祖父はこういう時に自分を利用するのには躊躇はないという。

「むしろ、さっさと使えと言われる」

 苦笑というには苦味の乏しい笑顔に、強い信頼関係を見て、羨ましく思った。


「君には世話ばかりかけるな」

「そう思うならまた夜会に顔を出してくれ」

「そんなに方々から人嫌いのルシエンテス侯爵のことを聞かれるのかい?」

「顔を見たら開口一番だ」

「向こうから寄ってきてくれるなら、ここぞとばかりに取引きの話を持ち出せばよい」

「もうやっている」

 抜け目がない。エリアスは笑った。

 ほら、心から楽しい。アルフレドはおもねったりなにかを得ようとするだけではなく、与えてくれる。そう、アルフレドはちゃんとエリアスとの面談で得るものを得ている。だからこそ、付き合いやすい。


 後に、執事にも調査能力のある者は貴重だと諭され、正式な依頼を行った。同時に、ワインの定期購入者として、その事業に出資することにした。



国王陛下にもあんな調子のおじいちゃんです。

どんな高位貴族にも圧倒されません。

当時はインターネットどころか電話もない時代で、

コネ、伝手というものは大きな役割を果たしました。


・・・この話って主人公が最強じゃなくて、

おじいちゃんかひいおばあちゃんがチートなんじゃ———気のせいですね、うん。

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