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※夜会の続きです。
エリアスは公爵主催の夜会でアルフレドの友人や知人たちと話すことで刺激を受けた。いずれも才気煥発で才能豊かな者たちだ。未熟な考えや見通しの甘い部分もあったが、なにかを成し遂げようというエネルギーは貴族特有の停滞や退廃とは無縁で心地良い。
ルシエンテス侯爵領はセブリアン伯爵領と異なり、鉱物資源を豊かに持つので工業地帯が発達している。学者たちを広く集め、研究を積み重ね、それを即座に製作、実用化させた。また、造船技術も高め、遠隔地貿易に乗り出し、穀物、材木、毛織物、鉱石、塩といった生活必需品の他、茶、胡椒、生姜、アーモンド、果実、絹、綿、絨毯などの奢侈品を取り扱った。投機的な取引きである。
エリアスがルシエンテス侯爵領の事業に関して指揮を執っていることが話しぶりから分かったらしく、それぞれがなにかしらの目的や理想を持って精力的に動くアルフレドの友人たちは彼の話を大きな興味を持って聞いた。
一旦軌道に乗ってしまえば、後はみな、エリアスの見識の高い意見が深みのある声で語られるのに傾注する。たまに、社交界に殆ど顔を出さないにもかかわらず多くの者に知られているという逆転現象が起きている侯爵の、噂にたがわぬ度肝を抜かれる美貌に惑わされ、とんちんかんなことを口走る者もいた。それにも冷淡に突っぱねたり嘲笑することなく受け答えし、あまりにもかけ離れた意見の場合は冗談を紛れ込ませる。
場は和み、アルフレドの友人たちも、案外話しやすいと思った様子だ。友人らの方から積極的に話しかけるようになった。その顔が赤らんでいるのが、酒のせいなのか、噂の佳人に会えたからなのか、不明だったけれど。
中には高揚が過ぎて、悪乗りする者も出てくる。
「そういえば、君、出資者を探していただろう? 侯爵様に願い出てみたら」
「いきなり不躾だろう。実績のほどもご存じないというのに」
アルフレドが口を挟む前に言われた当人であるテルセロがすぐに返した。
「構わないさ。君はアラニス男爵のご子息か。テルセロと呼んでも?」
「も、もちろんです」
「では、テルセロ卿」
テルセロはまだ爵位を継いでいないが、それに準ずる扱いがなされる。
「君の事業は興味深い。そして、各地域では農業を行うと同時に手工業も行っている。そこへ原材料を前貸しすることで加工を行わせる」
理路整然と話すエリアスの深みのある声は盛況な夜会にあってよく通るのは歯切れが良いせいだろうか。
「は、はい。よくご存じなのですね」
そこまで知っているということは調べたのだろうと察しをつけたテルセロはなにを言わんとするのかとやや緊張した面持ちだ。
「着眼点が良いね。君もアルフレドと同じように現地に足を運ぶのかい?」
テルセロの硬さを和らげようとエリアスは冗談を言いつつ、微笑む。その麗しさに女性だけでなくあちこちからため息が漏れる。アルフレドすら何度となく見とれる。
「まあ、侯爵様ったら」
場が和む。そして、貴族らしからぬ行為をするアルフレドの擁護ともなった。
「セブリアン様はよく領地をお巡りになられるようですわね」
「大したものだ」
先ほどは領主の息子がする仕事ではないと言っていた男女が掌を返す。そんな者たちを余所に、エリアスは続ける。
「流通がこの商取引の肝だな。まず、原材料を小生産者が散らばる各地へ運び、帰りに加工物を回収してくる」
「そうなのです。軌道に乗れば侯爵の仰る通りに進むはずです」
自分が描いた完成図を言い当てられ、テルセロの顔はする。
「君の事業にならこちらから願い出たいところだがね、」
そこでエリアスは言葉を切る。
「なにか問題でも? 遠慮なく仰ってください」
テルセロは気負いこむように半歩前へ出る。
エリアスは通りかかった給仕から飲み物のグラスを受け取る。手にしたまま、口を付けずに続ける。
「クライフとか言ったか。あのバルケネンデ国の商人だよ」
テルセロがさっと顔色を変える。先ほどまでの勢いはどこへやら、沸騰した熱湯に差し水されたようになる。
「そこまでご存じでしたか」
「情報は値千金だからね。彼と関わりがあるうちは取引はできないな」
半ば感心する風を見せるテルセロに、エリアスはそう言って飲み物に口を付ける。よく磨かれたグラスの中でうっすら黄味かかった酒がシャンデリアの光を弾く。それすら侯爵に麗しさを添える要素のひとつとなる。
しかし、こう一挙手一投足に注目されため息やら熱い視線やらが向けられたら、うんざりしてしまうのもむべなるかな。アルフレドはこれをきっかけにエリアスは夜会に出席するようになるのではなく、また顔を出さなくなってもおかしくはないとこっそり考えた。
「しかし、ルシエンテス侯、テルセロが自身であれこれ奔走して作り上げた伝手や人脈です。そのことについて後から口出しするのはいかがなものか」
先だってテルセロに出資者の申し込みを勧めた友人が憤慨する。彼は思ったことをすぐに口にする性質だ。エリアスが親しみやすいように腐心したのが裏目に出たかと思いつつ、アルフレドは様子を見るに止めた。エリアス自身がこういった場に慣れていないとはいえ、容易に手を出されるのは好まないかもしれない。今まで、突然の不幸に見舞われても自身ができることを見つけて、成功を収めてきたような人間だ。
確かに、他人の事業にとやかく言う権利は持たない。しかし、エリアスとて取引相手を選ぶ必要がある。好ましくない者と繋がりがあるうちは関わりを持ちたいとは思えない。
「いや、良いんだ。侯爵は本当に情報通だ。彼は実はあまり良い噂がない人でね」
取引きを断るのならなにも告げずにただやんわりと言えば良い。敢えて言及したのだと気づいたテルセロ当人が事情を説明する。ここで見栄や保身のために黙っていてはただエリアスが嫌な人間で終わってしまう。テルセロはお人よしにも似た誠実さを発揮した。
「もっと明け透けに言えば、黒い噂がつきまとう者なんだ。だから、今回で取引きは終わりにしようと思っていた」
「今回をしおにと言わず、すぐに停止することはできないのかい?」
エリアスは珍しく更に切り込む。他者に必要以上に干渉することのないエリアスだから、アルフレドは不思議に思った。
「それが、」
実は妻の遠縁の紹介だという。妻とはうまくいっていなかった。それをなんとか修復させようと奮闘していたとテルセロは言いにくそうに語った。
「だから、火に油を注ぐ真似をしたくなかったんです。いや、修復はもう諦めかけていました」
テルセロは疲れた表情で、最近では穏便に別れることばかりを考えているのだと話す。
アルフレドは他の友人たちと顔を見合わせた。なんとなく、上手くいっていなさそうだという話は伝わってくるものなのだ。それぞれが受け取る情報量はまちまちで、破局間際まで進んでいたことに驚いた者も少なくなかった。
そうとは知らないエリアスは淡々と告げる。
「それが良いだろうね。こういうのは一気に片付けるに限るよ」
集まった友人たちはテルセロの気持ちが定まっているのなら、と彼を励ました。
「まあ、呑め。良い酒が揃っているぞ」
「セブリアン伯のワインもこの夜会のために大量に持ち込まれたらしいからな」
「言いたいことがあるなら、みんな喋ってしまえ」
「そうだ、すっきりしていけ」
大きな集団はいくつかの小さなものに分かれた。それを機に、エリアスはその場を離れた。アルフレドは友人たちの輪をそっと抜け、いくらか離れてからエリアスに声を掛けた。
「ルシエンテス侯」
後ろから追ってくる気配に気づいていたのだろうエリアスは足を止めて振り返る。
礼儀作法の教師を唸らせる、あるいは芝居の演出家が惚れこみそうな優雅で人目を引かずにはいられない華があった。なにかの見せ場のように見入ってしまう。
「エリアス」
麗しく微笑みながら、エリアスは自身の名をただ告げた。半瞬、なんのことかと考えを巡らせたアルフレドは軽く目を見張り、次いで笑う。
「エリアス。———このやり取り、前もやったな」
「つまり、君は学習しないということだね」
エリアスが少しばかり顎を上げて見せると、アルフレドはくく、と喉を鳴らして笑う。
「違いない」
「さあ、わたしはお暇するよ」
エリアスはアルフレドが帰る前にエリアスに挨拶をしようとしたのだと察したらしく、先んじる。
「またな。今日は面白い話を様々に聞かせてもらったよ」
「こちらも良い刺激を受けたよ。人目をはばかる貴族の名を返上できたかな」
「そりゃあもう。あちこちで侯爵の名が飛び交っている」
夜会は社交場であるとともにお見合いの場でもあった。令嬢の付添人がしっかり目を光らせ、家格に相応しくない相手に引っかからないように目を光らせる。滅多に会えない独身の高位貴族であり、容姿麗しく事業を成功させているエリアスは結婚相手として一番の注目株である。
「視線もね。いい加減、煩わしいから帰るよ」
人目を避けるエリアスはこの夜会になにか目的があったのだろう。頑なにひとつのことに固執しない柔軟性をも持っている。アルフレドにも夜会出席のついでに挨拶しようとしてくれたのだろう。その際、友人たちと話し込むことになったのは予想外のことだろうが、それなりに楽しそうにしていた。話題も豊富で様々な立場の者たちと話を合わせることができるし、自慢話に終始することなく、相手の話に耳を傾ける。なにより、話しぶりに嫌味がない。
しかし、慣れないことをする上に見世物になるのは神経が疲弊するだろう。
「まだ王都にいるのだろう? また館に顔を出してくれ」
「ああ。近いうち、お邪魔するよ」
エリアスは疲れを見せず、麗しさを一片も損なうことなく夜会会場を去って行った。
その日、公爵主催の夜会に現われたルシエンテス侯爵の若木のような瑞々しい姿、優雅な振る舞い、理知的な会話、才気煥発な様は人の口から口を経て、社交界に駆け巡った。人前に現われない侯爵に儀礼的に出されていた招待状は倍増した。
以降開催された夜会で出席者たちがそわそわし、ルシエンテス侯爵が登場しないと知るや、消沈のため息がそよ風となって吹いたと言われている。
一説によると、セブリアン伯の身内が大変親しくしているという。紹介してほしいという者は後を絶たず、祖父で同じような目に遭っていたアルフレドは辟易したという。
「つまり、君は学習しないということだね」
エリアスが少しばかり顎を上げて見せると
→ここ、「エリアスがつーんとばかりに顎を上げて見せると」と迷いました。
まあ、どっちでも同じかなとも思うのですが。
そんな調子でアルフレドを振り回すのでしょう(笑)。




