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若木のようなすらりとした佇まい
気品ある瞳、その眦は恋を含む
鼻梁は美しく孤高に他を寄せ付けず
白く滑らかな頬、首筋は匂いたつよう
当代随一の詩人が詠った美貌のルシエンテス侯爵が馬車から降りた瞬間から、人の視線が集まった。中には詩を思い出す者も多くいた。
貴族は男性の衣装も女性のものに劣らず豪奢だった。特権的地位を誇示するためである。上衣はコート、ウエストコートを、下衣は膝上丈で白い長い靴下を履く。
この日、エリアスは優美な装いで身を包んでいた。
カフが大きく、ウエスト両脇から後ろに掛けてプリーツがたたまれたコートは薄紫に金糸で花のブーケ模様が施されている。ウエストコートは薄桃色の生地に多色の絹糸や金糸を用いて華やかな模様を咲かせている。下衣は赤の絹ベルベットだ。
それらの女性的とも言える色合いが逆にエリアスの美貌を際立たせている。ダークブロンドの髪を整え、形の良い白い額を露わにし、理知的なエメラルドの瞳は夜なお美しく輝く。
階段を数段昇り、招待状を懐から取り出し、大きく開かれた扉の脇に立つ従僕に見せる。たったそれだけの動作が洗練されて目が離せない。
「よ、ようこそいらっしゃいました、ルシエンテス侯爵」
遠く漏れ聞こえてくる音楽がかき消されるざわめきが起きた。
「盛況のようですね」
「おかげさまで」
儀礼的な微笑みを呆然と見上げながら、従僕はそれを言うだけで精いっぱいだった。奥から夜会を催す公爵家の執事が訪れる。
「なにか失礼でも?」
「いいえ、全く」
「では、ご案内いたします」
大勢の招待客の中でも上級使用人の案内がつくというのは、もうそれだけで賓客扱いである。
夜会にほとんど顔を出したことがないエリアスとしては、不案内であることが解消されて有難く従う。
執事は主催者である公爵の許へエリアスを導いた。
ひっきりなしに招待客の挨拶を受けていた公爵は、エリアスの登場を喜んだ。夜会に出席しないルシエンテス侯爵が顔を出したのだから、ちょっとした得意な気分を味わえるのだろう。
事業に関することで必要に迫られての出席だったが、公爵やその周辺を固める老貴族たちとも有意義な話をすることができた。
「いや、お若いのに見識がおありになる」
「ルシエンテス侯爵家は蔵書家だと聞いておりましたが、エリアス卿は爵位とともにそちらの方面をも継がれておられるのですな」
「ロブレド侯爵こそ、愛書家だと伺っております」
居並ぶ高位貴族たちは化け物侯爵などと噂されるのはあまり人前に出ないからだという認識を改めた。外見だけでなく、知識も話術も申し分ない。そして、作法も。
エリアスは控えめにほほ笑んで言った。
「なにぶん、若輩ですので、今後ともご指導ご鞭撻のほどをお願いしたいものです」
「もちろんです。いつでもお声掛けください」
「ロブレド家のライブラリーもちょっとしたものでしてな。足を運んでいただきたい」
「ぜひお伺いしたいものです」
まだ話し足りなさそうにする公爵に、他の招待客の挨拶に気づいた振りをして、場を辞する。
その後、公爵家の使用人の力を借りて目当ての人物を探し出し、つつがなく本日の目的を果たすことができた。
「今宵はお会いできて光栄です」
「ご足労いただいて済まないね。なにせ、もうここを出たら港へ向かって船に乗ってしまうので」
「お忙しいですね。船旅では栄養に偏りがあると聞きます。どうぞ、ご自愛ください」
「ははは、嬉しいね。侯爵のような若く才気煥発な方に心配して貰えるのは」
「ご壮健な御姿をまた拝見できる日を楽しみにしています」
会ってしまえば気さくで話は進む。
この場で捕まえなければ次はいつになるか、というのは他の者も同じで、エリアスはそちらに譲った。
さて、主催者への挨拶を済まし、会うべき者にも会った。
人の多さに辟易したエリアスはアルフレドに声を掛けて帰宅することにした。
この夜会に出席すると話すと、アルフレドは侯爵邸まで迎えに行こうかと言った。
「わたしは子供か。君はわたしの保護者か」
娼館に連れて行ってもらっただけで充分である。
面倒見の良いアルフレドはそのせいか友人が多いらしく、ひと塊の人の輪の中にあって朗らかに笑っていた。
「セブリアン家の領地は豊かな農地と牧草地を誇りますから」
酪農生産は乳牛や羊、山羊によって行われる。だから、放牧することができる広大な牧草地、冷涼な高地、飲用のための河川が必要となる。セブリアン伯爵領はそれらを確保していたため、酪農が発達した。
「あら、貴族でありながら、牧畜の世話をされていると伺いましてよ?」
「見回りついでにひと通り仕込まれました。有事になればいくら人手があっても良いというのです」
「まあ!」
「だからといって領主の子息がする仕事ではないだろうに」
男女ともにいて、アルフレドの友人の細君やその知り合い、と繋がっているのかもしれない。アルフレドの妻は不在のようだ。もしかすると、この夜会には出席していないのかもしれない。
「案外、楽しいものだぞ。それに相手は生き物だからな」
夜会ではあるが話し込むうち、友人に対する口調がややぞんざいになるアルフレドは 農作物も家畜も生きているのだと力説する。畑も牧場も自然は人間の都合など鑑みない。
「今年のワインは出来が良い」
「つまみも一緒に輸出するところがいいな」
セブリアン家の領地のチーズはワインとともにブランド化している。すごいところは高級品からやや高めや、庶民が特別な日に手を出せる比較的安価なものまで取り揃えているところだ。
「あくせく働くのはお楽しみがあるからってね」
そういった庶民の楽しみを作り出すために日々努力している。だからこそ、高級品を取り扱って富を築いたという嫉妬からはほど遠いところにいる。
「おい、」
「え?」
「あ、あれ、」
「まぁぁ!」
「もしかして、」
「「「ルシエンテス侯爵!」」」
引きこもり侯爵が珍しく顔を出した、その麗々しい容貌にみなの視線が釘付けになる。今まではそれに気圧されずに背筋を伸ばし顔を上げることは相当な胆力を要した。
「こんばんは、侯爵」
「やあ、アルフレド、良い夜だね。みなさんも、こんばんは」
自然と人が分かれ、ルシエンテス侯爵のための道ができた。
エリアスは悠々と歩いてアルフレドの前まで来た。
「紹介するよ。この御仁はルシエンテス侯爵」
アルフレドは内心はどうだか分からないまでも、エリアスに順に友人やその妻、誰それの縁者、友人、その他を次々に紹介していく。貴族はとにかく人名鑑を頭に入れておかなければならない。
滅多に顔を見せない噂の高位貴族を前にして、一同は緊張の面持ちであったが、アルフレドが話題を作り、エリアスや他の者に水を向け、場は盛り上がった。
後日、エリアスがアルフレドに見事な采配だったと褒めたら、沈痛な面持ちになった。
「慣れているからな」
「と言うと?」
「爺さんだ」
「ああ、噂の破天荒な」
「言っておくが、威力のほどは先あの時隣にいた君も同じだぞ」
「———どういう意味だ」
「周囲への橋渡しをしながら、場が破綻しないように目端をきかせる。突飛な言動をしたらすぐさまフォローする。慣れたくないがいつものことだ。ああ、だから、違和感がなかったのか」
「……」
「妙に既視感があったんだ。そうか、君は爺さんと同じ人種なのか」
「まあ、そう嫌な顔をするなよ」
「君こそ、その企み顔をやめろ」
「いや、なに、今後、夜会に出席する時は君を呼びつけようかと思って」
「イイ笑顔でとんでもないことを言うな! 世話係りは爺さんだけで手一杯だ! それに俺はそうそう社交界に参加する暇はない!」
「大丈夫だ。わたしは元々そうそう夜会に出席はしない」
「だからって、君が出席する夜会には呼びつけるようなことはしてくれるなよ!」
「一度、君のお爺様ともご一緒したいものだ」
「止せ! 俺にふたりものフォローをさせる気か! 無理だ!」
「嫌だな、そんな人を危険物のように言うなんて」
「爺さんとふたりまとめてなんて、相手にできるか! もめ事が相乗効果で二倍どころか十倍になる予想しかできん!」
「はははは」
後に、夜会ででも、その他の催しでも件の三人が集う機会はあるが、それはまた別の話だ。
アルフレドはエリアスにしみじみ語った。
祖父が爵位を父に押し付———譲ったことは実は良かったのかもしれない。現在の祖父はしがない男爵でしかないのだからといって、社交界にほとんど顔を出さない。面倒がなくなってワイン造りに専念ができるためにそうしたのだ。せめて男爵位くらいは継ぐようにと、陛下に泣かんばかりに頼まれたのだと本人は不満そうであったが、父の顔色を見るに、あながち冗談や誇張ではない。大きく盛るどころか、控えめな表現なのだろう。ということは少なくとも、陛下に泣きつかれたということか。号泣させてなければ良いが。祖父の事だから、女の涙ならともかく、などと嫌そうな表情をしそうで怖い。
エリアスが腹を抱えて笑ったか、呆れたか、はたまた苦笑したかは、定かではない。
エリアスの「ひとりで夜会に行けるもの!」
・・・すみません、言ってみたかっただけです。
「後に、夜会ででも、その他の催しでも件の三人が集う機会はあるが、それはまた別の話だ」
→大丈夫なのでしょうか、アルフレド。
がんばれ、アルフレド。
きっと、エリアスもおじいちゃんも好き勝手するだろう。
負けるな、アルフレド。
※みなさまも、ぜひアルフレドにエールを!
(私は特にアルフレドびいきというのではありません。もふもふびいきです)




