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※本日三回目の更新です。

 ご注意ください。


 



「誰か! 医者を!」

 ルシエンテス侯爵の声に、アルフレドは我に返り立ちあがった。見れば、手袋をはめ直し、コーヒーハウスの奥に顔を向けている。

「ルシエンテス侯、お怪我は?」

 治療が必要なのかと慌てると、呆れた視線を向けられた。

「傷を負ったのは君の方だろう。知り合ったばかりの人間をかばって」

「お怪我がないのなら良かった」

 言いながら、アルフレドはハンカチを取り出して端を口に咥えて裂き、患部に巻き付けた。結ぶ際、ふたたび口を使おうとすると、ルシエンテス侯爵が手伝ってくれた。


「済まない、手袋を汚してしまった」

「ああ、構わない」

 血の付いた手袋を見ても、それを外そうとはしない。先ほど見た繊手を思い出す。労働に明け暮れた老人の手は沢山見てきた。そのどれとも違うものだった。縦ではなく横に皺が刻まれていた。

 それは、血で汚れた手袋ででも隠しておかなければならないものなのだ。


「落ち着いているな」

「わりとあることなんだ。農機具でざっくりやったことも一度ではない。そのうち治るものもあれば、そうでないものもある」

 現に、アルフレドの身体はあちこち傷跡が残っている。父や兄たちからしてみれば、貴族らしからぬ姿だと見下げられるが、祖父は男の勲章だと笑う。

 そんなものなのだ。

 見方によっては大したことがない。

「消毒と止血は必要だけれどな」

「だったら、やはり医者だな。ああ、馬車が戻って来た。行くぞ」

 ルシエンテス侯爵は襲撃者を駆け付けた警邏に任せ、アルフレドを馬車に押し込んだ。


 アルフレドが勝手に庇ったのだから、怪我に関してルシエンテス侯爵が気にしないようによくあることだと言ったものの、走り出した馬車の中には沈黙が下りた。


「あれ、フリントロック式の銃じゃなかったな」

 なにか話題はないものかと言ってみたが、よくよく考えて見れば、ルシエンテス侯爵は襲撃され、疲労著しいだろう。もめ事にも重労働にも慣れているアルフレドとは違って人前に出るのもそうなかったほどだ。沈黙はそれを意味していたのなら、会話は不必要だったかもしれない。


「最近、開発された銃だ」

 案に反して、侯爵の声音は静かだった。

「ああ、それで。大分小さいな」

 冷静沈着ぶりに感心しつつも会話を続ける。少し血を流し過ぎたかもしれない。眠気が襲ってくる。口を動かすことで、ともすれば瞼が落ちそうになるのを食い止める。

「雷管というものを用いるのだそうだ」

「詳しいな」

 ルシエンテス侯爵はふと唇の両端を吊り上げる。

「わたしを目の敵にする者たちが開発したらしいから、入念に調べてある」

 アルフレドは絶句した。


「以前、彼らの不正を告発したことがある。わたしがそうしたという確たる証拠がないが、以前からなにかと嗅ぎまわっている。ベルガミン子爵の弟も彼らから金をつかまされていたと報告を受けている」

 正当な契約履行だが、次期子爵は相続のどさくさに紛れて手出しされたとエリアスを怨んでいた。それでなくとも、船の難破で破産の憂き目に合い、財産が目減りして期待したほどなかったことに苛立っていた。エリアスに八つ当たりの感情をぶつけた。敵対勢力が子爵の弟に接近し、そう仕向けるように唆したのだろう。元々、子爵夫人に道ならぬ思いを抱いていたので、彼女の下へ足しげく通うエリアスをよく思わなかった。すぐに彼らの言葉を信じ込み、動向を流すようにという指示にも従った。


 エリアスは見てきたかのように詳細を語った。全ては調べがついていたのだ。

「なんとまあ、用意周到な」

 台頭する若き侯爵を良く思わない者たちはついに襲撃を仕掛けてきた。

「君に忠告を受けたお陰でより綿密に調べるように指示を出すことができたよ」

 まさか、こんな強硬手段に出るとは思わなかったけれど、と苦笑する。


「それだよ」

 アルフレドはよほど情けなさそうな顔つきになったのだろう。ルシエンテス侯爵は片眉を跳ね上げる。そんな面白みのある表情も様になっている。

「荒事を生業にしている男がルシエンテス侯を窺っているのに気づいたというのに、俺ときたら、やつが向かってきても突っ立ったままでなにもできなかった」


「ルシエンテス侯」

 唐突にエリアスが自身の名を口にする。

「侯爵様?」

 馴れ馴れしくし過ぎたか、とアルフレドは居ずまいを正す。

「いや、敬語を取り払ったのに、まだそう呼ぶのだな」

 そう言われてみれば、襲撃を受けた際、なんども呼んだなと呑気なことを考えつつ、これで良いかと言ってみる。

「ええと、エリアス卿?」


「エリアス」

「いや、それはその、呼びにくい」

 ふたたびアルフレドは物を言えなくなりそうになったが、ここで押し切られては後々に影響するので頑張った。

「エリアス」

 侯爵は婉然と麗しい笑みを浮かべつつ、一歩も引かない。

 ふたりはしばし見つめ合う。

 曽祖父や祖父、その他の貴族や海千山千の商人たちとはまた違った手ごわさに内心冷や汗をかく。


 自分は病人なのに、そういう斟酌はないのかとがっくり肩を落としつつ、アルフレドは復唱した。

「エリアス」

 アルフレドに譲歩させた侯爵は勝利の快哉を口にすることはなかった。

 ただ、麗しい笑みを深くする。

 まあ、良いかとうっかり思わされそうになって、気をしっかり持てと我に返る。

 ルシエンテス侯爵改め、エリアスが満足そうにしていたら嬉しいなんて、それなんて信奉者なんだ。ワインやチーズを散々手土産にしているアルフレドはある意味貢いでいる現状を認識できていない。


「それで、私のこれだが」

 言いつつ、左手に視線を落とす。手袋はアルフレドの血で汚れている。

 アルフレドとて、気にはなっていた。

 見目麗しさは優雅さや高貴さを貴ぶ貴族の中では武器になる。誰よりも強力な武器を持つのに人目を憚り、社交界に出ない侯爵。


 ———化け物!


 昔の自分の声が蘇る。

 あの時よりはいくらか分別は身に付いたと思う。

 馬車が止まる。御者が扉を開ける合図を待つ気配がする。それでも、アルフレドもエリアスも身じろぎもしなかった。

 これほどまでに麗しい容姿をしていてなお、化け物侯爵と噂される。その理由は。

「わたしはこの身に化け物を飼っているのだ」

 そう言って、侯爵は麗しく笑う。



駄々をこねるのも麗しい笑みがあれば様になるんですね。

アルフレド、完敗です。

人は魅力的な者の役に立ちたいと思うものなのでしょうか。


アルフレドはそうしておじいちゃんの世話にプラスして

事情持ちな侯爵様のお手伝いをするようになるのですね。

頑張れ、アルフレド!


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