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第13話「勇者さんと僕の???」

 ユキさんは剣を抜いた。僕もブロンズソードを手にする。


 しかしモスキートクイーンの持つ鋭い針は如何にも痛そうだった。うっかり近付けば大ケガ間違いなしだろう。……でもフェイさん達は傷一つ追ってなかったよな?


「さあかかって来い! この勇者ユキが成敗してくれる」


 ユキさんは叫んだ。それでもやはり威厳とは無縁の、優しい彼女の性格が表れており、全く威圧効果は無さそうだった。


「あらー怖い怖い。……私、どうしちゃおうっかな?」


 大袈裟に怖がって見せるモスキートクイーン。空中に浮遊しながら、こちらを挑発するように様子を見るだけで近寄って来ようともしない。


 ……と思った矢先だった。


 今までのふわふわした動きから一点、モスキートクイーンが矢のような急降下を開始した。目標は……ユキさんだった。


「きゃあ!」


 ユキさんは剣を振る余裕も無かったようだ。鋭い針の一撃を何とか回避する。それを見計らったようにモスキートクイーンは再び上へ悠々と舞い上がる。


「あらぁ、この程度なの? これなら楽勝ね」


 どうやら今の攻撃はこちらの力を確かめるためのものだったらしい。

タイミングを見測るようにフラフラ漂っているモスキートクイーンは急降下を再び開始した。


 僕はユキさんの前に立ちはだかった。何とか身を挺して彼女を守りたかったのだ。


「ちょっと邪魔しないでよ。私、イケメンか美少女からしか吸いたくないの……。ま、いっか、この際坊やでも」


 モスキートクイーンの言葉に僕はちょっと傷付いた。いやそんなことは最初から知っている。それでもその枠から除外されることに対して、面と向かって言われると……なんて考えている場合では無かった。素早い針の一撃が僕に向けられているのだ。


 鋭利な針が僕の右肩を刺した。血は流れない。どうやら、生命エネルギーを吸うようだった。急激に右腕全体が痺れて力が抜けてしまい、ブロンズソードを落としてしまった。


「ワイトさん!」


 ユキさんの叫びがドーム型の部屋に響いた。


「うーん、今一な味。私、やっぱりこっちの彼女の方が好みね」


 今度はモスキートクイーン、ユキさんに狙いを定めた。だがユキさんは茫然自失状態で対応が取れない。針が今度はユキさんの右手の甲を味見とばかりに軽く突き刺した。


「あらぁ、ビ・ン・ゴ! やっぱり美味しい……これなら、もっといただこうかしら」


 すっかり余裕ムードのモスキートクイーン。飛び上がるでもなく、今度は針をユキさんの首筋に狙いを定め、大きく振りかぶったた。


 一方、右手の力がみるみる抜けていくのか、ユキさんの手からも剣が落ちそうになった。……が僕は残った左手でユキさんの右手ごとそれを支えた。


「ユキさん!」


「はい!」


 僕とユキさんは剣を一緒に持ち支えた。そして首筋狙いで一瞬隙のできたモスキートクイーンの体へ一緒に剣を突き立てた。


「え? ……ああああああ!」


 完全にモスキートクイーンは油断していたらしい。レベルの低い僕らのことを完全に舐めてかかっていたようだ。


 断末魔の叫びと共に、この部屋の主は跡形もなく雲散霧消してしまった。魔石が床に落ちた、カランッという澄んだ音が広い部屋一面に響き渡った。


 すっかり腰の抜けてしまった僕らはその場へへたり込んでしまった。


 少しの間、ぼーっと二人して床へ横たわっていた。だが転がっている魔石を見て勝利を確信して不思議と笑いが込み上げて来た。それにつられてユキさんも笑った。


 思えばユキさんが笑ったのを初めて見た気がする。いつもニコニコしている彼女でも、こんな風に笑うのだと思うと勝利の喜びもひとしおだった。


「お主ら、ようやったのう。あれは中々の強敵だったぞ」


 どこへ隠れていたのか、ペケペーケ様が今頃出て来た。


「全く……ダメージが無いなんて大嘘じゃないですか。もう疲れちゃって立ち上がれませんよ」


 僕はペケペーケ様へ文句を言った。


「わしも見立て違いをすることはある。結果的に倒せたのだから良かったではないか」


 彼女の無責任振りを怒りたいところだったが、それ以上の達成感からかそんな気分は吹き飛んでしまった。


「さ、ユキさん。宝箱を開けましょう?」


 ようやく立ち上がれそうな程度には回復した僕はユキさんの方を見た。


「ワイトさん……。その、私の右手が……」


 見ればユキさんの右手の甲が赤く腫れあがっている。そうだフェイさんやウォーレンさんと同じ状態になっている。ということは……。


「どうしましょう。とてもかゆいんです。ああ、我慢できなくなってきました!」


 うろたえるユキさん。でもこういう時は掻いては駄目なのだ。どうしよう……毒消しを探さなきゃ。


 僕は背嚢を引っ掻き回した。さっき使った二つ以外に予備の毒消しがあったはずなのだ。だが焦ってしまうとなかなか探し出せない。その間にもユキさんがかゆみに悶えてしまっている。


「ああっ! ワイトさん、かゆくてかゆくて耐えられません」


 その声はちょっと色っぽい……なんて考えている場合じゃない。


「慌てるでない、ワイト。何のための無病息災じゃ」


 ペケペーケ様に何か策があるらしい。


 そりゃ無病息災のお陰で僕は何ともない。最初右肩にあった違和感もすっかり消えてしまった。でもそれは僕だけの効果であり、ユキさんには何も影響が無いのだ。


「ワイト、ユキの手の毒を吸い出せ」


 そうペケペーケ様が言った。


 吸い出せ? そりゃ毒だけど……。えええええ!?


「そんなことできる訳ないじゃないですか!」


 僕は抗議した。手を握ることだって今でもドキドキするのだ。それならばともかく、吸うってことはだ。つまり唇を使って……そんな恐れ多いこと想像することさえ出来なかった。


「早うせんか、ワイト。ユキが掻いてしまうぞ。掻けばもっとかゆくなるわ」


 ちらりと僕はユキさんを見た。必死に堪えているが、今にも彼女の左手が右手の甲を掻きたそうに『結んで開いて』を繰り返している。


「その……ワイトさん。私、構いません。むしろワイトさんでしたら……喜んで!」


 そんなことを言われても僕は迷ってしまう。手の甲へ唇を当てるって、つまりはキスってことだろう。貴族の男性が女性へ敬愛や尊敬を表すためにやる……庶民の僕がやっていいのだろうか? まして相手はユキさんだ……そりゃ敬愛も尊敬もするけれど。


 僕がそんな迷いに揺れている中でもユキさんは必死にかゆさと闘っている。だがそろそろ限界のようだった。


「ワイトさん! ごめんなさい、私もう我慢できません。掻きます」


 もう四の五の言ってる場合では無かった。僕はユキさんの手を取り、唇を当てた。

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