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第一章 第一話「死んだと思ったけど無事で、何故か異世界に転移できた」

「まもなく3番線に海原町行き快速電車が到着致します。黄色い線の内側で並んでお待ち下さい」

 凛とした車掌のアナウンスが、駅の構内に響き渡る。

 イスに座りスマホを見ながらうつらうつらとしていた僕は、飛び起きると慌ててスマホを鞄にしまい、乗車口に居並ぶ人々の行列に入り混じった。

 すると、程なくして電車が到着した。中から降りてくる人を避けつつ、近くにあった窓際の席に適当に目星をつけて座り込んだ。

 (危ない危ない、危うく終電を逃す処だった)

 車窓の外に広がるネオンの映える夜の市街地を見つめながら、僕は密かに自分の軽率さを恥じた。

 今日は確か、学校帰りに男友達と一緒にカラオケに行って、下らない事で盛り上がって、それから……何故か、その以降の記憶がない。十八番の歌を歌ったり、今までの高校生活の楽しかった事を語ったり、好きな子の話題で盛り上がったのは覚えている。

 しかし、それ以降の記憶がないのだ。その部分だけ抜け落ちている、と言った所か。例えるならば、昨日植わっていたチューリップの球根が、きれいさっぱり無くなっている、といった所だろうか。球根の形は土にくっきりと残っているのに、肝心の球根は見当たらない。

 (可笑しいな、それに何だか、頭がぼうっとする)

 記憶が曖昧なのもさることながら、何故だか頭がぼうっとしてきた気がする。頭全体にぼんやりとモヤがかかっている様だ。

 疲れているからだろうか。何だかどうにも、頭が働かない。

 友達の雄二に知られたら笑われるだろうな。そんなとりとめない事を考えながら、僕は電車の不規則的な揺れに半ば導かれる様に、再び惰眠を貪ろうとしていた。

  その時、車内にけたたましい警告音が鳴り響いた。

 「な、何だ!?」

 僕は驚きの余り急いで飛び起きた。先程まで僕を支配していた睡魔は完全にどこかへ消え、覚醒して研ぎ澄まされた脳はある事を懸命に僕に伝えていた。

 「これはまずい、逃げろ」と。

 『緊急事態、緊急事態。異音が確認された為電車を停止致します。繰り返します。異音が確認された為電車を停止致します――』

 車内アナウンスが辺りに鳴り響く。凄まじい揺れが起こり、足元がふらつく。女性のそれに似た黄色い声と、次いで何かが潰れた様なグシャという音が聞こえてきた。衝突した時の様な音も聞こえる。

 (まずい、まずい、早くドアコックを押さなくちゃ、このままだと、このままだと――)

 乗客が、脱線事故で命を落としてしまう!

 「早くボタンを押せ!時間が無いんだ」

 ふと隣を見ると、男性が女性に怒鳴りつけていた。

「ですが、今外へ出るのは危険です!第一車両がビルへ乗り上げようとしている。このままでは電車がビルへ突っ込んでしまいます。ビルのガラスが辺りに吹き飛び、乗客が怪我をする危険性がある。倒壊したビルの下敷きになり、死亡をする可能性もあります。

 それでも貴方は――」

「五月蠅い!時間が無いんだ。早くボタンを押せ!それとも、車掌はボタンも押せない程無能なのか」

 女性車掌の静止も効かずに、男性は先程よりも怒気を孕んだ声で怒鳴った。女性に詰め寄り、シャツの襟を掴んでいる。今すぐにでも殴り掛かりそうな勢いだ。

「違います、ですから」

 「違うなら、何なんだよ。言ってみろよ、オイ。アァ?」

 女性は男性の剣幕に怯えている。可哀想なまでの体の震え具合に、思わず胸が痛む。

 男性は女性に今にも殴りかかろうとしていたが、気が変わったのか女性の首にかけた手を緩めると、ドアの上にあるドアコックに手を伸ばし、舌打ちをしながら、

 「チッ、こうなったら俺だけでも助かってやるよ。てめえ等は全員生き埋めだな!これも、自分から逃げなかったのが悪いんだぞ。自業自得って奴だ。ハハハ、ざまぁ、み、ろ…‥!?」

 次の瞬間。男性は何かの下敷きになった。

 正確には、ドアに向かって飛来してきたビルの、だ。

 僕は恐怖で慄いた。夏の陽気で汗ばんでいた背筋が、急激に寒くなるのを感じた。

 僕は逃げようとした。だけど、逃げられなかった。体が、動かないのだ。まるでその場に貼り付けられたかの様に、動かなくなってしまったのだ。

 「く、糞‥‥っ!」

 こうしている間にも、車両はビルへの追突を開始していた。恐らく、程なくしてこの電車は木っ端微塵になって使い物にならなくなるだろう。そうでなくとも、くの字に折れ曲がってしまうかもしれない。

 逃げられない、即ち死を待つしかない。

 どうする?

 僕は一体、どうすれば良い?

 「おに‥ちゃ‥」

 不意に、耳元で妹の声がした。

 まだ6歳半の、里帆の声が。

 「り、里帆‥‥?」

 霞む視界に、はっきりと里帆の姿が映し出された。その姿はいつもと同じではなく、頬はリンゴの様に赤らんでいて、息は絶え絶えで、何かに苦しみ喘いでいる風だった。

 僕はまさかと思い妹の額に手を当てた。暑い。間違いない、妹は脱水症状を起こしている!

 僕はすかさず手持ちの鞄から里帆の好きなリンゴジュースを取り出そうとした。しかし、見当たらない。どうやら、電車に乗る前に飲みきってしまったらしい。

 どうしよう。僕は頭を抱え込んだ。ジュースを買いに行こうにも、外は危険な状態でとても買いに行けない。かと言って、妹をこれ以上危険に晒すのも…‥

 「でも仕方がない。他の何者にも変え難い妹の命だ。兄である自分が守らなければ」

 僕は決意を固めると、ドアコックを押した。

 すぐにドアが開き、僕は火の玉が降る電車の外へ一歩踏み出した。

 中から静止の声が聴こえるが、構うものか。

 自分の命も大事だが、それ以上に妹の命が大事なんだ。

 「ジュ、ジュース‥‥何処だ」

 僕はめまいと頭痛に耐えながら、自動販売機を探した。

 後ろに忍び寄る長い影にも気が付かずに。

 僕は自動販売機を見つけると、財布から110円を取り出した。

 その時だった。全てが終わったのは。

 「いっ、いだっ‥‥!」

 突然、体中に痛みが走った。

 骨折の痛みを何倍も強くした様な激痛が突如僕を襲う。

 懸命に体を起こそうとするも、何故か動かない。

 いや、動かないのではなく、動けないのだ。

 僕は自分の背後を見た。ビルの瓦礫の様な物といくつもの鉄パイプが、僕の背中に覆い被さっていた。そりゃあ動けないよな。僕は密かに自分の愚かさを呪った。

 「もう、死ぬのか」

 僕は、ポツリと呟いた。

 そうしたら急に今までの自分の行動が馬鹿らしく思えてきて、不意に笑いが込み上げてきた。

 勉強、恋愛、友情、経験、知識。

 今まで必死で培ってきた物さえも、こうして死んでしまえば全て無になる。

 そう考えると、今まで頑張っていたのも馬鹿らしくなってくる。

(僕がやってきた事は、全て無駄な事だったんだ)

 不意に、涙が怒涛の様に込み上げてきた。

 僕は一頻り笑って、泣いた。

 泣いて、泣いて、泣き腫らして、目が痛くなるまで泣いた。

 段々、意識が朦朧としてきた。

 今までの人生で経験してきた事が、走馬灯となって僕の脳裏を駆け巡る。

 訳も分からずイライラして、親に反抗していた自分。里帆の泣き顔。

 (ああ、せめて最期位は、親孝行したかったな)

 薄れ行く意識に身を委ね、僕は生涯の幕を閉じた。

 

 と、これが、僕が異世界に行くまでのあらましだ。

 我ながら、酷い人生だったと思う。

 ちなみに、酷い人生だったと言ったが、死んだ訳ではない。僕は幸運な事に、まだ生きている。

 異世界「ヴァーナラヴィア」で、僕こと、加藤俊哉は、史上初の日本人の異世界転移成功者として、一部の地域で名を馳せている。

 それも、その希少性故にだけどね。

 本来の僕は、無能で能無しで引きこもりで非力で没個性、いわゆるRPGで言う所のモブだ。

 そんな僕がどうして弱肉強食のこの世界で生きていられるかと言うと、それは――

 「トシヤおぼっちゃま、奥方がお呼びであらせられます。お庭のバルコニーで待っているわ、との事です」

「分かった、今行くよ」

 僕はメイドさんに笑って手を振り、広い広い屋敷を後にした。

 そう。

 奇跡的に、異世界で最も裕福な貴族の内の一つとして五本の指に入る、アーネンブルグ家に養子として迎えられたからだ。

 アーネンブルグ家の人々は、基本的に僕に対して非常に良くしてくれる。

 僕が欲しいと思った物はすぐくれるし、(ちなみに思った瞬間に既に目の前にある。どの様な原理なのかは不明)実子と同じ位に僕の事を溺愛してくれるし、風邪を引いたらメイドを手配して、看病までしてくれる。

 まさに至れり尽くせり。第二の実家みたいな感じだ。

 と、物思いに耽っていたら、いきなり目の前に巨大なバルコニーが現れて腰を抜かしそうになった。

 どうやら、もう着いたらしい。アーネンブルグ家の邸宅は非常に広いので、てっきり到着はもう少し遅くなると思っていたのだが。

 「トシヤ、御機嫌よう」

 「母上、御機嫌麗しゅう御座います」

 教えられた礼儀作法を行い、真ん中に据え付けられたテーブル付きの椅子に座り込んだ。

 改めて、僕は対面した女性の顔を見た。

 ユーデルライア・フォン・アーネンブルグ。これが、この女性の名だ。

 長い金髪を宝石の髪留めで結って上にまとめ、人形の着る様な豪奢な黒のドレスを身に纏い、美しい空色の目と白磁の肌を持つ妙齢の女性。

 この人が義理の母親になるだなんて、俄には信じたい事だと、常々思う。

 正直、夢なのではないかと疑いたくなるが、テーブルの上に出された紅茶の熱さが、この状況を現実だと僕に知らしめてくれた。

 「フフフ、そんなに緊張せずとも良いのですよ。今は肩の力を抜いて、落ち着きなさい。貴方はまだ此処に来たばかりで、慣れない事も沢山お有りでしょうが‥‥」

 そう言うと、鈴の様な声で、コロコロと笑った。

 笑顔が本当に絵になるなぁと見とれていると、いきなり真剣な表情になったので、僕は緩みきった表情筋と背筋を引き締めた。

 「処で、は、母上、本日はどの様な御用で?」

 「はい、本日お呼び立て致しましたのは――」

 義理の母上――ユーデルライアさんはコホンと咳払うと、いつになく真剣な面持ちでこう告げた。

 「貴方に、魔法の訓練をして貰いたいからです」

 

 

 


 

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