表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日本異世界始末記  作者: 能登守
2028年
99/266

人狼兵士

 天領カルシュタイン

 カルシュタイン城


 カルシュタイン城内では、自衛隊と米軍が順調に人狼を駆除していた。

 多数の負傷者を出していたが、ホップス隊とフィネガン隊も合流し、戦闘を続けていた。


「城内の謁見の間を抑えましたが目ぼしいものは、持ち去られた後です」

「負傷者は城内の神殿に運び込みました。

広場も確保出来ましたので、海兵隊のオスプレイと自衛隊のヘリコプターはこちらに」

「城内で拘束した人間は一人残らず、大陸人でした」


 報告を受けた陸上自衛隊の三橋三等陸尉は、目標の確保もしくは破壊に失敗したのではと考えていた。


「負傷者に噛まれた者はいるか?」

「幸いなことに一人も。

しかし、いいんですか? 

米軍の連中、地下通路を発見したと乗り込んで行きましたよ?」

「こちとらただの普通科の隊員だぞ? 

危ないことは特殊部隊に任せればいいさ」

「我々は何しにここに来たんですか?」

「もちろん、米軍にだけ勝手なことはさせないと主張する為さ。

まあ、義務は果たしただろう」


 無理な交戦はする気はさらさらなかった。

 謁見の間の窓から米軍が隠し通路に侵入する光景が目に映る。





 負傷者を預けて再編したアルファ作戦分遣隊は、城の地下に造られた通路に侵入していた。


「轍の跡です」

「車で逃げられたか? 

追い付けんか」


 フィネガン大尉は舌打ちをする。

 もうすぐ海兵隊の援軍がやってくるはずだが、肝心な目標に逃げられたと落胆していた。


「そうなると」


 フィネガン大尉が壁の気になったブロックを外してみる。


「ああ、やっぱり撤収の準備をしろ」


 壁の中には大量の樽が仕込まれていた。

 中身は当然のことながら、大陸で使われている火薬だった。

 それでも城を破壊するだけの量はある。

 隊員達が撤収しようとした矢先に、また人狼の一団が通路の先から駆けてくる。


「片付けろ」


 フィネガン大尉は命令を下すが、今度の人狼は銃の射線を理解してるかのような動きだった。

 もちろん弾幕の雨は無慈悲に人狼の命を刈り取っていく。


「こいつら、統制されてる?」


 自らもM16自動小銃をフィネガン大尉も撃ちまくる。

 数匹は金属の板や鎧を直接抱えて迫ってくる。

 急所を守られて、銀の銃弾による致命傷が与えられない。


「抜かれた!!」


 隊員の一人が人狼に首を噛みきられた。

 もう一人も胸を爪で貫かれていた。


 ホップス大尉が死亡した隊員ごと、M203グレネードランチャーの榴弾で吹き飛ばす。

 下手に人狼に変えられても厄介だからだ。

 爆炎の中から毛皮を焼いた人狼が現れてた。

 死体となった隊員を盾にしていた。

 接近されたホップス大尉は、人狼の右手の伸ばした爪で首を切り落とされた。

 さらに左手にはSIG SAUER P226が握られてて、人狼化により大きくなった手に扱いずらそうに発砲しながら、柱の影に隠れる。

 人狼化したウェールズ大尉は、無意識に人狼の群れを統率し、地球の軍隊の戦い方に順応させた。


 ようやく人狼化したまま人としての意思を取り戻し、殺戮衝動と狩猟本能を抑え込んだが、その思考は途方に暮れていた。


「今更戻る訳にはいかないよな」


 人の姿に戻れるとして、原隊に復帰しても口封じに殺されるか、実験動物として幽閉されて飼われるだけだろう。

 ならば選択肢は一つだった。

 米軍の死体から奪った手榴弾を放り投げながら逃亡を試みる。

 隠し通路の反対側には、ブリタニカ軍が仕込んだ爆薬があるのでルートとしては使えない。

 米軍を突破して、城門から出る必要があった。

 他の人狼を囮にし、ウェールズ大尉は隠し通路の扉から広場に躍り出た。


「うわっ!?」


 広場には援軍出迎える三橋三尉達自衛隊の隊員達がいて鉢合わせとなった。

 咄嗟に全員が銀の銃弾が装填された拳銃や銀の日本刀を構える。

 ウェールズ大尉には、米軍よりこちらの方が厄介だった。

 さらには上空には、陸上自衛隊のAC-208J セスナ 208 キャラバンが舞っていてる。

 少しでも距離を取ろうと駆け出す。

 脚力なら人間など相手にならないから、警戒すべきは銀の弾丸だけだ。

 三橋三尉達にしても、人員の半数を負傷者の治療に当たらせていのが仇となった。

 たちまちウェールズ大尉に城外、森へと逃げられてしまった。

 その頃にはようやくオスプレイやCH-47大型輸送ヘリコプターの到着する無線が増加する。

 フィネガン大尉達も隠し通路から爆薬を無力化して出てきた。


「三人も殺られた、不甲斐ない」


 増援の到着の遅れは自衛隊による妨害にも原因はある。

 だが思惑が異なる以上は、それを責めることに意味を見出だせなかった。






 大陸南部

 ブリタニカ市

 市庁舎兼市長公邸

 ロデリック城


 ダリウス・ウィルソン市長は、執務室の椅子で溜め息を吐いていた。

 秘書のアンが紅茶を置いてくれたので、愚痴の一つも言いたくなった。


「日本からは釘を刺され、アメリカは恩着せがましい事を言ってきたよ。

急進派の粛清が片付き、マーシャル卿の研究資料は日本に引き渡すことが決まった。

まあ、連中なら封印程度に留めて悪用はしないだろう」


 粛清と言っても急進派の高官を解雇や更迭をした程度だ。

 人手不足のブリタニカには、逮捕や処刑などしている余裕は無いのだ。

 今回の事件で死体で発見されたマーシャル卿や行方不明のウェールズ大尉といった人材の損失は惜しみべきところだった。

 狼人の貴族、ビスクラレッド子爵はブリタニカと取引のある近隣の貴族に圧力を掛けて黙らせた。

 ロイズ保険をモデルにしたブリタニカ保険の影響力は、南部貴族の間では絶大なものがあった。

 アルベルト市は、まだ納得のいかない姿勢を崩していないが、モンスターによる事件だったとしらを切っている。

 むしろ米軍による空爆の方が事態を複雑化させた感がある。

 諸事は色々と残っているが、とにもかくにも今回の事件は一応の終息を見せた。

 紅茶を啜りながら、ウィルソン市長は各方面を舌先三寸で丸め込むかに想いに馳せていた。






 大陸東部

 新京特別行政区

 大陸総督府


 事件の顛末を聞いて、秋月総督は自衛隊の撤収を命じていた。


「各国や独立都市も余力が出てきたのか、好き勝手にやるようになってきたな。

様々な形で制約を掛ける必要がある」

「関係各所に検討させます。

ですが国内勢力も問題です」


 企業や政治勢力、反社会組織が日本の勢力外の地域に独自の拠点を構築しようとする動きが出ているのだ。

 この問題に先鞭を付けた石和黒駒一家の成功が、後押ししている。

 何より問題なのは、総督府内部にもそれを擁護、支援しようとする動きもあることだった。



「もう1つの問題としては、やはり海自の地方隊だけでは、アミティ島の米海軍は抑えられません」

「数も質も劣るからな、そちらは本国に海自の強化を要請しよう。

ところで人狼を一人逃がしたそうだが続報は?」


 現在のところ地元民にも被害が出た報告は無い。

 総督府は鯉城市の移民計画終わりつつあるので、次の新都市計画で忙しかったのだ。

 あまり今回の事件に深入りはしたく無かったのだ。


「カルシュタイン城を拠点に三橋三等陸尉の分隊に捜索は続けさせています。

近隣の冒険者ギルドにも討伐依頼を出しましたが、昼間は人間体なので、難航しているようです」


 人狼の人間体の正体もわかっていないので、仕方がないことだった。


「三橋三尉には苦労は掛けるが、当面は捜索に専念してもらおう。

やれやれいったいどこにいるのやら」


 そこに海自の地方隊司令の猪狩海将が入室してきた。


「どうしました?」

「米海軍から連絡です。

強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』にて、火災が発生。

消防が可能な艦の派遣と、艦載機の避難を打診されました。

また死者こそでてませんが、負傷者が多数出ているの為、西陣市の港に寄港を要請されました。

米海軍を監視していた護衛艦『しらね』には、消火並びに負傷者の救援活動を命じました」

「よろしい、西陣市への寄港は総督府権限で許可します。

秋山君、関係各所に連絡して下さい」


 西陣市の市役所、警察、海保、消防、病院、陸自を動かす必要があった。

 報道関係にも通知する必要がある。


「それと…、寄港までに『しらね』には火災の原因を調べさせて下さい。

変な物を持ち込まれても困りますからね」




 洋上

 強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』


 消火活動は依然として続いていた。

『カーティス・ウィルバー』や『しらね』からの放水で、火災の拡大は防げているが、鎮火の目処は立っていない。

 カルシュタインから戻ったフィネガン大尉も消火活動に参加していたが、気分は最悪だった。

 火災の原因は、突如として人狼化した部下が暴れまわった結果だった。

 鎮圧に手子摺った結果、重火器まで使用して狭い艦内で火災となってしまったのだ。

 米軍が用意した銀の弾丸は使いきっており、自衛隊に渡された分はしっかりと回収されてしまった。


「噛まれた痕は無かったはずだ」


 そこは軍医も確認している。

 このような事態となっては、フィネガン大尉と部下達も拘束、隔離される事となった。


「くそ、どうしてこうなった」






 バルカス辺境伯領

 ポックル族解放区某所


「それで我々に保護を求めると?」


 ポックル族を統率する勇者『マサキタカツキ』は呆れ返っていた。

 突然、アジトに現れた元ブリタニカ軍大尉のウェールズと名乗る男は、自らが人狼であり、地球系政府に追われる身だから匿えと主張してきたのだ。


「ここは大陸南部で地球系政府の力が及ばない地域ですからね。

あ、アジトとしては把握されてますよ? 

でなければ私がすんなり辿り着ける訳がない。

まあ、当分は手を出す気は無いようですが」


 確かに勇者『マサキタカツキ』も政府関係からの干渉が全く無いのは不自然に感じてはいた。

 政府の邪魔をしないうちは放置する心積もりのようだ。


「まあ、私は役に立ちますよ? 

夜間限定ですが、常人には無い身体能力があります。

さらに軍で培った斥候や工作の能力もあります。

容姿も大陸人と変わらないので、潜入もお手の物です。

昼間も顧問として、部族の戦士達に軍事教練を施せます。

お買い得でしょう!」


 ウェールズはとしては、日本には兎も角、アメリカには素性がバレるのは時間の問題だと思っていた。

 米軍の隊員に仕込んだ罠が発動していれば、当分は手出しはしてこれないと確信していた。

 米軍は人狼に噛まれることに警戒していたが、注射痕には予想できては無かったようだ。

 ウェールズはマーシャル卿に射たれた注射器は破壊したが、人間の意思を取り戻した時に戦いながら未使用の注射器を調達し、自らの咥内から体液を採取し、気を失っている米軍隊員に投与したのだ。

 幸い注射器は米兵自身が医療キットとして所持していた。

 人狼化すれば、注射痕も消えるようなので訳がわからないことだろう。


「わかった。

保護の提案を受け入れよう。

但し、ポックル族が人狼の犠牲になったら貴方を斬らせて貰う。

さしあたって必要な物はあるか?」

「そうですね、ラジオか何か、ニュースを聞ける物はありませんか?」





 大陸東部

 日本国統治地域

 西陣市

 西陣中央病院


 半月前の起きた米海軍強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』火災事件の負傷者建ちは、この西陣中央病院に収容されていた。

 西陣市の中央病院と言ってもまだ設立して一年足らずの病院では、不足する医療物資も多かった。

 しかし、最近はその物資の消費を大幅に解消する人材が採用されていた。



 この日も手術室では火災で大火傷を負った米海軍士官が、検査で見つかった悪性腫瘍の摘出手術が行われていた。

 腫瘍は腸に見つかっており、執刀医は日本では考えられないくらいに多目に腫瘍付近の腸を切除していた。



「よし、摘出は完了した。

後は頼む」



 執刀医が後ろに下がると、手術着を着た大陸人の女性が切除部に手をかざし、祈りの言葉を唱えた。



「『地と記録の神』よ、彼の者の傷を癒したまえ……」



 切除された腸がみるみる正常な形に復元されていく。

 この奇跡の光景に日本人の医療関係者や羨望や嫉妬、呆れの目で見つめている。

 だが彼女の癒しの奇跡では、腸を回復させるだけで限界だった。

 倒れ混みそうな脱力感に、他の看護師が体を支え、椅子に座らせて額の汗を拭き取ってくれる。

 患者の開腹された部分は、通常の医師達が縫合を行っている。

 幸いなことに契約では奇跡の力を使用するのは、手術が予定されてる日は一日に一回。

 西陣中央病院に限らず、市内の病院全域を複数人の奇跡の力の遣い手で担当している。


 彼女の名前はマリーシャ・武井。

 れっきとした大陸人であり、日本人の都市に居住・労働が許された際に、戸籍登録の必要から付けた通名である。

 元々孤児院出身なので家名は無いし、孤児院では一番多い同名が多いマリアという名前だったので、通名が許可されたのは望むところだった。

 武井と家名は、西陣市に来る途中の汽車で読んだ雑誌に載ってたモデルの苗字から採用した。


 奇跡の力が使えるようになったのは、孤児院を運営していたのが『地と記録の神』の教団であり、神官に準ずる生活や教育を受けていたせいだろう。

 初代皇帝の定めた法で、神殿には孤児院や施療院を併設し、運営することを義務付けられている。

 マリーシャが育った孤児院もそんな孤児院の一つだった。

 その中でも資質があったのか、神の声が聞こえて奇跡の力が使えるようになった。


 問題は彼女は神殿に仕える動機が全く無かったことだ。

 それでも育ててくれた恩から、最低限の奉仕の義務を果たすと、侍祭の階位を貰って神殿から出た。

 侍祭は奇跡の力を使える者の最下位だが、身元保証としては最適な物だった。

 最初は村や町で癒しの力を生かした診療所でも開こうかと思っていた。

 義務奉仕の時に隣接する施療院で、最低限の医療も学び、従事していたからだ。



「でも診療所を開く為の資金も無かったし、地域医療は各教団の神殿や引退した神官の縄張りだったのよね」

「ああ、既得権益を持った先人がいたのね」



 仕事が終わり、マリーシャは看護師の友人達と居酒屋でビールを飲んでいた。

 看護師の宮嶋杏子や春沢美幸が酒の肴に、マリーシャの話を聞いていた。

 そういえばマリーシャは成人していたか杏子は疑問に思ったが、大陸人に飲酒に関する義務年令は無かったと、気にするのを止めた。

 最もここは日本の領土内なので、日本人の法律が適用されるのだが、最近マリーシャの好物となった唐揚げを頬張ってる姿が可愛くてどうでもよくなっていた。

 まあ、彼女達も酔っていたのだ。



「最低でも村の出身者とかだったらあ~ 

診療所に就職出来たんだけど、これも枠が埋まっていたの。

職の無い村の未亡人とかを看護師として雇用する制度まであったし、地元の冒険者の大事な仕事だったりね」



 これも皇国の初代皇帝が定めた法だ。

 ただし、本来ならそこまで雇用の枠が埋まる程では無かったのだ。

 当時は日米含む地球系連合軍との戦争で、未亡人や孤児が急激に増えていた。

 奇跡の力に目覚めていたマリーシャがあっさりと教団を抜けれたのも、教団のキャパシティが逼迫していた事情もある。


 冒険者も依頼の仕事として、地域医療や老人介護も含まれている。

 冒険に出なくても日銭を稼ぐ事が出来るようにする為だ。

 その費用は領主からの寄付や年貢や徴税官に支払った税金から積立てされているらしい。



「医療保険みたいね。

初代皇帝って、凄かった」

「そのおかげで、私は仕事にあぶれたけどね。

それに終戦時の混乱で、財源に流用されたりで破綻や廃止となった領地も多いわ」



 奇跡の力があった分、医療費が高騰しなかったのも大きい。

 命に対する諦めが早かったのもある。

 助からない、長期の負担になると判断された患者は、早々に永眠させられたのだ。


 日本人看護師の二人は、多少の問題はあったかもしれないが、そんな制度が千年近く前に考案され、続いていたことにも驚いていた。



「でもマリーシャはその後はどうしたの?」

「冒険者ギルドには登録してたから、日銭を稼ぐ毎日だったわよ。

そんなある日、地元の冒険者ギルドが日本に買収されて、新しいギルドのスタッフにスカウトされたの。

『貴女の奇跡の力を日本が新しく造った町で活かして見ませんか?』と」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ