火遊びの代償
大陸南部
エウローパ市郊外
「死んだらカーちゃんに会えない!!」
「じ、冗談じゃない、死んで堪るか!!」
各貴族軍も潰走といってよい状況で、陣幕や塹壕から兵士達が飛び出してくる。
騎士達はこの事態でも秩序を保っており、潰走する兵士を押し止めようとするが、馬も騎竜も優先して塹壕に入れてあるので移動もままならない。
「本陣だ、とにかく本陣を守れ!!」
叫ぶ騎士を双眼鏡から眺めて、上手くいったと長沼一佐はほそく笑む。
「これで犠牲者は最小限。
いや、連合軍の撤収もあり得るな」
だがその言葉を裏切るように銃弾が、連合軍の将兵に浴びせられ薙ぎ倒されていく。
信じられないと唖然とする長沼一佐に石出二等陸尉から報告が入る。
「エウローパの都市憲兵隊の予備隊です!!
本隊はバウマン少佐が抑えてましたが、予備隊に市長の命令が伝わったようです」
「これ以上はただの虐殺だ。
あの市長、余計なことばかりしやがって!!」
予備隊は市民からの徴用兵で構成されている。
出来ることは、『伏せろ!!』、『撃て!!』くらいの筈だと侮っていた。
いや、実際そうだから、連合軍を撃っているのだろう。
「装甲車両を集めろ、割って入る!!」
隊員達は長沼一佐が何を言っているのか、理解できなかった。
それでも訓練通りに身体は動いていた。
長沼一佐は、指揮通信型のAAV-7水陸両用強襲車に飛び乗り、エウローパ市側からの銃弾の雨に曝されながら、貴族連合軍との間に割って入る。
それに連なる形で、7両の水陸両用強襲車が壁となって銃弾の雨を受け続ける。
「隊長、反撃は!?」
「反撃は許可出来ない。
全車、耐え忍べ!!」
大陸南部
トリビオン伯爵領
トリビオン伯爵は、アルバレス侯爵の要請で軍を派遣したが内心では日本と事を構えることを恐れていた。
動揺を静めるために庭で薔薇の手入れをしていたのだが、突然の轟音とともに、航空自衛隊のF-2戦闘機が低空で屋敷を掠めた。
屋敷の屋根瓦が衝撃で落下して、侍女や使用人の悲鳴があがる。
伯爵は腰を抜かすことは無かったが、ガウンの中では足を震わせていた。
同様に航空自衛隊のF-2戦闘機やRF-4偵察機が連合軍に参加してる貴族の領地の城や館を掠める報告が相次いだ。
連合軍を組織している手前、連絡を密に出来るように手段を講じていた。
領主達の不安はすぐに家臣や領民にも伝染していく。
「日本を怒らせたか」
トリビオン伯爵の脳裏には、数年前に瓦礫の山と化した皇都の姿が思い浮かぶ。
当時は侯爵家だったトリビオン領から父や私兵軍を任せられた次兄が出陣した。
皇都では嫡男一家が皇都屋敷を切り盛りしている。
日本との戦争が始まり、皇帝陛下の命令による貴族軍召集による出陣だった。
数日後、皇都が壊滅したとの報を受け、僅かな手勢と竜を走らせて、皇都に向かうはめになった。
その目に映ったのは、見渡す限りの瓦礫と死体の山だった。
勇壮なる皇城はどこにも無く、きらびやかな皇都は焼け爛れた死体で埋め尽くされている。
父や次兄、嫡男一家も焼け爛れた死体で見分けがつかない。
それから当時は皇弟だったソフィア大公が王として即位し、日本との和平が成立した。
自分もトリビオン伯爵として叙爵したが、あの時の悔しい気持ちは忘れてはいない。
今回の企ても日本と王国との国力の差を埋めるべく、加わったのだ。
だがそれ以上に圧倒的な暴力に対する恐怖も再び込み上げてきていた。
「早馬をエウローパに派遣している領邦軍に送れ、決して戦闘に参加してはならぬと。
今すぐに退けと」
早馬が間に合うことに一縷の望みを託していた。
エウローパ市都市憲兵隊
エウローパ市都市憲兵隊の実働部隊を指揮するバウマン少佐は焦っていた。
突然、別動の予備隊が攻撃を始めて、自衛隊の部隊が銃火を遮るように割って入ったからだ。
「いいから発砲をさっさと止めろ!!
誰が攻撃をして良いと言った!!」
『市長です』
「何?」
『最高指揮官である市長が車で乗り付けて、大声で予備隊員達に射てと叫びまして』
無線機の向こうにいる予備隊員の指導の為にいる正規隊員の言葉にバウマン少佐は絶句する。
「だからと言って、攻撃対象は貴族連合軍だろうが!!
今は友軍の自衛隊を攻撃している。
さっさとやめさせろ」
都市憲兵隊が予備隊員の手綱を握る為に派遣したのが30人余り。
連隊規模の予備隊に命令が行き渡らないのか、中々攻撃が止まない。
そうこうしていると、多数の車両が予備隊陣地に乗り付けて隊員達が飛び出して行く。
「あ~あ、知らないぞ」
エウローパ市都市憲兵隊予備隊陣地に駆け出していったのは、在アンフォニー第六分遣隊隊長の柴田一等陸尉だった。
その後に続くのは、第六分遣隊や石出二等陸尉の鉄道連隊の隊員、そしてAAV-7に乗れなかった水陸機動中隊の隊員120名ばかり。
「どいつもこいつもバカ野郎ばかりだ!!」
攻撃を命じたアントニオ市長も攻撃を一身に受けに行った長沼一佐も別ベクトルで、罵倒の対象になっていた。
そして、勢いのままに発砲を続ける都市憲兵隊予備隊隊員を殴り付けた。
殴り飛ばして、発砲が止まれば次の予備隊隊員を殴り付ける。
他の自衛隊隊員達も都市憲兵隊予備隊陣地に雪崩れ込んで、たちまち乱闘騒ぎになった。
自衛隊隊員達は防弾チョッキ3型を着ているとはいえ、発砲中の相手を細心の注意を持って、乱闘に持ち込んでいた。
一方、予備隊員達は命令を守って発砲をしていた筈なので、突然理不尽に殴られることに怒り出す者が多発した。
それでも大陸にはいないはずの亜細亜系の外見の相手には、発砲するほどには理性は失っていない。
なにより、
「命令は間違いだ、射つな、射つな!!」
と、叫んでいる憲兵隊正規隊員の姿に素手で自衛隊を迎え撃つに留まっていた。
「なにやってるんだ、アイツら?」
味方の醜態に高麗国から派遣されていた柳基宗少佐をはじめとした派遣部隊指揮官達は呆れ返っていた。
事情は長沼一佐から聞かされてたが、この場の最高位者が揃って混乱の渦にいる。
最もエウローパ側からの銃火は鎮静化しつつあり、柳少佐達は、貴族連合軍側に銃口を向けていた。
エウローパや自衛隊の思惑はどうあれ、友軍を攻撃する貴族連合軍を射たない選択肢は彼等には無い。
政治的心情から攻撃を躊躇う自衛隊やただ攻撃をして敵を殲滅すればよいと考えるエウローパと違い、危険に晒された味方を救うという単純な理由が彼等にはあるのだ。
それでも攻撃を控えていたのは、なんとなく弾薬が勿体ないからだ。
誰か他の指揮官が先に攻撃をしてくれないかと、躊躇っているうちに、放棄された筈の塹壕から騎竜が一騎、飛び出していた。
駆け抜ける騎竜は、たちまちのうちに長沼一佐達がいる水陸機動中隊の車両の隙間を抜けていく。
「なんだと!?」
ハッチから顔を出そうとして、まだ貴族連合軍側に攻撃を晒されている状況なので引っ込める。
「あれは……」
「射ちますか?」
「いや、いい。
一騎くらいは連中に任せよう。
こっちは貴族連合軍に催涙ガスを撃ち込んでやれ」
非殺傷兵器だが、ようやく反撃が出来ると、各水陸両用車はエンジンを震わせて、距離を詰めて発射筒から
催涙ガス『S型』発射する。
警察の機動隊が使用している暴徒鎮圧用のガス弾と同じものだ。
水陸両用車両に攻撃を続ける貴族連合軍の陣地に複数投擲され、噴出された化学合成ガスが、騎士や兵士達の目に入り、激しい痛みを感じさせる。
涙や鼻汁が視界や呼吸を困難にし、激しいクシャミが出て、行動を阻害していった。
如何に勇敢な騎士であろうともこうなっては抗うことも出来ない。
重くて後退が遅れていた大砲が水陸両用車両に踏み潰されたり、車両から内部操作された主武装の12.7mm重機関銃M85や40mm自動擲弾銃Mk.19 12.7mm重機関銃M2で粉砕していく。
僅かに小銃や槍で攻撃してくる者もいるが、水陸両用車の装甲には歯が立たない。
慎重に人は射たない余裕の戦いぶりに貴族連合軍で、最後まで踏み留まっていた騎士や兵士達が潰走していく。
「決まったな。
後は……」
長沼一佐は先程の一騎駆けした騎竜のことが気になっていた。
自衛隊と大乱闘が続く、エウローパ都市憲兵隊予備隊陣地では、どさくさに紛れて呂宋軍警察中隊200名が加わっていた。
何故、呂宋軍警察中隊が加わってたかというと、ニーナ・タカヤマ市長による。
「普段は安全なところにいて、自衛隊が危ないところで颯爽と助けなさい」
と、いうありがたい訓示によるものだった。
確かに自衛隊の精鋭だし、相手も民間徴用の予備隊隊員だが人数が十倍は違う。
もちろん予備隊隊員達は乱闘に半分も参加していないが、すぐに自衛隊側を圧倒し始めた。
「いや、銃撃は収まったんだから双方拳も収めろよ」
と、叫んでいるバウマン少佐は、その直後に殴り飛ばされている。
アントニオ市長は攻撃を邪魔した自衛隊に怒り狂い、乱闘の真っ只中に突入し、指揮官の柴田一尉を探す。
自衛隊隊員達もスーツ姿のアントニオ市長を完全に無視して乱闘を続けていたので、すんなりと前線まで辿り着いた。
念のために落ちていた小銃を拾ったところに一騎の騎竜が突入してきた。
もう戦い自体は終わったと思っていた自衛隊も呂宋軍警察もエウローパ都市憲兵隊も慌てて道を開けると、アントニオ市長が一人取り残されて、腹部を槍の柄で薙ぎ倒されて失神した。
「パプリーアス子爵が嫡男、アーネスト!!
貴軍の総大将アントニオ・ヴェッサローニを一騎打ちにて勝利し、捕虜にした!!
身代金の相談は、戦が終わったのちに承る。
道を開けられたし!!」
思わずどの隊も道を開けて、アーネストを返してしまう。
アントニオ市長は騎竜の背に乗せられていた。
暴れないように手首、足首が縛られて、猿ぐつわを咬まされているが誰も取り戻そうとしない。
アーネストの帰路には長沼一佐がハッチから身を乗りだし、拍手していた。
「お見事。
まあ、お手柔らかに頼むよ」
気を失っているアントニオ市長は目を覚まして、助けて欲しそうな顔で見ているが、
「まあ、一騎打ちの作法の結果です。
諦めて下さい」
紛争自体は地球側の勝利だし、戦死者もいない。
貴族連合軍側は数十人の戦死者を出した。
捕虜の1人ぐらいは仕方がない気分だった。
日本人じゃないし、あとはエウローパ市が勝手にやってくれな気分だった。
後日、長沼一佐はホテルのロビーでハーベルト公爵家夫人ローザマインと会見していた。
「撤収前の最後のご挨拶と思いまして」
「それはご丁寧に。
でも怒られなかったの?
アントニオを捕虜に取られて」
その点には総督府は全く言及しなかったどころか、労いの言葉を贈られていた。
アントニオ市長は職務遂行が不可能として、代行の市長が立てられていた。
貴族連合軍もハーベルト公爵家を仲介として、和平に応じて来た。
アントニオ元市長がトリビオン伯爵家に婿入りさせられるかは、いまだに交渉が続いている。
武勲を一人たてたアーネストは、パプリーアス子爵家の家督を継ぐことになった。
「総督もアントニオ市長の傍若無人振りに辟易していたようで、痛い目に合って貰ったことで溜飲を下げたようです」
「あなた方よく、今まで同盟を保ててたわね。
まあ、いいわ。
今回はお願いがあるの……」
長沼一佐は身構える。
「お伺いしましょう」
「今、お腹にいる子がアントニオとの子供という証明が欲しいの。
日本にはその技術があるのでしょう?」
今度こそ長沼一佐は、ソファーごとひっくり返っていた。
「いや、もう勝手にやって下さい」
関り合いになるのはもう御免だった。




