移民 後編
新島一家は長男の晴久が汽車に乗り、女子供達と福崎市に向かっていた。
その間に晴三の祖父利光、父晴利、晴三の弟晴史の免許のある男手3人は、大陸に持ち込んだ車で中継地点である新京特別行政区を目指すことになる。
移民達の車両は31両に及び、98名が一団となって京浜道を進む。
制限速度は時速90キロ。
約80分程で、那古野市に入ることが出来る。
那古野市はその名の通り、名古屋市からの移民が大半を占める町だ。
こちらに寄港した移民船からも降ろされた車両が合流する手筈になっている。
そこからほぼ同じ速度、距離を走行し中島市に入る予定だ。
途中休憩を挟み、約6時間ばかりの行程だ。
また、先導する車両は自衛隊の軽装甲機動車であり、最後尾には高機動車2両と73式中型トラックが張り付いている。
これらの車両は移民達の車両を伴走警備する為のものだ。
動員された自衛隊の規模は普通科1個小隊。
彼等にとっては定期的な日帰りパトロール任務の一環である。
「東部地域ではあまり活動が見られませんが、皇国残党軍によるテロを警戒しています。
他にも日本人を狙った山賊や盗賊とか、一度に大量の人間が動くことを嗅ぎ付けたモンスターとか、結構掃討したのですがたまに現れるんですよ」
「皇国軍が壊滅して王国軍の規模の演習では、駆逐出来ないらしく、各領地で行われていた領主による狩猟も小規模化して、モンスターが増えちゃったんですよね」
説明してくれる自衛官達は気軽に言ってくれるが、大陸に到着してまだ1日程度の移民達には壮絶な光景が頭に過っている。
実際のところスタンピード現象における各地の被害は軽視できるものでは無い。
王国軍や貴族の私兵、自衛隊をはじめとする地球系同盟都市の各治安部隊まで駆り出されて駆除にあたっている有り様だ。
特に大陸の農村部の民達に被害が出ると、賠償金代わりの年貢に響くのだ。
とにかく自衛隊の護衛は有難いのだが、自衛隊の警備に便乗する形で、都市間市営バスや荷物を積載したトレーラー、古渡市の乗用車も後に続く。
これらの民間人が72名。
総勢200名からなる一団は、予定から少し遅れて出発する。
「線路と幹線道路が並行になっているのは助かるな」
運転している晴利が感慨深そうに呟いている。
線路は道路より外側の海に面して張られている。
道路沿いの防音壁は、大森林からの野性動物の侵入を防いでいた。
そのせいなのか、ところどころに破壊されている場所や補修箇所が見受けられる。
幹線道路も安全では無いことを示していた。
新島家の男達にはコンクリートの外壁を破壊できるモンスターとはどんなのなのか想像が出来ない。
「見ろ、交通誘導の警備員だ」
「工事でもしてるのかな?」
サンルーフから周囲を警戒していた晴史が双眼鏡で捉えた方向を指差している。
確かに道路の片側車線を塞ぐように制服を着た警備員が旗を振っている。
先頭を走る自衛隊の軽装甲機動車が停車し、警備員から事情を聞いているようだ。
もう一人の自衛官が拡声器で注意を促している。
『この先で、モンスターによると思われる防壁の破壊が確認されました。
現在、道路公団による補修工事が行われております。
各車両は誘導に従い徐行で通過をお願いします』
この間にドライバーの腕や自動車の性能、荷物の過多により伸びていた車列も修正されていく。
交通誘導員の誘導に従い、工事現場が行われている車線の横の反対車線を車列が通過する。
その後方には道路公団の黄色い車両の姿が見受けられる。
本国にいるノリで交通誘導員を軽視して、悪態を吐く若者もいた。
しかし、交通誘導員達が一様に刀や拳銃で武装していることに驚き、それらを手を掛けながら若者に指示に従う様に詰め寄っている。
激昂した若者が唾を吐くと、一斉に刀や拳銃を突き付けて威嚇する。
よく見てみれば警戒の為に槍まで持たされている交通誘導員までいる。
交通誘導員が武器を持って、民間人に詰め寄っているのに、それを自衛官達は止めようとはしない。
「お、おい、何みてるだけなんだ!!
助けろよ、コラッ!!」
悲鳴を上げた若者に助けを求められ、ようやく一人の自衛官が彼等の間に割って入る。
ほっとした顔の若者の期待を裏切り、自衛官は一言だけ若者に言った。
「後がつかえてます、誘導に従って下さい」
ここは本土とは違うことを再び実感させられる。
「あれ、大丈夫なのか?」
晴利が付近で交通整理を手伝っていた自衛官に聞いてみる。
「ああ、実際に発砲したり、斬り付けなければ威嚇の範囲で始末書にもならないでしょうね」
「いや、本国なら鉄砲向けただけでも始末書じゃ済まないでしょう?
威嚇だけでも新聞沙汰だぜ」
自衛官は不思議そうに首を傾げ、急に何かを思い出したように柏手を打つ。
「ああ、本国ではそうでしたね。
帰国した際には我々もうっかりやらないように気を付けないと」
自衛官達もやっているらしい言葉に、晴利はドン引きしつつ誘導に従い車を前進させる。
暫くして京浜道の中間地点に設置している神那監視所が姿を見せる。
それは一見すると、要塞化されたサービスエリアであった。
普通のサービスエリアと違うのは、強固な外壁とタワー状の監視塔の存在である。
自衛隊の車両や大砲、ヘリコプターが置かれている。
警察や各治安機関の連絡所もあるらしく、広い駐車場には様々なパトカーも駐車している。
道路公団も事務所を置いており、黄色い車両や工事用の重機の姿も見える。
「給油や車両修理の施設もあるらしい」
「レストランやお土産コーナーまで完備か、足湯にマッサージコーナー?」
「異世界の大陸に来てまで土産物が饅頭に煎餅か、武器屋?」
新島家の男達は案内の看板を見ながら苦笑を禁じ得ない。
まだ、土産を買う余裕や食事をする空腹感は無いが、トイレタイムで予定通りに一行は立ち寄った。
先を急ぐ便乗組の車両は立ち寄らずに先に進む。
3人はせっかくだからと足湯に浸かっている。
湯に浸かりながら晴史がカタログに目を通している。
「さっき武器屋を覗いてみたが、刀剣に槍、弓矢に拳銃、手裏剣とバラエティーに富んでいたよ。
でも気軽に手に入る値段じゃないな」
「街中ならともかく、こんなところで買いに来る人達がいるのか?」
晴光が疑問を口にしていると、駐車場に3台の軽トラックが入ってきた。
移民団とは別口の車両だ。
公団のクレーン車が軽トラの荷台から何かを吊り下げて宙吊りにしている。
晴光がその光景に感嘆の声を挙げる。
「でかいイノシシだなあ!!」
「いや、でかすぎだろ」
晴利は呆れた声をあげている。
全長4メートルを越えるイノシシなどは見たこともない。
それが3匹。
「あいつが外壁を破壊した奴らしい」
「ワイルドボアか、でかいな。
600キロは有りそうだ」
見学に来た自衛官達の声が聞こえる。
本国でもイノシシの被害は転移前から報告されていたが、大陸のは桁が違うようだ。
ワイルドボアとは日本語だとイノシシのことだが、大陸ではイノシシのモンスターの名前として定着しつつある。
大陸の人々は単に『でっかいイノシシ』としか呼ばない。
ワイルドボアの名称は、日本人学者が勝手に命名したのが登録されたものだった。
「あの怪獣みたいの自衛隊が倒したんですか?」
晴史が彼等に声を掛けている。
自衛官達は手首を振って否定して指を指す。
獲物の側で写真撮影をしている一団がいる晴利達の目からはコスプレイヤーの撮影会にしか見えない。
「この付近で活躍している冒険者のパーティーだよ」
「全員日本人?
いや、大陸の人もいるのか」
パーティーに白人がいるので、逆に安心した気分になる。
「いや、あれロシア人のアンドレセンさん。
転移前は格闘家で確かに強かったけど……
仕留めたのはリーダーのあの弓と薙刀持ったおばさんの市原さん」
袴姿の恰幅のよい女性がピースでカメラに応えている。
「あのおばさんが」
「日本人冒険者では有数の実力者だ。
神居の剣豪佐々木会長とどちらが強いか話題になっている」
「佐々木会長って?」
「出発時に炊き出ししているお爺さんがいたでしょう、あの人」
「あの爺さんそんなに凄い人なんだ!!」
とんだ買い被りである。
盛り上っている中、吊り下げられたワイルドボアの血抜きが行われている。
その濃厚な臭いに、先ほど交通誘導員に悪態を付いていた男が口を抑えてトイレに駆け込んでいった。
「ああ、移民さん達にはキツかったかな?
ごめんね」
市原女史が困ったように謝罪を振り撒いている。
他にも4人ほど移民達が血や肉の臭いに具合を悪くしたので、暫くこの監視所で休憩することになる。
暫くして移民達が落ち着きを取り戻すと、市原女史のパーティーからお詫びと称してワイルドボアの肉が切り分けられ、移民達に御裾分けが行われていた。
軽トラでも無いと運べない獲物だったので、通常は討伐対象の確認部位や一部の肉を食料、素材に使える部位を切り取るだけで投棄するだけだった。
今回は運良く防音壁工事の軽トラックが空荷で近くを通ったから乗せて運ぶことが出来たらしい
勿論、監視所にいた自衛隊の衛生科の隊員や保健所職員による検査済みの肉だ。
新島家もクーラーボックスにビニール袋に包んだ生肉を入れて保存する。
「母さん達、イノシシの肉なんて調理できるかな?」
「や、焼けばいいんじゃないかな?
焼肉とかステーキみたいに」
新島家の兄弟達は額に汗を浮かべる。
「そもそもイノシシの肉と同じ様に考えていいのか?」
「いや、でかいだけでイノシシなんでしょ?」
晴三も首を傾げる。
貴重な食料は無駄には出来ない。
携帯電話で先行している列車組に遅延と土産の肉を手に入れたことを連絡して出発となった。
神那監視所から新京までは何事もなく順調に進み、中島港から上陸した移民達の車両も合流してくる。
夕方になる頃には、新京特別行政区に到着した。
移民団はすでに大都会化している新京の光景に驚きを隠せない。
さほど高層なものは無いが、本国の中核都市に負けない程度のビルディングがある。
ところどころに大陸風の御屋敷も見受けられる。
「あれが大陸貴族の屋敷らしいな。
ちょっとした観光名所になっているらしい」
新島家の祖父利光、父晴利、三男晴史の三人は、家財道具を積んだ車両で、植民先の福崎市に向かっていた。
その途中で都会化した新京特別行政区に立ち寄ってはしゃいでしまうのも仕方が無いだろう。
利光が監視所の売店で購入したガイドブックを見ながら解説してくれる。
大陸風な建築物に貴族の家名が書かれたガイドブックである。
「個人情報はいいのかな、これ?」
それはそれとして後部座席からカメラを取り出し、大陸総督府となっている新京城の写真を撮り出す。
「あれが大陸総督府である新京城か。
大陸なのにわざわざ和風の城を建てたんだな」
意外なことだが、日本の支配地域に旧皇国の大規模な城は少ない。
新香港はノディオン城、百済にはエンハンス城がある。
日本の支配地域では、リューベック城やフィノーラ城くらいである。
日本は他の地球系都市と違い、大規模な建築能力を保持している。
大規模な城や都市を貰っても開発の邪魔になるだけなのだ。
もちろん領主の館や代官所は存在したが、新京では迎賓館としての役目を終え、郷土資料館として改修工事中である。
大陸東部は皇国にとっても辺境であり、半分近くが天領となっていた。
当然、大陸の住民も他の地域に比べれば少ない。
戦後の住民感情や統治の面倒さも日本が東部の割譲を選択した理由だ。
すでに日が沈み初めている。
都市間の道路にも街灯が設置されてるが、まだまだ危険も多い。
今日は車で進めるのはここまでだった。
この夜は新京の宿泊施設に泊まることになる。
宿泊施設での夕食後は自由行動が許されているので、三人は街を散策に乗り出す。
道の駅っぽい監視所でも武器屋を覗いてみたが、さすがに新京は品揃えが違う。
「銃はいいが弾丸は高いよ。
町に住むだけなら刀剣か、拳銃にしときな。
勿論拳銃は最後の武器だ」
店の親父はどや顔で決め台詞を語っている。
「あと刀剣は講習、銃は学校に通った後に試験が有るからな。
運転免許と同じで、射撃学校と免許センターでの免許交付後に初めて銃が買えるようになる。
ああ、街の自警団に参加すれば訓練で、射撃学校に通ったのと同じ検定資格を得られるよ」
やはり武器の所持は大陸といえど、甘くはないようだった。
悩む晴史は別の武器を探してみる。
「今すぐ持てる武器は無いのか?」
「ならこれが売れ筋だ」
そうやって出されたのは、檜の棒だった。
「金属バットの方がマシじゃね?」
「値段は金貨3枚、日本円で9千円な」
「修学旅行の木刀と比べれば暴利すぎないか?」
「まあ、現実的に考えると鉈や山刀かな。
本国より、値段は高めだが1万円から10万円くらい。
予算的にもこのへんが打倒な線だと思うぜ」
結局、店主に勧められた刃物を一人1品買うに留めた。
これ以上の高価な買い物は家族会議が必要だろう。
武銀屋を出た後は、酒場に寄って少し豪勢に大陸の食べ物や酒を試してみる。
山海の美味を大量に味わうのも久しぶりだ。
帰り道は貴族の女性を見掛けては、3人ともデレデレになっていた。
宿泊施設にどうやって帰ったかは覚えていない。
翌朝、朝食後に割り当てられた順番に車両は出発する。
次の街は中島市だが、ここは大阪市民が主に移民した街だ。
中島市の市名の由来は、大阪市にあった中島藩から取られている。
航空自衛隊の司令部も置かれており、大陸で最も航空自衛隊の隊員が多い街でもある。
今では見慣れたが、多種多様な自衛隊車両がひっきりなしに動いている。
晴史が興奮するのも仕方がない。
「おお、戦車だ」
自衛隊の74式戦車だった。
在日米軍の兵器を基本的に使用する第16師団だが、戦車だけはどうにもならなかった。
在日米軍は戦車を保有してなかったからである。
大陸との戦争が始り、増強された各師団、旅団に戦車部隊が配備されることが決まった。
転移前は戦車部隊は次々と廃止する傾向があった。
しかし、転移後は『隅田川水竜襲撃事件』の影響もあって、大型モンスターに対する近接での一撃必殺の能力が求められたのだ。
転移時の混乱で、生産が決まっていた16式機動戦闘車の開発が凍結したことも大きい。
10式戦車の増産が決まり、色々と性能をオミットした10式戦車Eが増産された。
世間では『簡単10式』とか呼ばれている。
それらを差し引いても大陸の第16戦車大隊に10式戦車や90式戦車がまわってくることは無かった。
どっちも運ぶのが重いし、74式戦車でも大陸では十分な戦力なのも間違いない。
74式戦車は市の外郭で、屋根のある東屋の下に鎮座している。
よく見れば、外郭のそこかしこに似たような光景が見られる。
駐屯地から一々移動させるのも燃料費が掛かるので、要所に予め配置して砲台代わりにしているのだ。
その傍らでは隊員達が家庭菜園に勤しんでいる。
あの家庭菜園が無事なうちは、この中島市は平和なのだろうと晴利には思えた。
ちなみに余談だが、在日米軍は戦車を保有していなかったくせに、砲弾だけは腐るくらいに保管していた。
中島市を通過すると、次は古渡市だ。
主に名古屋市民が入植した市だが、特色は特に無い。
昼食と休憩だけして次の福崎市に向かう。
長兄の新島晴久一家が住んでいる福崎市だ。
福崎市は現在の福岡城が建てられた地の地名に由来する。
肝心の晴久一家は、休暇を取って新宅の掃除や先に届いた荷物を家に運び込んでくれている。
この時点で、日が暮れて暗くなっている。
もう少し頑張れば福崎市には到着出きるが、福崎市ー古渡間は夜間の通行が規制されている。
福崎市は主に福岡市民が移民している町だが、まだ設立から半年程度しか経っていない。
まだ、住民達も夜に出歩く余裕は無い。
宿泊所は新築なので安心だが、夜に出歩いても買い物や遊べる店が少ない。
翌朝、朝食後に出発し、特に何事もなく福崎市に到着する。
重装備の警官が警備するゲートを検問の後に通過し、割り当てられた住居に向かうことになる。
「おっ、いたいた」
晴史が携帯電話で連絡を取り、ゲートまで迎えに来ていた晴三を車に乗せて案内してもらう。
案内された家は屋敷のようにでかい住宅だった。
学校のグラウンド並みに広い庭付きである。
自衛官をしている長男一家のお陰で、多少は優遇された結果だ。
「まあ、普通は学校の体育館くらいの広さかな?」
「例えがわかりずらいよ、兄貴」
案内をしてくれた晴三の説明に晴史が肩を竦める。
一軒一軒がこの規模の敷地を持っている等、本国にいる頃からは考えられない。
最も新島家と次男の義理の両親合わせて13人で住んでも広すぎる。
「今日は疲れたでしょう。
荷物は明日からでいいから先にお風呂にでも入っちゃいなさいよ」
妻の明美に言われて晴利は
『大浴場か?』
とツッコミたくなる風呂に浸かる。
そのうち、ややクセのある肉を焼いた匂いが漂ってくる。
例のイノシシの肉なのを察してため息をはく。
風呂から揚がると明美に御近所迷惑にならないか聞いてみる。
「私も気になったけど、御近所さんの大半が同じメニューみたい」
と、言われて深く考えることをやめた。
新天地での新たな人生が平和で実り多きものであることを信じて




