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日本異世界始末記  作者: 能登守
2027年
62/266

旅の路線

 新香港

 小龍港


 新香港武装警察沿岸警備隊が母港する小龍港では、大陸系の兵士達が停泊しているクルーズ船に乗り込んでいた。

 そこにまた到着したばかりのマイクロバスから兵士達が降りてくる。

 港を警備する武装警察官の湯正宇大尉は、マイクロバスから降りてきた兵士達を誘導する任務に就いていた。


「諸君等が乗船する『中華泰山号(チャイニーズタイシャン)』は、7番桟橋に停泊している。

 誘導に従って乗船せよ」


 どの船も客船ばかりなので白一色であり、目が痛くなってくる。

 同じ様な船ばかりで困惑する兵士達は、ふらふらと他の船に乗り込もうとして誘導の武装警察官に注意されている。

 兵士達といっても武装している者は一人もいない。

 武器も防具も貨物船に積み込まれて、西方大陸アガリアレプトに到着と共に兵士達に供与される。

 それにも関わらず人数は膨大であり、武装警察官達は銃器で武装し、警戒を怠らない。


「まあ無理もないか。

 我々は王国軍じゃないからな」


 元皇国宮廷魔導師にして皇国軍残党として捕虜となったマドィライは、必要以上に自分達を警戒する武装警察官達にうんざりしつつ呟いた。

 今のマドィライは丸腰であり、魔法の発動体である杖も指輪も取り上げられている。

 勿論、簡単な魔法なら使えるが、こんな場所では意味がない。

 ことの起こりはマドゥライが不覚にも捕らえられたリューベック城でのことだった。

 囚われの同志を救出するという崇高な作戦は、自らも囚われの身になるという不名誉な結果に終わった。

 作戦に参加した同志達のほとんどが戦死という惨憺たる結果だったが、魔力を出し尽くして気を失ったマドゥライは生き残ってしまった。

 小貴族の三男だったマドゥライは、捕虜となるが実家から身代金は支払われなかった。

 そんな金は無いからだが、家族からの謝罪文に落胆しつつ、リューベック城の書物の翻訳という仕事を割り当てられて身代金の積立てを行うしかなかった。

 幸い同期の首席マディノ元子爵ベッセンほど魔力は無いが、学科では遜色の無い成績を誇っている。

 順調に翻訳を行っていたある日、傀儡の王国政府の使いが城に現れて、志願兵の募集を行った。

 恩赦による釈放に釣られて、大半の捕虜が志願した。

 マドゥライもその一人だ。

 武器にならない手荷物を入れたカバン一つ持たされ、新香港に列車を使って送り出された。

 問題はどこに連れてかれるか聞いてないことだ。

 新香港に集められた志願兵並びに徴用兵は約四万人。

 捕虜達は元騎士や兵士達だったが、別の船に乗船する志願兵の顔ぶれを見るに違和感を覚えた。


「ああ、気付いたか?

 あんたらは捕虜からの志願兵なんだが、あいつらは大陸北部や東部の牢獄や鉱山から徴用された囚人達だ。

 今回の派遣軍の八割くらいはああいった徴用兵だぞ」


 困惑した顔で立ち止まっていたマドゥライに、湯大尉が声を掛けて教えてやる。


「囚人?」

「まあ、当初は冒険者や傭兵を募るつもりだったが、どいつもこいつも既に契約や冒険に出掛けてて捕まらなかったそうだ」


 囚人と一緒にされるのは屈辱だが、弾除けと考えれば気が晴れるものだった。

 徴用兵と志願兵は別の船に乗り分けられている。


「あんたの割り当ては?

 ああ、『中華泰山号(チャイニーズタイシャン)』か。

 昔、何度か乗ったことがあるが、悪い船じゃなかったな」


 乗船前でたまたま船外にいた船長は、その言葉を聞き付けて抗議の声をあげる。


「湯大尉、あんたらまた、儲からない仕事を私達に押し付けた癖に、そんな上から目線で!!」

「マーマンの財宝を少しは横流ししてやったろ?

 結構な儲けだったと聞いてるぞ」


 口論を続ける二人をほっといて、マドゥライは指定された船に乗り込む。

 船は白亜の城と同じくらいに巨大な船だった。

 実際に『中華泰山号(チャイニーズタイシャン)』は通常は千四百名程を乗船させて運航されていた。

 最も今回は豪華客船のクルーズでは無く、兵員の輸送任務なので、食料や水を3ヶ月分と2千人ほどの兵員を乗せて、手狭になっている。

 それでも見慣れぬ地球系の客船はマドゥライ達には豪華な仕様に見えた。

 マドゥライが指定された客室には、広い部屋に木製ベッドが多数設置されている。

 残念ながら個室では無く、急遽仮設されたものだとみてとれる。

 本来は豪華な客室だったのだが、今回の航海に合わせて、家具やインテリア、アメニティは全て撤去されている。

 壊されたり、盗まれても困るが、兵員を多数詰め込む為だ。


「リューベックとあまり代わらないな、これでは」


 船の外には出れないのも共通している。

 書物や稼ぐ機会が無い分、環境的に劣るかもしれない。

 また、荒くれ者が多数乗り込むことから女性の船員も全て降ろされている。

 代わりに武装警察官が各船に乗り込むことになる。

 彼等は援軍では無く、西方大陸アガリアレプトで援軍を降ろしたあとはそのまま新香港に帰ってくる。

 マドゥライは鬱陶しそうに彼等を見るが、1ヶ月ほどの航海の付き合いと割りきることにした。

 もう一つのルソン船団にも同様にルソン軍警察の隊員が乗り込んでいる。

 ルソンにしても新香港にしても多数の人員が割かれるのが痛手となっている。

 また、稼ぎ手である船団がこの航海に拘束されるのには閉口していた。

 日本を除けば、この規模の船団を用意できる同盟国、同盟都市はこの二都市以外には無い。

 日本は膨大な人口の国民を食わすために大陸からの食料輸送を必要としていた。

 その輸送に船団を使用しているので、余裕は無いと提供を断っていたのだ。

 気落ちするマドゥライだが、暖房などの空調だけはリューベックより恵まれていることに安心する。


「あんたがお隣さんか、よろしくな」


 隣のベッドを確保した男が話しかけてくる。


「ハイルセッドだ。

 帝国軍時代はドーラン砦に赴任していた。

 どうやらこの部屋の住民は魔術師ばかりのようだな」


 言われてみれば、着ている服装や感じる魔力が魔術師のものだ。


「マドゥライだ、よろしく頼む。

 しかし、確かにこの部屋はご同輩ばかりのようだな」


 部屋で最も年長と思われる男がこちらの話に加わってくる。


「サーフィリスだ。

 帝国近衛魔術師隊に所属していた。

 私が聞かされた話だと、船ごとに軍団を、部屋ごとに部隊を編成するらしい。

 誰が指揮を執る立場になるかは、我々で勝手に決めろとのことだ」


 あまりの放置ぶりに抗議の声を上げそうになる。

 幸いなことに航海の間の中華料理だけは美味であった。




 新香港船団の護衛には、海監型3千トン級海警船『海警2307』『海警2308』の2隻が同行する。

 また、沖合いで日本の海上自衛隊護衛艦『くらま』、『ふゆつき』と合流することになっていた。






 しらね型護衛艦『くらま』


「暫くは護衛艦がこの大陸から離れるが、大丈夫なのか?」


 艦長の佐野二佐は危惧するが、『くらま』自体、先年の紛争に参加しており、ドックでの点検を必要としていた。

 新京地方隊に所属する護衛艦が3隻とも任地を離れるのだ。

 心配にもなるものだ。

 今回の任務に同行する『ふゆつき』は、本土から派遣されてきた援軍だ。

 しかし、『ふゆつき』以外に派遣され、この大陸を守る護衛艦が派遣される目処はたっていない。


「代わりに『ヴァンデミエール』がこっちに来るみたいですよ」


 副艦長の言葉に佐野は意外そうで、納得した顔をする。


「なんだ、ヨーロッパの連中ついに決めたのか」




 日本本土

 長崎県佐世保市


 佐世保湾の海上自衛隊基地は、旧在日米軍基地の返還ともに基地を繋げて運営されている。

 新たに組織された第三潜水隊群の母港がその旧在日米軍基地に造られた。


 ステパニダ海の戦いで勝利した第三潜水艦隊が凱旋してきた。

 しかし、一連の戦いで海上自衛隊で最も損害を出した艦隊だ。

 桟橋に停泊したおやしお型潜水艦『わかしお』、『ふゆしお』からは、外見からもわかる損傷が見てとれる。

 また、『わかしお』副艦長中井三佐をはじめとする戦死者の遺体が棺に入って運ばれてくる。

 防衛大臣乃村利正ら随員や乗員達の家族が沈痛な面持ちで黙祷を捧げる。

 乗員達も甲板の上に整列して、敬礼を捧げている。

 対照的に他の艦からは乗員の家族達による歓迎の声が聞こえてくる。


「横須賀や呉では凱旋のお祭り騒ぎなんだが、ここは葬礼の場になってしまったな」

「父から転移前ならデモ隊が殺到して大変だったと聞いています。

 私は子供の頃には安保や自衛隊に対する風当たりが強かったとは今では信じられませんね」


 大臣秘書の白戸昭美が喪服姿で首を傾げる。


「戦死者が出ても遺族も社会もあたり前のように受け入れて悼んでいる。

 時代というか、世界は変わったもんだ」


 一昔前、自衛隊の活動で死者を出そうものなら、基地の周辺をマスコミやデモ隊が取り囲み、鬼の首を取ったように騒ぎ立てたものだ。

 今のマスコミや自称平和団体も活動が下火で、地方まで人を送り込む財源も人手も無い。

 誰しも自分達が食べる食料の確保に奔走している状態なのだ。

 それでも新幹線を動かすというのは、大きなニュースとなった。

 仮にも国務大臣たる乃村が移動するだけで新幹線を稼働させるということは、下火になっていた彼等の活動に燃料を投下したのは間違いない。

 それでもさすがに現地まで来る資金と労力は割けなかったらしい。

 おかげで基地の周囲は静かなものだった。


「で、お客さん達はうまく新幹線に乗れたか?」

「はい、北海道警機動隊の護衛のもと、最後尾車両に乗り込む事に成功したとのことです。

 一部マニアがホームに侵入したそうですが、先頭車両に注目が集まっていた為に上手く隠しとおすことに成功しました」

「新幹線、引退する国交大臣が東京から函館に行く為に動かしたことになってるんだよな。

 おかげで非難の電話が事務所や国土交通省に殺到しているらしい」


 国賓の来日を国民から隠蔽する為の囮になるのは釈然としなかった。

 この機会に関東方面への物資輸送も新幹線を利用して行われているが、非難の声が収まる様子はない。


「正式な政府発表後ならば、これは公務の一環だと理解される筈です。

 明日には静かになっていますよ」

「我々が東京に戻るまで、囮の連中には耐えてもらうしかないな」




 北海道木古内町

 木古内駅


 国賓を乗せた新幹線はやぶさは、2日程この駅に停車している。

 新幹線が動くのは一年ぶりで、見物に来る住民は後を経たない。

 そもそも北海道新幹線は転移前の2016年3月には、開業予定だった。

 異世界転移による混乱で、開業は延期となったが新函館北斗駅と木古内駅自体は完成していた。

 五年遅れて開業したのはいいが、不足するエネルギー事情による規制で年々本数が減り、現在では記念日などに走行する程度になっていた。

 駅前の木古内警察署を拠点に木古内駅周辺は、北海道警によって封鎖されて市民の不満を買っていた。

 現在の日本の鉄道は運行を大幅に制限されている。

 転移による節電や第一次産業保護の為に国民の転居の自由を制限した為だ。

 旅行客も転移から十年くらいは大幅に落ち込んだ。

 諸般の事情や採算の取れない新幹線も無期限の停止状態となっている。

 線路を走るのは貨物列車ばかりだが、今回は要人輸送という目的で、東京から新函館北斗駅まで新幹線が運行されることになる。

 木古内駅の新幹線口は北海道警第3機動隊二百名体制でし封鎖されていた。

 北海道警第3機動隊は転移後に新設された隊で、北海道の札幌市を除く道内全域を管轄としている。

 新幹線ホームには、北海道警SAT一個小隊が完全武装で展開している。

 こちらも転移後に大幅に増員されている。

 過剰な警備と疑問を呈されるが、北海道警も政府も沈黙を守っていた。

 これらの厳重な警備を掻い潜って侵入しようとするマニア達とのいざこざが多少はあったが、概ね順調に警備は遂行されている。

 だが守られる側が懐疑深く見ていたことは、彼等も知るよしがなかった。


「人族の兵士に守られてるとは不思議な気分だな」


 海亀人から派遣された領事が、窓から外の様子を眺めてため息を吐く。

 座席には海蛇人とイカ人の領事達が同席している。

 他にも最後尾車両にこれら三種族から派遣された『職員』達が座っている。

 新幹線の臨時運行の理由の表向きは、十津川国土交通大臣の選挙の為の地元来訪だが、本当の目的は彼等海棲亜人により組織された外交官達の輸送だ。

 深夜のうちに護衛艦に誘導されて函館港に到着した彼等は、カーテンを締められたバスに乗せられて木古内駅に到着した。

 彼等の姿が人目に付かないように、明け方に警察の大型車両を並べて、目隠しをしながら木古内駅に入った。

 駅内でも機動隊が盾を構えながら整列し、作られた道を足早に新幹線まで誘導されて乗車した。



「我等は高麗という国に攻めこんだ。

 この北海道は高麗本国から比較的遠いことから、危険を避ける為にとは理解は出来るが」


 イカ人の領事も触腕を組んで考え込む。

 高麗の民のしつこさは日本人から散々聞かされたが、他国でそのような活動を許す日本国の方針も意味不明だった。


「シュモク族と螺貝族の連中は車両をそれぞれ一両割り当てられてるぞ。

 扱いの格差の方が気が滅入るというものだ」


 海蛇人の領事も気落ちしている。

 この三種族はシュモク伯邦国の傘下に収まるので、格が落ちるのは仕方がない。


「螺貝族の連中も日本と武力衝突があったと聞いている」

「死人を出したか、出さなかったかの違いらしい」


 納得のいかないイカ人領事に海亀人領事が理由を説明する。


「その理由だと、我等は死人を出させて無いのだがな」


 シュモク族に制圧されて同じ立場となった海蛇人領事の気分はさらに落ち込む。

 道の駅で演説中の十津川大臣が、この新幹線に乗り込めば新幹線は出発する。

 十津川大臣の演説内容は、来年度の規制緩和で新幹線事業の月一本路線の復活だった。

 十津川大臣の政治家としての最期の仕事となる。

 演説内容は車内の領事達にも聞こえていた。

 あと半日は車両内で待機させられるのは些か辛かった。


「しかし、一番衝撃だったのは我等が攻めこんだ地は何れも日本では無かったことだな」

「今となってはそれだけは幸運だったな」


 車両の外側で警備を行っていたSAT隊員達が思わぬ潮臭さに辟易していたことは、彼等も知るよしもない。

 それでも新幹線の復活の演説は、彼等の顔に希望を浮かばせていた。






 新京特別行政区

 大陸総督府


 大陸の最高権力者、秋月総督は陸上自衛隊第16師団師団長青木和也三等陸将から、第16師団の新たな配置に付いて報告を受けていた。


 福原市

 ・第16特科連隊


 神居市

 ・第16師団司令部


 那古野

 ・海上自衛隊地方隊

 ・第33普通科連隊


 新京特別行政区

 ・陸上自衛隊大陸派遣隊総監部

  ・第16即応機動連隊


 中島市

 ・航空自衛隊第9航空団

 ・第50普通科連隊


 古渡市

 ・第16後方支援連隊


 福崎市

 ・第34普通科連隊






「方面隊諸部隊はまだ時間が掛かるかな?」

「第17師団設立と同時にですので、2年後になるかと思います。

 また、福崎市には第34普通科連隊が駐屯します。

 大陸中央部の第17即応機動連隊は王都ソフィアで当面は頑張ってもらいますが、来年到着の第51普通科連隊到着後は交代してもらいます」

「ふむ、今日はこんなところかな?」


 そろそろ業務終了の定時を向かえる。

 今日の仕事はそろそろ終われる筈だった。


「閣下、もう2件程報告があります」


 総督府の仕事はブラックだった。

 秋山補佐官の姿が悪魔に見えてくる。


「この度、神居市の市議会の新議長に選出された佐々木洋介氏ですが、我々と府中刑務所との連絡官だったあの佐々木氏でした」

「ああ、やっぱり?

 どっかで聞いた名前だと思ってたんだ。

 彼には色々世話になったからな、便宜を計ってやってくれ」


 その言葉に会議室にいる大陸を支配する官僚一同が忖度することを脳裏に刻む。


「て、もう1件は?」

「今朝、反乱起こして討伐された地方貴族の生首を冷凍便で届けに来た運送会社からの抗議文です。

『二度と総督府宛の荷物は配送しない』

 これで今年18件目です。

 謝罪文の起草をお願いします。

 出来れば今日中に。

 あとは首はいらないとの声名をお願いします」


 そろそろ引き受けてくれる業者がいなくなってきて、総督府の仕事に支障が出てきた。

 秋月総督は敵対者の首を欲しているとの風聞は嫌がらせのレベルである。

 ちなみに声名に付いては4回目である。


「俺にどうしろというんだ」


 はからずも同時刻、佐々木洋介神居市市議会議長の就任の所信演説に呟いてた言葉を口にしていた。

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