プラットホーム型要塞『コロンビア』前編
シュヴァルノヴナ海海中
海都ゲルトルーダはゲルトルーダは、イカ人の民の四割である20万程が住んでいる都市だ。
浅瀬に造られ、周囲は珊瑚の分厚い壁に囲まれている。
壁の外側は水深100mほどであり、太陽の光は届かない。
水産庁の調査船『開洋丸』が発見したのが、この部分だ。
壁の高さは数m程度だが、内部は内海になっており、浅瀬に珊瑚や岩を加工して建築物が大半が沈んだまま建設されている。
中央の海底宮殿を中心に円状に街が造られている。
珊瑚の壁はこの世界で、一般的に運用されている木造船や中型生物程度なら、幾重にも積み重ねられた突起物で退けることが可能な規模であった。
海上自衛隊第3潜水艦隊はその珊瑚の壁に穴を穿つ為の魚雷攻撃を続けていた。
第3潜水艦隊はそうりゅう型潜水艦4隻、おやしお型潜水艦3隻、はるしお型潜水艦1隻で構成されている。
「足りるか?
各艦の魚雷本数を把握しとけ」
旗艦である『おうりゅう』艦長の有沢二等海佐は、好転しない戦況に冷汗を垂らしていた。
第一波の魚雷攻撃を各艦は各々が定めた目標に向けて放ったが、破壊できた範囲が想定より小さく隊員達を落胆させていた。
たかが珊瑚の壁と侮っていたが、地球の珊瑚と違い、海棲亜人達が鉱物の代わりに鎧や武具を造る材料にする程の硬度を持っている。
第2波の魚雷攻撃は攻撃箇所を限定し、集中攻撃を行ったが小さな回廊が出来た程度だ。
「難しいですね。
壁だけ破壊出来ても内部の都市への攻撃には足りません。
珊瑚ですし、時間掛けたら回復するのでは無いですか?」
副艦長の中井三佐の言う通りで、魚雷を使いすぎれば敵が打って出てきた時に対処も出来なくなる。
「護衛艦隊に来てもらえばよかったのだが」
度重なる海棲亜人の襲撃で、本国政府は護衛艦隊の出撃を許可しなかった。
日本本土が襲われたわけでは無く、消極的と非難されたがその重い腰が動くことはなかった。
僅かばかりの支援艦と数隻の護衛艦で編成された任務部隊が、司令部となっている海上プラットフォーム要塞『コロンビア』に留まっている。
米国艦隊が動いたのは、アウストラリス大陸からの援軍の為の航路の安全を保つためだ。
「艦長、北サハリンの艦隊からも同様の報告が。
艦隊を合流させて、魚雷を半分ずつ使って回廊を広げようと提案されています」
「向こうも魚雷はギリギリのラインだよな。
……それしかないか」
北サハリンの第2潜水艦隊は、キロ級『B-445シヴァティテル・ニコライ・チュドットヴォーレツ』、『B-345モゴーチャ』、『B-187コムソモリスク・ナ・アムーレ』の3隻とデルタ型原子力潜水艦『K-223ポドルィスク』の僅か4隻で構成されている。
北サハリンの第2潜水艦隊は、海上自衛隊第3潜水艦隊とは反対側の北部から攻撃を行っていた。
他の都市を陥落させた海上自衛隊の第2潜水艦隊と連合潜水艦隊がこちらに向かっているが到着は来週になる。
敵の外殻さえ抜けない状況ではこれ以上の攻撃は無謀だ
。
敵の兵団や大型海獣は、まだゲルトルーダから出てこないのか、確認出来ない。
魚雷を使い果たすことだけは避けなければならない。
両艦隊は合流を果たすが先に司令部からの命令が届く。
「艦長、コロンビア』の総司令部から連絡です。
作戦を中断し、一旦撤退せよと」
魚雷や燃料の補給の為にも戻る必要はありそうだった。
海上プラットフォームである『コロンビア』は完成したばかりの海上要塞だ。
各潜水艦隊の前線基地として、シュヴァルノヴナ海とアドフィア海の中間に設置され、南方一万五千キロのステパニダ海に海上プラットフォーム要塞『エンタープライズ』が存在する。
そこから東に1万5千kmに日本が存在する。
高麗国巨済島の玉浦造船所では『コンステーション』の建造も始まっている。
有沢艦長は撤退を決断はしたが、せめて敵の中枢に一撃を与えることにした。
「このまま大人しく帰るのは癪だな。
ハープーンをぶちかましてやる。
各艦にも伝えろ」
「了解、ハープーン用意!!」
「各艦から了解の連絡が来てます」
おやしお型潜水艦の各艦はRGM-84艦対艦ミサイル、ハープーンを耐圧発射機に収納して魚雷発射管から射出する。
北サハリン第2潜水艦隊のキロ級潜水艦には対空ミサイルしか搭載していないので攻撃には参加出来ない。
反転して一足先に『コロンビア』に撤退することとなった。
海上自衛隊が使用するハープーンは対艦ミサイルだか、異世界転移後は使い道が無いために対地攻撃が出来るように調整されている。
自衛隊が保有しているブロックⅡ型は、在日米軍が保有していたのを再生産したものだ。
元々は転移前に北朝鮮問題で、ブロックⅡのハープーンの購入を日本は決めていた。
研究や訓練は行われていたのが幸いし、転移後に短期間でのリバースエンジニアリングを可能としていた。
可能とはなったが、木造船や生物を兵器として使用してくるこの世界では使い道があまり無かった。
少数生産に留まる貴重な兵器となった。
対地攻撃の誘導は半年掛けた偵察機によるチャートの作成によって問題は無い。
ハープーンは珊瑚の壁を飛び越え、ゲルトルーダの各所の高い建築物に次々と着弾して爆発する。
珊瑚の壁に阻まれて戦果は確認出来ていない。
「回頭180度、『コロンビア』に帰投するぞ」
海都ゲルトルーダ
海底宮殿
ゲルトルーダにて防衛の指揮を取っていたウキドブレ提督は、最後に残った巨大赤エイをゲルトルーダの内海に温存し、珊瑚の壁に空いた穴を補強する指示を出していた。
短期間では珊瑚は成長しないので、破壊された珊瑚の残骸を集めて穴を埋めていくしかない。
一方で外壁から偵察隊を出すなどして、日本・北サハリンの潜水艦隊の動向を探らせている。
「どうやら退いてくれたようだな。
しかし、壁に穴をここまで開けるとは」
地球人達の攻撃力を侮るつもりはなかった。
仮にも地上の大陸国家を滅ぼした敵なのだ。
しかし、深海まで移動可能な艦や攻撃出来る能力があるとまでは想定されていなかった。
海棲亜人最大のアドバンテージである海中からの攻撃を、自分達が受けることになるとは考えてもいなかった。
地上の攻撃に失敗しても、敵は海中にいる自分を攻撃出来ない、その甘い考えは魚雷攻撃によって粉砕された。
「迂闊に仕掛けるんじゃなかったな。
次はもっと大規模に来る。
防ぎきれんかもしれん、民の避難を急がせろ。
それと、ハーヴグーヴァ殿下にはこの事態を知らせるな。
ここに来られても困る」
種族の希望たる次期海皇候補をここで討ち取られるわけにはいかなかった。
『深海の魔物』ハーヴグーヴァは、ゲルトルーダから離れた島の離宮に隠れてもらっていた。
「やはり殿下にも参戦を願っては?」
「殿下ならば日本の船とも変わらない大きさ。
我らが勝利する為には殿下の御力が必要です!!」
軍の幹部達がハーヴグーヴァの参戦を主張するが、ウキドプレ提督が一喝する。
「いい加減にしろ。
殿下の安全、我等が民の未来を考えればそれこそが最優先だ。
殿下が、万に一つでも殿下が戦死したり、捕虜にでもなろうものなら我らが部族の地位と威信は深海の底に沈む。
例えゲルトルーダの民が死に絶えようともハーヴグーヴァ殿下には、生き延びてもらうしかないのだ」
ウキドプレ提督の言葉に幹部達は頭を垂れて従う意を示す。
ウキドブレ提督の指示に従い、兵や文官達が動き出す。
難民となるゲルトルーダの民を周辺の集落に避難させる準備が最優先となった。
そこに血相を変えた兵士が飛び込んでくる。
「提督、空から何かがいく筋も!!」
伝え終わった瞬間に、都市の各所で爆発が起こる。
高くそびえ立つ、海上に先端を露出させた建物に命中して、崩壊させていく。
倒壊した建物が周囲の建物を押し潰し、被害を拡大させていく。
潜水艦隊を追跡させていた偵察部隊からの報告から、撤退した日本の潜水艦隊からの攻撃と判明した。
「あれだけ離れた距離から攻撃出来るのか」
「提督、ここは危険です!?」
ウキドプレ提督の本陣がある海底宮殿もハープーンが命中して、上部構造物は倒壊する。
海中部分は無事だと、避難をせずにいたのだが、下部の崩壊もはじまりウキドプレ提督を始めとする多くの軍幹部を飲み込んでいった。
軍の中枢を失ったイカ人達は、残った戦力をかき集めて、巨大赤エイ『黒き闇に咲く聖騎士』号に兵士達を詰め込み、海底を這うように泳ぎ進む。
独特な金属の匂いを追跡すれば、それが敵のいるところだった。
そしてゲルトルーダから離れた孤島では、巨体を揺らしながらある生物が海中に身を投じていた。
暫くは漂っていたが、周辺にいる武装したイカ人達がその巨体に触手を絡ませると、もの凄いスピードで海中を泳ぎ始める。
巨大赤エイ『黒き闇に咲く聖騎士』号と、海皇継承者ハーヴグーヴァは、海上プラットフォーム要塞『コロンビア』に向かっていった。
ハーヴグーヴァは怒っていた。
側近には止められたが、ここまで海都や民達を損ない、抑えることが出来なかった。
象徴的存在として俗世に関与することが許されない身であったからこそ、ここまで事態が悪化し、無力感を味わったことを嫌悪する。
大海に身を委ねて5日目の夜、ようやく海上に拠点を構えた敵の牙城を視界に納めるところまで到達した。
『行け!!』
小判鮫のごとく、ハーヴグーヴァの体に張り付いていた七百を越える兵士が牙城に向かう。
敵もどのような手段かわからぬが、こちらの出現を察知したようだ。
警戒を告げる音が鳴り響き、幾つもの光が海上に向かって伸びてきた。
『やらせん!!』
ハーヴグーヴァは、海上に口を出して粘性の高い黒褐色の液体を敵の牙城、『コロンビア』にぶっかけた。
海上プラットフォーム要塞『コロンビア』
この日の『コロンビア』は、海都ゲルトルーダを攻撃してきた潜水艦隊の整備に追われていた。
ドックは4つしか無いので、順番に艦齢の古い艦から収用し、整備が行われている。
他の艦も桟橋に停泊して、乗員の休養が行われていた。
『コロンビア』CICルーム
「N-35地点で異常発生!!
巨大な何かが接近中、金属反応無し!!」
警戒の為に『コロンビア』周辺に散布しているソノブイが異常を知らせ来た。
「こんな状況だ。
敵対種族の大型海洋生物かもしれん。
非戦闘員は施設内に退避、戦闘態勢を取れ。
全砲門を開け」
米軍司令官スティーヴ・ブローワー准将の命令により、『コロンビア』は戦闘態勢に入る。
『コロンビア』には、日本製62口径76mm単装速射砲8門、Mk15ファランクスCIWS16基を各所に配置している。
各砲座が巨大生物に照準を定めようとした直後、巨大生物から膨大な吐瀉物が噴射されて『コロンビア』に降り注ぐ。
「うわっ!?」
「なんだこれは?」
「助けてくれ!!」
『コロンビア』のデッキで、小銃を構えて対応しようとしていた海兵隊一個小隊が黒い液体に押し流されていく。
殆どが柵や柱に掴まり難を逃れたが、数人が海に落とされる。
海に落ちた海兵隊隊員は身に付けていた救命具であるフローティングベストの紐を引っ張り浮き輪代わりにするが、そこを海中から迫っていたイカ人の兵士に銛で突かれる、或いは海に引きずり込まれて命を落としていく。
「海兵隊から救援養成、海に落ちた隊員が襲われていると!!」
「司令、内部各カメラが黒い液体を塗られて映像が撮れません!!」
「外部カメラもやられて敵を捉えられません!!
砲撃が出来ず!!」
粘着質な液体がカメラを汚し、CICからの状況把握を困難にしていった。
「投光器や照明も黒く塗り潰されて光量が低下!!
敵の確認が出来ません」
次々と上がる報告にブローワー少将の苛立った命令が飛び交う。
「消火栓やスプリンクラーを作動させて、洗い流せ!!
動ける艦船に救助並びに敵兵の殲滅を命じろ」
「第7桟橋から敵兵士上陸!!
海自の潜水艦乗員が発砲、交戦中!!」
「第3ウェルドックから敵兵侵入!!
交戦中です!!」
「海兵隊は何をやっている!!」




