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日本異世界始末記  作者: 能登守
2027年
52/266

ダーナ封鎖 前編

 日本国

 東京都府中市

 府中刑務所


 日本でも有数に知名度の高い府中刑務所には、囚人は一人もいない。

 それでも武装した刑務官や公安調査庁の実働部隊が警備に当たっている。

 物騒な雰囲気とは裏腹に場違いな子供達の声が響き渡る。


「金剛!!」


 僧侶姿の少年が岩を素手で砕き、巫女姿をした少女が鈴を鳴らして透明な壁を発生させて破片が飛び散るのを防ぐ。

 刑務所の壁には『ベッセン先生の魔法教室』と書かれていた。


「なんだこれは!!

 誰が許可したんだ?」



 大陸総督府東京事務所所長の小野孝之は、刑務所内の光景に絶句する。

 僧侶の格好をした少年少女が11人。

 神主や巫女の格好をした少年少女が6人。

 大陸風にローブを纏い、杖を持った少年少女が2人。

 彼らは一様に魔法の練習に耽っていた。

 全員が日本人だ。


「もちろん政府です。

 そうで無ければ壁の中とはいえ、ここまでのことが政府施設内で行えるわけがありません」


 答えたのは公安調査庁のベンゼンの担当福沢敦上級調査官だ。

 小野所長の訪問の目的は、大陸で起きてる事件の助言を求めることだった。


「政府は日本人による魔法研究は諦めたんじゃなかったのか?」

「使える人間がいませんでしたからね。

 でも見つけることが出来たので再開したのですよ。

 この世界に転移して来た日本人には魔法を使う能力は皆無でした。

 しかし、この世界で産まれた日本人はその限りではないのは盲点でした」


 転移から11年。

 日本人に魔法が使えるかの検証計画時には、乳幼児や産まれてもない子供達は、検証の対象から外されていた。


「最年長の神職の少年でもまだ小学生高学年。

 彼等は転移以降に産まれた子供達です。

 僧侶の子供は6才以上は見つかってません。

 青木ヶ原事件以降産まれた子供達です。

 何れも市内の寺社のご子息、ご息女です。

 檀家や氏子から才能が発掘された養子、養女を含んでますが。

 幼い頃から宗教的教育を受けていたエリートと言ってよいでしょう。

 魔法は子爵が日本風に開発、アレンジしたものです」


 転移により権威を喪失した宗教団体の希望の星と言える。


「あの大陸風の格好をした子達は?」

「それが今回の問題点です」


 渋い顔を見せた福沢は小野を少年少女達を指導するマディノ子爵ベッセンの魂が宿った水晶球の元に案内する。


『おや福沢調査官、お客さんですか?』


 魂を他の物体に付与する魔法。

 総督府が注目したのはこの魔法だった。

 だが公安調査庁はもう一つの魔法に注目するよう見解を出した。


「この子爵様は魂だけを市内に徘徊させて、宗教団体とは関係無い魔法の才能のある子供達を見付けて来たんですよ。

 来年は八王子にも足を伸ばすとか言ってますし、幽閉されてる意味が無くなるでしょう?

 お偉方は怒ってましたが、成果を見せられて黙りました」


 小野は頭痛を覚えながら、ベッセンに大陸で起きてる事件を説明する。


「ほう、魂の徘徊ですか、それは興味深い」


 福沢はベッセンに大陸の事情を話すと、小野に質問で返してきた。


「何故私に?

 大陸にもまだこの程度は理解できる魔術師はいるはずだが?」

「当然問い合わせた。

 しかし、日本の勢力範囲の東部地域や中央部は魔術師が少ない上に協力を軒並み断られた」

「ああそうか。

 君達は魔術師達に恨まれてるからね。

 無理も無いか」


 小野は本国にいるので、そのへんの事情がわからない。


「恨まれてるのか?」

「当然だろ?

 魔術師は一門や師弟関係といった横の繋がりが強いんだ。

 そんな彼等を君らは一網打尽に殲滅したじゃないか」


 小野は聞き覚えが無いといった反応を示すので、1から説明してやることにした。


「魔術師になる上で、才能以外の障害ってなんだと思う?」

「金、ですか?」

「正解。

 魔術師になるには金が掛かる。

 高位次元との契約の為の儀式費用。

 魔術学院への入学金に授業料。

 自らの魔力を底上げする為の魔導具の購入費用。

 門外不出の魔術書を閲覧させて頂く為の料金。

 こういった諸費用を工面、節約する為に一族単位や師弟で結社を組織したりする。

 皇国は結社が魔術の世界を閉鎖的にするのを恐れた。

 また、埋もれた才能を発掘して、お抱えにしたいという願望のもとに奨学金制度が造られ、各結社もそれに協賛した。

 魔術師養成が結社の負担になっていたのは間違いないからね」


 魔術師の世界も世知辛いと、小野はちょっとガッカリした。


「奨学金の返済は、皇国への奉仕活動でも可能だ。

 大半は魔物討伐への従軍だったり、公共工事への協力がそれにあたる。

 社会的な地位の向上や魔術師に経験を積ませたい結社も諸手を挙げて賛成した」

「この世界の魔術師は引き篭りが許されないのですな」


 福沢の感想にベッセンは呆れ顔で答える。


「地球人のイメージでは魔術師は引き籠るものなのか?

 まあ、いい。

 そんな中、君達が転移してきた。

 皇国は君達に対抗する為に、常備の宮廷魔術師団の他に5つの魔術師連隊を編成し、優秀な若き魔術師達を召集した。

 そして、各騎士団、神官戦士団、貴族の私兵団、傭兵隊と共に皇帝陛下の御観閲のパレードが皇都にて実施された。

 一族や門弟の晴れ舞台を一目見ようと、約二万五千人に及ぶ魔術師団・連隊と、その関係者も一同に帝都に集合した。

 彼等は庶民や他の関係者とともに、帝城まで続く中央の大通りから街道までを埋め尽くす大観衆の一人となった。

 そこにB-52が飛来して、阿鼻叫喚の地獄を作り出してしまった」


 各一門や結社の党首や重鎮、後継者、家族が軒並み失われ、多数の貴重な口伝や奥義、魔法具も喪失した。


「留守を預かっていた魔術師の実力はお世辞にも高いとは言い難い。

 もしくは老齢で皇都に行けない者ばかりになってしまった。

 皇国も崩壊し、後を引き継いだ王国は、日本への多額の賠償を支払う為に財政的に苦しくなった。

 結果として、奨学金制度も停止となる。

 その為に魔術師の実力は落ちる一方だ。

 恨み骨髄の日本を避ける為に、その勢力範囲からは姿を消した。

 今、東部や中央にいる魔術師は、貴族が出資したお抱え魔術師か、冒険者、もしくは体制に反発的だった私塾の出身者ばかりさ」

「術者の特定は可能か?」


 小野は肝心な話を切り出す。





 日本国

 東京都府中市

 府中刑務所


「術者は相当な高位の能力を持った司祭なのは間違い無い。

 私が使ってた術ならアンデットと同じ扱いで対処できた筈だからね。

 術に必要な神具や人員などから、27ある神殿都市か、王都の大神殿どこか。

 神具の類いが他の都市に持ち出されるのはまずあり得ない。

 術の使用中に探知の魔法を掛けた魔道具を司祭か魔術師に持たせておけば範囲が絞り込めると思うよ」


 範囲が広すぎて途方にくれそうだった。

 ベッセンの忠告に従い、術の行使が可能な司祭のリストアップと、探知に協力してくれる魔術師の確保が最優先と大陸総督府への報告が行われた。




 新京特別行政区

 大泉寺


 大泉寺は新京に造られた大陸最大の寺院である。

 円楽は何故か宗派も違うこの寺に呼び出されていた。

 本堂にはやはり宗派関係無く、大陸にいる各宗派の代表的僧侶が集まっていた。

 居心地が悪そうにしていると、この寺の住職である宗人和尚が会話を進めてくる。


「我々の調べによると、この大陸には27の神殿都市と呼ばれる各教団の総本山がある都市がある。

 まあ、都市と言っても人口が1万から30万と勢力の規模によって様々なんだが。

 我々も日本仏教会の総意として、28番目の神殿都市を創ろうという計画があるんだ。

 十数年後の話になると思うけど、君の息子の剛君を開祖にどうかなと?」


 突然の申し出に円楽は困惑する。


「ま、まだ先の話ですからね。

 うちの剛はまだ小学生ですし」

「そうだね。

 だが我々がこのような計画をしていることは覚えておいてくれ。

 とりあえず、各神殿都市の視察なんてどうだい?

 予算は我々が出すからさ」


 その予算の出所が気になるところだ。


「総督府は今回の件ご承知なんですか?」

「ああ、協力体制の見返りにね」

「協力体制?」


 嫌な予感がするが聞かざるを得ない。


「自衛隊の方で妙な事件が起きてるらしい。

 大陸の魔術師や司祭にも声を掛けてるそうだが、日本人からも術師の動員を要請されている。

 そこで君達親子を総督府に派遣したいのだよ。

 いいよね?」


 宗人和尚の背後に座る各宗派の代表達が無言の圧力を掛けてくる。


「はい、お引き受けします」


 坊主の世界も上には逆らえない縦社会なんだと改めて思い知らされていた。





 公安調査庁

 新京公安本部


 大陸における日本の諜報機関の本部に総督府各部門の担当者が集まっていた。


「府中の子爵様のアドバイスにより術の使用できる司祭をリストアップしていますが、全教団の司祭が使用出来るわけでは無いようなのでだいぶ搾れてきました。

 我々が最も注目しているのは、ここ数年最も信者を増やしてきた教団、嵐と復讐の神の教団です」


 竜別宮捕虜収容所襲撃事件でも活躍した平沼調査官が、説明しながら出席者に資料を配る。

 資料を流し読みした秋山補佐官が眉を潜めながら尋ねてくる。


「この団体を調査対象とした理由は?

 それと信者の増加は、教団教義が彼等の琴線に触れる何かがあったのかな?」

「その2つの答えは同じです。

 復讐の対象が日本だからです。

 資金も先の戦争で死亡した遺族からの献金が莫大なものになっていました」


 出席者達は遺族の文句や苦情は、アメリカにお願いしたい気分だった。

 戦端を開き、無差別攻撃を行って起きながら肝心の米国はこちらの大陸に関心が無い。

 乗り込んで来ないので遺族達の怒りと悲しみの矛先が日本に集中している。

 日本も戦争に参加したのは間違いないが、無差別攻撃を行う余裕は無かったのだ。


「また、皇国残党軍の捕虜にも多数の信者がおり、公安では内偵を行っていました。

 現在、王都の教団幹部には監視を付けています。

 司祭長ロムロの身辺を盗聴した結果、クロだと断定しました。

 儀式が行われている場所の特定を進めています」


 提示される証拠から、秋山補佐官も納得し、自衛隊側に向き直る。


「神殿都市の方は、我々第34普通科連隊が引き受けましょう。

 とりあえず包囲だけでよろしいですか?」


 連隊長の神崎一佐は心中の不安を隠しきれてない。

 それは秋山にしても同感だった。


「はい、現時点では一連の『御使い』によるテロが、教団の総意なのか、王都の幹部による独断なのか断定は出来ていません。

 教団本部への圧力は必要でしょう。

 ですが、直接の戦闘は避けたいところです。

 宗教団体の本部の攻撃など、精神衛生上もよろしくない」


 多数の民間人のいる都市への攻撃。

 ましてや凄惨になるであろう熱狂的信者によるゲリラ戦。

 まさしく悪夢の光景なである。

 そして、それを当たり前に出来る様になる日本。

 そんな姿は見たくない。


「わかりました。

 神殿領のダーナの街道を封鎖し、流通を停止させます」






 自衛隊病院襲撃から7日後


 大陸北部

 神殿領ダーナ


 近年著しい信者とお布施の増大により、嵐と復讐の教団本部があるこの町は建設ラッシュの好景気に揺れていた。

 ダーナは日本の県ほどの広さだが、信者が些か特殊な事情を抱えた人物が多く、領都であるダーナ以外に集落と呼べるものは無い。

 同じ様に傷を舐めあって生きている住民が多く、不思議な団結力を持っている。

 しかも前述の通りに近年の人口増加で隣の領地との街道は意外にも商人達の荷馬車で賑わっていた。

 隣領の街道の入り口には関所が設けられている。

 唯一の他領への公式的な街道だ。

 住民の事情から命を狙われている者も多く、教団の神官戦士達が荷を改めたり、訪問の理由を問い合わせている日常だった。


「今日はいつもより荷馬車が少ないな?」

「旅人もだ。

 何かあったのだろうか?」


 関所の門を護る神官戦士達が首を傾げている。

 普段なら建築資材や食料品を積んだ馬車や竜車が列を作って、神官戦士達の検閲を受けている筈だが、朝から一台も訪れない。

 徒歩の旅人も昨夜は野宿をした者は到着しているが、隣領の宿に宿泊した者はほとんどいない。

 と、そこに土煙を上げながら、陸上自衛隊第34普通科連隊の小隊を乗せた装甲兵員輸送車BTR-80一両と73式大型トラック一両が門の前に乗り付ける。

 さらには後続として、馬や竜に乗った複数の近隣領地の旗を持った騎士達が後に続く。


「な、何だ貴様らは!?」

「よせ、日本軍だ!!」


 完全武装の隊員達が降車して、門を護る神官戦士達に銃を突き付ける。

 数名の隊員を残し、残る隊員達も関所内を制圧に掛かっていく。

 如何に田舎といえども、神官戦士達も銃の恐ろしさは理解出来ている。

 それが日本軍のならば尚更だ。

 武器を構えようとする神官戦士が同僚に止められて、武器を降ろしている。

 関守の神官が小神殿から出てくると、自衛隊側の小隊長細川直樹二等陸尉が通告を行う。


「現時点を持って当関所は、日本国大陸総督府の名をもって陸上自衛隊の管理下に入る。

 関所関係者は当部隊の指示に従うことを命令する」

「馬鹿な!!

 大神殿からは何も聞いていない。

 こちらから大神殿に問い合わせるから暫くまって欲しい」

「構わないが諸君らに仕事は無いぞ?

 この街道そのものが封鎖されるからな」


 街道の方では大音量スピーカーを搭載したパジェロベースの73式小型トラックが、道行く人々に街道の無期限封鎖を告げる放送を流しながら下っていく。

 関所にいた旅人や商人達は、そそくさと隣領方面に小走りで逃げていく。


「い、いったい我々が何をしたというんだ!!」


 関守の責任者であるガロン司祭が細川二尉に詰め寄る。


「知らん。

 大神殿とやらの答え次第じゃないのか?」


 本当は任務内容を理解しているが、返答は面倒なので誤魔化しただけだ。

 関守の責任者は自衛隊の後に付いてきた騎士達に助けを求める視線を向けるが、一様に目を反らされる。

 それでも最年長の騎士マーブルが竜の歩を進めて、事情を語ってくれる。


「ガロン司祭、今回の件は国王陛下も承認した上意である。

 諦められよ」

「そういうわけで、周辺の間道や獣道といったルートの場所を教えてくれないかな?」


 既に近隣領地に通じる間道や他の関所にも、それそれの隣領の私兵達が固めて、第34普通科連隊の隊員が各々一個分隊が監視、制圧に当たっている。

 この関所の制圧も含めて、二個中隊が動員されているのだ。

 細川二尉がガロン司祭を問い詰めてると、建物のドアが弾けるように吹き飛び、隊員の一人も吹き飛びながら出てきた。


「我らに罪を犯す者に報いを与えることを赦したまえ」


 重装甲のプレートメイルに大盾を着た騎士が3人建物の中から現れる。

 蠍をイメージしたらしい甲冑に隊員達はうんざりした顔をしている。

 吹き飛ばされた隊員は昏倒しているだけで、生きてはいる。


「神殿騎士です」


 と、マーブルは告げて下がろうとする。


「マーブル卿、神官戦士との違いは?」

「神聖魔法を使ってきます」

「使えないのか、神官戦士達」


 神官戦士達は戦う能力があれば就ける職業らしい。

 司祭と神官の違いも同様らしい。


「聖地で血を流すなと命令されてるからな、制圧しろ」


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