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日本異世界始末記  作者: 能登守
2026年
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サミットの終わり 後編

 巨済島


 巨済島の鎮圧を終えた日本の派遣部隊は、撤収の準備を整えていた。

 輸送艦『くにさき』に特別警備隊の水陸両用車や哨戒ヘリの収用が始まっている。

 中川海将補も荒廃した巨済市を眺めながら、些か中途半端さを感じていた。

 日本から見れば市街や市民がどうなろうと、玉浦造船所とそこの技術者達さえ無事なら任務は成功なのだ。

 だが特別警備隊隊長の長沼一佐が上機嫌な様子に首を傾げる。


「帰国したら今回の作戦の実績を評価され、三菱重工が開発したまま凍結していた試作水陸両用車を1両だけですが配備してもらえることになりました。

 もう冷飯食らいなどとは呼ばせませんよ」


 三菱試作水陸両用車は、尖閣諸島有事等の離島奪還や対ゲリラ戦や市街戦を考慮して開発されたものだ。

 現行のAAV7の3倍以上の高速航行が可能である。

 米国は新型の水陸両用車を開発し配備寸前だったが、余りに高額で計画は破棄されていた。

 AAV7は試作1号車の開発から50年以上経過し、さすがに古臭さが目立つ。

 歩くより遅い水上速度と防弾性能の不足が、現場から不満をもたらしていた。

 米海兵隊は1300両のAAV7を運用していたが、実際の運用では「水陸両用車」としては使わず、もっぱら市街戦での輸送車やバリケードとして使用された。

 それだけに三菱との共同開発を期待していた矢先での転移である。

 水陸両用団の創設と同様、水陸両用車の開発も凍結され、試作車両は保管処置とされた。

 しかし、特別警備隊は相手が銃火器こそ使用しなかったが、水陸両用車の実用性を実戦で証明した。

 水陸両用団創設や水陸両用車の開発計画が再び議論されるのは間違い。

 いや、長沼を始めとする自衛官や官僚、財界が議論を煽るのだ。

  すでに国会議員の北村代議士からも接触を受け、意気揚々となるのも当然だった。


「まあ、程々にな」


 中川海将補はどうせ自分が現役の間には関わることはないだろうと醒めている。

 浮かれる長沼一佐を放置して、国防警備隊第一連隊隊長伊太鉉大佐が訪問に来たと伝えられてその場を後にした。



 伊太鉉大佐は首都である巨済島防衛の責任者である。

 当然、今回の事件による損害の責任を問われる立場であり、気分は憂鬱だった。

 さりとて任務を放棄するわけにもいかず、残党の掃討や民間人の救助を指揮していた。


「日本にはもう少し御協力頂きたかったですが、百済の連中が貴国を怒らせたようですな。

 まったくあいつらは何もわかっていない」


 挨拶に訪れた輸送艦『くにさき』で、中川海将補に愚痴をぶちまけている。

 聞かされている中川海将補は早く帰って欲しい気分だ。


「現在、こちらから逃亡したイカ人は約6千程度。

 第6飛行隊のF-2が空中から追跡しています。

 さすがにあれだけの数が泳いでいると空中からでも確認出来るようです。

 ですが燃料の問題からいつまでも追跡を続行出来ません。

 水産庁の漁業調査船『開洋丸』が引き継ぎます」

「水産庁ですか?」

「海自では魚介類の追跡は本業では無いので、あまり向いてないのですよ。

 舞鶴から出港した護衛艦や巡視船の護衛のもと、追跡を続けます。

 あなた方も知りたいでしょう、連中の本拠地。

 亀の方は北サハリンに出し抜かれましたが、イカの方は逃がしませんよ」


 水産庁の漁業調査船『開洋丸』は、あらゆる海域での活動を前提とした大型漁業調査船である。

 各調査機器と大型表中層トロール網により、水産生物や有用生物の発掘及び資源調査と、その動向に影響を与える海洋環境調査等の基礎的研究を行う事が可能である。

 海棲亜人の群れの追跡にこれほど適した船は無い。

『開洋丸』には武装した漁業監督官が六名乗り込んでいる。

 転移前には禁止されていた拳銃と小銃を装備することを許可されている。

 本来は東京港を母港としている船だが、一連の襲撃に合わせて調査の為に高麗に向かわせていたのが幸いした。

 現在は対馬の基地で燃料や食料を補給しているところだ。

 舞鶴の部隊に引き継ぐまでは、高麗にいる護衛艦『しまかぜ』や『あまぎり』に護衛をさせる。


「さて、我々はそろそろお暇させて頂きます。

 後は『シャイロー』がいれば大丈夫でしょう」


 タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『シャイロー』は現在も南海島を中心に、掃討作戦の支援を続けている。

 自衛隊が軍事的には出来る支援はここまでだ。

 あとは政治的決着だろうが、中川海将補には預かり知らぬことだ。

 今回の事件は地球系国家・都市間に対立の種を蒔かれてしまった。

 せいぜい拗れないよう政治家や官僚達の奮闘を期待するのみだった。




 百済市

 エレンハフト城


 城内では最後の折衝が幾つかの部屋で行われていた。

 そのうちの一室でヒルダと斉藤は、新香港の林主席、北サハリンのチカローニ市長、高麗の白市長を招いていた。

 アンフォニー開発の利害調整の為だ。


「よくも私をこのような部屋に呼べたものだ」


 利権に紛れ込まれた林主席は不機嫌な顔を隠しもしない。


「申し訳ないが、新香港だけでは領内の開発に遅延が出ますので、商売敵を用意させて頂きました。

 まあ、ハイラインの利権はそのままですので御安心下さい」

「安心出来るか!!」


 斉藤は嘯いてるが、亀人達の襲撃が無ければここまで話は進まなかっただろう。

 林主席は強がっているが、現在の新香港の立場は北サハリンや高麗より序列は下なのだ。

 決定された事項は覆らないのは理解していた。

 そんな林主席の思いを切り捨てるように斉藤は話を進めていく。


「鉄道開発は新香港、炭鉱開発は北サハリン、高麗国には街道整備を担当をお願いします。

 お代は炭鉱の石炭を売却した利益からでます。

 その為にも輸送路の早期の拡充が至上の命題になります。

 よろしくお願いしますね」


 あまりな林主席の消沈した様子にヒルダが助け船を出す。


「林主席、ハイライン開発の独占事業は私が保障しますわ。

 斉藤は胡散臭くても私ならば貴族の誇りにかけて他の参入を阻みますから」


 ヒルダの言葉に多少の安堵を覚えた林主席だが、チカローニ市長の言葉に驚かされる。


「林主席、よろしければ和解の印として、『長征7』の修理を我々が承わろう。

 我が国が管理する原子力潜水艦用のドックがあるから、それなりに修理は可能だろう。

 まあ、日本と共用の施設だからバレバレになるが不都合はあるまい」


 確かに『長征7』が戦力化できれば、新香港にとってメリットは大きい。


 ヒルダの言葉に多少の安堵を覚えた林主席だが、チカローニ市長の言葉に驚かされる。


「林主席、よろしければ和解の印として、『長征7』の修理を我々が承わろう。

 我が国が管理する原子力潜水艦用のドックがあるから、それなりに修理は可能だ」


 確かに『長征7』が戦力化できれば、新香港にとってメリットは大きい。

 チカローニ市長はこれで手打ちにしろと言っているのだ。


「わかった。

 だがついでに乗員の教育もセットでよろしくな」


 本格的な訓練施設は日本にしかないが、実習ぐらいなら問題はないとチカローニ市長は頷く。

 話がまとまったので、白市長が全員に語りかける。


「みなさん、そろそろ時間なので、大広間までお願いします」


 先程まで得意気な顔をしていたチカローニ市長の顔が曇る。


「あのヤンキーが今さら割り込んで何を言い出すかと思うと、憂鬱になるな」

「どうせまた、ロクでも無い話に違いない」


 白市長の予想は林主席も同感だった。






 百済市

  エレンハフト城


 各地から自衛隊の撤収と残党の殲滅が報告される中、昼食後に大広間で開かれていた会議室にサミット参加者達が集まっていた。

 さすがに最終日の午後には討議は行われず、共同声明の発表と首脳陣の写真撮影が行われるだけの予定だった。

 予定が変わったのは、最終日にも関わらず新たな参加者が現われたからだ。


「ご紹介に預かりましたアメリカ合衆国、アウストラリス大陸特別大使のロバート・ラプスです」


 その挨拶に各首脳陣のほとんどが、明後日の方向に顔を向けて目を合わせようとしない。

 参列している貴族や護衛の騎士からは、憎々しい視線を浴びせられている。

 例外は日本国の秋月総督と、アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスの二人だけだ。


「久しいな大使。

 即位式から六年、姿を見せないから死んだかと思っていたぞ」

「これは陛下、遅ればせながら御即位おめでとうございます。

 我々も骨を折った甲斐があったというものです。

 まあ、実際昨日までは船酔いで死にかけてたのですが、ハッハハ!!」


 ロプス大使以外、誰も笑っていない。

 大使自身の目も笑っておらず、とても親交を温めあっている空気では無い。

 言葉は続かず、沈黙が続く。


「ああ、それで大使は今回は何の御用ですかな?

 一向に表舞台には出て来なかったのに」


 その空気を壊すべく、秋月総督が話に割って入る。

 このまま話が進まなくても困るからだ。

 本来の議長役で進行しなければならない白市長が頼もしそうにこちらを見ているので舌打ちしそうになる。

 さて、先の戦争で皇室、貴族、騎士団、聖職者、魔術師、一般庶民を分け隔てること無く、僅か三時間で焼き払った皇都大空襲の記憶は大陸の民の間では新しい。

 皇国は解体され、王国が和平という名の降伏を受け入れたが、アメリカが大陸に拠点を持つことを許さなかった。

 勝者の論理でゴリ押ししようと考えたアメリカ人達だったが、想像以上に自分達が大陸で増悪されていることに辟易して退いたくらいだ。

 現在の在アウストラリス大陸アメリカ大使館ですら、新京の沖合にある離島アミティに存在するほどだ。

 小規模ながら米軍基地が存在し、アウストラリス大陸に進出するアメリカ人の唯一のコミュニティとなっている。

 アメリカ人達は西方大陸アガリアレプトに注力することにして、アウストラリス大陸の進出には消極的になった。


「今回はさすがに見る見かねてね。

 高麗本国も酷い有様だそうじゃないか。

 それといい機会だから、ちょっとパパにおねだりに来たのさ」


 秋月の顔が引きつる。

 現状でも日本はアメリカに燃料や弾薬、食料を都合して提供しているのだ。

 共用する為に在日米軍の使用する兵器の技術も公開させたが、割に合っているかといえば微妙である。

 強力過ぎて使い道が無い兵器も多い。

 その支援を自分達に回して欲しいと思っている独立都市も多い。


「独立都市も増えてきて、多国籍軍も弱体化が激しいからね。

 そろそろ自衛隊からの援軍が欲しいんだ」

「生憎だが、一連の海棲亜人の襲撃で長い海岸線を持つ我が国は危機感を覚えている。

 これ以上兵力を派遣する余裕はない。

 むしろ派遣部隊から撤収を命じたいくらいだよ。

 それにそういう提案は本国政府にしてくれ。

 大陸総督府の管轄外だ」


 現在も西方大陸アガリアレプトには自衛隊の部隊が派遣されている。

 旅団化した第一空挺旅団、富士教導旅団、第一特科旅団を含む約二万の陸自部隊。

 海自の護衛艦隊に所属する半数の護衛艦。

 転移後に重犯罪を犯した者達を徴用して組織された第二更正師団。

 日本にいた訪日外国人達も徴用されて戦いに加わっている。

 生活の基盤の無い彼等に選択肢はほぼ無かった。

 彼等が独立都市の建設を求めるのも、その戦争から手を引く為だ。

 独立都市が建設される度に多国籍軍から市民となる兵士が抜けていく。

 そしてアメリカが主導する西方大陸アガリアレプトの戦争には、本国や独立都市でも厭戦気分が広がっていた。


「まあ、君達にそこまで期待はしていないよ。

 日本の工業力の防衛は確かに大事だからね。

 高麗も復興に手一杯だろうし、北サハリンも要求を聞く気は無いだろう?」

「当然だ。

 我々に何もメリットは無いからな」


 チカローニ市長が平然と肯定する。

 確かに北サハリンは強力な軍事力とエネルギー資源の供給という強いカードを持っているので、アメリカの風下には立っていない。

 しかし、他の独立都市はそうではない。

 安全保障の問題から米軍は自衛隊に次ぐ、軍事力の傘を彼等に提供しているからだ。

 それだけに食料や資源の提供などで、対価を支払っているが彼等に取っては負担が大きいと感じていた。

 ましてや再び参戦しろなどと言われたら政権が潰れてしまう。


「ふむ、面白いな。

 その援軍とやらは地球人で無くてはならないのかね?」


 国王モルデールの言葉に会場がどよめき立つ。

 意表を突かれた顔をしたラプス大使は顔をにやつかせて答える。


「いえいえ、我々は大変興味があります。

 後日、詳細をお詰めしたいのですが、アテはあるのですか?」

「王都での謁見を許す、近いうちに来るが良い。

 なあに、貴族や騎士の部屋住みの三男、四男。

 皇国残党の捕虜に志願者を加えれば万の兵団くらいはすぐに集まるさ。

 待遇次第ではあるがな。

 日本も捕虜を養うのは負担であろう?

 それに皇国亡きあと、この王国こそが、この世界の人種の唯一の国家である。

 人種の守護こそが皇国並びに王国の理念であるからな。

 ああ、当然代償は頂くぞ?」


 どの程度を戦力として強化するつもりなのか、秋月総督は監視を強めるつもりだった。

 無造作に技術を流出されても困るのだ。

 そして何より、アメリカに日本は今回のような侵攻可能な地域の特定が推測出来ていることを悟られる訳にはいかなかった。

 実証は出来ていないが、今回の侵攻された場所がある程度、推測を裏付ける結果となっていた。

 現在、本国で危険地帯と思われる南樺太の国境警察隊や占守島の第304沿岸監視隊が哨戒を強化している。

 王国とアメリカ、日本が睨み合う中、他の首脳陣達は矛先が変わって安心した反面、誰もが帰りたい気分を高らませていた。

 その後、首脳一行はエレンハフト城が背景に写る場所に移動する。

 首脳陣の記念撮影の為だ。

 議長役である百済市長白泰英を中央に立たせ、モルデール王が右側に、秋月総督が左側に立つ。

 後は建設された独立都市の順番に右、左と並んでいく。

 しれっとラプス大使まで端っこに並んでいるのはご愛嬌だ。

 秋月総督は次回サミット開催都市ルソン市長ニーナ・タカヤマ女史に腕を組まれて戸惑っている。


「総督、ルソンに『マラブリゴ』が到着した模様です。

 日本政府に感謝の意を御伝えください」


『マラブリゴ』は日本がルソンに供与した40m型多目的即応巡視船である。

 転移前の日本とフィリピンとの南シナ海への国際貢献として供与が決まっていた十隻の巡視船の1隻である。


「転移のゴタゴタで十年も遅らせてしまったことを総理が詫びてました」

「海からの侵略が現実化した現状、このタイミングでの配備に感謝こそすれ、非難するこどありえませんわよ」


 カメラマンに離れるように言われて体を離す。

 タカヤマ女史は残念そうにしていたが、あのまま写真を撮られても色々とまずいのでホッとしている。

 ふと城壁に目をやると、ハンマーや岩球をぶつけられて所々穴が空いてたり崩壊している部分がある。

 エレンハフト城も戦場となったが、敵兵を城壁で食い止めることに成功している。

 国防警備隊の隊員達は、この城壁から敵の突破を許さなかった。


「意外に城の防衛拠点としての機能も馬鹿には出来ませんな」


 秋月の感想に白市長も納得する。


「そうですね。

 巨斉島でも、珍島でも観光用に復元した城が役に立ったようです。

 要塞としても避難所としても有用でした。

 日本も皇居や大阪城御所以外の城の要塞化を考えてみてもいいのでは無いのでしょうか?」


 観光用に創られた復元城ばかりだが、今の時代は観光客など激減していて商売にはなっていない。

 大半がコンクリート建築になっており、重火器や航空攻撃が可能な近代軍隊ならともかく、この世界の軍隊やモンスター相手なら十分に有効だ。

 何より人員を大幅に増員した各地の自衛隊の駐屯地や準軍事組織の基地が手狭になっている事情もある。


「まあ、地域のランドマークになってるのも多いですから、自治体が反対するかも知れませんな。

 遺構とかの保存に学会も煩いでしょうな」


 アイデアとしては面白いかも知れないが問題も多い。

 ようやく整列が終わり、カメラマンから視線を求められる。


「それじゃ~撮りますよ~、1+1は?」


 誰も笑ってくれない重苦しい空気の中、シャッターが切られた。

 次回のサミットはルソンで開かれる。

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