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日本異世界始末記  作者: 能登守
2026年
45/266

サミットの終わりの 前編

 輸送艦『くにさき』


「『シャイロー』からのミサイル攻撃です。

 島内の7ヶ所に着弾。

 現在、着弾した地点を確認させています」

「『シャイロー』から平文で通信。

『本艦はこれより、南海島の奪還に向かう。

 巨済島は任せた』以上です」


 巨済島は仮にも一国の首都である。

 当然、アメリカも大使館を設置していて警備に海兵隊が常駐している。

 彼等が各地に散ってレーザー目標指示装置を持ち歩き、島内を駆けずり対地攻撃目標に対して照射を続けていた。

 BGM-109 トマホーク七発が着弾し、その存在を気付くことも出来なかったイカ人の軍勢に甚大な被害を与えていた。


「なんという威力の攻撃だ」


 イケバセ・グレ船長は、巡航ミサイル直撃を受けたビルにいたが、ビルの残骸に押し潰されていた。

 残骸を押し退けて体を引きずり出すが、朦朧とする意識を保とうと必死だった。


「せ、船長」


 生き残った部下達が駆け寄ってくる。

 軍勢に撤退の命令を出せるのは船長だけなのだ。


「全軍に各々の判断で、退路を切り開き、撤退を指示しろ……」


 海にさえ入れれば、海棲亜人であるイカ人は逃げることが出来る。

 本国までは遠い道のりだが、各々の努力に期待するしかない。

 そう言い残して、イケバセ・グレ船長は息絶えた。

 撤退の法螺貝が島内に鳴り響き、イカ人の兵士達はバラバラに海中に逃ようと動き出した。

『船』を使わず自力で泳いで本国に帰ろうとすれば半年は掛かる距離だが他に方法はない。

 一匹でも逃さないとばかりに、撤退しようとするイカ人の兵士達を国防警備隊や特別警備隊の隊員達は背後から射ち捲った。

 小競り合いは続き、巨済島全域に作戦終了の宣言が出されたのは翌日の昼過ぎだった。




 百済市

 エレンハフト城


 米海軍所属タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『アンティータム』がら下船したのは、アウストラリス大陸特別大使のロバート・ラプスだった。

 緊迫した空気で、各都市の代表達や国王や貴族達は会議場で彼の入室を待っていた。

 だが入室して来たのはアメリカの一官僚だった。

 彼は申し訳なさそうな顔で、列席者達に用件を伝える。


「申し訳ありませんが、ラプス大使は船酔いに体調不良で本日の会議への出席は無理となりました。

 せっかくお集まりのところ恐縮ですが、出席は明日に見合わせて頂きたい」


 大使は割り当てられた部屋で休息を取ることになった。

 待ち構えていた列席者達から微妙な空気の中で、ブーイングが会議場に鳴り響き、サミット二日目を終えることにした。


「まったく何しに来たのやら」


 秋山補佐官の呆れて呟いた一言が、会議場の大多数の人間の思いを体現していた。

 だが代表達が休息を得られるのはもう少しあとになる。

 秋月総督は割り当てられた部屋に、白市長が訪れていた。

 ソファーに座っている秋月総督に対し、立ったままの白市長が互いの力関係を示している。

 席に座ることを薦めないのは、日本側が今回の件をどう思っているかを如実に示していた。


「なぜ、北サハリンの案に同調を?

 あなた方にも技術の緩和は、時期尚早だと理解してもらってると思っていましたが?」


 責める口調の秋月総督に白市長は、苦渋に満ちた顔を見せている。

 日本で生まれ育った白市長には、高麗本国の同胞より日本人達の考えの方が理解しやすい。

 だがそれでは自分達の支持者は納得してくれないのだ。


「仰りたいことは理解しています。

 ですが我々にも必要なことだったのです。

 今回の紛争で、我々は主要四都市が全て戦場となってしまいました。

 復興の為の資金が必要になります。

 北サハリンからの資金援助とアンフォニーの開発は我々に必要なのです。

 何より今回の紛争は大統領の責任問題にまで発展するでしょう。

 国民感情的にもわかりやすい戦果が必要になったのです。

 総督、北サハリン海軍は百済から逃亡した巨大海亀を原潜で追跡しています。

 敵の本拠地攻撃に我々の参加を許可するか検討すると打診してきたのです。

 我が国には選択肢などなかったのです」


 秋月総督はため息を吐き、高麗国の思惑を変えることを断念した。


「明日のアメリカが何を言い出すのか。

 それを聞いてからもう一度考えてみましょう」


 横から秋山補佐官が話に割り込んでくる。


「白市長閣下、本国より我々並びに自衛隊に下された命令をお伝えします。

 今回の紛争に関して、自衛隊は必要な最低限の監視の部隊を抜かして各戦線よりの撤退を命じられました」


 自衛隊撤退は、掃討作戦の中止を意味する。

 高麗国だけで勝手にやれというメッセージだ。

 海棲亜人や大型海棲生物の死体の処理だけでも膨大な時間と労力が掛かるだろう。

 高麗国の死傷者は、国防警備隊員、民間人合わせて3千名に及ぶ。

 これは皇国崩壊後の地球系人類にとって最大の損害となった。

 独力での復興は至難であり、長い道のりになる。

 高麗国に対する不審を訴える保守派による圧力だった。

 北サハリンやブリタニカにも何らかの制裁措置が考えられているのだろう。

 消沈して退室した白市長を秋月は気の毒そうに見送った。

 とにもかくにも長い2日間は終わった。

 明日はサミット最終日。

 官僚達が今回のサミットをどうまとめるか、徹夜で話し合っている。

 早く新京に帰りたかった。




 サミット三日目

 百済港


 戦いを終えた護衛艦『くらま』は、百済の港に錨を降ろし補給や整備を行っていた。

『くらま』と同じ桟橋に艦を横付し、潜水艦『みちしお』の艦長佐々木二等海佐が乗艦して来た。

『くらま』艦長の佐野二等海佐は飛行甲板で、高麗国国防警備隊からの補給を監督しながら出迎えた。

 二人は同期、階級が同じなので、気安い会話が出来るのはありがたいことだった。


「うちは後2時間くらいはかかりそうだ。

 そっちはどうだ?」

『みちしお』の補給は燃料だけだった。

 消耗した魚雷はさすがに調達は出来ない。

「砲弾や魚雷を結構使ったからな、半日は動けん」



『くらま』は機銃弾や砲弾、燃料などを高麗国に請求して補充させていた。

 新京から補給を届けさせるのは時間が掛かるし、総督の帰路にも支障が出るからだ。

 規格の問題もあるが、燃料は問題はないので他の都市の艦船も補給を高麗国に要求して実施している。


「北サハリンの原潜、やはりいたのか?」

「ああ、我々が戦っている間に高見の見物を気取っていたようだ、忌々しい。

 アクラ級のK-391『ブラーツク』だな」


 転移当時、ロシア太平洋艦隊に所属していた艦艇のほとんどが転移に巻き込まれていた。

 活動範囲が日本海やオホーツク海だったから仕方がない。

 しかし、その数は自衛隊側が把握していたよりも多かった。

 自衛隊側の記録では、母港に停泊していた艦艇や別の海域で活動していた筈の艦艇が見受けられた。

 乗員達はいずれの艦も日本海やオホーツク海で航行中だったと主張した。

 さらに船舶に限らず、航空機や観光客、在日米軍を含む各国の軍人や兵器等、転移時に日本にいるはずがない存在が転移していた。

 そこで判明したのが、彼等の主張する転移の日時がバラバラだったことだ。

 これには海外にいた筈の日本人も含まれる。

 ほとんどの日本人や高麗三島、樺太や千島列島の住民の認識は共通だった。

 年が明けたと同時の転移という認識である。

 その時に転移の範囲にいるはずが無かった人間の認識は、転移の範囲に到着して5日後という認識なのだ。

 現に佐々木二佐も当時はジプチの駐屯地に赴任していたが、気がついたら他の隊員や大使館職員とともに尖閣諸島で突っ立っていた。

 休暇などで7日は日本に帰国していた為に転移出来たのだろう。

 転移した人間に共通するのは、転移の範囲に5日以上いたという記憶と、その時期が2015年ということまでに絞りこまれている。

 この件は現在も調査は続けられている。

 北サハリンの行為は忌々しいが、佐々木二佐も佐野二佐も明日には秋月総督御一行を『くらま』に乗せて、百済を出港し新京に帰投しなければならない。

 その準備で今日は徹夜になりそうだった。


「そういえばお前、カミさんへの土産買ったのか?」


 奥さんの尻に敷かれている佐々木二佐は冷や汗を垂らす。

 そんな暇はなかったからだ。


 付近に転がっている亀人の遺体を見て呟く。


「鼈甲とかどうだろう?」

「今となっては悪趣味と怒られるだけだろう。

 だいいち明日までは間に合わないぞ」


 一連の戦いのせいで商店も開いていない。

 土産探しは困難を極めることとなった。





 

 ロシア海軍太平洋艦隊は、多数の艦艇が転移に巻き込まれていた。

 その中には原子力潜水艦13隻、キロ型潜水艦3隻も含まれる。

 北サハリンにオスカー級原子力潜水艦4隻。

 西方大陸アガリアレプトにアクラ級潜水艦5隻。

 ヴェルフネウディンスク市にはキロ型潜水艦3隻とアクラ級1隻が配備されている。

 デルタⅢ型原子力潜水艦は各々の港に1隻ずつ配備されていた。

 現在逃走中の巨大海亀を追跡するのは、ヴェルフネウディンスク市に配備されていたアクラ級原子力潜水艦『ブラーツク』である。

 その『ブラーツク』の艦内で、乗員一同が困り果てていた。

 敵を追跡し、本拠地を探る任務を拝命したのはいいが、いつまで追跡すればいいのか不明なのだ。

 いつ終わるか不明な任務は、通常の任務より乗員に負担を強いる。

 幸い大型海亀の速度は遅い。

 最大でも15ノット程度なら振りきられることはない。

 遠距離からソーナーで捕捉しているので、こちらに気がついていない。


「食料の備蓄は往復で35日分が限度です」


 燃料や水、空気は心配ないが、食料だけはどうにもならない。

 サミットに対応し、バレないよう先月から百済沖の海底に潜伏していたのが祟ったのだ。

 出港前に艦の食糧庫を満載に出来るほど、北サハリンの食糧事情は豊かではない。


「早く目的地にたどり着いてくれればいいのだが」


 乗員達は半年でも1年でも海底に潜伏しても士気は落ちないが、それも十分な食料があればこそだ。

 この際、本拠地でなく中継地でもよかった。

 いざとなれば同盟国や都市に補給や交代の艦を要請する必要がありそうだった。


「通信ブイを揚げ、本国に本艦の位置と十分な食料を積んだ艦を準備しろと伝えておけ」

「日本に傍受される恐れがありますが?

 本国はこの任務を高麗との取引に繋げたいから、日本に関わらせたくないのでは?」

「政治のことは政治家に任せておけ。

 それに原潜の無い日本に長期の追跡は出来ない。も関わらずに、南サハリンやクリル諸島を明け渡さなければならなかったのはロシア人達には屈辱であった。

 日本に頼らない、或いは日本が頼られる国を造るのは北サハリンの悲願である。

 今回は北サハリンが地球系国家・都市の中で優位に立った行動をしている。

 それだけでも彼等の矜持を満足させた。

 日本に主導権を奪われるのは御免であった。





 百済港


 国防警備隊の中隊長の柳基宗大尉は、あの乱戦の中を生き抜いていていた。

 空を乱舞するハンマーや岩球を転がりながらも避けまくり、多くの同僚、部下、民間人達が死傷する中、生き抜いたのだ。

 だが彼には休む暇は与えられない。

 彼の目前には今回の戦いでも無傷か、軽傷の隊員を集めた二百名が整列している。

 国防警備隊の百済市での死傷者150名に及ぶ。

 柳基宗大尉は用意した木箱の上に乗って語り始める。


「諸君、昨日の戦いは御苦労だった。

 すぐにでも休暇を与えたいところだが、本国も海の化け物相手に攻撃を受けてひどいことになっている。

 幸いにも撃退には成功したが、残党がまだ残っている。

 負傷者は第6連隊で預かり、治療に当たるが、諸君には本国での掃討作戦に参加してもらう」


 隊員達の士気は低い。

 この百済の市民でもある彼等は、転移当時、日本に旅行や仕事で訪れて巻き込まれた者達が主流だ。

 高麗本国を故郷に持つ者は皆無に近い。

 本国の三島はもうほとんど敵の姿が無いが、周辺の小島に敵が陣取っているらしい。

 日本が撤収を決定した以上、国民を鎮撫する為、彼等の力がまだ必要なのだ。



 補給中の李舜臣級駆逐艦『大祚栄』に柳基宗大尉は先発隊と乗り込み先行する。

 主力は客船をチャーターしてから出港となる。

 彼等の戦いはまだ終わらない。

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