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日本異世界始末記  作者: 能登守
2026年
28/266

竜別宮捕虜収容所 2

 マイヤーに腕を捻られたスリは、倉庫にほど近い場所に停車したトラックの近くで日本人の男から金貨を貰っていた。


「それで暫く普通に暮らせるだろ。

 官憲に捕まるような真似はするなよ」

「旦那達も官憲なんじゃあ?」

「官憲にも色々いるんだよ」


 このスリは大陸人で本物のスリである。

 石和黒駒一家から紹介された協力者として工作活動に使役している。

 スリの協力者を帰したあと公安調査庁新京調査局の調査官平沼はトラックの荷台に入る。

 そこは局の移動捜査室だった。

 同僚達が聞き入っているスピーカーの前におかれた椅子に座る。


「成功だ。

 あのスリは金貨分の仕事はしてくれたみたいだ」

「捕虜収容所の襲撃計画か。

 関係部署には通達しよう」


 平沢が雇ったスリは、マイヤーと接触した際に小型の盗聴器を仕込んだ銀貨をポケットに忍ばせたのだ。

 スリの男からすれば、わざわざ銀貨を相手のポケットに入れる妙な仕事だった。

 監視カメラの存在は大陸でも知られている。

 その存在で、犯罪行為を抑止することを目的に公表したのだ。

 だが盗聴器の存在は知られていない。

 平沢のチームは捕虜収容所から出所した者に不穏な人物が接触しないかを監視する任務に携わっていた。

 だいたい出所した人物を1ヶ月単位で監視対象としていた。

 だがその成果はあまり芳しいものではなかった。

 漸く当たりを引いたとマイヤーの盗聴器からもたらされた情報に公安の面々は嬉々としていた。


「連中の戦力も口を滑らせないか。

 監視を強化しろ」


 必要な情報を聞き出したあとにマイヤーとウォルフ将軍も事が終わるまで軟禁されることとなっていた。


「こっちは人質が取られてるからな。

 1週間経っても解放されてなかったら救出してやろう」

「ご、御婦人方は?」


 新人の松井が聞いてくる。


「ん?

 そうだな女性もいるから五日くらいにしておくか。

 うちの実働部隊にも準備させとけ」

「はい、自分が通達します」






 竜別宮捕虜収容所


 捕虜収容所に収容された『漆黒の翼』副船長だったアルバートは、割り当てられた個室で目を覚ました。

 この収容所では捕虜一人一人に個室が割り当てられている。

 大部屋の中に二段に積まれた筒状の部屋だ。

 管理官達は、カプセルホテルみたいな部屋だと言っていた。

 筒のなかには寝具の他に照明灯、換気扇、目覚まし時計、ラジオなどが備えられている。

 外部はカーテンで仕切れるようになっている。

 アルバートが最初にこの光景を昨夜初めて目撃した時には、都市部によくある地下墓地のそれを思い起こしていた。

 だが考えてみれば海軍で軍船での生活も似たようなものだった。

 起床は日本から与えられた時計が指している朝7時という時間までに起きるように義務付けられている。


「随分、遅くまで寝かせて貰えるのだな」


 すでに太陽が昇っている時間の筈だが、そこまで遅寝していいらしい。

 大陸では普通の人間は、日の出と共に起床するのがものだ。

 個室から出ると、部屋の隅のブースで報告書を書いていた大部屋の管理官の遠藤が色々と教えてくれる。

 昨日は検査や書類の作成で収容所生活の説明は省かれていた。

 大陸語で会話できる管理官が少ないのも原因だ。

 幸い遠藤は大陸語を習得しているので、いい機会だと説明してくれる。


「管理官が8時に交代だからな。

 朝の点呼が締めの仕事になるように合わせてある。

 まあ、刑務所ではないから早く起きてる分には構わないが、まだ寝てる者もいるからなるべく静かにな。

 収容者同士のトラブルにはこちらも余り関わる気はない。

 起床時間と同時に洗顔、歯磨きに使用する洗面所が開放される。

 朝食は九時までに食べてくれ。

 午前中に部屋の掃除、日本語の学習が義務付けられている。

 午後からは就寝の21時までは自由時間だ。

 運動や読書が許可されている」

 書籍は日本語学習用の参考書か、管理官が寄贈した検閲を受けた漫画や小説、雑誌、リューベック城に残されていた蔵書である。


「ちなみに仕事を引き受けて貰えれば報酬も出る。

 身代金に加算することも可能だ」

「仕事?」

「大陸の書籍の日本語の翻訳だ。

 こればっかりはこちらも人手が足りなくてな」


 ここの捕虜達は貴族や裕福な士族の出身者が多く、識字率も悪くない。

 日本語さえ覚えておけば釈放後も職に困ることはないだろう。

 優秀なら日本の専門機関に就職を斡旋してもよかった。

 語学に堪能な人間は日本人、大陸問わず貴重なのだ。


「先に日本語を覚えないといけないな。

 それと実家に身代金を無心する手紙も書かないとな」


 貴族の五男坊として士官学校に入学してから実家にはほとんど帰っていない。

 グルティア侯爵領のみんなは元気だろうか?

 アルバートは懐かしき故郷に思いを馳せていた。





 陸上自衛隊

 竜別宮駐屯地

 第16即応機動連隊第2大隊


 公安調査庁からの情報が伝えられると、大隊長の長谷川三等陸佐は渋い顔をする。

 1ヶ月掛かりで駐屯地の装備や住居などを引っ越ししたばかりで隊員達の生活も落ち着いたとは言い難い。

 引き継ぎと駐屯地管理の為に重迫中隊をまだ新香港に残しているのが現状だ。

 そんな中でも日々の任務は果たさないといけない。


「明日はデモ警備の要請が入っていたな」

「はい、『大陸総督府の勧告で職を失いそうな各教団の異端審問官』により抗議デモです。

 デモの規模は200名ほど、第1中隊が担当します」

「変な事覚えてきやがったな」


 駐屯地幕僚の魚住一等陸尉の言葉に長谷川三佐は頭を抱える。

 デモ隊に対して竜別宮警察署の人員が足りていない。

 大陸総督府警察は機動隊の編成も終わっていない。


「第二中隊は害獣駆除で出払っていたな」


 訓練を兼ねて定期的な街周辺のモンスターの駆除だ。

 ついでに食料調達も兼ねた大事な任務だ。


「第三中隊も西部のエジンバラ男爵領での選挙実施における選挙監視任務で出払っています」


 エジンバラ男爵は親日派の貴族だったが、国替えで3年前に東部から西部に移封されたばかりだった。

 だが領内で苛政を強いた為に一揆によって打ち滅ばされてしまった。

 新京にいた子弟は無事だったのだが、後を継ぐべき嫡男が何を拗らせたのか


『新男爵は選挙による投票で決めよう』


 等と言いだしたのだ。

 これに新京にも一定数存在する日本人の『民主主義推進派』が同調して無視できなくなったのだ。

 総督府もあくまで実験的としてこれを認めた。

 いや、押し切られたのだ。

 男爵領なら人口は一万人程度、影響は少ないとみたこともある。


「爵位の選定とか襲爵とか、王国の仕事だった筈だが完全に忘れられてるよな」

「ケンタウルス自治伯の前例もありますから全くの荒唐無稽というわけではないのですけどね。

 あっちは有力者だけの投票ですが」


 公平な選挙が行われる為に駆り出される方はたまったものではない。


「第三中隊が非番、本管もここを留守にするわけにはいきません」

「第三中隊の召集で決まりだな。

 全く少しは大人しくしてくれんのかな、この大陸の連中は。

 しかし、公安調査庁の連中もたまにはまともな仕事をするんだな」


 その暴言には魚住一尉も大いに同意できた。



 竜別宮町郊外


「同志諸君!!

 我々は有益な情報を得て、リューベック城に幽閉された同志達の救出の目処を建てた。

 ここに集まってくれた勇敢な90名の幾人かは、今は作戦の過程で倒れるかもしれない。

 だが城にいる500名の同志が救出できればその犠牲は決して無駄にはならない。

 城にいる同志達は、いずれも有力諸候の子弟達だ。

 彼等を故郷に戻せば諸候達が決起する日も近いだろう。

 大陸全土で反抗作戦が決行されれば、大陸にいる日本軍だけでは対処が不可能となる。

 これは皇国再興の為の偉大な一歩なのだ。

 諸君等と奮闘を期待する」


 町中で平和的抗議活動を行う異端審問官達は、日本から学んだ『断食による抗議』を行って、日本軍と警察を引き付ける手筈だ。


「リューベック城の守りは意外に薄い。

 守備隊は50名程度しかいない。

 武器も日本軍や警察に比べれば軽武装だ。

 だが郊外にある駐屯地には600、町中にある警察署には300の兵がいる。

 態勢を立て直して援軍にこられたら一溜まりもない。

 我々も敢えて部隊を四つに分ける。

 収容所に正面から侵入する第1班。

 地下下水道の抜け道から侵入する第2班。

 街中で敵の援軍を遅滞させる第3班。

 収容所の外部から陽動を仕掛ける第4班。

 さらに収容所内部にも暴動を起こすことを前提に捕らえられた同志も存在する。

 いずれも危険な任務だが勝利とともに再び謁えることを願う」


 全員にコップ一杯のワインが配られる。


「今は亡き皇国の為に!!」


 全員がコップを掲げてワインを飲み干し、地面に叩き付けた。

 人手が足りないのでマイヤーとウォルフもこの場に連れてこられていた。






 公安調査庁

 移動捜査車両


「全部丸聞こえなんて気の毒に思えてきたな。

 収容所の通常ローテーションの管理官の人数もよく調べてきたが」


 平沢調査官が盗聴の結果の感想を述べる。

 竜別宮捕虜収容所と連絡を取っていた松井が会話に加わる。


「収容所の方でも非番の者も総動員して150名態勢で待ち構えるそうです。

 自衛隊からも1個小隊が入城したそうです」

「歓迎会の準備は出来てるようだな。

 我々も参加させてもらおう」


「来たみたいですね」


 遠藤管理官達は災害対策用の土嚢を扉の前に積んで封鎖した。

 あくまで管理官達の縄張りなので、自衛隊の隊員達は前には出ない。

 この隠し扉の存在は収容所側でも把握していた。

 地下水道工事の際に地下水道側から発見したのだ。

 近代化したトイレは設置したので、用済みとなった伯爵専用厠は撤去してメンテナンス用通路にしたのだ。

 公安調査庁からの情報をもとに張り込んでいたらノコノコとやって来てくれた。


「ここから来たということは、あの井戸から来たのか。

 外の部隊に連絡を取れ」


 自衛隊の班長達の会話を横に聞きながら、遠藤は扉が抉じ開けられるのを待っていた。

 せいぜい体力を消耗して突破してくれればいい。

 逃げ帰ってくれても結構だった。

 出口の井戸はすでに自衛隊によって包囲されてるからだ。








  竜別宮捕虜収容所近郊


 枯れ井戸の前で見張りの男達はそれなりに戦場の経験はあった。

 場の空気が戦場のそれに換わったのを察し、互いに声も掛け合わずに剣を鞘から抜く。

 確実に何かが近づく気配を察したが、相手の姿を確認できない。

 たかだか獣だったら仲間に知らせることも出来ない。

 すでに大声を張り上げても届く距離でもない。

 一人が己の勘を信じて仲間に知らせようと枯れ井戸に入ろうとした瞬間、体に激痛が走り倒れ伏した。

 仲間が倒れたことにもう一人が驚くが、複数の激痛が体を襲い絶命した。


「対象1、クリア」

「対象2、生きている。

 これより拘束する」


 隠密行動用戦闘装着セットを装着した自衛隊の隊員が闇夜の森林から突然現れる。

 まだ、息のある男は南部の蛮族や森の猟師が獲物を狩る際に草木や土を身に纏い接近するのを思い出していた。

 足元の約5歩ほどの距離にまで近づかれていたのだ。

 これは勝てないことを悟る。


「降伏する、要求を言ってくれ」





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