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日本異世界始末記  作者: 能登守
2026年
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グルティア竜騎兵団 前編

 リボー村


 見慣れない武装した一団が村の広場に集まっていた。

 村の代表の村長が用向きを伺いに罷り出る。


「村長か?

 我はグルティア侯爵家の竜騎兵団団長マッシモである!!

 所用でマディノの代官所に向かう途中であるが、今宵はこの村に逗留する予定である。

 騎竜兵団40名、歩兵120名の糧食を提供せよ」


 村長は騎竜に怯えながらマッシモに返答する。


「恐れ入りますがこの村は王室天領にして、日本国租借地にあたります。

 お代官様に急ぎ早馬でご許可を頂きますので、しばしお待ちを」

「手続きの問題か?

 ならば心配することはない。

 代官エミリオ・グルティアは我が甥に当たる。

 否と言うはずがない。

 なあに、食糧の運び出しなら兵達に手伝わせよう。

 者共、食糧の運び出しを手伝ってやれ!!」


 その強引な運び出しは略奪と呼ばれた。





 4日目


 調査団の高機動車に乗って、代官エミリオと調査団の藤井、浅井の三人がリボー村に到着したのは明け方のことだった。

 無数の馬車や騎竜が村の広場を陣取、騎竜や馬たちが大量の餌を貪っている。

 兵達は朝食の準備をしている。

 さすがに竜騎兵団団長のマッシモは村長の家に滞在していた。


「マッシモ様はまだお眠りになってますが」

「お、起きたら教えてくれ」


 夜を徹してきたのにあんまりな話だが、明け方に来れば当然と言える。

 申し訳無さそうな顔の村長や脱力しているエミリオを見て、浅井と藤井は顔を見合わせる。


「私らは車で寝てましょうか?」

「そうですね、朝飯は缶詰とパンだけですが」


 朝食の席でエミリオはようやくマッシモと会談が出来た。


「叔父上、先触れも無く、突然の来訪驚きました。

 この村で食料を徴発したようですが、ここは天領にして租借地。

 せめて、私に一声掛けてからにして欲しかった」

「すまんな、兵達の食料も尽き掛けてたのもあるが、騎竜達は二日も食わせて無くてな。

 暴走されても困る。

 兵や村人達を喰わせるわけにもいかんからな。

 まあ、些か強引だったことは認める。

 代官所の方で補償しといてやってくれ」

「あの叔父上、兵糧は如何したのですか?」

「食いきった!

 兄上が過剰に護衛の兵を着けたのでな」


 すなわちエミリオの父親のグルティア侯爵のことである。

 確かに竜騎兵40騎は過剰な護衛戦力だ。


「なにゆえそのような戦力で?」

「最近、この近辺でケンタウルスの軍団による襲撃があったそうだ。

 補給線は大事だとマイラが進言してそうなった」

「ああ、マイラが帰ってたのですか」


 マイラとはグルティア侯爵の末姫であり、エミリオの妹にあたる。

 最近まで新京の学園にいたはずだ。

 何年も顔を合わせてない妹の話にエミリオは思いを馳せているが、マッシモが微妙な顔をしてるのに気がついた。


「マイラが補給について口出しした?」


 ようやく話の妙な点に気がついた。

 政に関わることは十代の貴族の子女に出来ることではない。


「日本の教育を受けて帰ってきたマイラの知識に対抗できる一族や家臣がいなくてな。

 内政を一手に担いだしたのだ。

 なにより恐ろしいのが領内の衛生環境の改善だ」

「衛生環境の改善?」

「新京の清潔な環境を覚えてきたら、領内での悪臭や汚れが我慢ならないらしい。

 流行病や赤子の早死も大幅に防げると主張したのだ」

「悪い話では無いように聞こえますが?」

「手近な改善としてお湯を使った消毒や毎日の入浴が奨励された。

 結果として薪の大量消費による禿げ山や荒れ地となった林が幾つも誕生してな。

 薪の値段の高騰、川や井戸から水を汲み出す重労働の増加など負担が万民に平等に訪れた。

 そして、禿げ山に対する植林事業に対する初期投資が莫大なものになる。

 マイラ曰く、十年百年先を見据えた事業らしいが、先に我々の方が干上がりそうだ」

「誰か止める者はいなかったのですか?

 父上や兄上とか」

「マイラが持ち込んだ髪を洗う液体や歯を磨くクリームに奥方等が真っ先に魅了されて陥落したな。

 領民の女房達の間にうちの女房含めて流行になってて手が付けられん。

 で、これがまた馬鹿高いんだ」

「まさか、ここ最近までうちにタカってたのはそれが原因なんですか!!」

「日本の商人から購入するしかないからな。

 最近ではヨガなる健康法まで流行り出して、スコータイから講師まで招いてる始末だ。

 まあ、そんなわけで今回も頼むよエミリオ、一族のよしみじゃないか?」


 エミリオはそういえばアドバイザーの荒木から提供された『試供品』とやらに村娘達が喜んでいたのを思い出した。


「まさか……」


 背筋が凍る思いを味わっていたが、マッシモの更なる言葉が追い討ちを掛けた。


「あ、いい忘れてたけど、糧食この村だけじゃ足りないから隣村にも接収の部隊向かわせてるからよろしくな」

「叔父上!!」


 人口九百人程度のリボー村に兵員合わせて160名、馬80頭、騎竜40騎の糧食を用意できるわけがない。

 エミリオの大声は扉の向こうまで聞こえてくる。

 紹介されるのを待っていた藤井と浅井は顔を見合わせる。


「盛り上がってますが、私らのこと忘れられて無いと良いのですが」


 藤井が懸念しているとリボー村の村長がやってくる。


「お待たせして申し訳ありません課長様。

 ですが村の方でもマッシモ様の兵団に憤った若者が6人ばかり南側の村に向かったと。

 徒歩ですが、一番近くの村でも夕方には到着するかと」


 浅井は近隣の地図をカバンから取り出す。

 等高線まで書かれた詳細な地図に村長は驚いているが、故意に隠してるわけでは無いので気にはしない。

 マディノの町を中心に北西、北東、南東、南西のほぼ同じくらいの距離に村が置かれている。

 そこから街道が分岐し、東西南北にある外郭の村へと続いている。

 この大陸の領地としては、随分正確に配置されている。

 代々、高名な魔術師を輩出するマディノ子爵家の几帳面な性格と魔力による力押しで開拓した村々だった。

 このリボー村は領地外郭の東に位置している。


「マイクロバスが東のアンクル村と北のノーヴァ村。

 74式特型トラックと高機動車が南のドゼー村。

 出張所と駐在所から借りた車でこのリボー村に調査隊が昨夜から入ってます」

「各村は概ね百から二百戸」


 明日の夜までには、調査が終わるのでそのまま続行。

 終了後はアンクルとノーヴァの調査隊は予定通り北東内郭のギース村に集結。

 リボーの隊は北西のドルク村に移動。

 ドゼーの隊は南東内郭のドーマ村に移動。

 事態の変化を見守りつつ業務を遂行します」


 藤井の指示を浅井が無線機で伝えていく。

 予定は変わっていないが、進行を早めるように指示したのだ。


「代官所のお手並み拝見と言ったところですかな?」

「我々はどうします?」

「この村の調査隊と合流して同行しましょう。

 検地や測量も手伝いますよ」




 マディノ領

 西南内郭の村リゲル


 リボー村を発った若者がリゲル村に到着すると、やはり大量の食糧を馬や騎竜が食い漁っていた。


「くそう、ここもか」


 即座に村長の家に向かうと、村の有力者達や血気盛んな若者達に決起を促す。

 すでに強引に糧や種籾、家畜まで奪われた直後だけに村民も乗り気だ。


「せめて年頃の娘達がみんな日本の調査団のお世話に出払ってたのは幸いだったな。

 連中なら無体なことはしまい」

「だが竜騎兵なんぞ相手にしていたらあっという間に全滅だぞ」

「その通りだ。

 だが竜に乗ってないなら俺達でもなんとかなる。

 この村にいるの竜騎兵と歩兵50名程度だ。

 明日の夜にでも酒を飲ませて寝込みを襲ってふん縛っちまえ!!」


 若者達は血気盛んだが村の有力者達はもう少し冷静だ。


「他の村にも決起を促す檄文を送るべきだ。

 数を揃えれば危険も少ないし、要求も通りやすいからな」



 5日目


 マッシモの竜騎兵団本隊はマディノの街の代官所まで到着していた。


「明日にはリゲルとドルク村に送った別動隊が合流するが、本隊だけでも食糧の積込みを行いたい」


 マッシモとしては調達出来た食糧を早急にグルティアに持って帰りたかった。

 マディノの民の自分達に対する反感を肌で感じ取っていた。

 逆にグルティアの兵士達も皇国が滅んだ戦犯扱いのマディノ子爵の民達を侮蔑していた。


「さっさと仕入れて、早急に退去する。

 これが双方に取って一番良いと思うのだ」


 マッシモの申し出を同行していたエミリオは渋っていた。

 グルティア側の要求を飲めばマディノの地から食糧の貯えが無くなるのだ。

 当然、商人に売って民が生活を潤すことも出来なくなる。

 日本の調査団が来ている今しかない。


「叔父上、申し訳無いが今回の件は無かったことにしていただきたい。

 いや、今後もだ。

 我々はもう限界なのだ」

「すまんなエミリオ。

 お前の言いたいことは理解しているがこちらも主命でな。

 マディノ兵では我々を抑えることは出来ない、抵抗するな」


 兵士逹にエミリオは拘束され、手首を縄で縛られる。

 マディノの兵士達は各村に派遣されている者達を合わせても100名程度。

 この代官所には50名もいない。

 代官所はすでに内部に入り込んでいたグルティア兵によって制圧されていた。


「準備出来たら早々に引き揚げて拘束も解く。

 エミリオの失点にもなるから王国や総督には訴えるなよ?

 一族が処罰されるのはお前も見たくないだろ?」


 牢に入れられたエミリオをはじめとする代官所の役人や兵士達の蔑みの目がエミリオに突き刺さる。

 だがその視線はマッシモの一言で氷解した。


「お前が我々に逆らわずに食糧を差し出してれば牢に入れられずに済んだんだ。

 民達が食えなくなると抵抗するから」


 役人や兵士達の目は一転してエミリオを尊敬、或いは憐れむ視線に代わっていた。

 マッシモからのせめてもの餞別だった。

 代官所の広場に出ると本隊の兵士達に命令する。

 マディノの兵士や役人達はチョロいなと思った。

 自分の部下達はあんなのでは騙されてくれない。


「さあ、食糧を根こそぎ徴用せよ。

 別動隊が合流すればいっきにグルティアに帰還する。

 もう二度と来ることは無いだろうから持ち逃げするぞ!!」


 貴族の私兵集団としては情けない宣言にマッシモ自身が脱力してやる気が見受けられなかった。

 代官所の倉からは、小麦や野菜の入った袋が持ち出されて馬車に積載されていく。

 さらなる食糧を調達すべく兵士達が代官所から街に躍り出ていった。

 兵士達は飲食物を扱う店や行商人や民達の倉からも持ち出す。

 もちろん旧子爵邸の日本人達には、手を出さないよう厳命されている。

 だが中には羽目を外そうと考える者達もいた。

 騎竜兵が歩兵4名を連れて裏通りを歩いていると、小綺麗な酒場兼娼館の姿が目に入った。


「ちょっと寄っていくか?」

「いいんですか?」

「うむ、酒場を兼ねてるなら食い物もある筈だからな。

 これは客に扮して調査の必要があると思わないか?」

「そうですね、行きましょう、行きましょう」


 騎竜兵と兵士達は店内に入って驚愕する。

 最近はグルティアの女達も綺麗になって、いい匂いをさせるようになっていたが、この娼館の女達は格が違った。

 洗練された薄化粧の仕方、十分な栄養に基づいて育った豊満なボディ。

 仕草の一つ一つが可愛らしく、兵士達は舞い上がっていた。

 自分の財布の中の状況も忘れて


「金が支払えないとはどういうことですかい?」


 一時間ほどでヘロヘロになった兵士達を黒駒勝蔵が視線で威嚇する。

 床に正座させられた兵士達の周囲には、石和黒駒一家に所属する組員や冒険者達が部屋の四方から取り囲んでいる。


「我々はグルティア侯の」

「関係ありませんな。

 代金分の身ぐるみを剥がさせて頂きますね」


 下着姿で放り出された兵士達は、這う這うの体で逃げ出していた。


「あれは仕返しに来ますね」


 荒木が迷惑そうな顔で予測する。


「そうだな。

 女達は子爵邸にお手伝いに行かせろ」

「我々は?」

「自分等のシマを守れなくて何がヤクザだ。

 もともとは一本独鈷でやってた俺達だ。

 余所者にイモ引くわけにはいかんからな。

 チャカとヤッパ、兵隊を集めろ。

 出入りに備えてな」


 嬉々として組員達が酒場を飛び出していくが、冒険者達は勝蔵の言葉がいまいち理解できないのか動きが鈍い。


「え~と、自分達の縄張りを守れなくて何がギルドメンバーだ。

 我々は独立勢力である。

 余所者が怖いと退くわけにはいかない。

 武器と戦える者を集めて迎え撃つぞ、です」


 荒木の翻訳に納得して冒険者達も飛び出していく。

 勝蔵は訳されて照れ臭そうだ。


「まずはお代官さまのご意見でも伺って来るかな?」

「お供しやす兄貴!!」


 武器も集まってくる。

 お馴染みのトカレフ、日本刀、長ドス、ロングソード、棍棒、金属バット、フレイル、弓矢、ボウガン、コルト・ガバメント、ベレッタM92、M1ガーランド、U.S.M1カービン。

 残念だがトカレフ以外の銃は一丁ずつしかない。

 事務仕事や地回りに退屈を覚えていた勝蔵は、久しぶりの喧嘩に高揚している自分に苦笑していた。


「スコータイの連中ももう弾丸の在庫が無いそうです。

 今回の喧嘩が終わったら暫くお蔵入りですな」


 荒木がトカレフとU.S.M1カービンを手に取り呟いていた。


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