道路
王都ソフィア
宰相府
総督府から派遣された外務局長杉村は、宰相ヴィクトールからある人物を紹介されていた。
南部貴族の雄、ハーベルト公爵その人である。
元エウローパ市長アントニオに正妻ローザマインを孕まされたその人である。
微妙な圧を感じながら会談は進められる。
「今回虎人達が襲撃された領邦は、アルバレス侯爵か、ハイライン侯爵の門閥ばかりだ。
ハイライン家は援軍を出したし、実子の領邦だから無理だがアルバレス家の寄り子はこちらで切り取らせて頂く。
その上で虎人達自治領の叙爵はこちらの推薦とさせて頂くが、本当に大丈夫なのか?
奴等は千年も皇国に従わなかった猛者どもだぞ」
「今回の紛争で、小虎族以外の族長は全て戦死。
族長候補の戦士達も五体満足で生き残った者は一人もいません。
聖地も制圧され、今まで見下していた小虎族の傘下に収まらざるを得ない状況です。
反対に大陸各地に散っていた半獣人たる小虎族の戦士達が自治領領邦軍に参加すべく、集落に戻りつつあります。
押さえつける事は可能でしょう」
虎人の戦士達にトドメを刺すべく出陣した日本の強さに担保された安全保障だが、ハーベルト公爵としても納得するしかない。
「まあ、モーリッツ家あたりは妻とも親しいし、協力は惜しまない。
だが、最近貴国の自衛官に妻が御執心なのは思うところがあるのだが」
杉村局長も公爵の妻ローゼマインが、水陸機動大隊隊長長沼二等陸佐やたらと連絡してきて、長沼ニ佐が辟易しているのは聞いている。
彼女の貴族側の見識には総督府も重宝しているところがあり、友好的な関係は保持させたがっていた。
「友人関係を逸脱させないよう、総督名義で命令書を出させて頂きます」
後からこの話を聞かされた秋月総督は
「なんで自衛官の私生活に命令書なんて書かなきゃいけないんだ?」
と、苦言を周囲に漏らすことになる。
「まあ、私と妻は嫡男が産まれた後は没交渉の仮面夫婦だからな。
うるさいことは言いたくないが、世間体というのもある。
バレない努力くらいはして欲しいものだ」
すでにアントニオ前市長との間に不義の子まで造られておいて、何を言ってるんだこの人と杉村局長は思ったが口には出さない。
「では基本的には婿である狩野一等陸曹に自治男爵を叙爵する方向で」
「今はいいが、せめて士官に昇進させろ。
格好がつかない」
「陸曹長昇進は決まっていますが、尉官ともなりますといきなりは難しくて」
今の自衛隊は手柄次第で昇進出来る確率は高くなったが、さすがに二階級特進は簡単には認められない。
「叙爵を簡単に口を出しといて、どの口が言ってるやら。
本来、爵位はそんなに軽いものじゃないんじゃぞ」
皮肉げにヴィクトール宰相の口から語れ、肩を竦めるしかない。
「まあ、何にしても全ては婚姻が成立してからだがな」
宰相ヴィクトールが話を締めるが、千年経っても解決しなかった問題が前進するなら依存は無かった。
大陸南部
タイガーケイプ
武装解除された虎人達は、集落の住民も含めて聖地タイガーケイプに集められていた。
陸上自衛隊南部混成団や水陸機動大隊、髙麗国国防警備隊第3軽歩兵連隊が監視に当たっている。
「連中の負傷が癒えればそれなりの戦力だ。
我々がいなくなった後に小虎族だけで抑えられるのか?」
第3軽歩兵連隊連隊長李昌善大佐は疑問を呈するが、大陸南部混成団団長井田翔太二等陸佐は無理には肯定しない。
「厳しいですが、ミノタウロス共と違い、対話は可能です。
まさか無抵抗の彼等を虐殺する訳にもいきますまい」
「まあ、小虎族集落を街道入口に置くのは賛成だが、力不足は否めない。
現実的に戦力は必要だ」
半獣人たる小虎族は今となっては最大勢力だが、獣人である虎人とは身体能力に大きな差が有った。
李大佐の懸念は当然のものと言えた。
「その件ですが、半獣人問題は虎人に限らず少なからずあるようでして、ビスクラレッド子爵領の狼人やレキサンドラ辺境伯領のマノイーターの半獣人も迫害されているので、こちらに集めてしまおうかと。
彼等の中には辺境の兵士として過酷な地で働かされたり、冒険者や傭兵をやらざるを得なかった者が多数います。
即戦力としても申し分無く、安住の地も求めています」
話し合う二人の前に長沼二佐が加わり話を繋ぐ。
「あとは、南部独立都市連合の国際旅団の駐屯地をここに置けばいい。
どうせどの都市に駐屯させても文句はくるんだから」
それまでは日本と髙麗で面倒を見るしかなかった。
「まあ、獣人を皇国が迫害、懐柔したのも理由はある。
しかし、対話が可能なラミアや虎人、リザードマン、ケンタウルスは軍門に降り、海棲亜人も鮫、海蛇、亀、螺貝、イカは我々が傘下になった。
対話は出来たが、半魚人やマンドレイクは敵対している。
マノイーターことミノタウロスは対話も出来ない。
虎人にも経済的安定と教育を与えて、取り込んでいく形になっていくんだろ」
「いったいどれ程の亜人がこの大陸にいるんですかね?」
「皇国の記録がなくなって王国も人間の貴族領すら把握できなくなってるからな。
一つ一つ接触していくしかない」
地球側からの賠償を恐れて接触を断っている領邦も多く、亜人の自治領等は後回しにされてきた。
「あんたら日本も大変だな。
我々は自分達の領域だけで手一杯さ」
李大佐の言い草に、何を他人事のように言ってやがると両ニ佐は心の中で悪態を着いていた。




