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日本異世界始末記  作者: 能登守
2030年
157/266

エルドリッチの帰還?

 日本国

 山口県下関市

 関門海峡 護衛駆逐艦『エルドリッチ』


『エルドリッチ』艦内では、海自特警隊第8中隊の隊員達が、目的の機械室を前に全員が床に転がっていた。


「な、何があった」


 中隊長の住吉三等海佐は状況把握に努めるが、艦内からでは状況がわからない。

 突然艦が何かにぶつかったように上下に揺れて立っていられなかったのだ。

 米艦が再びぶつかって来たのかと思ったが、その比では無い揺れだった。

 状況がわからないならば今出来ることをするだけだ。

 機械室は鉄の隔壁に覆われており、扉を開ける為にありったけの手榴弾を投擲したが、人が侵入出来るほどの穴は開けられなかった。

 そうこうしていると、後部ハッチから突入してきた隊員達も乗員達と交戦しながら合流してくる。


「隊長、奴等変です」

「こっちの呼び掛けに応じないことか?

 転移前は日米は戦争中だった影響かと思ったが、単に正気を失っているだけだぞ、あいつら」


 住吉三佐にしても発砲の前に乗員達に英語で呼び掛け、抵抗を止める様に促したり、戦時中らしく降伏を呼び掛けてた。

 しかし、乗員達は一向に応じる事無く、銃弾や斧の振り下ろし等で返答して来ていた。


「そうじゃありません。

 確かに射殺した筈の乗員が何度も現れるんです」


 機械室近辺で射殺した死体が、床や壁に沈み込んでいく光景が目に入った。

 暫くしてその乗員が銃で撃たれた形跡も無く、奥の通路から再び住吉三佐達に襲いかかってくるのだ。


「あいつはさっき間違いなく射殺したな」

「アンデッドなら現行装備では倒しきれませんよ」


 たが機械室にいた乗員の死体が艦に溶け込み、最初にいた地点に何事も無かったかのように現れると再び暴れだして射殺される。


「リポップかこいつは」


 ダンジョンなどで、倒した筈のモンスターが、一定時間後に再び出現する現象をリポップと呼ばれていた。

 通常の遺跡や洞窟のダンジョンと違い、 古代の魔術師が恣意的に造り上げた工房を迷宮化させてモンスターを配置し、モンスターが倒されても元の配置場所に再び出現する失われた魔術の一つだ。

『エルドリッチ』に魔術師が関与した形跡は無いが、それと同じ現象が起きている。


「つまり『エルドリッチ』はダンジョンで、乗員はモンスターか」


 それならばリポップを発生させるダンジョンコアと呼ばれる装置がある筈だった。

 それに該当するのが


「流れ的にこいつだよな」


 隊員達は分厚い鉄の隔壁に覆われた機械室を見つめながら戦闘を続行する。

 任務は実験装置の停止か、破壊だ。

 住吉三佐は僅かに空いた穴に89式5.56mm小銃をネジ込み、ありったけの銃弾を機械室内に散布する。

 機械室の内部状況が把握できない以上は弾数で勝負するしかない。

 すぐに撃ち尽くすして小銃を引き抜くと次の隊員がすかさず機械室の穴に銃身を捩じ込む。

 弾倉の交換をしてる間も他の隊員はそこら辺に有るもので通路を塞ぐバリケードを造り、散発的に現れる乗員を殺さないように銃撃している。


「一々無傷で復活されてはたまりませんからな」


 どういう原理か、乗員が射殺されると手にした武器まで艦に溶け込み、破壊しても正常な状態で武器を手に持って現れる。


「あっちだけ撃ち放題なのはずるいな」




 巌流島こと船島にはきちんとした桟橋があるので、自警団が用意した漁船や連絡船には陸自の隊員が乗り込み、上陸を果たしている。

 砂浜や散策路には海自の特別警備隊が特別機動船(11メートル級の高速型複合艇)で無理矢理上陸を敢行している。

 どちらも『エルドリッチ』に乗り込むために梯子やロープを括り付けて乗艦を試みる。

 当然、乗員達が武器を持って排除を試みるが、展望広場や南側の休憩所に陣取った30普連の本部管理中隊所属の狙撃班が仕留めていく。

 この時、仕留められた乗員が艦に溶け込んで消えていく姿が、映像で映された。

 この映像は東京の防衛省にも当然流される。






 東京都

 市ヶ谷 防衛省

 統合司令部


「エグい画だな。

 お茶の間には流せん」


 乃村防衛大臣が辟易した声で感想を述べるが、すぐに府中からのホットラインであたふたすることになる。


「おい、府中の相談役が『エルドリッチ』が異空間に本体を置いたままダンジョン化していると、転移の装置を破壊すると一緒に本体に連れていかれると言い出したぞ」

「『エルドリッチ』の本体が異空間にあるから、巌流島の『エルドリッチ』はコピーを延々とリポップしていたのです。

 装置を破壊したことにより、隊員が影響範囲にいると、最悪、本体と融合して『壁の中にいる』か、モンスター化する恐れがあります」


 大臣の言葉だけでは理解しづらかったが、大臣秘書の白戸昭美が言葉を被せて説明してくれる。

 さすがに不味いと理解し、統合司令哀川一等陸将は現場に注意を喚起しようとするが、先に現場からの通信が届く。


「艦内の住吉三佐と通信が回復しました。

 装置の破壊に成功と」


 このタイミングでの報告に乃村大臣も哀川統合司令も天を仰いでいたが、続報が追い打ちを掛けてくる。


「30普連本部より通信、艦の甲板を制圧、リポップ地点に物や人を置けばリポップしないとのことです。

 これより艦内の特警隊救出の為に突入する、とのことです

 」


 装置を破壊したことにより通信がクリアになったようだが、哀川統合司令はオペレーターからマイクを引ったくって、叫び出す。


「必要な人数以外は総員退艦せよ。

 艦内の味方の救出を急げ!!

 異空間に艦ごと連れていかれるぞ!!」


 通信先からも復唱もせずに退艦命令を叫んでいる声が聞こえる。


「あの……」


 大臣秘書の白戸が恐る恐る進言してくる。


「何か?」

「ふと思ったのですが、艦の影響範囲が転移するのなら、巌流島も削られるのでは?」


 哀川統合司令は絶句した後にオペレーターに米軍艦に繋ぐように指示する。





 壇之浦沖

 米海軍イージス艦『ジョン・S・マケイン』


「はっはは、市ヶ谷のパパが無理難題を言い出したぞ。

 本艦と『マスティン』で、『エルドリッチ』を曳航

 して陸地から可能な限り離れろとさ。

 本艦に曳航の装備はあったかな?」


 両艦ともに曳航索が万全との報告を受けて、艦長のアーロン・シェイファー大佐は神を罵っていた。





 日本国

 首都 東京 市ヶ谷

 防衛省 統合司令部


「府中の相談役は、『エルドリッチ』消滅までの時間はどれくらいと?」


 疑問を呈する統合司令哀川一等陸将に防衛大臣乃村利正は、怪訝な表情を浮かべる。


「今回は仕組みは同じだが、魔術じゃなく、科学の分野だから推測も出来ないとさ。

 だが段階的にモンスター化した乗員が全て消えない内は大丈夫らしい。

 隊員の状況はどうなっている?」

「拘束した『エルドリッチ』乗員を縛り付けて特警隊がばらまいた薬莢や手榴弾の破片を回収させています。

 拘束した『エルドリッチ』乗員を艦の外に引きずり出したら砂のように崩れ去り、艦内に再びポップしたので、艦内に転がしているしかありません。

 米軍が対話を試みましたが、反応は狂人のそれで、諦めたようです」


 現在、キャノン級護衛駆逐艦『エルドリッチ』は、消滅する際の余波を防ぐべく、イージス艦『ジョン・S・マケイン』と僚艦『マスティン』に寄って豊後水道を曳航されている最中だ。


「『エルドリッチ』乗員が消え始めたらカウントダウンだ。

 全ての作業を中止し、曳航索を解いて退艦せよ」






 豊後水道

 護衛駆逐艦『エルドリッチ』


 九州と四国の中間地点を曳航され、陸地から遠ざかる『エルドリッチ』艦内では、第30普通科連隊連隊第1普通科大隊の隊員が作業に当たっていた。


「薬莢拾いに業務用掃除機を使っていいなんて、自衛隊も優しくなったもんだ。

 まあ、訓練じゃないし、海自の連中も何発撃ったか把握も出来ないだろうしな」


 貧乏クジを引かされた大隊長津久田三等陸佐は呆れ返っている。

 自衛隊では、内規で薬莢の回収を義務付けられていた。

 回収する実弾との数を一致させ、回収されない実弾による事故を防ぐためだ。

 しかし、転移後に実戦を経験するようになると、戦争中、或いは任務中に発砲した薬莢は放棄するよう内規は改訂された。

 津久田三佐達が今行っている回収作業は、異空間にいる筈の『エルドリッチ』本体に薬莢を吸収させない為だ。

 或いは『エルドリッチ』は、フィラデルフィア計画の逸話通りに地球に戻り、バージニア州ノーフォークに現れることも予想される。

 その際に『エルドリッチ』艦内に現代技術で生産された薬莢が残されていて解析されれば、どれだけのバタフライエフェクトが第二次世界大戦とその後の地球世界に巻き起こされるのかを上層部は恐れているのだ。

 下関市自警団日の用意して貰った業務用掃除機の効率の良さに津久田三佐は気を良くして、私費での調達を考え込んでいた。

 現状、戦闘を行っていた海上自衛隊特別警備隊第8中隊を退艦させて、第1中隊にポップさせた『エルドリッチ』乗員を拘束させてマンツーマンで見張らせている。

 乗員だけで200名以上いるので、第二中隊からも人員を割いている。

 拘束の手段は単純で、銃剣で四肢を貫くことだった。

 死なない程度にダメージを与え、艦内の道具を使って拘束する。

 下手に手錠などの拘束具を使うと、一緒に異空間に吸収される可能性もあるし、拘束を解いた瞬間に暴れられる可能性がある。

 さすがに人間の四肢を貫くのに躊躇う隊員も多かったが、他の中隊の手も借りて何とかノルマをこなさせた。

 おかげで艦内の床は血塗れだ。

 死なない限りは血も艦に吸収されることはないらしい。


「隊長、海自の艦艇がそろそろ我々を回収したいと」


 作業も概ね完了し、頃合いと判断し、津久田三佐は隊員を海自の艦艇に移乗させる命令を下した。

 目的の物も見つけ、大急ぎでカメラで撮影を続けながら指示を出す。



 海上自衛隊の艦艇は、大分県佐伯基地から派遣されたひうち型多目的支援艦『げんかい』と下関基地隊の第43掃海隊『とよしま』、『うくしま』だ。

 三隻とも曳航される『エルドリッチ』後方を半包囲する形で航行している。


「大型艦が来てないが、600人も乗せれるのか?

 回収した物もあるぞ」


 さすかに海上自衛隊だけでは無理なのか、海上保安庁が最終防衛ラインにて集結させていた海上保安庁第七管区 巡視船12隻と高知海上保安本部の巡視船『とさ』も姿を見せている。


「まあ、何とかなるかな?」


『ジョン・S・マケイン』と僚艦『マスティン』に停船の信号を送り、海自艦艇を接舷させて、隊員達を退艦させる。

『エルドリッチ』乗員の最初の一人が消滅したのは、二個中隊を退艦させた頃だった。


「カウントダウンが始まったぞ。

 各艦船に距離を取らせろ。

 曳航索も外せ!!」


 大慌ての『エルドリッチ』艦内では、『エルドリッチ』乗員との対話や曳航索の作業要員として、数名の米軍将校が乗り込んでいた。

 日本側の目を盗み、まだ消えていない『エルドリッチ』乗員のポケットにDVDとVHSテープを仕込んでいた。

『エルドリッチ』が第二次世界大戦中の米国に戻ることを期待してだ。

 DVDには『ジョン・S・マケイン』と『マスティン』が用意できた歴史や兵器情報、異世界転移に関する情報が込められている。


「なるべく士官のポケットに入れといたが、解析出来るのは2000年以降だろうな。

 まともに取り合って貰えたとしてだが」


 自衛隊側の努力を台無しにする行為だが、米軍からすれば同胞にいずれ必要になる知識を贈るのは当然の行為だった。

 解析出来る頃には技術的には帳尻が合う頃合いだ。


「ビデオテープには何が入ってたんだ?」

「艦内に何故か残っていたポルノビデオだ。

 こちらもまともに観るのを試みられるのは80年代になるだろう。

 興味を持続して貰わないといけないからな。

 さて限界だ。

 我々も艦を降りるぞ」


 やがて『エルドリッチ』は、激しく震動しながらその艦体が薄くなっており、やがて砂のように崩れて消えていった。

 また、予想通りに周辺海域の海水も消滅して穴が空いたのが観測されたが、再び海水に埋められて何事もなかったような有り様だ。

 他の観測可能な海域に『エルドリッチ』は、再びその姿を晒すことはなかった。





 日本国

 首都 東京 市ヶ谷

 防衛省 統合司令部


『エルドリッチ』が無事消滅したのを確認すると、統合司令部内では安堵の声が聞こえる。

 哀川統合司令と乃村防衛大臣も握手している。


「どうやら終わったようだな」

「念のために『エルドリッチ』が再び出現していないか、哨戒を続けます。

 聟島列島に派遣した救援部隊を復興支援部隊に切り替える仕事も残っています。

 それと、現地部隊から『エルドリッチ』のこの世界における航路図を入手させました。

『エルドリッチ』は90年近くこの世界を航行していたようです。

 連中、とち狂ってたのに律儀に記録していたようです」

「老朽化や事故の度にポップしてたのか?

 それで何かわかったか」

「もう少し、詳細を詰める必要はありますが、日本の東方に未発見の大陸ありますね」





 アメリカ合衆国

 アミティ准州アミティ島

 アウストラリス大陸特別大使館

 特別大使公邸『アミティ・ベル』


 日本本国に派遣した海軍艦艇から、作戦の無事を知らされてロバート・ラプス特別大使は胸を撫で下ろしていた。


「しかし、本当に冗談だと思っていたんだがな」


 大使の執務机には一冊の機密文書が置かれていた。

 西方大陸アガリアレプトにあるアーカム州州知事こと、マーク・アトキンスから送られてきた物だ。

 アトキンス知事の前職はアメリカ宇宙コマンド副司令官で、宇宙軍中将だった男だ。

 機密文書の表紙には『Stargate Project Ⅲ』と記されていた。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 現状用意出来るもので精一杯やりくりして戦っているところが伝わって来る。 [一言] 夷狄は成敗すべし。
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