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日本異世界始末記  作者: 能登守
2030年
156/266

アボルダージュ

 日本国

 豊後水道

 米国海軍イージス艦『ジョン・S・マケイン』


「日本政府から協力要請が来たが、本当にこれ、やらなきゃいけないのか?」


 艦長のアーロン・シェイファー大佐は、自艦を損傷させる前提の作戦に懐疑的だった。


「『エルドリッチ』の動きを止めるだけならミサイルや艦砲は威力が有りすぎるのはわかる。

 移乗白兵戦をする為にこの艦を減速させた『エルドリッチ』に強制接舷させるのもわかる。

 だがどうやって減速させる気だ?」

「艦長、自衛隊のヘリが着艦が求めています」

「許可する。

 艦から艦に飛び移ろうとするクレイジーな連中だ。

 歓迎してやれ」


 当初、移乗白兵戦の命令を下された海上自衛隊特別警備隊第二中隊隊長の住吉三等海佐は統合司令部の正気を疑っていた。

 確かにヘリコプターや高速ボートによる不審船への移乗強襲の訓練は出来ているが、軍艦相手となると話が違う。

 艦砲や対空機銃でこちらが蹴散らされるのがヲチだ。

 だから『エルドリッチ』と同じ米軍艦で接近するという。

『ジョン・S・マケイン』には第一小隊、『マスティン』には第二小隊が乗り込んだ。

 後は司令部がどう『エルドリッチ』を減速させるかに掛かっていた。





 山口県下関市

 みもすそ川公園


 壇之浦古戦場に面するみもすそ川公園に山口駐屯地に配備されていた第30普通科連隊の隊員達が即席の陣地や司令部を作っていた。

 間も無くこちらにやってくる『エルドリッチ』を迎え撃つ為だ。

 しかし、連隊長高見沢一等陸佐は呆れ返っていた。


「アレ、本当に使えるのか?」

「年に一回は祭りで使用してたそうです。

 念のためにカモフラージュさせてますが、使用は二回が限度でしょう」


 問われた大隊長の津久田三等陸佐が答えるが、勇ましく団員達に号令を掛けている下関自警団団長に辟易している。

 防衛大臣直々の電話で舞い上がっているのだ。

 今回の『エルドリッチ』は、陸上への砲撃は行っていない。

 だが貨物船数隻が砲弾を浴びて損傷している。

 関門橋の下には海上保安庁第七管区が巡視船12隻を結集させて最終防衛ラインとする有り様だ。


「そもそも『エルドリッチ』は誰が動かしてるんだろうな」


 それに寄ってはこの作戦は失敗する。


「火の山公園監視所から連絡、『エルドリッチ』来ました。

 追跡の米軍艦もです」


 火の山公園山頂は、瀬戸内海と日本海、関門橋、関門海峡を挟んで下関市街地と福岡県北九州市門司港を一望にできる場所にあることから監視所に最適だった。


「よし、では団長、一番槍は任せましたよ。

 合図とともに攻撃開始です」




 日本国

 山口県下関市

 関門海峡


 謎の動きを見せる大戦中の護衛駆逐艦『エルドリッチ』に対し、自衛隊は移乗白兵戦を決意した。


「艦内には異端の天才科学者ニコラ・テスラが開発したテスラコイルと呼ばれる回転増幅器と高周波発生器が下層にある機械室に設置されていると思われる。

 この装置が一連の事態の原因と考えられる。

 我々の任務は『エルドリッチ』に飛び移り、武器を破壊しつつ艦内にあるこの装置を破壊或いは停止させることだ」


 米海軍イージス艦『ジョン・S・マケイン』のブリーフィングルームを借りて、隊員に説明する海上自衛隊特別警備隊第二中隊隊長住吉三等海佐は、自分で説明しながら酷い作戦だと思っていた。

 何しろ装置の存在まで都市伝説頼りなのだ。

 テスラの回転増幅器は小さな鉄製の箱で、ふたつの通気口が設けられいる。

 重量は約23キロで、繋がれた数基のテスラコイルと連動して高電圧の電流を生み出すというシステムであったようだ。

 ケーブルは銅製の1セント硬貨をつなげて作られたものというのが眉唾臭い。

 このブリーフィングは僚艦の『マスティン』に乗艦する第二小隊にも通信で繋がって聞いている。


「幸い『エルドリッチ』の同型キャノン級護衛駆逐艦は、我が海上自衛隊に初代あさひ型護衛艦として配備されており、艦内のレイアウトは把握できている。

 艦内の障害を全て排除し、任務を全うせよ」


 つまり『エルドリッチ』に乗艦しているだろう米海軍乗員が抵抗したら射殺して良いとの指示を米艦内で出しているのだから、直接的表現では言えない。

 隊員達も空気を察してくれるのか、この件に関する質問はしない。

 幸いなことに『エルドリッチ』は、星条旗を掲げる『ジョン・S・マケイン』や『マスティン』を攻撃してこない。

 それにつけこみ、両艦にインターセプトコースを採らせて、『エルドリッチ』を壇之浦に誘導している最中だ。


「しかし、隊長。

 さすがに高速で航行する軍艦に飛び移るのは危険です。

 何らかの方法で減速して貰わなければ」

「その件は下関の陸自が低威力の武器で攻撃して減速させるそうだ。

 その直後にこの艦と『マスティン』で両舷から接舷して乗り込む」

「低威力の武器って何です?」






 下関市

 みもすそ川公園


 下関市みもすそ川公園には、下関市自警団が設置した大砲が6門存在する。

 元は幕末の下関戦争時に活躍した長州藩の砲台跡であることから、観光用に設置されたレプリカだった。

 転移後の自警団武装化に伴い、レプリカの老朽化を名目に長州砲(八十斤加農砲)5門を再現して実用化してしまったのだ。

 ついでに同公園に展示されていた天保製長州砲も一門再現している。


「まさかこいつらを実戦に参加させる時が来るとは思わなかった」


 公園に部隊を展開させた第30普通科連隊連隊長高見沢一等陸佐も呆れている。

 さすがに対岸の北九州市の自警団も同様に四年式十五珊榴弾砲を再現して小倉城に配備してるのは知らない。


「『エルドリッチ』接近!!」


 それでも使えるものは使うしかない。


「団長、お願いします」


 高見沢一佐に要請された下関市自警団団長こと、市役所観光課課長の坂崎は、震える声で命令する。


「よく引き付けろ……

 相手はアメリカの軍艦だ。

 下関戦争の借りを返すいい機会だ。




 撃てぃ!!」


 祭りで撃つ機会があるらしく、団員達の技量は高い。

 自衛隊にカモフラージュされていた長州砲は、関門海峡を航行していた『エルドリッチ』に三発が命中した。

 砲撃による発射時の反動で、長州砲は車輪を回しながら後退する。

 さすがに大戦中の装甲を施された軍艦に穴を開けるほどの威力はない。

 それでも砲撃による威力は、『エルドリッチ』を大きく減速させた。


「今だ、『エルドリッチ』左舷に強制接舷!!

 総員、衝撃に備えろ」


『ジョン・S・マケイン』艦長アーロン・シェイファー大佐が、ブリッジから陣頭指揮を取り、スピーカーから艦長の叫ぶ声が鳴り響く。

 五倍の重量差がある両艦の接触は激しく艦を揺らし、支え無し立っていられない。


『アボルダージュ(移乗攻撃)!!』


 衝突音に負けない最大音量でシェイファー大佐の命令が遠く下関市まで聞こえる。


「くそっ!!

 俺が言おうって思ってたのに」


 声に出して言いたい号令だ。

 住吉三佐は溜め息を吐く。

 揺れる艦板で身体を支えながらタイミングを見定める。


「各々のタイミングで跳べ!!」


 海上警備活動の為に船から船に飛び移る訓練は行われているが、軍艦から軍艦に跳び移るのは難易度が高い。


 揺れる『ジョン・S・マケイン』から跳び移れる隊員は第一小隊から七人しかいなかった。

 住吉三佐も『エルドリッチ』に跳び乗るとカラビナを手摺に引っ掛けて安全を保つ。

 同時に『エルドリッチ』右舷に『マスティン』が強制接舷して衝撃が隊員達を襲う。

『マスティン』からも第2小隊の隊員が六名跳びのって来る。

 互いの隊員達がハンドサインで三名ずつに別れて両舷の前部後部に分かれる。

 住吉三佐はブリッジ横に設置された20mm単装機銃にMK3手榴弾を投擲して爆破する。


「まずは丸腰にしてやる」





 みもすそ川公園から特別警備隊隊員達が跳び乗る光景を見て坂崎団長は呟く。


「勇壮ですなあ、八艘跳びかな?」

「壇之浦だけに?

 しかし、良く沈まなかったな」


 七倍の重量差がある二隻の艦に衝突されて『エルドリッチ』の艦体には、各所に穴が開いて浸水している筈だ。

 少し急ぐ必要がありそうだと高見沢一佐は、すぐに次の命令を下す。


「関門橋からレンジャーのリペリングを開始させろ。

 無理はするな、タイミングが合えばでいい」





 日本国

 山口県下関市

 関門海峡


『ジョン・S・マケイン』と『マスティン』も艦内に残った特別警備隊隊員を再び乗り込ませるべく航行している。

 ここまでされても『エルドリッチ』は、星条旗を掲げる両艦を攻撃しない。

『エルドリッチ』の主砲がみもすそ川公園に向くが、砲身が爆発して吹き飛ぶ。


「砲口に手榴弾をいれたか」


 それでも機銃弾の攻撃は届き、海岸線の土嚢を貫き、隊員達は23式機動装甲車を盾に後退する。

 30普連に損害は無いが、背後の関門プラザが破壊されていく。

 少しして『エルドリッチ』右舷から発砲していた20mm単装機銃も破壊されて攻撃が止んだ。


「連隊長、関門橋から観測してた隊員からですが、機銃を撃っている射手の姿が見えないと」


 キャノン級護衛駆逐艦は大戦中の軍艦だ。

 現代と違い、機銃を射つことは自動化されていない。


「乗員までステルスか、全く」







 キャノン級護衛駆逐艦『エルドリッチ』


 機銃座を制圧すべく飛び込んだ特別警備隊隊員は絶句する。

 機銃座の壁から手が生え、機銃弾を射っていたのだ。

 その腕には米海軍水兵服の破れた裾が付いたまま動いている。

 見てはいけないものを見てしまった気がして、64式7.62mm小銃で粉砕して機銃を止めた。

 住吉三佐は前部甲板室のハッチを爆破し、艦内に突入する。

 そこで見たのは蠢く肉塊や壁と融合した乗員が、スプリングフィールドM1903小銃やM1911拳銃を発砲してくる地獄のような光景だ。

 躊躇うこと無く手榴弾を投擲して吹き飛ばしていく。

 大戦中の艦だが、米国本土にいた都合上、それほど銃火器は積んでいない。

 乗員は200名以上いるが、高電圧の影響で体が艦と一体化した者、体が燃えている者、凍結した者、体の一部が消失している者もいた。


「気味が悪いな」


 両舷を回っていた隊員六名と合流し、微弱な抵抗を排除して住吉三佐達は下層に降りていく。

 その機械室は鉄の隔壁に覆われていた。





 日本国

 山口県 下関市

 壇之浦


 護衛駆逐艦『エルドリッチ』を巡る攻防は、海上自衛隊特別警備隊第8中隊の突入に寄って最終局面に入ったと思われたが、みもすそ川公園の現地司令部は対応に困っていた。


「中の状況がさっぱりわからん」


 艦内に突入した隊員と全く通信が繋がらないのだ。

 第30普通科連隊連隊長高見沢一等陸佐は、仮説司令部のテントで首をかしげている。


「艦内で高周波を発生させてる影響ですが、米軍も第二陣を突入させていいか迷ってます」


 大隊長の津久田三等陸佐は、隊員をボートや自警団の漁船で突入させる準備をさせながら答える。

 確かに米海軍イージス艦『ジョン・S・マケイン』と『マスティン』は、『エルドリッチ』に再突入の進路を取っているが、先程のように衝突を前提としたものでは無く、低速で接近して飛び移らせる気だ。

 それが可能なほど、『エルドリッチ』は減速し、操舵のコントロールを喪失したような迷走を続けていた。


「ああ、座礁しますね、あれ……」


『エルドリッチ』は関門橋の下を通過し、船島の人工海浜に乗り上げて座礁した。

 船島は関門海峡内に在る無人島だが、一般的には巌流島の名で知られている。


「巌流島に部隊を上陸させ、『エルドリッチ』に攻め込ませろ」

「船島です。

 細かいようですが」


 下関市自警団団長にして、市役所の観光課課長として坂崎は言わざるを得なかった。


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