媒島沖海戦
日本国
東京都 小笠原村父島
自衛隊 父島分屯地
第307沿岸監視隊
聟島に突如として現れた大戦中の米国駆逐艦『エルドリッチ』の情報は、この父島分屯地にも届いていた。
「ユーワンにロケット弾ポッドを装着させろ。
警備班は重MATを忘れるな」
沿岸監視隊は陸海空三自衛隊隊員混成の150人規模であり、UH-1J 汎用輸送ヘリコプターのパイロットとロケット弾ポッドを装着している整備員達は空自の隊員達だ。
乗り込む陸戦警備班の隊員達は、本来は横須賀の海上自衛隊第1特別警備中隊の猛者達だ。
下手な陸自の即席隊員よりも勇猛で練度がある精鋭揃いだ。
「うちの隊員より頼りになるな」
「そういう隊員は島流しにされないから普通来ません」
第307沿岸監視隊隊長の堀部三等陸佐は、愚痴を部下に突っ込まれて苦笑する。
若く精強な曹や士は概ね師団や旅団に所属しており、父島のような分屯地にいるのは後方要員や即席自衛官ばかりだ。
さすがに幹部は専門的な隊員が多いが、どこも質においては人手不足だ。
「しかし、こちらからのレーダーにもまだ映らないのか?」
父島分屯地には空自の第3警戒隊のレーダーサイトや海自の測量用ブイにも『エルドリッチ』は反応を示さない。
「大戦中のステルス実験の成果じゃあるまいな?」
「我々に先んじて異世界転移を達成したのです。
その程度は考慮の必要があるかもしれません。
今、海保から連絡が来ました。
巡視船『あつみ』、『みかづき』が現場海域に急行中。
八丈島海上署からも巡視船『ようてい』。
八丈島警備隊署警備艇『おきなみ』も聟島到着時に合流可能だそうです。
元々、こちらに警戒パトロールの為に航行していたようで、海保、警察ともにこちらと攻撃のタイミングを合わせたいと」
確かに今回は自衛隊、警察、海保ともに火力不足が否めない。
「警察の警備艇にご苦労だが鳥島まで敵艦を誘導要請だ。
ユーワンも陸戦要員をそこで降ろせ。
決戦はそこだ」
この鳥島は伊豆諸島の鳥島ではなく、聟島列島の媒島を主島とする小島だ。
ちなみに聟島にも同名の小島が隣接しているからややこしい。
聟島からは南に約5キロは離れている。
隣接する媒島にも島民が30名程住んでいる。
島民には避難命令を出し、付かず離れずに『エルドリッチ』を牽制している警備艇『はやぎり』には粘って貰うしかない。
「本土からの援軍はまだなのか……」
東京都
市ヶ谷
防衛省 統合司令部
「空中給油機?
大丈夫なのか、ここ最近は訓練もろくにしてないだろ」
急報を受けて駆けつけた防衛大臣乃村利正は、統合司令部に集まっていた制服組を詰問する。
「百里のF-2戦闘機を対艦装備で聟島列島に送っても戦闘行動半径に足りません。
帰路は空中給油機の給油がどうしても必要になります。
帰路は急ぐ必要も無いですから落ち着いてやれば問題は無いと判断しました。
現在、小牧のKC-767空中給油機に準備させています」
航空自衛隊幕僚長真岡一等空将からすれば訓練不足なのは、出番が無いせいで予算が減らされたからなのだから、大臣の言い分や心配には不満がある。
「帰りは対艦ミサイルを発射して帰投するんだから軽くなるんじゃないか?」
「会敵する前に逃げられたり、撃沈されたら意味がありません。
F-15なら届きますので、爆装させて3機を百里、小松、新田原から先行させています」
たった1機ずつなのはスクランブル待機させて燃料を搭載していた機体が1機しか無かったからだ。
日本本国では転移初期以来、スクランブル発進する事が皆無だったせいだ。
出番の無いF-15戦闘機も半数以上が西方大陸アガリアレプトに派遣されている。
各飛行隊に10機程度しか残されていないのが現状だ。
それも共食い整備が進み、半数は飛べない。
対するF-2戦闘機は転移後に苦労して復興させた生産工場で年間1機ながら生産が再開されたが、各飛行隊に11機体制を維持するのがやっとだ。
虎の子のF-35戦闘機も数が少なくて、唯一の飛行中隊が在日米軍から返還された岩国基地にいて、訓練部隊が普天間基地に配備されているが、今回は間に合わない。
「空自に関してはわかった。
海自は現場に迎える艦はあるのか?」
「哨戒中の護衛艦『しまかぜ』が急行していますが現場海域までは三時間は掛かります。
後詰めに『しらゆき』、『やまぎり』が出港準備を進めていますが全速でも到着は明日になってしまいます」
海上幕僚長の茂木一等海将の言葉にまわせるだけの戦力はまわしていると納得するしかなかった。
「間も無く聟島列島の鳥島にて会敵します」
現場部隊の無事を祈るしか無かった。
聟島列島
『エルドリッチ』の誘導を要請された警察の警備艇『はやぎり』死ぬ思いで操船し、攻撃を避けながら13mm単装機銃を叩き込んでいる。
当てる必要は無いから最大射程で存在感を示すだけでよいのだが、『エルドリッチ』のMK21 7.6cm50口径単装両用砲の有効射程は、『はやぎり』の最大射程の倍以上ある。
何度も至近弾による水柱を浴びながら8の字に航行しなかまら南下を続けている。
「至近弾よる浸水、排水が限界」
「機銃弾尽きます」
事態は深刻化しているが、海保や自衛隊からの通信は維持できている。
「巡視船『あつみ』、『みかづき』、レーダーに捉えました。
鳥島の東100メートルに展開中」
『はやぎり』が鳥島の西側を通過した時点で両船は、島影から北回りで『エルドリッチ』に攻撃を仕掛けた。
浸水が酷い『はやぎり』は鳥島と南西西小島の間を通過して媒島への座礁を画策する。
『エルドリッチ』は『はやぎり』を追跡するが、鳥島南側の
磯辺に陣取っていた海上自衛隊第1特別警備中隊の隊員5名が、UH-1J 汎用輸送ヘリコプターで持ち込んだ79式対舟艇対戦車誘導弾を組み立てて、狙いを定めていた。
「安全装置解除!!」
「展開よーし」
「準備よし」
「準備よし」
「撃て!!」
発射された弾頭は四キロ先の『エルドリッチ』の艦体に吸い込まれていく。
「……6、7、8、9、10、11、12、13、命中!!」
爆炎の中から炎上する『エルドリッチ』が現れる。
「大戦中の艦は丈夫だな。
しかし、やっぱり一発じゃ足りなかったか。
後は頼むぞ」
艦橋横に大穴を開けて炎上しているのに『エルドリッチ』の攻撃と動きは止まらない。
後部主砲が隊員達のいる磯辺に向けられるが、複数の飛翔体が艦後部に突き刺さり爆発する。
媒島の上空にいたUH-1J 汎用輸送ヘリコプターのロケット弾ポッドからありったけのロケット弾が『エルドリッチ』の艦尾から命中していったのだ。
後部砲塔を破壊したのを確認すると、巡視船『あつみ』、『みかづき』が接近しての攻撃に切り替える。
島がある以上、『エルドリッチ』は取り舵を取ることが出来ない。
面舵を取れば南西小島が邪魔になって巡視船に砲撃することが出来ない。
『エルドリッチ』は媒島自体を面舵を取って迂回し、日本側の攻撃圏内を離脱しようとする。
この頃には『あつみ』、『みかづき』の機銃弾も尽きしてしまう。
UH-1J 汎用輸送ヘリコプターも補給の為に父島に飛び去っていく。
「あいつ、我々のこと忘れてないよな?」
一抹の不満を覚えつつ磯辺の隊員達は内陸に退いていく。
『エルドリッチ』が媒島を半周したところで、F-15戦闘機による空爆に晒された。
損傷し、速力が落ちたところでMk.82 500lb通常爆弾六発が投下され、二発が命中して爆発撃沈した。
沸き立つ統合司令部では要員や幕僚、大臣達が握手して現場の健闘を称えるが、次の一報に凍りつく。
「海上保安庁第五管区串本海上保安署より、連絡。
『エルドリッチ』が紀伊大島沖に現れたと……
日本国
首都 東京
市ヶ谷 防衛省 統合司令部
「先ほど、能登島沖で四隻目の『エルドリッチ』を小松のF-2が撃沈しました」
「四隻目だぞ、どうなっている」
乃村利正防衛大臣の疑問は、統合司令哀川一等陸将にも答えられない。
父島や聟島列島で暴れた大戦中米軍キャノン級護衛駆逐艦『エルドリッチ』を無事撃沈したのも束の間に、紀伊大島に二隻目の『エルドリッチ』が現れた。
こちらも海保や陸自の第304水際障害中隊の水陸両用車 94式地雷敷設装置の活躍で撃沈させた。
すると今度は五島列島に現れた3隻目を築城基地のF-2戦闘機が撃沈し、4隻目が能登島に現れる始末である。
「敵艦の出現位置が読めません。
避難命令も出せませんので、警察や自警団が海岸線に張り付いて目視による警戒に頼る有り様です」
「さすがは地球世界初のステルス艦といったところか?
米軍に派遣された艦はどうした」
「『シャイロー』が佐世保、『マッキャンベル』が巨斉島、
『マスティン』『ジョン・S・マケイン』が宮崎沖を航行中です」
星条旗を翻した艦なら攻撃されないのでは?
という期待を抱いていた。
転移前の在日米軍基地はほとんどが日本に返還されたが、横須賀、佐世保の海軍基地だけは保持されている。
日本で生産された兵器や物資の補給基地でもあるからだ。
今回は『エルドリッチ』を説得する役割をになって貰う。
大臣秘書の白戸昭美が義父である乃村に耳打ちする。
「先生、府中の相談役から連絡を取りたいと。
今回の件で至急に」
怪訝な顔をする乃村だが、今回のことはニュースでも流れているので、稀代の魔術師マディノ元子爵ベッセンといえどもつまらない用事で防衛大臣を呼び出すことはあり得なかった。
「大臣室に戻るので少し席を外す」
「何か身の有る情報を期待しています」
乃村と白戸が統合司令部を退出する直前に
「大分海上保安部より連絡、姫島沖に『エルドリッチ』出現!!」
「近隣住民に避難勧告。
当該地域、各部隊に警戒命令。
進路は?」
「関門海峡に向け航行中」
緊急を告げる報せにため息しかでない。
「急いだ方がよさそうだ」
統合司令部がある庁舎G棟は、転移前は駿河台学園が有った位置に新設されている。
ここから庁舎A棟にある大臣室までは、普通に行けば徒歩で20分掛かる。
往復を考え、車を用意してると考えていた乃村はG棟玄関で電動キックボードを渡されて困惑する。
「これなら五分で行けます。
お急ぎください」
「府中からのホットラインは統合司令部にも置くべきだな」
かいた汗をタオルで拭きながら大臣執務室に入室すると、マディノ元子爵ベッセンがホットラインのテレビ電話のスクリーンに大写しで待機していた。
「これは大臣閣下。
事態はニュース報道からも聞いております。
あの『エルドリッチ』とやらは魔法の転移や召喚と同じ原理で何度も出現してるのでは無いかと推測したので、お話を聞いて頂きたいとお越し願いました」
それは確かに今聞きたい推測ではあった。
「わかった。
時間は無いから要点だけ言ってくれ」
「では、魔術における転移や召喚は異なる場所にいる対象を魔力に変換して再構築することによって成り立っています。
『エルドリッチ』はそれを機械的に再現したものじゃないかと考えます。
魔術の場合、魔術師からの魔力が途絶えたり、魔術そのもの終わりが設定されていることから、自動的にスイッチが切れます。
あの『エルドリッチ』、スイッチ切り忘れてませんか?
あの艦は自分で自分を再生して召喚してるんですよ」
「いや、その仮説が正しいとして、なんで撃沈した艦が再び再生されて現れる?
第一、その理屈なら機械が破壊されたり、動かしてる電力が切れたらおしまいじゃないか?」
「機械そのものが艦内部にあるから電力自体が再生される永久機関ですね。
こちらの世界にいる『エルドリッチ』は、魔力でも量子でもなんでも良いが、変換されたまま異空間にまだ存在し、複製されたコピーです。
こちらに存在しているという事実を固定する為に撃沈と同時に再召喚して出現しているのです」
老境に差し掛かった乃村では理解が追い付かないが、義理の娘は違った。
「無限湧き?
いえ、この場合はコンピュータープログラムの無限ループでしょうか。
片方のスイッチを停めてしまえば、エネルギーが再生されないから湧きが止まる。
逆に常に一隻しか存在できないから、次はどこに出現するかわからない」
「御名答。
まあ、さすがに大陸とか、世界の反対側までは行かないと思うけどね。
おそらく『エルドリッチ』は最初に出現しさてから長い年月彷徨ってたんだと思うよ。
朽ちては沈み、再び現れ、この国の領海にはじめて辿り着いたんだと思う」
乃村としてはそれだけわかれば十分だった。
その場で携帯電話で哀川統合司令に連絡を取る。
「今いる『エルドリッチ』に対する攻撃を中止。
移乗白兵戦が出来る戦力をかき集めてくれ」




