問題だらけの未来図
大陸東部
日本国 新京特別行政区
大陸総督府
夏の総督府、エアコンの効いた執務室で総督府幹部の会議が行われていた。
大陸東部の気候は穏やかで、日本本国ほど四季の明確性は無い。
むしろ地域特有で北部は厳冬、南部は常夏、東部、西部は常春な感じだ。
最もこれは日本人的な季節感で、大陸人は微妙な季節の変わり目に敏感だったりする。
「エルフ達には東部やはり暑く感じるらしく、西陣市あたりにヌーディストビーチを造ってはどうかと提案があったそうです」
「却下に決まってるでしょ、そんなもん。
ちゃんと水着着て泳ぎなさいよ」
青塚副総督補佐官の雑談に斉木和歌財務局長代理が白い目で切り捨てている。
「いや、エルフ達からすると海や川で泳ぐのに布切れを身体に纏うというのがカルチャーショックだったみたいですで、
グラビア撮影時の水着も派手な下着だなとずっと思ってらしくて……」
「それに関してはドワーフも同様で、連中は連中で観られることを気にしてないというか、ボディービルダー的な見せ方をしてくると現地警官がげんなりしているとか」
柿崎亮警視総監の指摘に全員がげんなりする。
栄えある大陸府総督府幹部が何を下世話な話をしているのかと、秋月総督が書類に目を通す。
「鯉城市の入植が11月には完了ですので、杜都市の第二次入植の準備が始まりました」
「やっとここまで来たか。
計画が遅れまくってたからな」
秋山補佐官が言うようにこの半年は、鯉城市の入植問題に手一杯だった。
王都ソフィアで多少の問題はあったが、そちらは王国政府と駐留部隊の対処でどうにかなった。
植民都市の第一次入植は自衛隊の駐屯や官公庁職員、インフラや建築業者やらとその家族のことを指している。
第二次からは一般移民者のことで、各植民都市の増加人口分は第三次に指定されている。
「猪狩、中川両海将からも連絡がありましたが、護衛艦『きりさめ』が第5護衛隊に編入されます。
乗員とその家族用の居住区約千名分用地確保が必要になってきました。
那古野市と海自からこの対処に総督府の支援を要請しています」
「また海自の艦が増えるのか?
例によって西方大陸から本国に帰還したということか」
秋月総督の推測通りで、日本本国には西方大陸アガリアレプトから帰国したもがみ型護衛艦『あがの』が、『きりさめ』の代わりに本国護衛艦隊に編入されていた。
もがみ型護衛艦は、日本が異世界に転移後に開発、建造された艦だ。
コンパクトかつ多機能なフリゲートで、最低限の装備のみを搭載し、ミサイルの垂直発射装置(VLS)は後日搭載となっている。
しかし、現在もまだ一隻も垂直発射装置(VLS)を搭載していない。
モンスターや海賊相手には過剰装備と思われていることと予算不足の為だ。
「最新型とは言わないが、中堅どころのむらさめ型護衛艦を送ってくるのは、艦齢が40年以下で長期航海に耐えうるからでもあるようです」
「しかし、千人分の敷地か。
生活保護者や無職を中心に杜都市に移ってもらうか」
「その手はもう二回ばかり使いましたので、那古野市ではもう打ち止めかと。
他の都市との対象者との調整が必要になります」
海上自衛隊の戦力が続々と増強されている那古野市では今回のような事態が度々起こっていた。
現在の大陸の各植民都市では住民の人口に対して上限を設けている。
都市の過密化を防止し、食料、資源の統制、モンスターに対する防衛態勢を維持する為だ。
ところが安住の地を手に入れたためか、大陸の各植民都市ではベビーブームが起こっていた。
その植民都市で産まれた出生児童は、人口上限に優先的市民権を得られるので、新規の移住希望者が受け入れられない土壌となっていた。
「おかげで独身家族無しの私は新天地に行ったらどうかとか、肩身が狭いのですが大きなお世話です」
斉木財務局長代理の愚痴は聞き流すが、同様にどんな場所でも発生する無職や生活保護者を第三次植民対象者として、開発中の植民都市にあの手この手で強制的に引越しをさせていたのも事実だ。
当初は日本国憲法第22条第1項においての
「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択 の自由を有する」
を盾に取って人権団体の支援のもとに抵抗してきたが、
「税金で保護対象となってる時点で生活指導を受ける義務がある。
これは日本国民が健康で文化的な最低限度の生活を送る為の教育的支援である」
と、総督府では強弁して税金が優遇された新天地へ誘導、という指導を行っている。
これももともとは植民都市の土地が、皇国からの賠償金代わりの入手した国有地だったから出来たことだ。
その為に用意された総督府法令生活指導法を口の悪い者は『SS法』等と呼んで批判してきたりする。
そうは言っても護衛艦『むらさめ』、『はるさめ』、『ゆうだち』が配備された時にも実行したので限界があると那古野市が泣きついてきたのだ。
「最近は一族まとめて同じ街に住んでるから老人ホームも入居者がいないらしいな」
「神聖魔法の回復魔法がまさかアルツハイマー対策になるとは思いませんでした。
近所のお寺で定期的にお薬師真言を唱えていたアルツハイマーの住職が徐々に回復傾向にあったことから、神殿から神官を呼んで同系列の神聖魔法を頭部に掛けてみたら数週間程は回復したとか。
当の神官自身が驚いてたそうですが、魔術への抵抗力の無い地球人だからここまで効いたのではとの見解でした」
回復傾向に宗教による区別は無いらしく、『大日本仏教連合』でも人材の育成が進んでいる。
「とりあえずまだ完成もしてない杜都市への移住希望者を募るしかないな」
「杜都市といえば良かったので?
退官後の御邸宅をあちらに造られて」
秋月総督の退官が年末に迫っている中、引退後の邸宅が新京から遠く離れた杜都市に造られていた。
「隠居する爺がお膝元にいたんじゃ色々とやりにくかろう?」
「そこは気にしてないのですが、王国が閣下に爵位を贈ろうとしている噂が宮廷内で囁かれてるそうですが?
襲爵なさるなら領地も賜るんじゃないですか?」
ドライなことを言う秋山補佐官に眉をしかめながら、宮廷の噂を認める。
「事実だ。
旧英国のナイトみたいな栄誉称号かと思ったら子爵号の内示を貰ったよ。
本国に問い合わせたら退官後なら貰っとけとさ。
確かに貰っちゃいけないという法律も無いからな。
しかし、領地も貰ってもなあ……
この年齢で今さら日本人がいないとこなんて住みたくないよ」
カンボジアの勛爵やスコットランド男爵のように金で買える爵位もあったが、日本では特段規制していない。
貰っても日本国内ではあんまり意味が無かったからだろう。
王国にも実は外国人に爵位を与えてはいけないという法律はおろか、概念すらなかった。
これまで大陸には千年以上、皇国しか国家が存在せず、人間どころか亜人にまで爵位を与えていた前例から、継承国家である王国も重くとらえていない。
「爵位を貰ったら王国に忠誠を誓わされるとか、税金を納めないといけないとか無いんですか?
そうそも王国も本国の陛下に封じられてる立場だからそちらに忠誠を誓えば形式は問題無いと思いますが」
「王国への税金はむしろ免除だな。
軍の召集も総督府が許さなければ意味が無い。
王宮に出入り出来る特権はあるから、いざという時に相談役になってくれということか。
君達への影響力も期待されてるんだろう」
色々と穴がありそうだが、レキサンドラ辺境伯家やリビュア自治男爵領のように現当主や次期当主が日本人の血をひく貴族家はすでに存在し、選挙の結果自衛官がエジンバラ自治男爵になってしまった例もある。
日本も王国も深く考えない様にしたのだろう。
秋山補佐官の目には後で絶対に揉める種にしか見えなかった。
大陸東部
日本国 竜別宮町
竜別宮町郊外で一つの施設が炎上していた。
「そ、そんな」
「山崎所長、危険です!!
下がってください」
竜別宮町のマンドレイク農場で、マンドレイク達が一斉に脱走をはかったのだ。
まだ、成長途中の土の中から出られないマンドレイクを引っこ抜いて抱えていく徹底ぶりである。
その時の悲鳴で人間側は農場内に立ち入ることが出来ない。
マンドレイク農場所長山崎は狼狽しながら武装警備員達に後方に避難させられていく。
手隙の武装警備員がマンドレイクに発砲するが、マンドレイクに対し銃器の効果は薄い。
「あんなに大量のモンスターを逃がしたら私は責任問題になる」
「手遅れです、警察も来ましたし」
農場の周辺に竜別宮警察署のパトカーが止まり、重武装の警官達が包囲しはじめ、発砲をしている。
最早事態を隠し通すのは不可能だった。
山崎は農場の管理室で最終手段を使うしかなかった。
マンドレイクは仮にもモンスターにカテゴリーされている。
それを大量に育成しようとしていたのだ。
いざというときの備えは用意されていた。
「これより農場内に除草剤を散布する。
濃度が高いから人間にも危険である。
直ちに農場内から待避し、化けもの共の逃げ道を塞げ」
スプリンクラーから散布された除草剤が農場内で暴れたり逃げ送れたマンドレイク達に降り注ぎ、その細胞を破壊していく。
外に出ることが出来たマンドレイク達も警官や武装警官達の銃撃に倒れていく。
いくらマンドレイクが銃撃に強いといっても限度はある。
数十発も弾丸が当たれば四肢が避けて行動不能になるし、小型のマンドレイクは、網に掬われて捕獲されていく。
脱走をはかったマンドレイクの三分の一はこうして駆除されて、脱走を指示したアルラウネのアメリアの元に辿り着けたのは20体程だった。
「さあみんな、日本の領域は危ないから南に逃げるわよ」
令嬢のドレス姿で大型のマンドレイクの枝に乗った彼女は同胞達に新天地への道を指差した。
その光景は絵描きが見れば壮大な大作が掛けただろう。
農場内外で行動不能或いは捕獲された個体は、全て殺処分されることなった。




