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日本異世界始末記  作者: 能登守
2030年
143/266

自衛官引越し事情

 大隊東部

 日本国福崎市

 陸上自衛隊福崎駐屯地


 第33普通科連隊司令部庁舎から出てきた伊東信介一等陸尉は、先程渡された辞令に頭を悩ませていた。

『三等陸佐に昇進の上、第18即応機動連隊普通科大隊大隊長に任ず』

 即応機動連隊は四つの普通科中隊を擁しており、大隊長がこれを統括する。

 連隊の主力である隊員の半数が指揮下にある重職だ。

 昇進はもちろん嬉しい。

 しかし、第18即応機動連隊に異動ということは配属先が王都ソフィアということである。

 王都ソフィアはまだいい。

 王都には単身赴任で十分だが、来年には新しい植民都市に部隊ごと移動になる。


「家族には何て言うか」


 既に伊東とその家族は福崎市に土地家屋を政府より供与されて、農場まで作って生活基盤を整えて馴染んでいる。

 その日一日不機嫌な顔をしている中隊長に隊員達は腫れ物に触るように避けて扱った。

 勤務時間を終えて帰宅するが家にはなかなか入りずらい。

 伊東家は家主である信介とその妻、息子、娘に両親、妻の両親、信介の弟夫妻とその息子となかなかの大家族で住んでいる。

 大家族として移民が許可されたのは移民政策の効率を上げる為だ。

 第一次産業者は移民の対象外だったことから、現在の農場を専門家の指導や隊員達の協力による人海戦術があったにせよ、それなりの収穫を出せるようになった農場には信介や家族達も愛着がある。


「あらお帰りなさい。

 いつまでも玄関の前で何をしてるの?」


 愛妻が籠を背負い大量のニンジンやジャガイモを農場から収穫してきた所だった。


「その………

 なんだ。

 異動が出てしまった。

 夕食後に家族会議を開きたい」


 些か重苦しい顔をした家長が夕食後に居間に全員を集める。

 集まるまでに家を見ていくが改めて広い家だと思う。

 家族全員に個室を与えられて、客間に倉や車庫、離れにもう小屋まである。

 家というより屋敷と言って良く、塀に囲まれ長屋門まである。

 居間には以前アラクネから救助したプロ野球選手の藤吉達也、水島祐司のサインがある。

 二人は今、稲毛デュラハンズの選手として復帰して活躍している。


「異動ということはまずこの土地家屋はどうなるんだ?」


 父の言葉に信介は資料を読む。


「それは心配ない。

 ここはうちに譲渡されているから手離さなくていい。

 逆にソフィアは官舎だが、新しい植民都市は新築の土地家屋を改めて貰える」

「それって異動の度に土地が増えていく地主になっていくんじゃないか?」

「あれ?

 そうかな、そうかも……」


 それで良いのか総督府と思ったが、王国や貴族から差し押さえた土地をもて余しており、私財として管理出来るようにして欲しいから譲渡しているのである。

 もちろん転移により、貨幣経済が一度は崩壊した時期の給与や年金の代変えであるのが第一義である。


「まあ、家族も増えるから家が増えるのも問題無いんじゃない?

 大丈夫よ、自衛官と結婚したんですもの。

 いつかはこうなるのは覚悟していたわ」


 妻が弟の妻の方がみる。


「あれ、そうなのか、あはは……」


 話してみると案ずるより産むが易しだった。

 結局のところ、王都ソフィアや新しい植民都市の新居には信介一家だけが移住することとなった。

 両親達は互いに年齢の近い友人のような関係だし、今さら引っ越しするのももう無理だと言い出し、弟夫婦も農場の仕事や出産に将来的な介護も考えて残ることになった。

 家族会議はつつがなく終わったが他にもやることがある。


「貴方、週末は新島さんちとの収穫物を市場に運んで欲しいんだけど」


 新島家は隣の家、と言っても百メートル先にあるのだが、農場の作物を被らせずに交換したり、市場で共同で卸しに行ったりしている。


「そうだな。

 あちらにも色々と話しておかないと行けないしな」


 新島家の家主の晴久は海上自衛隊の空士長であり、第21警戒隊の警備班に所属している。

 階級はこちらが上だが、組織が違うので対等に付き合っていた。

 運搬の当番の順番や利益配分等も話し合わないといけない。


「引っ越しは色々と面倒だな」


 引っ越しの時は33普連の隊員が任務として派遣され、73式大型トラックが貸与されて駅まで運ばれる。

 列車で異動し、王都ソフィアに着いたら現地部隊の隊員や車両が官舎まで運んでくれる手筈になっている。

 子供達の学校は王都ソフィアの日本人街に小学校、中学校まではあり、スクールバスで送迎まで行われている。


「高校からはさすがに日本領まで戻らないと行けないが、住居は最低でも元の植民都市に確保されてるから問題になら無いらしい」

「さすがに義務教育までなのね。

 まあ、うちはまだ大丈夫だけど転校を何度もさせるのは可哀相ね」


 自衛隊員に生まれた家庭の宿命だが、申し訳ないとは信介も思っていた。



 翌日、駐屯地に出勤すると同連隊の草壁三等陸佐も二等陸佐に昇任の上に第18即応機動連隊の副連隊長になっていた。

 同じ連隊から何人も引き抜かれていたことに今さら気が付いていた。

 荷物は列車でまとめて運ぶらしいから割当ての会議に参加させられることになる。




 大陸東部

 日本国 中島市


 昨年に町中で発見され、中からモンスターが暴れ出たダンジョンは、現在は冒険者を入れるなどして探索が続けられていた。

 入り口の前には武装警備員によるバリケードが敷かれ、いざという時に備えている。

 受付の武装警備員は、この日来訪したベテラン冒険者市川女史のパーティーを見て対応に当たる。


「先週、地下二階までの地図が完成しまして冒険者達は地下三階の探索を行っています。

 今日は一人多いみたいですが、五人パーティーでよろしいですか?」

「ええ、臨時に一人が加わってるけど現職の自衛官よ」

「念のためにギルドカードをお願いします」


 このギルドカードは、日本製のICチップ入り磁気カードだ。

 キャッシュカード等と同じ物で、身分証や冒険者ギルドからの報酬を引き出せる。

 日本と地球系独立国、独立都市でしか使えない。


「陸上自衛隊今俊博二等陸尉ですか?

 入場を許可しますので、お気を付けてお帰り下さい」


 自衛官が副業で冒険者の真似事をするなど、昨今では珍しいことではない。

 休日にハンターの代わりに森でモンスターの駆除等、普通に行われているからだ。

 自衛隊としては非番に怪我をする行為は謹んで欲しいが、地域の安全と食肉の確保の為に黙認している現状だ。

 それでも他都市の自衛官がわざわざダンジョンに潜り込むのは珍しかった。


「依頼人が直接同行するのも珍しいのよ」

「依頼だけで報酬を払える程、お金があるわけじゃないですから、自分も体を張らないと」


 私物のミネベアP9、上下二連散弾銃「B.C.MIROKU」、日本刀で今二尉は武装している。

 防刃のボディアーマやヘルメットも私物の市販品だ。


「様になら無い格好ね」

「急遽揃えたもので」


 今俊博二等陸尉は陸上自衛隊第34普通科連隊で小隊長を務める身だが、先年に霊体との戦闘経験があることから総督府での護衛任務を命じられた。

 しかし、結果として相手は『嵐と復讐の教団』の司祭が飛ばしてきた生き霊もどきの『御遣い』であった為にこれまでの対処法が効果が無く、部下共々昏倒させられる屈辱を味わった。


「今度王都に赴任することになったので、魔力が付与された剣が欲しくなったんですよ」

「その話し、もう三回目よ。

 考えてみたんだけど王都なら普通に売ってるんじゃない?

 家を買える値段くらいするけど」

「このダンジョンではもう三本見付かってますからね。

 それに賭けてるんですよ」


 市川女史達冒険者は優秀だ。

 地下一階は既にモンスターが駆逐されているが、地下二階はそうはいかない。

 ロシア人格闘家のアンドレセン、僧兵の渡辺全政の薙刀を前衛に市川女史の弓や薙刀が中衛から前衛までと縦横無尽に戦う。

 後衛のベトナム人のクアンは罠の解除や偵察役だがボーガンで、二足歩行してするイグアナや小型のマンモスのようなモンスターを蹴散らしていく。

 何より今回は今二尉の銃や刀も戦力として加わっているのだ。

 モンスターとの四回目の戦闘が終わると、矢や銃弾が残り少なくなってくる。

 前人未踏の領域はマッピングと罠の有無を確かめながらなので、歩みは遅くなる。

 倒したモンスターの死体も放置できない。

 人数分のクーラーボックスが食肉できる部位で埋まると、地上に引き返さないといけなくなる。

 今二尉の休日も無限ではない。

 何度も地上との往復を繰り返し、二日間のダンジョン探索は終わりを告げた。

 結局のところ魔剣の類いは見付からなかった。


「まあ、簡単に見付かる物じゃないよな、やっぱり」


 市川女史達はともかく、再利用が出来ない銃弾を消費した今二尉は、パーティーへのガイド料を払うことも含めて、大赤字といえた。


「ごめんね。

 おかげで探索は結構進んだから成果も渡したかったけたど」

「いえ、ご無理を言ってパーティーに加えて頂きありがとうございました。

 王都の方でもダンジョンで探してみますよ」


 空爆されて灰塵と化した皇都は千年近く存在しただけあって、周辺のダンジョンは完全に攻略されて冒険者ギルド本部も事務くらいしか仕事が無かった。

 逆に廃れていたソフィアは、王都になるまで周辺ダンジョンは手付かずのところが多いらしい。


「まあ、いまは皇都は巨大なダンジョン化しつつあるらしいですけどね」


 市川女史達と別れた今二尉は稲毛市に戻り、一等陸尉の階級章を受け取り王都ソフィアに赴任することになる。

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