キノコパーティ
ガンダーラ市の南東沖900キロの孤島
護衛艦『むらさめ』
護衛艦『むらさめ』は、つい先週までは横須賀を母港とする第一護衛艦隊第一護衛隊に所属していた。
護衛艦隊が護衛隊群と呼称しなくなり、十年近く経つが、新設の護衛隊も多数創設されていた。
大陸に派遣されていた護衛艦は旧式艦ばかりであり、同盟国、同盟都市の軍艦に比べて些か見劣りするのは事実だった。
ちょうど西方大陸の戦線から護衛隊『のしろ』が帰還したこともあり、南方アウストラリス大陸で活動する第五護衛艦隊創設計画が立案された。
『のしろ』が『むらさめ』の代艦として第一護衛艦隊第一護衛隊の所属となり、『むらさめ』は移民船団の護衛として同行して、アウストラリス大陸に到着したばかりだった。
しかし、予定した那古野基地への寄港直前に目前に見える奇妙な島への派遣が命じられた。
「見るからに不気味な島だな。
燃やさなきゃ」
ブリッジから双眼鏡で島を眺める艦長の真鍋二等海佐の言葉を否定できる者はいない。
巨大なキノコの傘が幾重にも島を覆うように折り重なっており、頂上のキノコの傘の上にさらに複数の大小様々なキノコが生えている。
島の大きさは横須賀の猿島と同程度。
海上にはキノコは生えておらず、最下層のキノコの傘は、海水に浸かっているせいか、腐食しているように見えた。
『むらさめ』の乗員は家族を客船に乗せて護衛しながら航海してきたので、早く新居に帰りたがっている隊員が多いのだ。
「しかし、迂闊にミサイルや艦砲で撃つと胞子が拡散しないか?
ヘリだって近付けたくないな」
「福崎の国立研究所からの報告では、キノコは海水を浴びれば胞子がその重みで飛散しづらくなるようです」
副長の柱谷三等陸佐の報告に真鍋艦長は命令を下す。
「まずはそこからだな。
海水消火管装置(Fire main system)用意!!
艦を島から距離100mまで接近させて周回しながら島に接近を試みる。
放水の担当者は防護服を着用せよ」
海水消火管装置は文字どおり海水をポンプで汲み上げて、消火主管が取り付けられた第2甲板(応急甲板)から放水して、消火させる装置である。
通常なら油・化学火災に海水は使えないが、今回はその考慮をする必要がない。
放水の飛距離は約100m程度。
周回しながら浅瀬の位置を探り、島に接近していくのだが、移民船団を護衛しながら日本本土から航海してきて給油してないことが懸念だった。
「那古野から連絡です。
ブリタニアから給油艦『タイドフォース』が来てくれるそうです。
また、護衛にフリゲート『スチュアート』同行していて、両艦ともに放水作業に参加してくれるそうです
」
「そいつは助かる海底の地形データを送っておけ」
ガンダーラからもフリゲート『サヒャディ』、巡視艇『サムドララクシャ』がこちらに応援で向かっている。
幾ら海水が無尽蔵に有るとはいえ、島全体に浴びせるのは些か骨だった。
「その後は燃やすのにな。
矛盾した作業だ」
『むらさめ』はその後、『タイドフォース』からの給油を受け、放水を続行。
後続の艦船とともに島全体を海水に漬かせてから火を放つ作業を実施することになった。
護衛艦『むらさめ』の海水の放水作業が開始された。
大陸南部
レイモンド男爵領
第10地区
自衛隊が担当する第10地区では、第16化学防護隊NBC偵察車M1135 NBC RVでファンガスと避難民の間に割込み、12.7mm重機関銃M2を撃ち放っていた。
M1135 NBC RVは、ストライカー装甲車のNBC偵察仕様である。
続く73式中型トラックと軽装甲機動車3両が現れ、NBC防護服を着た隊員達が、避難民達に携帯除染器2型で消毒の噴霧を念入りに行う。
消毒された避難民は73式中型トラックに乗せられていく。
後送された避難民は、避難場所でさらに洗浄されるが、今は体や衣服に付着したかもしれない胞子が飛散しなければ十分だった。
「荷物が」
「諦めろ、命あっての物種だろ」
大荷物の避難民に第16衛生大隊の隊員が怒鳴り付けて、荷物を捨てさせる。
ファンガスに襲われてない最中なら荷物にも消毒する余裕があるのだが、銃声が聞こえる現状ではどうにもならない。
渋る避難民に消毒薬を噴霧し、ビショビショにしてから73式中型トラックの荷台に放り込む。
「ああ、腕にキノコが……」
今度は胞子が付着して成長した避難民だ。
衛生科の隊員は絶叫する避難民を地面に捩じ伏せる。
「舌を噛むなよ」
ナイフでキノコを付着部の肉ごと抉りとる。
「ぐわあ、ガア……ガ……」
悲鳴を揚げる避難民に別の携帯除染器2型を背負った隊員が患部に直接消毒液を噴霧し、追い打ちを掛けている。
さらに黄色の紐を腕に巻いてから73式中型トラックの
荷台に放り込む。
迫るファンガスの数は多くないが、いまだに人の姿の原型を留めている者も少なくない。
「せめて顔もキノコ化してくれないかな……」
若い隊員の中には吐きそうになっている者もいるが、防護マスクの中で嘔吐すると危険なので堪えて貰いたかった。
「今ので最後の避難民です」
「よし浄火を実施せよ」
号令とともに携帯除染器2型を背負っていた隊員が携帯放射器を背負い直し、一列に並んで火炎を放射する。
銃弾で足を破壊されていたファンガスとその周辺、進行してきた経路に燃料が尽きるまで火炎が浴びせられる。
この後は避難民が住んでいた村を焼きに行く。
第7地区から流れてきたファンガスに襲われ、少なくない感染者が出たからだ。
それでも陸自の担当の第10地区はここが最北端で、最後の村だった。
この地区はまだ装備が潤沢な自衛隊の担当だからマシな方だった。
高麗国やガンダーラ市の担当区は、マスクにタオルを顔に巻いてる程度だ。
住民の被害も第10地区とは比較にならない。
「本部から連絡だ。
ガンダーラの担当区が手薄になっている。
ここは後続隊に任せて、補給後に第8地区に向かうぞ」
ファンガスの数に手薄な地域を突破されていたガンダーラの第1グルカ・ライフル部隊は、日本の援軍で持ちこたえることになる。
一方で同様の危機にひんしていた高麗国第3軽歩兵連隊だが、援軍の第2軽歩兵連隊の投入で押し返していた。
すでに各方向から空爆の為の航空機が飛行している音が聞こえている。
レイモンド男爵領上空
航空自衛隊第9航空団第9飛行隊に所属するF-2A戦闘機12機が飛行していた。
各2機ずつが所定の村に空爆する予定だ。
既に現地では密かに侵入した第16偵察中隊がドローンを飛ばして、ファンガスが村の広場や農地に集めている。
『『ウルティマ1より、中島SOC。
全機目標地点上空に到達した。
これより空爆を実施する』
『こちら中島SOC、空爆を許可する』
各機に搭載されたJDAM 500lb誘導爆弾6発が投下され、目標となっている村を爆発の炎で焼失させていく。
同様に北サハリン空軍の戦略爆撃機Tu-95、2機のFAB-500や華西民国空軍のH-6(轟炸六型)爆撃機の自由型爆弾が村ごとファンガスを焼却、爆砕していく。
第9飛行隊の隊長を務める早川三等空佐の気は重い。
先の戦争でも貴族の城館や皇国軍の砦に空爆を行った経験は有る。
しかし、今回の空爆対象は罪無き民衆が住んでいた村だ。
最早、生者は無く、蠢くのはキノコの化け物くらいだが、村の中で動かれて集まられていると、村人が生きているようにしか見えない。
「実態がわかっている分だけマシか」
自機が投下したJDAM 500lb誘導爆弾はファンガスが集まった村の広場を火の海に変えていく。
寄生する対象が消し炭になれば、いかにファンガスといえども死滅するしかない。
この第7地区だけで、三千人は住んでいた筈だが全員が寄生された訳がなく、隠れ潜んでいた者もいたろう。
自分達は彼等をも爆弾で吹き飛ばした訳だが、今は考えないようにしていた。
このまま大陸にファンガスが大量発生すれば、間違いなく日本が統治する東部地域も危機に陥るのだから。
家族や友人があの醜いキノコと同化し、襲ってくる光景など、悪夢でしかない。
自分達は間違ってない、命令を遂行しただけなのだと自らに言い聞かせていた。
大陸東部
新京特別行政区
大陸総督府
「レイモンド男爵領の現在の死者は3468人が確認できています。
寄生されて生還した者は784名。
当分は隔離観察の対象となります」
秋山補佐官から後味の悪い今回の事件の顛末を聞かされ、秋月総督は渋い顔をする。
自衛隊の部隊もほとんどが撤収した。
寄生されて治療された者や避難民はレイモンド男爵領の安全地域に移されている。
「ヴィクトール宰相とも話したが、当面は近衛騎士団第7大隊に現地の処理を継続的に行わせるらしい。
安全宣言は当分は先だな。
我々もポイントマタンゴから、レイモンド男爵領第7地区に至る一帯を封鎖区画に指定する。
途中にある鉄道や車も通過の許可だけで、停車は厳禁だ」
今回のファンガスの生息地だった島は護衛艦『むらさめ』や後続の消防艇やブリタニア艦による三日三晩に渡る海水の放水後に火を付けられて浄火された。
たっぷりと湿っているので、火が付き難かったがヘリコプターに航空燃料を積めたドラム缶の投擲は効果があった。
炎の島と化した島だが、地面に根付いていた分に不安が残るので除草剤が散布されることになっている。
「調査の進んでない地域への進出は慎重にと同盟国、同盟都市に釘を刺す必要があります。
他にもここ最近の同盟都市の行動には目に余るものがあります」
エウロバの漁色紛争やブリタニアの人狼兵士など思い出せるだけでも頭痛がしてくる。
「サミットで話し合う事項が増えていくな。
資料を揃えといてくれ」
大陸東部
日本国
新京特別行政区 大陸総督府
「認められる訳がないでしょう」
斉木和歌総督府財務局長代理は、開口一番にそう告げると大陸における陸海空三自衛隊の長達は絶望に顔色に染めた。
陸上自衛隊大陸東部方面隊総監高橋二等陸将が最初に反撃の声を挙げる。
「陸上自衛隊としては、衛生用品や災害用の救援物資の消耗が著しい。
食料関係は本国に送らないといけないから無理なのはわかるが、それ以外は何とかして欲しい」
「海自や空自と余剰物資と調整して維持して下さい。
なんなら海保や警察にも話を通してください」
高橋陸将が隣に座っていた猪狩三等海将や澤村三等空将に目を向けるが、二人は目を背ける。
「おい!!」
睨まれた海上自衛隊那古野地方隊総監猪狩海将が反論する。
「いや、うちも余裕が無いんです。
ドワーフ難民とかにも結構、提供したんですよ。
それに『むらさめ』の乗員や家族に融通する物資も必要なんです。
基地も桟橋や第5護衛隊の庁舎等の拡張工事で忙しいんです。
その上で、うちとしても今回使い込んだ護衛艦の艦載砲の砲弾の補給の予算を何とかして欲しい」
キノコの島に有りったけ砲弾を撃ち込んで、巨大キノコを崩壊させて海面に叩き込んだので相当な消費だった。
加えて護衛艦『むらさめ』が新たに那古野市を母港とすることから、今年度の予算が足りなくなっていた。
元々の資源不足から砲弾の生産は少数だ。
那古野市でも工場が建設されているが、まだ稼働はしていない。
猪狩海将の訴えにも新任の財務局長代理の言葉は厳しい。
「却下です。
来年の予算が降りてから発注して下さい」
「いや、急に必要になったらどうするんですか?」
「ミサイルは温存しているんでしょう?
工夫して使ってください」
ミサイルと砲弾を同一視している斉木局長代理の言葉に猪狩海将は絶句する。
「空自としては爆弾や燃料を補充して貰えないと出動出来ないだけだから」
航空自衛隊第9航空団司令の澤村空将が捨て身の駆引きに持ち込むが、代わりに出されたのは山のような要望書だった。
「出動出来ないならその分の隊員を手隙の部署に出向させて下さい」
「いや、隊員の3割は既に出向させてるよね?
士気に関わるから勘弁して欲しいんですけど」
「いきなり予定に無かった戦闘機何十機も増やされて予算を圧迫しているんです。
いっそ飛ばす飛行機を絞りこんで他は飛ばさないで下さい」
「そんな無茶な!?」
斉木局長代理が言っているのは、本国から押し付けられたF-4戦闘機のことだ。
40機以上も押し付けられたのは確かに大きな負担だった。
協議は数時間に及ぶが、妥協案を見出だすことが出来なかった。




