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日本異世界始末記  作者: 能登守
2028年
108/266

湖沼虐殺

 大陸南部

 セルン湿地帯


 近隣の集落が何者かの襲撃で壊滅したとの報告を受け、隣の集落を守る戦士パウラヒは沼地に潜み、斥候として様子を伺っていた。


『酷いな。

 同胞達は全員皮を剥がれたか……』


 川岸に剥がされた同胞の皮が吊るされて干されている。


『野蛮人共め……』


 長年、パウラヒ達の部族を庇護していた皇国はすでに無い。

 異界から来た侵略者達に敗れて、従属させられたという。

 侵略者達は遂にこの湖沼伯領まで来たようだ。

 急ぎ集落に戻り、戦士達を集めないといけない。

 皇国を下した侵略者達に敵うとは思えないが、部族の誇りに代えて、一矢報いなければならない。

 それが千年に渡り、この湖沼地帯を種族の領土として保障してくれた初代皇帝の恩に報いることでもある。

 今でも湖沼伯邦軍は千を超える戦士達が健在なのだ。


「いたぞ!!」

「胴体は狙うな、ネットを持って来い」


 侵略者達がこちらの位置を見つけたようだ。

 銃や矢で、パウラヒが潜む水面を撃ってくる。

 皇国軍が使っていた銃とは比較にならない連射速度と威力だ。

 水中に潜ったのに、パウラヒの防具や表皮に穴を開けていく。

 水中でも使う為に粗末な素材で造った防具ではある。

 それでも水中で防具を貫き、防具よりも硬い表皮の鱗すら貫くのだから、想像以上の威力だと理解できる。

 当たったのは尻尾なので命には別状無いが、痛いことには違いない。

 残念なことにパウラヒ達には魔術と投げ槍以外に飛道具を使う習慣は無い。

 水中を高速で泳ぎ、対岸の沼岸でようやく一息付く。


「くそ、地球人め。

 いつまでも好き勝手に出きると思うな」


 リザードマンの戦士パウラヒは集落に戻り、戦士達を集めるよう同胞達に訴えることになる。




 大陸東部

 日本国新京特別行政区

 大陸総督府


 この日の総督府は、二人の来客を迎えていた。

 客人は日本の城を模して造られた総督府、通称新京城を案内され、二の丸御殿にて待たされていた。

 二の丸御殿は来賓用の宿泊施設であり、和風建築に日本庭園が完備されている。


「いや、お待たせしました。

 お久しぶりですね、子爵殿」


 貴賓室に入室した秋月総督が声を掛けたのは、以前にも総督府を訪れたことがある狼人で構成されるビスクラレッド領の領主ビスクラレッド子爵だ。

 白狼と称される見事な毛並みを整え、猫背ぎみな背を曲げて返礼する。


「いえいえ、快適な宿泊を堪能させて頂いておりますから、大丈夫ですよ。

 こちらは見るもの見るもの珍しいから楽しんでいます。

 さて、こちらが本日紹介したい獅子男爵アストラ殿です」


 ビスクラレッド子爵の隣に座っていた獅子の獣人が立ち上がる。


「お初に御目にかかる。

 南部に領地を持つ獅子の獣人を束ねる男爵のアストラと申します。

 我等も皇国亡き後は、日本国に臣従を誓います」


 互いに握手が交わされる。

 すでに大筋は互いの役人の折衝で終わっている。

 トップが会談している時点では、覆ることは無い。

 日本は貴族達を通じて、賠償として食料や鉱物資源を取っていたが、その量に関しては些か不正確であった。

 当然、検地は行われていたが東部と中央にしか行き届いていない。

 西部は華西民国、北部は北サハリン、南部は高麗国を初めとする独立都市が行っているが、人手不足が祟って、ほとんどが貴族や王国役人の自己申告を参考にするしか無い。

 また、日本の方針に準拠し、申告を誤魔化していても罰則は無かった。


「検地が行われた後は、話は別ですがね」

「承知しています。

 しかし、今まで日本は我々のような亜人領地とは積極的に接触して来なかったのに今頃何故?」


 日本としては、大陸の人間と交渉するのも面倒なのに他種族との交流などトラブルの種にしか見えなかったし、事実トラブルばかりだった。

 没交渉では問題解決が軍事活動ばかりになってしまっていたので、亜人領地にも人員を派遣することにしたのだ。


「南部亜人種族による評議会を組織して頂きたいのです。

 現在、参加を表明してくれているケンタウルス自治伯、ビスクラレッド子爵、アストラ男爵の領地をあわせても人口は30万人。

 独立都市やエルフ大公に対等に渡り合えるよう諸種族に声を掛けて頂きたいのです」


 実りある会談を終え、二の丸御殿から総督官邸の本丸御殿に戻る途中、総督府警備の自衛官達の交代点呼の場を目にした。


「比較するのも可哀想だがな、以前の第16即応機動連隊の隊員達と比べればぎこちなさが目立つな」

「部隊としては統一感に掛けるのは仕方が無いですね。

 まあ、ようやく新京防衛に確保出来た人数ですから贅沢は言えません」


 秋山補佐官の言う通りで、彼らは新隊員や各部隊から研修として派遣された隊員達だ。


「しかし、陸自もよくもあんな部隊を配備しましたね?」

「ようやく方面隊も形になってきたからな。

 本国の方ではもう復活してたんだろ?」


 陸上自衛隊は転移とそれに伴う皇国との戦争の為に大幅な増員増強が実施された。

 それは破綻した経済による失業者対策の一面もあり、採用された即席自衛官達を戦後も教育する必要があった。

 海岸線のパトロールや屯田兵紛いの農地開墾まで任務が増えた現場の部隊では負担が大きい。

 各方面隊混成団に組み込まれた教育隊では規模的に受け入れられない。

 何より高齢化した現役隊員を転移後の経済混乱に陥る世俗に退役させて放り出すのも忍びがたい。

 大陸に送り込む新設連隊の隊員教育の必要もある。

 ならばいっそと、各方面隊の教育隊や陸曹教育隊等を再編し、廃止していた教育連隊を復活させたのである。

 高齢化した隊員や即席自衛官等も受け皿として、第一、二、三教育連隊が復活し、第四、五教育連隊が新設された。

 そして、ようやく大陸東部方面隊にも第六教育連隊が創設された。

 第六教育連隊は新京防衛の任務も与えられており、大陸東部方面隊の予備戦力でもある。


「ここまで敵が来るようでは、おしまいですから彼等でも十分でしょう」

「この城も生き霊に襲われたり、市街で貴族同士の討ち入りがあったぞ?」


 新京には他にも陸上自衛隊大陸東部方面隊総監部や警視庁SAR連隊や新京警視庁第1機動隊もいる。

 余程の事態でも無ければ大丈夫な筈だった。




 本丸御殿の執務室に入ると、北村副総督と青塚補佐官が問題を追加してくる。


「いや、厄介なことになった。

 財界の連中、経済的に破綻した貴族の領地の経営権を牛耳り、プランテーションを行ってたそうだ。

 そこまではいいんだが、隣接する湖沼に住むリザードマンの集落を襲って皮を剥ぐなどの虐殺を行ったらしい。

 どうやら湖沼地帯がリザードマンの自治領だったらしく、大規模な軍勢に包囲されて籠城となったそうだ。

 新京の本社から総督府にリザードマンの駆除と現地駐在員の救助要請が来たぞ」


 プランテーションとは、広大な農地に大量の資本を投入し、現地民などの安価な労働力を使い単一作物を大量に栽培する大規模農園のことだ。


「問題の企業は、日本が食料難に見舞われてるのを尻目に嗜好作物の栽培を行っていたらしいのです。

 そして、領民の反発を抑える為に荒事の得意な社員で些か阿漕な経営を行っていたようで、往年のヨーロッパの植民地支配みたいですな。

 その上で、小遣い稼ぎの感覚でリザードマンをモンスターとカテゴリーして虐殺したらしいのです」


 北村と青塚の説明に秋月は頭痛を覚えた。


「自治領の亜人ということは、王国からは臣民として認められてるんだよな?

 それを虐殺?

 皮を剥いだ?

 何を考えているんだ……」

「取り敢えず状況把握の為の偵察機を飛ばさせますね。

 事態を終息させるには・・・

 自衛隊だけじゃなく、警察にも人を出して貰わないといけません」





 天領イベルカーツ

 日本国自衛隊第9分屯地


 新京からの指令により、第9先遣隊隊長の千堂勇太三等陸佐は頭を抱えていた。


「今年発足したばかりの隊に何をやらせる気だ司令部の連中め」


 大陸各地に分屯させられている先遣隊は、当初は王都ソフィアに駐屯していた第17即応機動連隊から派遣されていた。

 しかし、第17即応機動連隊が第17師団の正式設立の為に大陸東部に引っ込み、各先遣隊はそれぞれ独立部隊として再編された。

 陸上自衛隊百名、航空自衛隊の警戒隊15名、各独立国、独立都市から派遣された要員13名が分屯地に派遣されている。

 任務は各地域の利権の調査や日本人を含む地球人の保護だ。


「それで現地の状況はどうなっているんだ?」


 セルン湖沼伯爵領はリザードマンの自治地域であり、日本を含む地球人陣営に取っては未調査地域だ。

 状況を把握している空自の祝原聡一等空尉が説明を始める。


「現地のラカンティア子爵領は、日本企業が出資したラカンティアファーム株式会社が牛耳ってます。

 子爵領邦軍六百名を大陸警備保障の武装警備員達が、指揮、指導している形になっています」

「あの大陸警備か」


 大陸警備は日本の右翼系警備会社の現地の法人であり、些かガラが悪いことで有名だっだ。

 地球からの転移後に自衛隊や警察出身の警備員達を多数復帰させたことにより、警備業界は未曾有の人材不足に陥った。

 しかし、幸いなことに他の業界の企業が転移の影響で多数の休業や廃業に追い込まれ、求人に多数の失業者が殺到した。

 だがこの世界に転移し、日本の治安は悪化し、モンスターの跋扈や移民の護衛、大陸への派遣を考慮すると、これまでよりも採用条件を大幅に緩和し、脳筋な人材を採用することになる。

 特に大陸警備保障は、政府系武装組織や大手警備会社が採用を見送った人材も雇用していた。


「領境では、セルン湖沼伯爵領邦軍四百とラカンティア子爵領邦軍四百が睨み合ってます。

 しかし、警戒線をすり抜けてきたリザードマン二百程が、ラカンティアファームの農場兼宿所一帯を包囲しているそうです。

 現地の日本人は、ラカンティアファーム社員10名と大陸警備保障の武装警備員20名。

 現地職員は自宅や町の宿に避難させたそうです」


 空自の警戒隊の任務は、当然のことながら

 地上固定のレーダーを用い、未確認機や空を飛べるモンスターの監視や風雪等の自然災害から施設や装備の保守点検である。

 しかし、転移前の本国と違い開店休業のような状態から、このような雑務を割り当てられていた。


「ラカンティアファームからの要請では、早くリザードマンを駆除してくれと」

「王国臣民としての籍を取った亜人をモンスターと同一視してるのか?

 さっさと犯人を引き渡してやりたいくらいだ。

 だが他の日本人まで犠牲になるのは問題だ。

 チヌークを出させて、救助に向かわせよう」


 すでに中島市に駐屯する空自の輸送ヘリコプター隊の輸送ヘリCH-47 チヌーク 2機がイベルカーツに向かっていた。


「空自の陸戦要員は、人手不足なので出せません。

 代わりに中島市の警察警備部隊から銃器対策部隊30名と新京警視庁の刑事五名が乗機しています」

「そいつは助かる。

 うちからも一個小隊をだすが、犯人逮捕は警察の領分だからな」







 大陸南部上空

 航空自衛隊

 CH-47 チヌーク


 新京警視庁から派遣された宇野警視も頭を抱えていた。

 たまたま視察で訪れていた中島市で、緊急任務だと自衛隊の基地までパトカーで連行され、ヘリコプターの中に放り込まれたのだ。

 待っていたのは所轄の刑事四名と完全武装の銃器対策小隊だった。

 そして肝心の任務は亜人達との紛争地域で邦人の逮捕だという。


「悪夢だ」

「いい加減諦めて下さいよ警視。

 自衛隊の部隊も合流するんだから大丈夫ですよ」


 年長者であり、補佐役の山岸警部補が宥めているが、他の面々はうんざりしていた。

 そんなCH-47 チヌークを護衛するようにF-4戦闘機が2機飛行していた。


「さっさと爆撃して解決してくれればいいのに」

「警察官が言っちゃ駄目でしょ、それ」






 大陸南部

 ラカンティア子爵領

 ラカンティアファーム社農場

 警備指令室


「ポルチーニ茸の栽培エリアにリザードマンが侵入、罠に引っ掛かって檻に閉じ込めました」

「丁重にお帰り頂け!!

 外の連中を刺激するな」

「袋茸の栽培エリアに複数のリザードマンが侵入!!」


 大陸警備保障の警備主任新沼は次々と侵入してくるリザードマンの対処に追われていた、

 リザードマン達は、破壊活動や人間に対して暴行や殺害に及ぶこと無く、栽培エリアから社員や警備員を威嚇で追っ払い、占拠することに留めている。

 武装警備員達は銃器を所持しているが、リザードマンに死者を出せば領境やファームの外にいるリザードマン達が強行手段に訴えてくるだろうとの判断で、トラップや銃器による威嚇を行いながら後退を続けている現状だった。


「ありったけの弾丸で、ファームと周辺の連中を片付けちまえばいいのさ。

 領境の兵隊達が全滅する頃には自衛隊の援軍も来るだろう?」

「うるさい!!

 事の当事者は黙っていろ。

 誰のせいでこんなことになっていると思っているんだ!!」


 リザードマンの皮を剥いで怒らせた警備員のリーダー宇喜多に言われると無性に腹が立った。

 転移後の食料不足のおりに農家から農産物を強奪する愚連隊を率いていた宇喜多は、自衛隊や警察が本格的に治安回復をはかると、早々に警備会社に愚連隊の舎弟達と就職した。

 自衛隊や警察だとさすがに前歴を調べられるが、人手不足に嘆き、規制を緩和した警備会社の調査はザルであった。

 就職してからも上司、同僚相手に生意気な口を聞いていたら、舎弟共々大陸の辺境に飛ばされてしまった。

 だが大陸では冒険者の真似事とモンスターを退治し、素材を剥ぎ取る副業は天職のように思えていた。

 他の警備員もやっていることだが、亜人には手を出すのは犯罪だと教育してきた新沼主任の言葉を聞き流していたのが災いした。

 リザードマンが攻めてきた事で事件は発覚し、警察に引き取られる迄は大陸警備保障の管理で拘束されることになっていた。


「ほら、俺達を拘束しちゃうから警戒線が突破されて侵入を許しているんだろ?

 俺達が追っ払ってやるから、ドア開けて銃を寄越せよ」


 その口車に乗りたくなるほど現在は追い詰められていた。


「お前らの首を差し出した方が早いかもな」

「おっ?

 やってみろよ、ヘタレ主任」


 上司を上司と思わない宇喜多の言動には事件前からうんざりしていた。

 かと言って、ラカンティア子爵領邦軍もあてには出来ない。

 破綻した貴族の私兵軍の装備は最低限、給料も安くなり士気は低下していた。

 だがこの農場が潰れれば、プランテーション化していたこの地の収益が無くなるのだ。

 領邦軍の指揮官達はそのことを理解しているので、退かれる心配はしてなかった。

 但し、命まで掛けて戦ってはくれるとは新沼も考えていない。



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