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日本異世界始末記  作者: 能登守
2028年
104/266

膠着状態

 ハイライン侯爵領

 ボルビック砦


 ハイライン侯爵ボルドーと前ノディオン公爵フィリップの親子は、砦の物見櫓からテュルク民族連合の布陣を双眼鏡で眺めていた。


「侯爵領軍に動員を掛けました。

 最低限の守備隊を残し、6000の兵を集結させます」



 ハイライン侯爵領軍の地球基準で、第1次世界大戦前の兵士の基準に達しようとしている。

 先の戦争の皇国軍のような無様な事態は避けれると考えていた。


「日本は腰が重いし、華西は到着まで時間が掛かる。

 だが両国が連合やカークライト男爵に協力しないなら連中の弾薬や燃料は補給無しのその場かぎりだ、

 囮を多数駆使して、消耗戦を強いるのが最上じゃろ」


 普段は人騒がせな父親だが、戦となると頼もしいとボルドーは見ていた。

 ボルドーも同感であり、不作続きのカークライト男爵領では、あれほどの戦力の食料も賄いきれないと踏んでいた。


「案山子や偽装した馬車の製作や配置を行わせています。

 男爵領周辺の貴族領にも街道の封鎖や援軍を要請しました。

 昨年のアルバレス侯爵がエウローパ市に行った貴族連合軍。

 よい先例が有ったので、説明と理解が早くて済みました。

 ヒルデガルドも『サークル』に、テュルク民族連合の所持する兵器の能力も開示させました。

 兵器の仕組みはさっぱりですが、射程距離がわかるのは助かります」


 それは今後の地球勢力との紛争でも活かされる大事な情報だった。


「おそらく本気で掛かられたら対応の時間や破壊力には手も足もでないだろうが、知っていることは確実に役立つ。

 しかし、今回はもう少し手駒が欲しいな」


 テュルク民族連合の地上戦力はともかく、『ゲティス』はやはり脅威だ。

 弾除けは多くて困ることは無い。



 フィリップはもう1つ疑問があった。

 テュルク民族連合の兵士達やモーターボート群をどうやって男爵領に持ち込んだのかということだった。

 あれだけの物量を見逃すほど、アクラウド川の監視を疎かにしたわけではない。


「アクラウド川は上流で、バルカス辺境伯領を通るのが気になるな。

 あそこは確か勇者に率いられたポックル族が蜂起した地だったな」





 大陸南部

 アクラウド川

 日本国海上保安庁巡視船『つがる』



 総督府からの命令により、上流に展開するフリゲート『ゲティス』と河川連隊の武装モーターボートから距離を取るように後退を重ねていた。

『華西民国海軍の巡防船『宜蘭』も後退を重ねている。

 一気に後退しないのは、テュルク民族連合がハイライン侯爵領に雪崩れ込まないように牽制するためだ。


「現状の戦力だとこちらが瞬殺だが、全面戦争の引鉄はやはり躊躇しているな」


『つがる』の船長竹井は、どうにか持ちこたえている現状に焦れていた。

 そろそろ侯爵軍が集結しつつあるボルビック砦が、間近に迫っているからだ。

 華西民国軍の援軍も間に合わないだろう。


「船長、総督府から航空自衛隊のF~2戦闘機を出撃させたと」

「そいつは助かるが、連合を空爆する気はないのだろ?

 それに長い時間はいられないだろう」


 新京の空自の基地からは距離がある。

 戦闘にならなければそれに越した事はないが、中継の基地は必要だ。

 エウローパ市の自衛隊駐屯地に一時的に着陸し、時間差を掛け、2機編隊でこの空域に圧力を掛けていくようだ。

 F-2戦闘機は大陸には7機しか無い虎の子だ。

 生産ラインは閉じていたのだが、東日本大震災に寄って、水没した機体の修復作業の為に部品の再生産や工場が僅かに稼働していた。

 現実的な空の脅威は無くなっていたが、技術の保持の為に年間に1機程度だが再生産が決定された。

 一度、生産ラインが閉じた機体の再生産は困難を極めるて思われたが、日本中の航空技術者達が転移により失業状態となり、人材はあっさりと集まった。

 大陸の第9航空団はいずれも転移後に生産された機体だ。

 最も航空自衛隊自体はスクランブル発進等の任務が皆無となり、開店休業状態である。






 大陸南部

 カークライト男爵領

 アクラウド川


 海上ならともかく、この川の中では『ゲティス』の回避行動は大幅に制限される。

 総督府はテュルク民族連合を降伏させる気だった。

 しかし、新香港から出撃した華西民国空軍のH-6(轟炸六型)爆撃機は本気で空爆する旨を通達してきた。

『つがる』と『宜蘭』その爆撃範囲にテュルク民族連合を押し止める命令も下されていた。


「距離を取り続けながら、押し止めろとは矛盾した任務だよな」

「『ゲティス』の主砲の射程距離に砦が入ります」


『ゲティス』が搭載するオート・メラーラ 76mm砲の最大射程は約18キロ、正念場だった。





 大陸東部

 大陸総督府


「南部独立都市が連合艦隊の編成を承諾しました。

 ハイライン侯爵領のアクラウド川河口にて合流するそうです」


 秋山補佐官の言葉に秋月総督は頷く。


「ご苦労様でした。

 空と海、川はどうにかなりそうですが、地上戦力はどうしたものかな」


 南部の独立都市は、自らの努力の末に都市建設を勝ち取っている。

 今回のような暴挙で、独立を得ようとする行為に嫌悪感を示していた。


 高麗国百済市から大邱級フリゲート『慶南』。

 ブリタニア市のアンザック級フリゲート『スチュアート』。

 スコータイ市のフリゲート『プミポン・アドゥンヤデート』。

 ガンダーラ市のシヴァリク級フリゲート『サヒャディ』。

 エウローパ市のフロレアル級フリゲート『ヴァンデミエール』。

 サイゴン市巡視船『ショウカク』。

 ルソン市の巡視船『トゥバタハ』。

 アル・キヤーマ市巡視船『ペカン(元海保巡視船えりも)』等が各々の港から出港していた。



「それと海保の巡視船が上流でアクラウド川と繋がるイリゾン川の河口で、大型船が停泊しているのを目撃しました。

 この川は『ゲティス』がアクラウド川に侵入したルートと思われます」

「大型船の正体はなんだ?」


 渡された資料には『クリスタル・シンフォニー』と船名が書かれていた。


「元はバハマの豪華客船ですが、新進の貿易会社石狩貿易に売却されています」

「臨検の必要があるな」


 だがそれに待ったを掛ける声があった。

 副総督補佐官の青塚だ。


「待ってください石狩貿易? 

 それはまずい」

「何かご存じで、青塚さん」


 秋山の追求に青塚がため息をはく。


「石狩貿易は本国の防衛大臣の次男が経営している会社です。

 本国の財界の意を受け、大陸から本国への利益を橋渡しする立場にいます。

 大陸総督府は財界が大陸に進出するのに消極的でしたからね。

 財界を丸め込み、代理人として巨額の投資を受けて活動しています。

 石狩貿易の活動は大陸で騒乱の種を撒いて経済的な利益を掠め取ることです。

 バルカス辺境伯領のポックル族の反乱も彼が裏から支えています」


 青塚の言葉に秋月総督が怒りの声を挙げる。


「なんでそんな人物の情報が私に上がっていない!!」


 心当たりのあった人物達は、全員が目を逸らす。

 公安調査庁の局長、自衛隊の情報系幹部、総督府の商務、運輸の責任者達が含まれていた。


「本国からの指示で断片的に情報が行き渡らないようになっていたのですね」


 秋山補佐官も驚きながら状況を理解する。

 北村副総督も青塚補佐官を胡散臭そうに見ている。


「我々もそういう方向に導こうとはしていたが、まさか既に実行者がいたとわな。

 総督、基本的に私やお歴々はシロだよ。

 父親や長男の方はともかく、次男とは関わったことはない。

 青塚はどうか知らんが」


 全員が青塚補佐官の方を見る。


「私も関わったことは無いですよ。

 本国からせっつかれていた事は間違いないですが、その際に比較の対称として彼の名前が出されたので、独自に調べただけです。

 総督、事件の沈静化をはかるのは良いでしょう。

 ですが、彼に手を出そうとすれば様々な方面から妨害が掛り、状況を悪化させる事態となります」


 そこに海保の管区海上保安本部竹井本部長が報告に来た部下の知らせを聞いて、秋月総督の側に来る。


「『クリスタル・シンフォニー』の監視に当たっていた巡視船が、本庁からの直接命令で撤収を命じられたと」

「総督命令により、海保本庁の命令を撤回だ!! 

 長官には直接抗議する。

 この大陸で好きにはさせん!!」






 大陸南部

 イリゾン川

 豪華客船『クリスタル・シンフォニー』


「総督府が本国の命令を撤回させたか、よくやる」


 石狩貿易の社長乃村利伸は、撤収中の巡視船が反転して戻ってくる光景に目を丸くしていた。


 カークライト男爵家の先代夫人に散財させて、領地から財を搾り取り、資源の採決権を借金のカタに手に入れた。

 後は近年、繁栄著しいハイライン侯爵家に日本の荷物になりつつある在日外国人の軍隊をぶつけて消耗を強いる。


「あとは戦闘が実際に始まれば完璧だったんだけどな」

「どうしますか?」

「用件は先程伝えられた件と変わらないだろう。

 見られて困る物は……山ほどあるな。

 巡視船ごときではこの船は止めれないから振り切れ」


 船内にはポックル族やテュルク民族連合の為の武器弾薬が満載である。

 巡視船が追い付けたとしても、臨検の海上保安官より船内の武装警備員の方が数が多い。


「日本人同士で殺り合う気は無いからな。

 上手く逃げてくれよ。

 後は野となれ山となれだ」


 テュルク民族連合もカークライト男爵家も所詮は捨て駒だ。


「補給線が途絶えたことだけは連中に教えてやれ、戦闘が始まってなければ降伏もしやすいだろう」





 大陸南部

 アクラウド川沿い

 ボルビック砦


 川岸の岩山をくり貫いて造られたボルビック砦は、『ゲティス』の砲撃を受けて炎上していた。


「言った通りじゃろ?

 奴等の軍艦の前には砦は役に立たん。

 既にもぬけの殻じゃから、砲弾を消費させただけマシじゃがな」


 すでに砦の外に逃げていた前ノディオン公爵フィリップは、ハイライン侯ボルドーや兵達とともに森に潜んでいた。


「海の上では奴等の艦の速度と射程距離に圧倒されたが、ここではそうもいかない事を教えてやる」


 フィリップの言葉にボルドーが采配を振るうと、大量の土砂や岩塊を積んだ小船が何十艘と『ゲティス』に向かう。

 河川連隊の武装モーターボートが前に出て、ハイライン軍の小船に発砲するが、銃弾は小船に積まれた土砂や岩塊に阻まれてハイライン兵に届かない。

 おまけに小船達は川幅の狭い場所で、ハイライン兵達が小船に火を着けて沈んでいく。

 川の両岸からは、ハイライン兵の狙撃や分散配置された大砲による砲撃も行われていた。

 これ以上はハイライン侯爵領に進ませない為の閉塞作戦だった。

 ハイライン兵は十数人が川を血で染めるが、『ゲティス』が座礁を恐れて前進を停止させた。

 即席の堰惰だが、炎上する船体も煙幕となり座礁させる武装モーターボートが多発した。


「動きさえ止めてしまえば、如何に大きな船と言えど城攻めと変わらん」

「都市開発用に森林を伐採した際に整地した土砂や岩塊。

 港に大型船を入れる為の浚渫した際の土砂が大量にあったのは幸いでしたね」


 伐採や整地は華西民国から派遣された業者が、浚渫工事は華西民国が雇った日本人の手によるものだった。

 大陸の技術では、考えられないくらいの土砂が蓄積され処分に困り果ててたところだ。

 動きを封じられた『ゲティス』や武装モーターボートに、ハイライン軍の火力が川の両岸から叩きつけられる。

 だ『ゲティス』も主砲を発砲し、森の中に隠れるハイライン砲兵を次々と沈黙させていく。


「取り付く隙が無いのう」


 辺りには煙が霧のように漂い始めた。

 ハイライン軍は小舟を使い、『ゲティス』に接近を試みるがファランクス 20mmCIWSの攻撃に悉く粉砕されていた。

 さすがに攻撃の範囲から逃れるべく、『ゲティス』は後進を開始する。

 ハイライン軍は『ゲティス』の後方でも堰を作ろうとしていたが、間に合わずに小船が数隻押し潰された。

 同時に森林でもウズベキスタン・コミュニティの山岳連隊がハイライン兵に攻撃を開始した。

 遮蔽物の多い場所での戦いを得意とする山岳連隊は、自軍の数倍の兵力のハイライン軍を圧倒していた。

 近代化を目指していたハイライン軍だが、全ての将兵に訓練や装備を施すには時間が足りていない。

 しかし、ウズベキスタン山岳連隊の兵士達から見れば、これまで戦ったどの皇国や貴族軍よりも手強く、被害の大きさに舌を巻いていた。

 それでも戦いはウズベキスタン山岳連隊の優勢で進められていた。




 大陸南部

 アクラウド川


 ハイライン侯爵領邦軍とテュルク民族連合軍の戦いは続いていた。

 森の中でのゲリラ戦に辟易していた連合軍の兵士は、物音のする藪に小銃を発砲する。

 すぐに他の兵士が槍で刺して藪を調べるが、藪の草木に紐が結ばれて揺らすだけの仕掛けだった。


「くそ、またか!!」

「弾薬の残弾に気を付けろ。

 もう多くは無いぞ」


 森の各所に敵の兵士に模した人形が置かれていて、兵士達に負担を強いる。

 かと思えば緩急を付けて領邦軍兵士達が発砲してくる。


 連合軍の司令部が置かれているG級フリゲート『ゲティス』も敵が集結せずに散兵された状態では、対地支援の攻撃が行えない。

 そこまで砲弾に余裕は無いのだ。

『ゲティス』のブリーフィングルームを司令部として、マフメット・カサル中佐が陸戦の指揮を取っていた。


「それでも全体としては押している。

 敵の防衛ラインもそろそろ限界だ。

 住民の居住地が近付いてるからな」

「砦を放棄をしたくらいです。

 村も放棄させてるのでは?」

「ならば我々で頂くさ。

 河川連隊を川沿いから先行させろ。

 森の中にはトルクメニスタンの中隊を増援に出して押し込めよう」






 ハイライン侯爵の陣営は、連合軍を森林地帯に引き込む事で出血を強いていた。

 だが敵の攻撃が味方の急所に集まり始めたことに焦りを感じていた。

 ボルビック砦の兵士達の家族が住むバレスター村まで戦場が近付いていた。


「村民の避難は完了してますが、負傷者をここに運び込んでます。

 数が多いので搬送に時間が掛かります」

「負傷者の数は?」

「千はいるかと」


 すでに戦死したと思われる者の数は五百に達している。


「銃を手に取れる者は、輜重の者も負傷者も村の守りを振り向けろ。

 森の中から戦力を割く訳にはいかない」


 本陣から伝令が飛び足すと、ハイライン侯爵ボルドーはため息を吐いた。

 父であるフィリップは嬉々として前線に飛び出して、陣頭指揮を取っている。

 冒険者時代の経験を生かし、森に罠を張り、魔法の剣で太い大木を一閃して倒し、連合の兵士を逃げ回せる。

 倒木はそのままバリケードとしても使えるので、ウズベキスタン山岳連隊は上手く進軍できない。

 すでに死傷者は二百名に達している。


「新たに敵の増援二百が森に達しました」


 森の中ではまだ二千を越える領邦軍が戦っており、一歩も退けなかった。


「こちらまだいい。

 問題は川か」

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