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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第一章 (仮)
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第九十話 徒労

 地図は昨日少し見たが細かいところはおぼえていない。

「帝国軍が入った山道は峠をまわりこむようにコルトニエスの町に向かっていました」

 エリッツの無言の意味を理解してくれたのだろう。シェイルは走るスピードを落とすことなく説明をしてくれる。アルヴィンといいシェイルといい、ロイの人間は足腰が強いのだろうか。

「なだらかな道ではありますが、実はかなりの遠回りだったんです」

 その意味するところをエリッツはすぐに理解できずについぼんやりと前方を見つめてしまった。

 なぜかシェイルが隣で小さく笑っている気配がする。

「エリッツ、そのふわっとした顔やめてくれませんか。気が抜けます」

 前から感情がよみにくい人だと思っていたが、今のシェイルはなぜか少しだけ楽しそうに見える。

「さらに向こうはそこそこ大人数で移動していたようですが、こちらは少数です。追いつけるかもしれないとは思っていたんですが」

 ヒルトリングを使うはめになりさぞかし機嫌が悪くなるだろうと思っていたが、そうでもなさそうだ。

 エリッツの視線を感じたのか、シェイルは顔を引きしめて咳ばらいをすると「つまり、アルヴィンたちがコルトニエスに入ったときにはまだ帝国軍がいなかった可能性があります」と言った。

「え、じゃあ――」

「あくまでも可能性の話です。アルヴィンはコルトニエスの町やアイザック・デルゴヴァの邸宅のことをよく知っていたはずですが、坑道の中のことは知らなかったんじゃないでしょうか。ここは本来鉱山の労働者しか入れない場所です。鉱山の所有者が何かを隠そうと考えれば家の中に隠すよりここに隠した方が見つかりにくいでしょうね」

 またエリッツは話が見えずにぼんやりしてしまう。

「エリッツ、大丈夫です。これはエリッツには知りようのない話ですから。とにかくアルヴィンたちは帝国軍が着くよりも前にこの町にたどりつき、アルヴィンの提言で坑道の中を探ってから戻るつもりだったんじゃないでしょうか」

 なるほど。坑道の中にいたところ帝国軍が到着してしまい出られなくなってしまったのか。

「もし本当にそうであれば、ベテラン二人がなぜそんな判断をしたのか理解に苦しみますね。帝国軍がまだいないと気づいた時点ですぐにそれを本隊に知らせるべきだったと思うんですが」

 シェイルは首をかしげるがエリッツには情景が目に浮かぶようだった。

「アルヴィンは足がはやいんですよ。たぶん何か思いついて走りだしたんです。そういう意味では人選ミスだと思いますよ」

 エリッツの印象に残っているアルヴィンの姿といえばとにかく目的のために手段を選ばず突っ走る姿ばかりである。アルヴィンと一緒にいたという二人の兵に何があったのかわからないが想定外の状況にアルヴィンを追わずにはいられなかったのではないだろうか。

「エリッツは人のことはいえませんよ」

 シェイルがあきれたように息をはく。

 冷静に思い返せばとんでもないことをしてしまった。ふと見ると体中敵兵の返り血を浴びている。急に長剣も甲冑も重みを増したような気がしてきた。早く湯あみをして岩場で猫と昼寝がしたい。

「リデロさんは怒っていませんでしたか」

 指揮官はリデロだったはずだ。いきなり飛び出して作戦をめちゃくちゃにしてしまったのではないだろうか。穴の入口まではリデロたちがエリッツを援護してくれたのは認識していたが、そばに来てくれたのはシェイルだけだった。勝手な行動をとったからリデロたちは面倒を見きれないと判断して戻ってしまったのかもしれない。

 急に思い悩みはじめてしまったエリッツに返事はせず、シェイルは急に黙りこむ。

「ちょっととまりましょう」

 そして突然足をとめた。あわててエリッツもそれにならう。話をしながらもそれなりに必死に走っていたので前のめりに転びそうになった。

 シェイルはしばらく耳をすましている様子だったが、背後からそれらしき物音はしない。

「追ってこないんでしょうか」

「もう術はとけているはずなので、追ってもまた同じ目に遭うと判断したんでしょう。あの術を打ち消すには術素を特定して同じ術素を動かせる人間が対応方法を検討する必要があるんです。面倒なので見なかったことにされたかもしれませんね。それを狙ったところもあるんですが。もしここにアルヴィンたちがいるのであれば合流できるくらいの時間はかせげると思います。ここからは少し静かに歩きますよ」

 相変わらず難しくてよくわからないが、ようやく走らずにすみそうでエリッツはほっとした。

 しかしシェイルがやったように公式以外の術で応戦すればすぐに防御されたりせず、むしろ有利なのではないかとエリッツは思い、すぐさま疑問を口にした。嫌味をいう人がいないので質問も気が楽だ。

「一人で発動できる術の力はしれています。軍としての火力を求めるとなるとどうしても複数人で対応できる決まった術式が必要になるんですよ。その目的に複雑な術式は適していません。扱える人間が多い『炎』『風』『雷』『水』の術式をレジス軍が公式に定める理由のひとつです。どこの国でも術兵がいれば状況は似たり寄ったりですね。実は個性的な術式をつかっている場もないことはないんですが」

 エリッツがきいたことは全部丁寧に教えてくれる。

「どこですか」

「諜報です。そんなに多くはありませんが術士がいます。基本は少人数で動くので個人プレーも多いようですね。エリッツが術士を魔法使いのように思っているなら、諜報の術士こそまさにそう見えるんじゃないでしょうか」

「別に魔法使いみたいに思ってません」

 思ってなかったこともないけど、アルヴィンが変なことをいったせいでエリッツが術士に子供じみた想像をふくらませているような印象をあたえているのは不本意だ。

「わたしにもできなくもないですよ。魔法使いのような術」

 シェイルは小さくほほ笑むと長い指からヒルトリングを抜きとりエリッツの方にさしだす。手をさしだされると無意識に触れにいってしまうので結果的にリングを受けとってしまった。まだ帝国軍から逃れきったとはいえないが、ヒルトリングを使いたくないと思っているシェイルの力に頼りきるのは申し訳ない。仕方なくエリッツはリングをもとのように懐にしまう。もっと術を見せて欲しかった。

「これを使ったことは殿下にいわないでください」

 よくわからないがヒルトリングをめぐる殿下とのいい争いにはかなり根深いものがあるようだ。

 しかし術士の能力は貴重だというが未練はないのだろうか。どんな能力でもできたことができなくなるというのは不便になるように思う。

 思い返せばさっきの術は地味だったが結構すごいのではないだろうか。仕組みは理解できなかったが、あの場には相当多くの帝国兵がいた。それをすべてとめてしまうというのはかなりの力量が必要ではないのだろうか。アルヴィンに会えたら意見をきいてみたい。

 本当にこの先にアルヴィンがいるのか。シェイルが同意見だというので、エリッツは少し自信を取り戻していた。早くアルヴィンに朝ごはんを食べさせなければ。

「エリッツ、その荷は何を持ってきたんですか」

 エリッツが甲冑やら長剣やらの重みにうんざりして背中の荷をゆすりあげたので、シェイルは何気なくそれに目をやる。

「何かはわかりませんが、食べ物のはずです。アルヴィンの朝ごはんにします」

「見せてください」

 シェイルはエリッツの背後にまわりこむと、荷を探っている。途中でその動きがとまったのを感じた。

 何だろう。もしかして食べ物ではなかったのか。しばらくしてシェイルが口をひらく。

「何度もいいますが、これはスープにひたして食べるものです」

 シェイルは家で見たのとそっくりな小麦粉をただ焼きかためただけのようなものをエリッツに見せる。家にあったものよりもさらにかたそうだ。あれは携帯食だったのか。

「このままではかたくて食べられませんよ」

 もちろんスープはもってきていない。水もない。エリッツはショックでまた呆けてしまう。

「その顔やめてくださいって」

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