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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第一章 (仮)
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第八十九話 奥へ

 なんだか地味だ。エリッツはそう思った。

 リングをしたシェイルが即座に放った術というのはエリッツが今まで見たことがないような奇妙なものだった。

 エリッツはここに来てようやく冷静になる。シェイルがエリッツのそばに来てくれたのはうれしかったが、あんなに嫌がっていたヒルトリングを使わせてしまうことになり叫び出したいほどの自責の念にかられる。しばらく立ち直れそうにない。

 レジス軍では四つの術式以外は使わない決まりになっていると聞いたが、シェイルの術はそのどれにも当てはまらないように感じた。だが、それは確実のその場を逃れることのできる術だ。

 敵兵の動きがすべて止まってしまったのだ。

 エリッツも一瞬だけ地面に縫い付けられたように動けなくなったがすぐに元に戻った。帝国軍の人間はまったく動くこともできず痛みをこらえるように顔をゆがめうめき声をあげていた。徐々に膝からくずれおち両手をつく者が増えてゆく。中には完全に地面に伏せてしまっている兵もいる。どこかが痛むのだろうか。何が起こっているのかわからない。見えない手で上から押さえつけられているかのように見える。

 ふと心配になりカルトルーダの様子を確認したが、カルトルーダもシェイルの馬も問題がないようだ。敵兵の動きだけが止まるという都合のいい術はいったいどういう仕組みなのか。

 シェイルの方を見ても何かに集中している様子ではあるが、ボードゲームや書き物をしているときの表情とさほど変わらない。左手で見えない何かを握りこむようにして、じっと帝国兵たちの様子を見おろしている。

 術をつかうというのはもっと呪文を唱えたり先ほどレジス軍がやったように炎や風が巻き起こるような派手なものを想像していたエリッツは少し拍子抜けする。まさに今必要な術であるがとても地味だ。

 レジス軍といえば、どうしてなのかわからないが、術兵たちの中でリデロだけが覆面をしていなかった。昨夜は急に名前を名乗ったりしていたし、そういう人なのかもしれない。今はこの穴の外だろうか。あの人はなんだか不思議で気になる。

「エリッツ、馬をおりてください。この先は道が細く複雑になります」

 エリッツがよそ事を考えているうちにシェイルは葦毛の馬からおりていた。

「はい、あの――」

「すみませんが、今わたしにあまり複雑なことをいわないでください。手が離せません」

「手が?」

 あの青い玉のはまった長剣をたずさえ左手を握ったままだが、それだけである。だがきっと術というのはそれほどに神経を使うのだろう。

「馬を外の方に押してやってください。カルトルーダは理解できるはずです」

 馬に帰れと伝えるのか。わかってくれるだろうか。エリッツは荷を自分で背負うと言われた通りに坑道の出口に向かってカルトルーダの体を押しやる。カルトルーダは嫌々をするように首をふってエリッツの頰にそっと鼻先を押しつけた。

「かわいいなぁ」

 思わずその鼻先をなでていると「エリッツ」と、あきれたようなシェイルの声が聞こえた。

「ほらほら、後でまた遊ぼう」

 カルトルーダのおかげで穏やかな空気が流れたように思ったが、周りは帝国兵のうめき声が反響し地獄のような有様である。シェイルが乗っていた葦毛の馬はおびえたように耳を立てて周りをうかがっていたが、カルトルーダが落ち着いた足取で坑道の出口に向かうとおとなしく後に続いた。

「さて、行きますよ。後から追うので絶対に帝国兵にぶつからないように走ってください」

 いきなり走れと言われてもとまどってしまう。そもそもアルヴィンを追っているのだが、どの辺りにいるのかわからない。とりあえず適当にこの場から離れよう。

 言われた通り穴の奥へ向かって走り出すと、背後から煙のようなものが盛大にわきあがる。これもシェイルの術に違いない。おそらく煙幕だろうが、わずかにとどくその煙は湯気のようだった。

「あれは炎式と水式の複合術式です。レジス軍でも使う公式なものですよ」

 後から走ってきたシェイルはエリッツに追いつくとそう教えてくれる。

「その前の術はなんですか」

 エリッツは湯気の煙幕よりも敵兵だけが動かなくなった術の方が異様に感じた。

「あれは、非公式です。レジス軍では使いません。術式も名前もありません。少しずつ術がとけていくので、急ぎますよ」

 シェイルは開き直ったような口調でいう。そういえばラヴォート殿下はシェイルに渡すヒルトリングはレジス軍の正規のリングではないといっていた。決められた術以外も使えるようになっているのだろう。だから非合法なものなのだ。

「どうして敵兵だけが動かなくなったんですか」

 坑道の奥へ向かうにつれて入口の光が届かなくなり暗くなってくる。等間隔で灯りが設置されているが、それでも目が慣れずによく見えなかった。背後から帝国軍が追ってくる気配はまだないが、足を止めるわけにはいかない。

「エリッツは術素というのはわかりますか。まぁ、とりあえず今はわからなくてもいいんですが、先ほどの術は地面の密度をいじったんです」

「密度、ですか」

 何かの本で読んだような気がする。よくわからなかったので、ダグラスに聞いたところ、重たいパンと軽いパンの断面を見せられて説明してもらった記憶がある。かなり幼いころだ。

 重たいパンの断面はぎっしりと目が詰まっており、軽いパンの断面はすかすかで穴がいっぱいあった。重いパンのような状態を密度が高い状態ということはそのとき理解したが、それと先ほど敵兵が動かなくなったことがうまく結びつかない。

「大地は人をひっぱっているという話は聞いたことがありますか。人だけではありません。あらゆるものをひっぱっています」

 それもどこかで読んだことがある。エリッツはいまいち信じられなかったので、そういう説があるくらいにしか認識していなかったが、本当なのだろうか。ひっぱられていたら歩けないような気がする。エリッツは地面から手が伸びて足首をつかんでいるような想像していたが、実際は違うのかもしれない。これについても戻ったら勉強しなくてはいけない。

「地面の密度が高くなるとひっぱる力が強くなるんです。先ほどの術は帝国兵の足元に特殊な術素を集中させ地面にしばりつけました。帝国兵に絶対にぶつからないようにといったのは帝国兵の足元に術がかかっているからです。術をかける場所というのは細かな調整ができますが、一度かけると――ずらすのは面倒なんですよ。バランスを崩すと敵兵が全員つぶれてこちらも服が汚れます。それが必要なこともありますが」

 エリッツの頭の中にはパンの断面がぐるぐると回っていた。よくわからない。シェイルのそばにいるためにどれくらい勉強をしなければならないのかと思うとめまいがする。

 早くも泣きそうになるエリッツの肩をシェイルがなぐさめるように軽くたたく。

「レジスの術ではありませんから覚える必要はありません。そんなことよりも――」

 シェイルはひとつ息をつくと「どこへ行くつもりだったんですか」と不思議そうにエリッツを見る。目が慣れてきてシェイルの表情がわかるようになってきた。走り続けているのに息ひとつ乱さないのはさすがである。エリッツの方は連日走ってばっかりで早くも息が切れてきた。

 しかしどこかと聞かれても困ってしまう。

「あの、この穴の奥の方なんですが」

「奥? 坑道は鉱石をとるために掘り進めた穴がいくつもあってかなり複雑なつくりですよ。奥はいくらでもあります」

「え、そうなんですか」

 そういえばこれまでいくつか横穴を見たような気がする。

「知らなかったんですか」

 しばし沈黙が流れる。

「それで、なぜ奥なんですか」

 シェイルがまた不思議そうにこちらを見ている気配がするが、もうそちらを見ることができない。また何も考えずに飛び出してきてしまっただけなのだ。

「少しの間行動を共にしたところアルヴィンは奥へいく性質が――」

 言いながらはずかしくなってくる。なんで奥なんだろう。

「実はわたしもこの奥にアルヴィンたちがいるような気がするんです。エリッツはコルトニエスまでの地図を見ましたか」

「地図?」

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