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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第一章 (仮)
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第八十六話 突撃

「これ以上は待てません、よね」

 リデロが意見を求めるような目でダフィットの方を見る。ダフィットはうなりながらちらりとシェイルを見てから申し訳なさそうに目をそらした後、また伏し目がちにシェイルを見る。

「この隊の規模は小さいですから様子を見ながらコルトニエスへ向かいましょう」

 シェイルは仕方なくそう提案して辺りを見渡した。だいぶ明るくなってきている。兵たちはすぐにでも出られるように準備万端だが肝心の斥候が戻らない。コルトニエスの町がどういう状態なのか知らずに突っ込んでいくのは危険だが待っていても事態は悪化しかしない。

 アルヴィンには何かあれば無理せずに逃げろといったが、後の二人が戻らないのは不穏である。地図を見る限りここから四半刻もかからない場所だ。捕らえられたか、負傷したか。なんらかのトラブルでここに戻って来られないことは確かだ。

 ふとシェイルは目を閉じた。

 この隊の指揮官はリデロである。非常に優秀な術兵だ。その名はすでに軍部所属ではないシェイルの耳にも聞こえ続けている。なぜそのリデロがダフィットを見て、ダフィットがさらにこちらを見るのか。そもそもなぜ自分はここにいるのか。

 ゼインには天然といわれ、アルヴィンにはよくわからないが迂闊だといわれた。確かにこの状況を見るにどこかで間違えた気はする。殿下の策にはまったのかもしれない。

 とにかくはまってしまったものは仕方ない。

「指揮官、どうしますか」

 あえてリデロに指揮官と呼ぶと、複雑な表情で「行きましょう」と神妙にうなずいた。

 リデロにしたってやりにくいことこの上ないだろう。軍部所属でもない王子の側近が主もいない戦場にいる方がおかしい。戦場においては指揮官の指示に従うのが当然であるが、王族に繋がっているシェイルたちをないがしろにできないと考えるのもわからなくない。この場は自分がトップであると押し切るような性格でもないようだ。それどころかこのクセの強い術兵たちの隊の中で完全な部外者であるエリッツにまで敬意をはらって接しているのは指揮官のリデロだけだ。

「アルヴィンは無事でしょうか」

 いつもどことなくふんわりしているエリッツもさすがに不安気である。

「――わかりません」

 あえて口先だけのなぐさめは口にしなかった。エリッツはわずかにショックを受けたような顔をする。もし何かあれば術兵ではないエリッツを伝令で走らせようと思っていた。カルトルーダは早いので適任だ。エリッツにはしっかりと戦場であることを認識してもらわなければ困る。

「あの、アルヴィンは朝ごはんをちゃんと食べていましたか?」

「朝ごはん?」

 なぜ今そんなことを聞くのだろうか。シェイルはなんとはなしに記憶をたどった。他の兵は簡易な食事をしていたのを見たがアルヴィンは――。

「紅茶を飲んでいたのは見ましたが」

 目の前に食事が置いてあったのは確かだが食べていたのを見た記憶はない。なぜ気づかなかったのだろう。斥候とはいえ、万が一ぶつかり合った場合、早々に力負けする。特に術兵は歩兵よりも顕著にエネルギー切れの影響を受ける。軍事訓練を受けていないアルヴィンであればなおさらだ。

 シェイルが急に顔色をくもらせたからかエリッツは今にも泣き出しそうな顔をする。

 この状況で食事を抜くなんて兵として未熟だ。いや、まだ訓練を受けていないアルヴィンは兵とは呼べない。

 緊張しているのには気づいていたが、余計なことを言っただけだった。もう少し気をつけてやるべきだったかもしれない。

「俺の人選ミス、でした」

 リデロが複雑な表情であごに手をやる。

「ミス……?」

 隣でエリッツがほうけたようにくりかえした。

 確かにアルヴィンの名を出したのはリデロだった。どういう筋からなのかわからないが、リデロはアルヴィンのことを知っていた。軍に入ることが内定していたというから、その前段階の試験でも見て目をつけていたのかもしれない。彼の目は確かであると聞く。

 それに本隊に残る兵とのバランスもある。むしろその要素の方が大きかった。従軍前の少年に過大な期待があったわけもなく、地理がわかっており、ちゃんと任務を果たして帰って来られると判断したにすぎない。アルヴィンの抜擢は三人で熟考した結果だ。けっして人選ミスではない。

 そう発言しようとした矢先だった。

「あ、こら」

「何をするつもりだ」

 なにやら兵たちの間から騒がしい声と争うような物音があがる。

「エリッツ様……」

 リデロがぽかんと口をあけている。カルトルーダが大きくいなないたのち、疾風のように眼前を過ぎ去っていく。

 シェイルは小さくなってゆくエリッツの背中を見守りながらため息をこぼした。

「まったく。無茶なことをしますね」

「あなたがそれをいいますか」

 ダフィットがさらにあきれたように息をもらすが、それは無視した。

「勇ましい愛玩動物、ですね」

 あいかわらずリデロは気の抜けたような顔をしてエリッツの走り去った方を見ている。

 エリッツは荷の中から食料の入った袋をひとつ奪い、コルトニエスへとひとりでむかってしまったのだ。おそらくアルヴィンを心配してのことだろうが、ひとりでどうなるというのだろうか。家出の件もそうなのだろうが、頭に血がのぼると短絡的なことをする傾向にあるようだ。

 だがやはりここで弟子を失うのは惜しい。

 シェイルはすばやく自身の葦毛の馬にまたがると、カルトルーダが消えた道へと馬首をむける。早い馬だ。急がなければ追いつけなくなる。

「シェイラリオ様!」

 リデロが追いすがるような声をあげるので思わずシェイルは叫んでしまう。

「続け!」

 うっかり指揮官に指示を出してしまった。

 それを聞いてリデロは、笑った。

 妙にうれしそうだ。シェイルの口の中に苦いものが広がっていく。くえない男だ。

 リデロはシェイルにこの隊の指揮をさせたいのか。この作戦は失敗すると踏んで責任を押しつけたいといったところか。しかしそれにしては純粋な少年のような笑顔だった。単なる変人かもしれない。そういえば妙にエリッツに興味をしめしていたのもあやしい。

 軍部所属だったころはほとんど接点がなかったのでよくわからないが、ただの茫洋とした人間であれば指揮官にまでのしあがってくることはなかっただろう。

 考えていても埒が明かない。

 すべてをふり払うようにかけだすと背後からリデロの「続け」という勇ましい声と兵たちの鬨の声が追ってくる。

 急に生き生きとしだした。これでは完全に突撃だ。少数精鋭であることの利点を殺している。しかも先頭を行くのはエリッツである。いや、もう深く考えてはいけない。

 カルトルーダはやはり早い。コルトニエスの町が近づいているのは山道が整備されていることからわかるが、エリッツにはまだ追いつけなかった。

 コルトニエスの町はレジス市街のように外壁があるわけではない。小さな民家がぽつぽつと木々の間から見えはじめその数がゆるやかに増えていく。あたりには小さな畑や放置された農具などもあったが、人の気配はない。春だというのに真冬のように寒々とした風景が広がっている。人々は危険を察知して閉じこもっているのだろう。

 帝国軍がすでに到着しているとしたら真っ先に鉱山を押さえるはずだ。鉱山の労働者たちが集まってできた町は鉱山への入口付近にまでつながっている。このまま町へ入りただつっきればいい。ただ富裕層が多く住むのは危険な鉱山の入り口からは距離がある。帝国軍がアイザック・デルゴヴァの邸宅の方まで押さえているとしたら選択を誤ると囲い込まれる。二手に分かれるべきか。

 そうこうしているうちにコルトニエスの町へと突入する。レンガ造りの家々が所せましと並び、道はきちんと石畳が敷かれている。目抜き通りで露台などがあることから店も多いのだろう。倒れた木桶や看板、踏みしだかれた野菜や木くずのようなものが広がっているところもあり、少し前まではにぎやかな道だったことがうかがえる。

 もちろん人の姿は見えない。だが確実に隠れている。町に馬が走りこんでくる音を聞いてか、扉が閉まる音や、様子を見るためだろう小さく戸が開くのも確認できる。こんな場所で術兵たちを動かしたくない。帝国軍も鉱山での労働力をむやみに傷つけたりすることはないだろうが、術兵たちの争いに巻きこまれたら大勢が犠牲になる。

 エリッツはどこへ行くつもりだろう。

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