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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第一章 (仮)
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第八十三話 野営

 アルヴィンがいった通り山の夜は寒かった。

 結局、体力温存を優先し火を焚くことにしたようだ。食事は乾いたものばかりだったが温かいものが飲めるだけでだいぶ違う。

 エリッツにはやはりシェイルの様子がいつもと違って見えた。表面上は普段とかわりなく、仕事に支障はないが、うさぎがいたのに反応が薄かったし、ときおり思いつめたような表情を見せる。

 寒いからなのか他の兵たちもそんなにしゃべるわけではなく静かに体を休めていた。食事の後は見張りの兵たちが入れかわるくらいで動きがほとんどない。体を休めるのもれっきとした仕事なのだ。

 進軍中に酒を飲んで大騒ぎすると思っていたわけではないが、静かすぎてエリッツもひとりでいろいろと考えこんでしまうのがつらい。懐にしまってあるヒルトリングのことを思い出すだけでため息がもれる。アルヴィンと話でもして気を紛らわせたかったが、周りの様子からそういうわけにもいかず、エリッツもおとなしく毛布にくるまった。術士やヒルトリングのことをいろいろと聞いてみたかったので残念である。

 シェイルは王弟についてロイから逃げ出し、帝国の第四師団で働きながら、レジスまで逃れてきたのだ。師団を壊滅させてきたというのが謎だが、元術士であれば子供であってもそれなりの力があったのかもしれない。それはアルヴィンを見ていれば想像に難くなかった。

 兄たちの話によると捕虜として連れてこられたのは十歳くらいだったという。アルヴィンのように祖国を見たこともないというのも気の毒だが、生き残るためとはいえ幼い身の上での危険な旅もつらかったに違いない。

 フィクタールの話ではっきりしたのはシェイルが奴隷として働いていた帝国の第四師団が王弟を討っていたということだ。これもかなり謎だが、そのときシェイルは埋められており、現場を見てはいなかった。フィクタールの証言の中の何かがシェイルの心に影を落としているのは間違いない。

 その後、軍部に所属しいくつもの略綬を胸に働き続け、レジス国王の御前で術脈を絶ってラヴォート殿下の側近になったというのがエリッツの現在知り得たすべてである。何を思って過ごして来たのか。エリッツは師のことを全部知りたい。

 シェイルとダフィット、そしてこの少数精鋭の術兵たちをとりまとめる指揮官の男がランタンの前に地図を広げて小声で相談をしているが、話している内容はよく聞こえない。エリッツはその師の横顔をぼんやりと眺める。ランタンの灯が長いまつ毛の影を白い頬に落としゆれていた。

 飽きもせず師の横顔を眺め続けていたエリッツだったが、突然しんと強い冷えを感じて、ひとつくしゃみをする。みんな静かにしているので思った以上に大きく響いた。隣にいたアルヴィンが冷たい目でこちらを見ている。アルヴィンと身を寄せていると妙に温かい。子供だから体温が高いのだろうか。辺りを見渡すとシェイルやダフィットたちすら驚いたような表情でこちらを見ていた。そんなに大きなくしゃみだったか。

「あ、すみません」

 小声で謝ったつもりが思ったよりも大きく響く。アルヴィンが「しっ」と、人差し指を鼻先にたてた。周りからいくつかのしわぶきが聞こえる。お疲れのところ本当にもうしわけない。

 ふと視界の端でシェイルが手招きをしているのが見えた。

「アルヴィン、ちょっとごめん」

 今度こそささやくほどの小声でアルヴィンの耳元に言うと、一緒にかぶっていた毛布を抜け出す。

「寒くて眠れないんじゃないですか」

 シェイルが自身の隣に場所をあけながらささやいた。兵たちとは多少離れているため、小声であれば迷惑ではないはずだ。先ほどからダフィットたちと相談をしている声もそこまで気にならなかった。

「寒いです。寒いです」

 すかさずエリッツはシェイルが肩にかけていた毛布にすべりこみ、ぴったりと身を寄せた。

 ダフィットが仕事の邪魔をするなと言わんばかりににらみつけてくるが、呼んだのはシェイルの方なので黙るしかないようだ。

 シェイルは自然な動きでエリッツの肩を抱き寄せ、髪をなでる。こんな犬猫のような扱いでもかまわない。もっとしてほしい。心地よさに声がもれそうになったが、次の瞬間エリッツはこおりつく。

「エリッツ、殿下の肩を持つなら破門ですよ」

 何も言えないでいるエリッツを気にするそぶりもなく、シェイルは地図に目を落して相談を再開した。

 声は聞こえてくるが右から左である。

 やはりヒルトリングを捨ててしまおうか。いや、これがもしラヴォート殿下を目の敵にしている人々の手に渡ったらよろしくない。違法なものだといっていた。シェイルだってそれは本意ではないはずだ。しかしこのままでは破門にされてしまう。

「あの、大丈夫、でしょうか」

 指揮官の男が話の途中でエリッツを指さす。

「顔色が悪い、ですね。エリッツ様、やはり、寒いんじゃないでしょうか」

 目が開いているのかどうかもよくわからない、非常にぼんやりとした印象の指揮官である。

 年のころはダフィットの少し下というところだろうか。体は筋肉質で大きいが全体的に鈍そうだ。短めの髪は寝ぐせのようにあちこちはねており話すたびに揺れるのが気になる。精鋭部隊の指揮官を任されるくらいなので相当な実力者だと思われるがその実力の片鱗すら見えない。

「気にするんじゃない」

 ダフィットがぴしゃりと指揮官に言い放つ。

「そう、ですか」

 ぼおっとしている。エリッツは一瞬、破門のことすら忘れて男を見ていた。本当に指揮官なのだろうか。話をしているのもほとんどシェイルとダフィットで男はほぼ聞いているだけだ。いや、聞いているのかもあやしい。寝ていたとしても驚かないくらいだ。あの目は開いているのか。

「なん、ですか」

 唐突に男がエリッツに向かって声をあげる。

「え?」

「エリッツ様、ずっと俺を見てますよね」

 ちゃんと起きていた。

「気にするんじゃないと言っているだろう。なぜさっきから話の腰を折るんだ」

 ダフィットが声を落したまま、いらだった声をあげる。

「俺はリデロといいます。エリッツ様お見知りおきを」

 名乗った。ダフィットを無視して名乗った。

 エリッツは驚いてまじまじと男の顔を見た。術士は名乗らないものだと思っていたが。

「あ、エリッツ・グーデンバルドです。よろしくお願いします、リ――」

 挨拶をされると反射的に返してしまうエリッツの口をシェイルがすばやくふさいだ。

「呼んではだめです」

 エリッツはすでに別のことに気を取られている。唇に触れているシェイルの指をなめたい。

「戦場や進軍中に術士の名前は呼ばないのがルールです。名乗られてもつられてはいけません」

 さとすようにやさしくいってくれるが、エリッツは劣情を抑えきれず舌を伸ばした。

「あ」

 シェイルが驚いたように声を漏らすが、そのまま無視をして何ごともなかったように相談を再開する。久しぶりの師の美しい指。幸せだ。

「あの、エリッツ様はなぜシェイラリオ様の指をしゃぶっているのでしょう」

 またリデロがせっかく再開した話に水を差す。エリッツが来てからまったく話が進んでいない。

「気にしてはいけません」

 今度はシェイルの方がリデロに言い放った。

「それは愛玩動物だと思え」

 次いでダフィットが失礼なことを言う。

 どうやらエリッツはリデロの気を引きすぎてしまうようだ。仕方がないのでエリッツは行為を中断する。リデロは「愛玩……」とつぶやきながら首を左右にひねっていた。

「ところでウィンレイク指揮官の協力を要請したんでしょうか」

 ふとダフィットが思い出したように口をひらいた。

「人手が足らないかもしれないからと殿下が陛下に許可をもらうようなことを言っていましたが。あまり気が進まないようでしたね」

「まぁ、あのお方は殿下とは相性がいいとはいえませんし、暗殺と諜報が専門の部隊が表に出て来てもよいものか。陛下も許可しないのではないですか」

 シェイルとダフィットは二人して首をかしげる。

「コルトニエスの土地に詳しいのでこちらの部隊に加勢してもらえれば心強いのですが、今からなら市街の警護の方に回ってもらった方が効率がいいですよね。しかし市街の警護には専門の軍もありますし、そことぶつかると……」

 加勢ではなくぶつかる前提なのか。たびたび話題にのぼるこのウィンレイク指揮官とはどれほど厄介な人物なのか。エリッツも思わず首をかしげる。

 エリッツが不思議そうな顔をしているからか、シェイルが「市街の警護はダグラスたちですよ」とエリッツに軽く視線を向ける。恥ずかしながら大好きな兄の仕事をあまり理解していなかった。外出が多いなとは感じていたが、市街警護をやっていたのか。

「猫の手でも借りたいというのはわかりますが、ここまできたら正直なところ――」

「寝ていてもらった方が平和かもしれませんね」

 シェイルがダフィットの言葉を継ぐように力なく言った。

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