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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第一章 (仮)
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第四十四話 人ちがい

 まさかただの庭師に見えた老人がロイの国王の友人で北の王の育ての親だとは思いもしなかった。どんどん城の中に顔パスで入ってしまうだけあって実はかなりの重要人物だったようだ。ラヴォート殿下たちが北の王が本物だと確信しているのはこの老人の証言があったからなのだろうか。いや、しかし偽物の司祭がそこまで信用されるのも不思議だ。司祭を名乗ったことに関してとがめられたりしなかったのだろうか。

「北の王は自力で国を出たんですね」

 ロイの民が強いというのはアルヴィンやおそらくロイ出身のリファなどをみているとよくわかる。何があってもたくましく生き残りそうだ。

「その通り。あれには驚いた。殺されたとばかり思っていたから自責の念にかられ長く寝ついたものだったが、とんだ時間の無駄だった。いや、とんでもないところから出てきよったぞ。あれは殺しても死なん」

 そういって老人はアルヴィンをまっすぐに見た。

「心配することはない。あれは簡単には死なん」

 アルヴィンはまた子供みたいに頰をふっくらとふくらます。

「それでも危険なんだ。危険を知ってるのと知らないのとでは全然違うでしょ」

 礼拝堂の中はすでに夕刻の光で満たされている。夕食には間に合いそうにない。ワイダットとの約束を破ってしまうことが心苦しかった。

 そのときアルヴィンが急に足踏みをしたので、エリッツは即座に腕をつかむ。城内で走りまわられたらたまらない。

「なんだよ、エリッツ」

「今、走ろうとしたでしょ」

 何もいわずにまた頬をふくらませる。アルヴィンを出しぬいたのは初めてかもしれない。

 その様子を見て老人は大きく笑いだした。

「いや、一概にはいえないがロイの連中は頑固者が多い。ほとんどのことには寛容だがなにかひとつ守ろうとすると梃子でも動かぬ。本当にきみはロイの子だね」

 老人がやさしい笑みを浮かべアルヴィンの両肩をとんとんとたたく。

 エリッツが知っているロイの人間は少ない。頑固者だといわれてもあまりピンとこなかった。

「アルサフィア王と北の王もそうだったんですか」

 老人は懐かしむように一瞬目を細めた、のち遠くを見るようにしてため息をつく。

「アルサフィア王に関しては話したとおりだ。十数年交流のあった方だったが殴られれば殴りかえす、ゆずらぬときめたところはけっしてゆずらぬ。そういうお方だった。北の王、あれは――」

 老人はさらに遠い目をしたまま、心が戻ってこないかのような長い間があった。

「あんな手におえない悪たれガキはみたことがなかったな――」

 エリッツとアルヴィンは顔を見あわせた。

「すごくやさしい人だったよ」

 反論するようにアルヴィンが声をあげる。

「やさしいといえばやさしい。泣きまねのひとつもすればすぐにおちる。一緒に暮らす子供たちからもかなり信頼されていた。いや、そこはさすがに王の子であった。だがちょっとでも納得がいかぬとまったくいうことを聞かない。強情ですぐ屁理屈をいう。我を通すため無茶苦茶をする。子供とはいえ口達者で相手をしていては日が暮れた。他の子供たちがみなあの子の味方になるものだから孤軍奮闘とはこのことだと思ったものだ。四六時中泣きまねをし続けるわけにもいくまい。とはいえ、国王からあずかった子をその辺に捨てにいくこともかなわぬ。わかるかい。まぁ、レジスに落ちついた後はだいぶましになったようだったが、民の盾になることはないといえばこれみよがしに盾になるようなことをする。しかもあんな――」

 老人は急にハッと口をつぐむ。

「すまないね。北の王のことになると思うことが多いものだから。何があっても生き残れるよう厳しくしてきたんだよ。今もずいぶん疎まれていることだろうな」

 そういいながら老人は息を荒げている。まだまだいいたりない様子だ。そうとうやりあったんだろう。エリッツなどは親のいうことに反抗したのは今回の家出だけだ。

 北の王の人物像がまた意外な方向に動いた。アルヴィンはどう思っただろうとそちらを見た、がいなかった。

 あわてて辺りを見わたすと、城内へ通じているらしき扉をちょうど開けようとしているところだった。走り回るだけが能じゃなかったのか。見つかったことをさとったらしいアルヴィンはすぐさまかけだした。

「おじいさん、いろいろありがとうございました。ちょっとつかまえてきます」

 エリッツは挨拶もそこそこにかけだした。背後から「元気だなぁ」という笑いまじりの声が聞こえた。

 走りながら思い出しフードをしっかりとかぶりなおす。城内こそシェイルにでくわしそうなところだ。ここには高官たちの執務室があると老人がいっていた。会いたいが、邪魔になってはいけない。会いたいけれど。

 長い廊下の先をいくアルヴィンの背中はすでに小さい。あれは本気だ。意地でも北の王のところへいくつもりに違いない。

 ここがまさに高官たちの執務室があるところらしく書類をかかえた人とときおりすれ違った。当然のことながら走るエリッツのことを不思議そうに見ていく。

 廊下には重厚な扉がいくつも並んでおり。人の気配はあるものの静かだ。しかし、にわかに背後の人の気配が大きくなっていくように感じられる。やがてそれは無視できないレベルにまでなっていった。地響きのような足音が背後からせまってくる。

「顔は見えなかったが城内で顔を隠して走りまわっているなんて奇行はあの方しかしないだろ」

「まさか。いつの間に戻ったんだ」

「未承認の書類がかつて見たことのないくらいたまっている。すぐさま執務室に監禁を」

「気をつけろ。まず縄でしばれ。殺されるぞ」

 おそるおそる振りかえると、ざっと十数名の制服姿の男たちがエリッツめがけて怒涛の勢いでせまってきていた。みな追いつめられたような悲壮な顔をしている。

「気づかれた」

「ウィンレイク様、ウィンレイク様でしょう。お待ちください」

「誰か、獣に使う吹き矢はないか。穏便に眠ってもらおう」

「バカいえ。あとでひどい目に遭うぞ」

 背後の声はじょじょに鬼気迫るものになっていく。

 ウィンレイク様?

 人ちがいだ。だが、立ちどまって説明することもできない。それこそシェイルに二重で迷惑がかかってしまう。しかし誰と間違えられているんだろう。どうもかなり凶暴な人物のようだが。

 アルヴィンのことは目に入っていないのだろうか。エリッツをつかまえるならアルヴィンのこともつかまえるべきだ。いくら子供でも城内を走っているなんて非常識じゃないかと不条理に怒りがわいてくる。

「おい、急げ。中の間に逃げこまれたら追えないぞ」

「中の間? まさかそんな」

「いいからなんとかしろ」

 アルヴィンの嗅覚はおそろしい。中の間の方向はどうやら間違っていないようだ。エリッツはひたすらアルヴィンの背中だけを追って走っていたが、城内は迷路のようでもとの礼拝堂に戻れる気がしない。

 城内のかなり奥の方へさしかかっているようだ。廊下はより複雑に何度も曲がり階段も多く見かけたが、中の間が庭というならば階段にのぼることはないだろうと、たぶんそこで判断を誤ったのだ。

 アルヴィンを見失っていた。

 こうなったらもう背後のよくわからない人々から逃げきることだけでもなしとげなければならない。前方に人の気配がすると思い曲がり角をそっとのぞくとつきあたりのひときわ立派な扉の前に何人かの兵がいた。あそこが中の間への通路になっているのではないか。

 しかしとても突破できるような状況ではない。扉も重そうだし、扉の向こうがどうなっているのかまったくわからない。アルヴィンはどうしただろうか。

 背後からはすでに声がせまってきている。人が増えているような気もする。

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