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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第十三章 直線行路
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第二百三十一話 直線行路(6)

 あまり外に出てこなかったエリッツにとって遺跡というと本の中の情報でしかなかった。どれくらい古いとか、どういういわれのある遺跡だとか、そういうことはだいたい詳しく書いてあるものだが、手で触れてみた感じとか、歩いたときのごつごつとした感じやじめじめした空気まではこうして入ってみないとわからない。

「エリッツ、あまりうろうろしては危ないですよ」

 つい感動して動き回ってしまった。ルルクの方を見るといつも通りぼんやりしている。アルヴィンとは違って走り回ったりする心配がないのは、こういうときありがたい。

「この規模なら先に報告を入れるべきだったかもしれませんね」

 セキジョウは今さらそんなことを言い出す。散々、地下を見ればいいとか、シェイルにやらせればいいとか言っていたくせに。

 しかし確かに入口からしてずいぶんと広い。奥もずっと先まで続いているし、左右にいくつも通路があるのが見える。地下がこんなに複雑でしかもしっかりとした造りになっているとは思わなかった。一体なんのための空間なのだろう。

 しかしセキジョウはここまでリギルにつきまとうばかりでほとんど仕事をしていなかった癖に急に報告とはどうしたというのか。

「貴重な遺跡かもしれないのに勝手に中を荒らしてよいものでしょうかあー」 

 夢中で遺跡の様子を見ているシュクロに聞こえるように大声で叫ぶ。やはり嫌がらせが仕事なのか。

「人聞きの悪いこと言うな。荒さねぇよ。作法は心得てる。なんなら俺が報告書を書いてやるよ。まぁ、準備不足は否めないがな」

 なんだかはつらつとしている。これまでのただ嫌なこと吐き散らす下品で粗雑で頭の悪そうな嫌われ者という印象とはまた違う。階段の高さや、いたるところにある文字に見える模様、壁に意味ありげうがたれた窪みなど、あちこち調べて帳面に書き込んでいる姿は学者みたいだ。そのせいでエリッツたちは入口から先に進めずにいるわけだが。

「これ、セシ族の遺跡なんですか?」

 シュクロの希望地でもあったセシ族の遺跡はレジス中央から北部にかけて至るところに残っているのだが、有名なのはこれから向かう予定だったグランサフスという地にあるものだ。向かう前に少しは調べてこようと思っていたのだが、時間がなくて頭に入れてきたことはわずかだ。

 セシ族はレジス人がこの地を支配する前からここに住んでおり、術を扱う能力に長けた一族だったらしい。実はルグイラにもセシ族のものとみられる遺跡が数多く残っており、それでシュクロも詳しいのだろう。かなり広範囲にわたって栄えた民族のようだ。特別レジス人が迫害して追い出したような記録は残っていないが、今そのセシ族がここにいないとなると、あえて記録に残していないだけでそういったことがあったのかもしれない。

「装飾や文字を見る限りそのようですが、ちょっと様子が変ですね」

 シェイルは腕を組んで考え込んでいる。エリッツは遺跡というものを初めて見るので何が変なのかわからない。

「確かに違和感はあるな。特に照明の仕組みはセシ族特有のものとは少し違う気がする。俺は光の術素のことはよくわからんが、あのおっさんが戸惑ったのも無理ないな」

 シュクロもメモをとりながらそうつぶやている。「あのおっさん」とはリギルのことだろうか。「おっさん」のイメージはなかったので、一瞬誰のことを言っているのかわからなかった。腰が低すぎるためだろうか。常時、新人事務官のような気配を放っている気がする。

 そのときエリッツは何か妙なにおいを嗅いだ気がした。地下の遺跡に入ったのは初めてなのでこういうにおいがするものだといわれればそう納得してしまいそうだが、なんというか血のようなにおいであまり嗅いでいたくはない。

「エリッツ、どうかしたんですか?」

 シェイルがエリッツの顔をのぞきこんでいる。些細なこともすぐ顔に出てしまう。シェイルは指先でエリッツの眉間に触れた。

「眉間に皺が」

「え、いや、あの、たいしたことではないです」

 何でもかんでもいちいち顔に出てしまって恥ずかしくなってくる。

「大丈夫ですか?」

 なぜかぐいぐいと眉間を押される。

「大丈夫ですよ。あの……、えっと、何ですか?」

「いえ、別に」

 言いながらまだぐいぐいされる。

「い、痛いです」

 シェイルはなぜかじっとエリッツを見ながら眉間を押している。

「なーにをいちゃいちゃしてんだよ。早くしてくれ。まさかこんなチャンスがあるとは思わなかったから道具も何もない。とりあえずどんどん行くぞ。まず全体をつかまないとな」

 入口の調査を切りあげたシュクロが隣で待っていた。前向きになったらなったで面倒くさい。

「すみません。なんかやりたくなっちゃったんですよね」

 シェイルがはっとしたようにエリッツの眉間から指を離す。

「わからなくはない。なんか、こう、存在が小動物っぽいんだよな」

 シュクロがさらりと失礼なことを言う。

「確かに。この人ペット感ありますね。かーわいい」

 どういうわけかセキジョウまで割り込んでくる。セキジョウの妙な言い方にシュクロが「かーわいい」と真似して吹き出す。

「いえ、わたしは決してそんなつもりは……」

 シェイルが困ったように二人を見た。

「わざと子犬の進路を妨害して何とか抜け出そうと一生懸命になっている様を眺めて楽しむ顔をしていましたよ」

 セキジョウが具体的すぎる例えを出す。普段そんなことをしているのか。

「わかる。犬っぽい」

 シュクロは下品にげらげら笑っている。腹が立つが、前から座敷犬だ、ペットだと、いわれ続けているので今さらだ。もうシェイルにかまってもらえるなら犬でも猫でも何でもいい。

「あれ? そういえばセキジョウさん、後ろの方々は上ですか?」

「全員でおりてきたら何かあったとき全滅するじゃないですか。二人もいれば充分です」

 さらりと怖いことを言う。しかし二人というと……?

 エリッツが首をめぐらせると階段の陰で例の弓矢を持ってきた人がこちらの様子をうかがっていた。エリッツの視線を感じたのか、さっと地面に伏せる。いや、伏せたところで明るいので丸見えだ。怪しすぎる。

 後ろには他にも人がいたのに、なぜあの人にしたのだろう。矢も折れてしまったし、戦力外なのではないだろうか。

 そのとき奥の方で物音がした。小石が転がるような音だ。

「サカシロでしょうか」

 シェイルが見極めるように奥を見つめる。とにかく今はそれしか頭にないらしい。

「どうせ奥に行くのですから、後で確認すればいいじゃないですか」

 セキジョウはすでに飽きたような声をしている。狩りも遺跡もそんなに興味はないのだろう。目下興味関心があるのはリギルだけのようだ。相変わらずしっかりと手首をつかまえている。

「そうですね。この先も術素は安定しているので心配ありません。進みましょう」

 シェイルは壁面に左の指先を触れさせている。

「それだけでわかるんですか」

「わかりますよ」

 それからなぜかまたエリッツの眉間を指で押す。何だかわからないがくしゃみがでた。シェイルは音に驚いたようにはっとして「す、すみません。つい……」と目をそらした。一体なんなんだろうか。

「わかるなー。俺も犬の頭とかぐいぐいして困った顔見るの好きだったわー」

 シュクロがわけのわからないことを言いながらエリッツを追い越してゆく。

 入口から見た通り奥の方は入り組んでいた。横道もたくさんあり、その先にもいくつか横道が見える。全部確認するにはかなり時間がかかりそうだ。

「シュクロさん、何を書いているんですか」

「地図だ。この調子だと迷ったら戻れなくなる。この辺もなんか変だよなー」

「どの辺ですか?」

「セシ族の地下遺跡ってのは目的がはっきりしているものが多いんだ。地下墓地なら、地下墓地、牢屋なら牢屋、住居なら住居。見たらすぐにわかる。だがここは過去に発見された遺跡と照らし合わせても、何のためのものかよくわからない。まさかサカシロが掘ったのか?」

 エリッツにはただの迷路に見える。まさかわざわざ迷路を作ったりはしないだろうから、何か目的があったはずだ。

「セシ族は地下にいろんな設備を作っていたんですね」

「お前は歴史を勉強していないのか。セシ族は争いに敗れて地下に暮らすようになったんだ。だからセシ族の遺跡といったらまず地下なんだよ」

 生活に必要なものはまず地下にあるということか。なんか聞いたことがあるような、ないような。本で読んだり、試験勉強でおぼえたこともすぐに忘れてしまうのがエリッツである。

「太陽の光を浴びないと、朝か夜かわからなくなりそうですよね。そのうち今がいつなのかもわからなくなりそうです」

 シュクロがぽかんとエリッツを見た。

「おれ、何か変なこと言いました?」

「……いや」

 また何かバカにされるようなことを言っただろうかとドキドキしていたが、シュクロは黙りこくって、何か考えごとをしているようだった。

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