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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第一章 (仮)
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第二十三話 ひとさらい

「北の王はどんな人なんですか」

 地下の通路を歩きつつエリッツはきいた。まだ油断ができないのでしっかりとシェイルの外套を握りしめておく。

 あそこまで殿下に肩入れをさせてしまう北の王とは何者なのだろうか。

「さあ。わたしより殿下に聞いた方がいいですよ」

 そういえば、ゼインが北の王は城内でほとんど軟禁状態だといっていなかったか。

「でも会ったことあるんでしょう」

 シェイルはしばし考えたのち、ぽつりと「会ったことは――ない、ですね」とこぼした。そういってから「ただ――」と続ける。地下は足音がやけに大きく響く。

「ロイの前国王はかなりの人格者だった――と、聞きます」

 どうにも歯切れが悪い。エリッツは首をかしげた。

「ローズガーデンの日に姿くらいは見えるんじゃないですか」

「おれも?」

「手伝わないつもりですか。あてにしていたんですけど」

 エリッツははじかれたようにシェイルを見上げる。

「手伝います、もちろん」

 ということは、それまではいてもいいということだろうか。エリッツはうれしくて笑ってしまいそうになる口元をきゅっと引きしめる。よろこんでばかりもいられない。

 ローズガーデンのような催しには一生縁がないと思っていた。前は無邪気に華やかな祭りのようなイメージをもっていたが、どうも内実はもっとどろどろとしたものらしい。

 ナターシャことマリルはデルゴヴァ卿に何かするらしいことをほのめかしていたし、シェイルも「よくないことが起きる」といっていた。高官たちは次期国王めぐり様々な思惑をめぐらせ水面下で対立しているという話だ。

 それに加えて北の王をあわよくば亡き者にしたい帝国、そしてその帝国からの使者すら命の保証はないだろう。戦争があったということは帝国を憎んでいる人間は多く存在するはずだ。

 まるで事件を誘発するようなセッティングである。最善の一手が見つからないダウレの盤面を連想させた。

 地下からの扉をあけるとむせ返るような香水のにおいに迎えられる。まだ夕方だが娼館の女たちが起き出して身支度をしているようだ。吹き抜けのあるホールには多くの人間が動いている気配や、ときおり女たちのさざめく声が降ってきた。

 エリッツはバーカウンターの端に先ほどエリッツを値踏みするような目で見ていた女性の姿を認めて慌ててシェイルの後ろに隠れる。

「あら、嫌われちゃったわね」

 そっとのぞくと、女性は酒瓶をいくつか手に取りながら振り返ったところだった。どうやら酒の在庫を数えているようで、あちらこちらに高価な酒瓶が並べられている。

「リファが物を見るような目で見るからですよ」

「だってなかなかの上物じゃないの。噂は聞いたわよ。その辺で拾ったんでしょ」

 リファと呼ばれた女性は、体を傾けて隠れているエリッツをのぞきこむ。そのつややかな黒髪が肩から流れた。当人が聞いていても歯に衣着せぬものいいである。

「名家のご子息です」

 シェイルはリファに耳打ちしたが背後ついているエリッツには聞こえてしまう。

 リファは両手を組み合わせてその切れ長の目をかがやかせた。エリッツを見る目つきは怖いが、とてもきれいな人だ。

「男娼が実は落ちぶれた名家のお坊ちゃんとか、最高の設定じゃない」

 リファは半ば隠れたままのエリッツを追うように回りこもうとするが、シェイルがそれをさえぎってくれる。

「落ちぶれていませんよ。ちょっと急いでいるので、今日はここで」

「冷たいわね。忙しいのはよぉくわかってる。何をやっているのかも知ってるつもり。だからいうんだけど、今日はベリエッタに会った方がいいんじゃないかな」

 リファは確信に満ちた目でシェイルを見上げる。

 シェイルもリファを探るように見ていたが、すぐに根負けしたように軽くため息をつく。そして懐から結構な額の紙幣をリファに渡した。

「営業時間前だけど、特別ね。毎度あり」

 リファは営業用なのか特別に大きな笑顔を見せる。やはりとてもきれいな人だ。

「ボクはここでお姉さんと待っていましょうね」

 リファはそのしみひとつない白い手でエリッツの手をとってひく。

 シェイルは「ちょっと」とリファの肩をつかんだ。

「買った女を二人でシェアするつもり? そういう下品なのはここでは認めていないわよ」

「融通がききませんね」

 シェイルは大きくため息をついて背後のエリッツに向きなおる。

「すぐに戻りますから、ちょっと待っていてください。大丈夫です。金にうるさく小汚いまねはしますが、そこまで悪い人間ではありません」

「嫌ないい方」

 リファがふてくされたようにこぼす。

「営業前で人がいないの。悪いけど直接三階のベリエッタの部屋までいってちょうだい。あと、わかってるとは思うけど――」

「ここで得た情報を出自がばれるような露骨な使い方はしません」

 リファはひとつうなずくと、バーカウンターの隅に置かれているベルをひと振りした。見た目よりもかなり大きな音がホール中に響く。

「ベリエッタ! 常連客が行くよ!」

 ホールに共鳴していることを差し引いてもリファの声はかなり大きい。三階なら余裕で聞こえているだろう。

シェイルは「営業前は雑ですね」と苦笑しながらホールの中央にある階段へ向かう。

「さぁて、なに飲む? あ、気にしないで、さすがに子供にお金を請求しないわよ。ご馳走するから」

 シェイルの姿が見えなくなると、リファはエリッツに客席のソファをすすめた。

「子供じゃないです。すぐ戻ってきますよね」

 すぐに戻るというならのんびりと座っていなくてもいいだろう。お腹もいっぱいだ。

「そんなすぐに戻るわけないじゃないの」

 リファは片手に柑橘の香りがする飲み物をもって体でエリッツをソファの方へ押す。

「はいはい、座って」

 エリッツはしかたなくそこへ身をしずめる。リファが体をすべりこませるように隣に座った。ソファの大きさはちょうど女性と密着できるサイズに作られているようだ。ひどくせまい。

「あれ、意外と背が高いね。あなたいくつ?」

「十七です。もうすぐ十八になります。みんな子供扱いするんですが、子供じゃないんです。これ、ジュースじゃないですか。お酒ください」

 いいながらだんだん腹が立ってくる。この国は能力主義であり、優秀な人間には十四、五歳でも仕事を与えられる。そして仕事をしながら勉強をして出世していくのだ。十七歳のエリッツはとうに大人扱いされてもいいはずなのに、このように方々で子ども扱いされるのは能力が極端に低いということの証左だろう。気分が落ち込んできた。

 エリッツの年齢を聞いてリファはしばし絶句していたが、すぐに商売人らしい笑顔をうかべる。

「ずいぶんと――、お若く見える」

 リファは言葉をにごしたが、どうせ十三、四くらいにしか見えてなかったんだろう。

「今はお仕事中なんでしょう。ジュースでいいじゃない。ゆっくりしてってよ。あの人はスケベなことしてるからすぐには戻ってこないし」

「えっ、うそ」

「当たり前じゃない。子供じゃないならわかるでしょ」

「でも、すぐに戻るって――」

「私がいくらもらったか見てた?」

 エリッツには情報の相場も娼館の相場もわからない。

「でも――」

 声は尻すぼみに小さくなる。リファはそんなエリッツの首に腕をまわす。異国風のかぎなれない香水のにおいがぐっと強くなった。

「裏の店に紹介して紹介料せしめてやろうかと思ったんだけど、ちょっと真面目すぎるみたい」

「何の話ですか」

「裏の娼館、男のコしかいないのよ。どういうお店かわかるでしょう。あなた、ちょっと作法を勉強すればめちゃくちゃ客がとれるわよ。保証する」

 そんなことを力いっぱいいわれても。エリッツは途方にくれる。シェイルに早く戻ってきてほしかった。

「あの、ちょっと外を散歩してきてもいいですか」

 いいながら、絡みつくリファを押しのけるように立ちあがる。

「ジュース、ご馳走さまでした」

「この辺りあまり治安がよくないよ」

 背中から聞こえる声を無視してエリッツは足早に出口に向かう。

 ひどくごちゃごちゃとした気分だった。子供扱いも男娼扱いもいつものことだ。傷つくようなことは何もないはずなのに。ここにはいたくない。せめて外の空気を吸いたかった。

 扉を押すと、早くもにぎわいはじめている宿街の空気がおしよせてくる。まだ夕刻であるが、昼間よりも確実に人が増えていた。すでに酔っぱらっているような一団も大声を発してたむろしている。早くも街路沿いの店の軒先には灯りがともり、物陰ではいかがわしい行為におよんでいるような男女の姿も見えた。

 エリッツは馴染みのない光景に身動きがとれない。いや、こんなことだから子供扱いされるのだ。思い切って一歩を踏みだしたその瞬間、腕を強く引かれ物陰へと引きこまれる。

 エリッツは抵抗することもままならない。

 多少は体術の心得もあったが、この手際は只者ではないようだ。力量の差が明らかな場合は抵抗しない方が怪我をせずにすむこともある。息つく間もなく縛りあげられ視界を奪われる。胸を強く押され意識がすっと遠のいた。

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