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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第十三章 直線行路
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第二百二十八話 直線行路(3)

 それはかなり立派な長弓だった。

「なんでそんなの持ってるんですか?」

 セキジョウの後ろに隠れている人に聞いてみるが、かたくなに前には出てこない。それどころか息をひそめている。この距離で見つかっていないとでも思っているのだろうか。

「なぜですか?」

 セキジョウが振り返ると、その人は腰を低くしたままセキジョウに耳打ちをした。着任したばかりでまだ部下全員のことを把握していないようだ。

「こちらの戦闘方法を明かすことになるので詳しくは言えませんが、武器と術を融合させる戦い方があるのです」

 よくわからないが、純粋に武器として持っているということか。術の世界は奥深い。以前、間諜には軍とは違って独特な術の使い方をする人たちが多くいると聞いたことがある。そういえば、ガルフィリオ様も剣技と術を組み合わせたような戦い方をしていた。シェイルのいう近距離での術が得意な術士というのはああいった戦い方をする人のことを言っているのだろうか。

「それから矢は一本しかないので無くさないでください」

 矢が一本だけ……。一体どう使うために持ってきたのだろう。

 セキジョウの言葉を聞いているのかいないのか、シェイルは貸してもらった弓矢を触っていろいろと確認している。軍で使用している弓矢とはまた形が違うようだが、物はよさそうだ。

「やれそうです」

 ただの棒きれに紐をかけたような弓でうさぎを獲ってくる人だ。ちゃんと使えるものであれば、道具はそこまで問題にはならないだろう。

「外したらペナルティです」

 やはりセキジョウは嫌がらせをたくらんでいたようだ。もちろんシェイルもそれを予想していたようで特に驚いた様子はない。

「わかりました。では当たったらリギルを放してください」

「それはできません」

 セキジョウは即答する。

 淡々と弓矢の具合を確かめていたシェイルが手をとめた。

「ペナルティだけ課されるのですか?」

 セキジョウは腕を組んで黙り込む。さすがの変態もそれでは勝負として成り立たないことが分かるらしい。

「当たったらこれを捨てましょう」

 懐から旅の経路を記した例の書類を取り出して振る。やはり捨てても問題ないものなのだったのだ。

「いえ、経路は直線で結構です。リギルを放してください。それから二度とその袖に触れないでください」

 リギルの袖にはアルサフィア王とシェイルによる刺繍がほどこされている。リギルがとても大切にしているものだ。

 セキジョウは真剣な表情のまま黙っている。そんなにリギルを放したくないのか。

「外した時のペナルティとして、あなたの部下ももらいます。二人にあらん限りの凌辱を加えます。うちの部下たちと」

「えっ」

 声をあげたのは弓矢を持ってきたセキジョウの部下の方だった。相変わらずセキジョウの背後に身を隠している。

「なんですか?」

 セキジョウが振り返ると、またさっと位置を変え「いえ、なんでもありません」と小声で返した。なかなか過酷な職場だ。

 シェイルはちらりとエリッツを見る。エリッツは力強く頷いた。異存はない。

 さすがにあの距離を狙うのは難易度が高いが、シェイルがそれで勝負するというのなら相当の自信があるということだ。もし外してしまったとしてもおとなしくいうことを聞く覚悟はある。

「うちにも珍種の変態がいるのは心強いな」

 シュクロがわけのわからないことを言いながら頷いている。

「条件はそれでいいです。なんならわたしのことも好きにしていただいて結構ですよ」

 言うやシェイルは矢をつがえる。

「そんなことをしたら第二王子の報復が怖いですが、背徳感でぞくぞくします」

 セキジョウはまんざらでもない様子でにやにやしている。

 いや、待って。それは困る。それだけは無理だ。エリッツは一転しておろおろと辺りを見渡す。エリッツなら凌辱はむしろ歓迎するし、なんなら辱めを受けている姿をシェイルにじっと凝視されたい。想像するだけで体が熱くなり息が乱れる。いや、はぁはぁいっている場合ではない。シェイルの腕を信じていないわけではないが、万が一を考えると、そんな勝負は危険すぎる。

 しかし誰もシェイルの発言をとめる様子はなかった。リギルすら平然としている。

「ちょっ、ちょっと遠すぎないですか」

 エリッツは焦ってシュクロの耳元にささやく。

「いえ、木はサカシロと違って動きませんから。もちろん簡単ではないですけれど」

 リギルが小声で割り込む。横ではセキジョウがしっかりと袖を握りしめていた。さすがに邪魔をしたりするほどの外道ではなさそうだが、にやにやといやらしい顔でシェイルを見つめている――ようにエリッツには見えた。

「あらん限りの凌辱って何なんだ……あいつマジでキモいな」

 シュクロがぼそりとつぶやいた。

 ぎりっと弓を引き絞る音が響く。あの距離なら相当な力が必要だ。

 しかし惚れ惚れするほどうつくしい。なにより姿勢がきれいで、彫像のように完璧だ。そして弓を引く姿にシェイルの指がこんなに映えるとは知らなかった。ずっと見ていたい。しかしもしも外してしまったらと思うと気が気ではない。

 風がやむのを待っているのだろうか。いや、追い風を待っているのか。

 のどかな鳥の声が聞こえるほどの静寂が続いた。

 びょうっと驚くほど大きな音を立て矢が放たれる。矢は狙い通りに低木の茂みに吸いこまれていった。しっかり低木に当たったように見えたがよくわからない。

 シェイルを見ると呆然と茂みを見つめていた。まさか……外れてしまったのか。

「矢が折れたようです」

「折れたぁ?」

 素っ頓狂な声をあげたのは例のセキジョウの部下である。

 その場の全員がそちらを見たので大慌てで定位置のセキジョウの後ろに隠れてしまう。

「近くで見てみないと、実際どうなったのかよくわかりませんが」

「木に矢が刺さっている状態で当たったということですよね。折れたということは外したということになります」

 セキジョウは解き放たれたかのようにうれしそうな声をあげる。実はエリッツと同じように緊張していたのか。どれだけリギルを手放したくないんだ。

「見てくりゃ早いだろうが」

 シュクロが茂みに向かって走り出し、「変な工作をされては困ります」と、セキジョウもリギルの袖を握ったまま駆け出す。変な工作をしそうなのはそっちではないか。エリッツも走った。

「これは……」

 全員が荒い息を吐きながらその光景をどうとらえていいのか判断に迷っていた。

「見事です!」

「外れです!」

 リギルとセキジョウの声が同時にあがった。

 エリッツが見る限り矢は朽ちかけた低木に見事に命中したものの、その木自身を折ってしまい、その勢いのまま後ろの石柱に当たり、今度は矢の方が折れてしまった――ようなのだが、セキジョウは認めないだろう。何しろ的になっていた木は朽ちかけていた。元から折れていたのではないかといわれたら、絶対に違うとは言い切れない。現場の状況から、どう見ても矢の命中で折れたと考えるのが妥当なのだが。

「おれも当たってると思います」

 こうなったら言い負かした方が勝ちではないかとエリッツは声をあげた。

「いいえ、この木は最初から折れていたものです」

「それ、言うと思いました。どう見ても今折れたものです。ほら、ここ。ここにこう矢が当たって、こう折れて、こうです」

 エリッツが木の破片で再現して見せたが、セキジョウは「どれです?」と言いながら証拠の散乱している枝木をがんがん踏み潰している。

「あ! ちょっと何やってるんですか。それ、負けを認めたようなものですよ?」

「なんのことですか? ただ歩いているだけですが?」

 リギルは暴れるセキジョウに袖を握られているため無言で体をがくがくと揺すられている。

 セキジョウとエリッツがやいやいと騒いでいる中、みんな各々別のものに興味を示していた。

「何だ、この石」

 シュクロは矢を折った石柱を触って、興味深そうに調べている。

「サカシロの足跡です。あっちに行ったみたいですね」

 シェイルはもはや矢のことは忘れてしまったかのように地面をさぐっていた。最初からサカシロの方に興味があったのだ。ルルクもシェイルの横にしゃがんでぼんやりと地面を見ている。

 折れた矢をしょんぼりと回収しているのは例のセキジョウの部下だ。他の部下たちはさらに後ろでこちらの様子をうかがっている。

「巣穴です」

「遺跡だ」 

 シェイルとシュクロが同時に声をあげた。

 エリッツがそちらに気を取られた瞬間、セキジョウが素早く証拠の朽木を蹴倒し、矢が貫いたらしき場所を入念に破壊し始めた。

 エリッツは混乱してもう何をどうすればいいのかわからない。

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