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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第九章 復讐の舞台から
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第百九十五話 復讐の舞台から(9)

「一体何があったの?」

 翌朝、旧市街に戻ったジルは驚いて子供たちに詰め寄った。子供たちは困ったような顔でお互い顔を見合わせている。

 クトが姿を消していた。しかも大きな男に連れて行かれたのだという。

「まさかゲラルド……」

「やっぱりアレはただ者じゃないな」

 ルーサスはある程度予測がついていたと言わんばかりだ。

「ただ者じゃないってどういうこと?」

 相変わらず動揺しないルーサスに苛立つ。そういえば、ルーサスはゲラルドの存在に気づいてから旧市街に戻らないという判断を下したのだった。それほどに警戒してもゲラルドの方が一枚上手だったということか。

「動き方がその辺のならず者という感じじゃなかったんだ。しかもこっちをじっと見ていた。もしかしたらあのとき、旧市街を住処にしているヤツだと気づいていたのかもしれない」

 後半は悔しさをにじませた口調になる。この場所に気づかれないように狭い路地で一晩耐え忍んだのに無駄だったわけだ。旧市街をねぐらにしているルーサスと逃げ出したジルが一緒にいれば、自ずとクトの行方がわかってしまう。

「でもどうしてクトを……?」

 遠い親戚なのだとサティエルは言っていた。しかし持て余しているというようなことも言っていた。悪事に利用するために、どうしてもクトが必要だったのだろうか。目的はわからないが、当初から何の説明もないままであったことを考えると良いことをするためとは思えない。

「連れ戻しに行こう」

 ルーサスの言葉にジルは耳を疑った。ルーサスはルーサスで身勝手な少年なのだ。危険をおかしてクトを連れ戻すとはどういう風の吹き回しなのか。

 昨夜ジルはルーサスにすべてを話した。父親が殺された経緯もジルが考えていることも。しかし結局大人を殺す方法は教えてくれなかった。

「今、全部本当のことをしゃべっちまったなら、そんなことじゃダメだ。有効な嘘を混ぜて相手を利用しろよ。あんた根性はあるがバカだな」

 バカと言われたが、不思議と腹は立たなかった。ルーサスがどことなくさみしそうな顔をしていたからだ。ルーサスだって最初から狡猾な子供だったわけではないだろう。ジルと同じく何事もなければ、平和な日常を過ごすお坊ちゃんでいられたのだ。

 とにかくひん曲がったあげくに狡猾になってしまったルーサス坊ちゃんが連れ去られたクトを助けてくれるのだという。

「どうやって連れ戻すの?」

 ルーサスが答えるより先に「あの、あのね……」と、裁縫が得意だという少女がジルの服を引っ張った。

「大きな男の人が『かいえんにまにあった』って小さな声で言ってたの」

 ゲラルドらしき男の言ったことをそのまま繰り返したような言葉に一瞬意味をとりかねる。

『開演に間に合った』

 そう言ったのか。――ということは、どこかの劇場にいるのかもしれない。ジルの知る劇場はわずかだ。サティエルの仕事があった場所くらいしか出入りしたことがない。短期間にあちこち仕事場が変わるような商売ではない。ゲラルドはクトを劇場に連れて行って何をしようとしているのか。こうなったら直接サティエルに聞いた方が早いかもしれない。

「『開演』……か」

 ルーサスは何かを考え込むように少女の言葉を反芻している。

「一度、前にいた役者の家に戻ろうかな」

 ジルの言葉にルーサスは「いや、直接劇場に行こう」と言い放つ。

「どこの劇場のことをいっていたのかわからないじゃない」

 ジルの言葉にルーサスはしばらく迷っているかのような間をあけてから口を開く。

「確実じゃないが、ここじゃないかと思う場所がある。もしも予想があたっていたら、むしろそこへ行かなきゃならない」

 ルーサスは妙に真剣な面持ちだ。

「それってどこのこと?」

 しばらく躊躇っていたルーサスだったが、おもむろに口を開いた。

「国立劇場だ」

「こっ……」

 ジルは言葉も出せず固まっていた。

 国立劇場といったらレジスの最高峰だ。サティエルが出入りしているような多少余裕のある庶民のための劇場とはわけが違う。客は主に王族や貴族だというからジルにはまったく接点がない。役者も一流ぞろいで当然だがジルごときが直接見たことがある役者はいないはずだ。クトだって同じだろう。どうしてそういう結論にいたるのか。

「説明している暇はない。行くぞ」

 そう言ってすぐさまジルに背を向ける。

「ちょっと待ってよ。そんなんじゃ、納得できない」

 叫ぶジルを無視してルーサスは子供たちに向き直る。

「わかってるな? いつもいっているが、三日戻らなかったらここから逃げろ。ジェイス、ガジム、チビたちを頼む」

 おそらくいつも言われていることなのだろうが、小さな子供たちは不安気にルーサスを見あげていた。ルーサスの方は何の未練もないとでもいうようにさっさとその場を離れようとする。ジルはあわてて後を追った。

 国立劇場は王城の近くの偉い人たちの屋敷が建っている区画に存在する――と、聞いたことがある。縁がないので詳しい場所はわからないが、旧市街からはかなり遠そうだ。そもそも何もかもが不確かだった。

 子供たちに見送られてルーサスとジルは足早に旧市街を後にする。

「どういうことなのか、説明してよ」

 速足で歩きながら問うジルにルーサスはしばらく黙っていた。だがようやく面倒くさそうに口を開く。

「あれは軍人なんじゃないかと思ったんだ」

「誰が?」

「ゲラルドというヤツだよ」

 確かに体つきは軍人に見えなくもないが、ジルにしてみたら、ならず者の方がしっくりくる。 

「シェルマン・ミリルディアのことを調べていたんだ」

「シェル……誰?」

「飾りボタンの持ち主だ」

 つまりルーサスの父の仇か。

「国立劇場に出入りしている。しかも軍に目をつけられていることもわかっていた」

 ジルは歩きながら今聞いた話を吟味してみる。懸命に理解しようとしたが、どう考えても飛躍し過ぎていないだろうか。ルーサスの復讐の相手であるシェルマンという人物が国立劇場に出入りしていて、ゲラルドが軍人のような気がして、さらにシェルマンは軍に目をつけられている。――だからクトが国立劇場にいる?

「かなりかいつまんで話した」

 疑うようなジルの視線を感じてか、言い訳のようにルーサスは言い足す。

「わざわざひとつずつ根拠を並べるのも面倒なんだが」

 本当に身勝手なヤツである。とにかくルーサスの中ではかなりの確証があって国立劇場に向かっているということなのだろう。ジルとは違って裏社会の荒くれたちと渡り合い何とか生きてきたのだから、そういった情報も得ることができたとは考えられなくもない。他にあてがあるわけではないし、クトがすぐさま危険な状況に陥るというわけでもないだろう。

「いいよ。癪だけど、とりあえず信じる」

 歩いて行くとなるとおそらく夕方になってしまうだろう。まだまだ道のりは長い。

「さすがにもう少し教えてくれない? 国立劇場についたらどうすればいいの?」

「別に……あんたは何もしなくていいよ。クトを連れて帰れば」

 ルーサスはすっと目をそらす。まだ何か知っていて黙っているに違いない。ジルはわざとらしくため息をついた。

「ゲラルドのことで黙っていたことがあるんだよね」

 ルーサスはちらりとジルを見る。心なし冷たい目だ。

「もう少しマシな嘘つけよ」

 あきれたようなため息にややむっとしたが、そんなことで声を荒げても仕方ない。ルーサスの冷静さに慣れてきている。

「信じないなら別にいいんだけど。シェルマンという人を国立劇場で殺すつもりなら、ゲラルドを抑えておかないと無理なんじゃないかな」

 ジルの言葉にルーサスは何も言わない。ジルも何も言い足さない。

 やはりルーサスは様々な情報から今夜国立劇場にシェルマンなる父の仇が来ているという確証があるのだ。クトのことはおそらく口実だ。最悪の場合クトもゲラルドも国立劇場にいない可能性がある。要するにまた利用された。

 しばらく二人は黙ったまま速足で歩き続けた。旧市街の汚れた街並みはとうに過ぎ、あえて大通りの道を王城の方へ向かっていく。人が多ければ万が一また追われるような状況になっても紛れやすい。もう二度と走り回りたくはないが。

「――何者なんだ。あいつ」

 ルーサスがぽつりとこぼした。

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