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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第七章 盛夏の逃げ水
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第百七十七話 盛夏の逃げ水(42)

「どういうことですか?」

 一度だけ見たルーヴィック王子は青白い顔のやせた青年だったし、かなり変な人だった。外に、しかも国外に出て行くのは意外だ。王子が出向くとなればアルメシエとレジスの今後の関係性に関わる重要な任務と言っても過言ではない。どう考えても行くならラヴォート殿下の方がふさわしい。

「お前の失策だよな」

 ラヴォート殿下はちらりとシェイルを見る。シェイルはばつが悪そうな顔をしてその視線をかわす。

「国王陛下からの指示はアルメシエにいるロイの王族というのを確認してこいという内容でしたが、これはロイの問題であるから一人で対処するようにとのお達しでした。その時点で使うつもりはありませんでしたが、一応お守り代わりに武器を借りようかと……」

 シェイルの言葉がめずらしく迷うような色を帯びる。

「はっきり言え。ヒルトリングを借りにいったんだよな?」

 シェイルはこれまでかたくなにヒルトリングを拒んできたので言い出しにくいようだ。しかしたった一人で紛争地へ行くのに身ひとつというのは危険極まりない。当たり前の判断だろう。無茶をしがちなシェイルがより安全な方法を選択していたことにエリッツはむしろほっとする。

「――武器を借りに行ったところ『僕ごと持って行くのならいいよ』と」

 シェイルは言いながらも首をかしげる。エリッツも首をかしげた。

「ルーヴィック様を持って行ったのですか」

 意味をよく理解できないエリッツは漫然と口を開く。

「国王陛下は一人で行けと仰せなので無理だと伝えたんですが、レジスの人間を持って行くなとは言っていないだろう、と」

 むちゃくちゃな理論だ。理論も何もあげ足取りのレベルである。人間を持って行くとは「同行」をいいかえただけではないか。それに危険だ。仮にも一国の王子が勝手に紛争地へ行くなど普通では考えられない。

「ルゥはいい出したら聞かない。それでも一応、国王陛下にアルメシエに出向く旨書状を置いて行ったらしい。シェイルのことには触れずに、だ。そこまではなんとか気が回ったようだな。後で聞いたところ、なんなら帰ってこなくてもよいと寛大な返信があったと聞いた」

 寛大な返信……なのだろうか。

 ルーヴィック王子はやはり只者ではない。政権争いなどに無縁であるのが最強である。次期国王の座を見据えて点数稼ぎをする必要がない。

 そもそも第一王子とはいえ、謀反という重大な問題を起こしたデルゴヴァ一族の血筋の王子である。何かしら冷遇されるのではないかと、一時期エリッツは勝手に気をもんでいたものだが、そういったことは一切耳にしていなかった。陛下の返信には軽んじられているような気配を感じはするが、地位を奪われたり、あからさまに部屋を移されたりするような事態にはなっていない。

「新しく開発したヒルトリングの実験をしてきたらしいが」

「そういえば、護衛を引き連れてやたらと外出してましたね。てっきり観光でもなさっているのかと」

「まぁ、九割方観光なんだろう。一応、開発したヒルトリングの実験にも成功はしたらしい。遠眼鏡でようやく見えるくらいの距離にいる部下にも指揮権が及ぶというようなことを言っていたな。アルメシエで実験する必要性を感じないわけだが」

 これまでのヒルトリングがどういうものかもよくわからないので、それがすごいかどうかも判断がつかない。そういえばアルヴィンの術脈がロックされたことに気づいたときも、指示が届く範囲は限られていると言っていた気がする。

「これにより術兵がより広く展開した陣形が可能になる。それにこれまで以上に術兵の多い部隊も編成可能だ。お手柄といえなくもないか」

 ラヴォート殿下は雑談のつもりなのか、お茶を飲みながらくつろいだ様子でそう口にする。

 だが何かひっかかる。ここまでの話で重大なことを見落としているような気がして仕方がない。

「遠眼鏡が指揮官の必需品になりますね」

 ダフィットがめずらしく冗談のようなことをいう。

「そういえばルーヴィック王子が外出先でおもしろいものを見たと興奮していたことがあったんですが、実験が成功したということだったんでしょうか」

「いつもそんなようなことを言っている。どうせ深い意味はないだろう」

「わたしがそれを知ったら部屋を飛び出して見に行くだろうと言ってましたけど、何だったんでしょう。妙に具体的な言い方じゃないですか?」

 シェイルたちの何気ない会話が耳を通り抜けてゆく。

「あっ」

 エリッツは思わず立ちあがった。即座にダフィットににらまれる。シェイルとラヴォート殿下も驚いたような顔でエリッツを見ていた。

「あ、あの、その、ルーヴィック王子がおもしろいものを見たと言っていたのはいつの話ですか?」

 これがアルヴィンの術脈のロックが外れた真相ではないか。

 エリッツはテーブルにのりだしてシェイルにせまる。シェイルは倒れそうになったエリッツのカップをさっと取りあげて元に戻した。

「わっ、すみません。えっと、あの、それで、実はですね――」

 エリッツの質問の意図を取りかねたような表情のシェイルにエリッツは例の件を順番に伝えた。アルヴィンの術脈が駐屯地を出てリデロ指揮官にロックされてしまったらしいこと、その後ラットル村で突然そのロックが外れたこと、その後は特に何ごとも起こらなかったこと。みんなじょじょに何があったのかを心得たような表情になる。

 ダフィットが地図を持ってきて、指でアルメシエの城に指を置く。そこから渓谷の辺りをラットル村の表記を探しながら指を進ませた。一同から「ほう」というような声がもれる。

「ここですね。これはなかなかすごいですよ」

「確かに遠眼鏡でぎりぎり見えるかどうかの距離だな。この距離でデブのロックを外せたということか」

 またアルヴィンのことをデブ呼ばわりしている。しかしラヴォート殿下がアルヴィンのことをおぼえていたのは少し意外だった。

「殿下、アルヴィンはデブじゃなくなっていましたよ」

 エリッツはめずらしく言い返す。アルヴィンはむしろいい体をしていた。エリッツは着替えをしていたアルヴィンの体を少しだけ思い出す。

「――これまでとは格段に違いますね」

 シェイルの方は地図を見つめて感嘆の声をもらしている。そういえば術兵の指揮官経験があるようなので、ヒルトリングの性能は熟知しているのだろう。

 残念ながらエリッツはそれがどれほどすごいことなのかピンときていない。しかしルーヴィック王子が一目置かれている研究者だという噂は本当らしい。変人だがその分野では有名であるようだ。エリッツは少し見直した。

 それと同時にようやく引っかかっていたものが取れたような爽快感がある。

 アルヴィンの後をリデロ指揮官がつけ回していたという可能性が消滅して心からほっとした。時間ができたらアルヴィンに手紙を書いて伝えてあげた方がいいだろう。おそらく同じように気持ち悪がっているはずだ。

「しかし、そのときに逆にロックされなくてよかったですね」

 そういってシェイルが果物を干したようなものを口に運ぶ。テーブルに出されているのはあの日、ライラに出してもらったものと同じようなメニューだ。フルーツの種類はもう少し多い。これもお土産だろうか。

「確かに。何にしろ遊び感覚だからやりかねんぞ」

 つられたようにラヴォート殿下もフルーツを口にした。ひとつ気になっていたことが解決したので、何だか全部終わったような気になってしまったが、まだまだ話し合うことは山積みである。

 ようやく一区切りついたころには外は暗くなっていた。明日からまた大忙しだ。エリッツは帳面を閉じて内ポケットにしまう。仕事もそうだが、ゼインに上着も返しにいかなければならない。どうしたら会えるのか、また考える必要がある。

「それでは失礼します」

 ダフィットが出ていき、エリッツもそれにならって席を立った。

「お前はちょっと待て」

 しかしラヴォート殿下に呼びとめられてしまった。何だが少し声が怖い。今日は比較的機嫌がいいような気がしていたが。シェイルが隣で大きなため息をついた。

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