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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第七章 盛夏の逃げ水
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第百五十八話 盛夏の逃げ水(23)

 そこから話は急速に進んだ。

 まず状況認識の共有と称して各団体が持っている情報が提供される。エリッツは以前から聞いていた話とはじめて聞いた話と様々な角度から現在のアルメシエの状況を知ることができた。

 手を組むと決まってしまった以上協力し合うスタンスに変わったのか、小競り合い程度の応酬はあるものの先ほどのように話が進まない規模の言い争いが勃発することはなかった。

 アルメシエの王女が命を狙われているのは亡くなったアルメシエ王が一番大切にしていた子がその王女だったからだという。一人の子をちょっとばかり贔屓してかわいがるというような話はどこにでもあるが、王女は正妻の子ではなく、しかも城で王女として育てられたわけではなかったらしい。それでも成長するごとに兄であるアッシュグレン王子を圧倒するほどの才覚を発揮し、アルメシエ王はすっかり王女のことが「お気に入り」になってしまったようだった。こっそりと王女とその母のもとに通い、きちんとした世話係りや教育者をつけてやったのだと聞く。さらにこれは噂にすぎないが、あまりに聡明な子なので王自ら治世について教えたともいわれている。

 しかしそんな噂のせいで国王の座を継ぐのは王女の方ではないかといわれるようになってしまった。それではアッシュグレン王子本人のみならず正妻である王妃の家もおもしろくない。

 そんなもやもやとした空気の中、突然アルメシエ王は病に倒れ、数日のうちに帰らぬ人になってしまったというのが、アルメシエという国が乱れた簡単な経緯である。

 王女を贔屓しすぎた件を除けば名君と名高かったアルメシエ王である。それを継ぐのはやはり国王が惚れこむほどの才覚を持つ王女であるべきだとするのが、多くの民衆の意見であった。王女が城で蝶よ花よと育てられた、いわゆる「お姫様」ではないことも民衆の心をつかんでいた。城の外で肩身の狭い思いをしながらその才覚のみでアルメシエ王の寵愛を得たところに人々はある種の希望を見出したようである。

 しかし血筋なども考えるとアッシュグレン王子こそが跡を継ぐべきだと考えているのが、王妃の家をはじめとしたアルメシエの特権階級にあった人々の総意らしい。

 それはそうだろう。きちんとした後ろ盾となる家もなく民衆の支持のみで王女がこの国を統べるとなると自分たちの立場は非常に危うい。縁故や賄賂などで立場を固めてきた人間は戦々恐々とすることになる。中にはそういったことを積極的に排除しようと試みてきたアルメシエ王がいなくなり、ようやく堂々と利益を享受できると考えていたところであての外れた高官もいることだろう。いうなればこの状況は前政権の官僚たちと民衆との対立という側面も持っていた。

 そんな事情の認識をこの各団体の頭たちで共有し、ようやく今後の動きについての相談になる。この渓谷にいる団体は王女を次期国王として推す団体と、王女も含めて前政権を排除したい団体、その両方とも当てはまらない団体がいることがわかった。最も多いのは王女を国王にしたい団体だ。そのため王女が城に戻ったという報告に動揺したのだ。そういう状況であれば王女は前政権の関係者全員から目の敵にされていることは聞かずともわかる。城に入るのは猛獣の巣穴に飛びこむのと同じだ。

「だがアルメシエ王が肩入れしてしまうほどの方だ、何か考えがあって城に戻ったのだろう」

 難しそうな顔で発言したのは砂炎団の団長である。

「まぁ、そうだろうな」

 総長はどこか上の空でつぶやいた。何か他のことを考えているような顔だ。ちなみに総長は意外にも「どちらともいえない」側の人間だった。民衆の多くは王女に直接会って演説を聞いたわけでも何でもない。噂話を鵜呑みにして勝手な期待を寄せているだけだと総長は言う。

「それはあるかもしれない。王女に直接会って王にふさわしいかどうか判断する必要はある」

 総長の意見に例の女性の頭が指先で顎に触りながら思案気な顔をする。その発言に他の頭数人が静かにうなずいた。

「どちらにしろ王女に死なれては困る」

 総長と女性の頭にこの話し合いの主導権を握られそうな様子に焦ったのか、獅子が声を張った。

「グリディラン翁が近々城に攻めこむような動きを見せているという情報もある。アッシュグレン王子に死なれるのもよくない。あの強欲爺一人が生き残るのが最悪のシナリオだよ」

 砂炎団の伝令役の女性が勢いよく発言した。獅子は割りこまれたような状態になりムッと押し黙る。

「お前、ちょっと黙ってろ。いや、もう報告はわかったから戻れ」

 砂炎団の団長の方は苦りきった顔をしているが、総長がそれをさえぎるように口を開いた。

「お嬢さんの言うとおりだ。城を落すのが目的ではあるが、王子を殺すつもりはない。とりあえず王女がアッシュグレン王子側の人間、グリディラン率いる旧アルメシエ軍に殺されないよう、城の軍事力を掌握したい。この方向性で問題ないな?」

 総長はゆっくりと周りを見渡す。特に反対意見がないのを確認するとひとつうなずいた。

「では、明日は早くなるのでこれで解散としよう」

『はっ?』

 総長の言葉に一同が間抜けな声をあげた。

「あんた、明日城を攻めるつもりか?」

「こんな即席のつぎはぎ組織でうまくいくとでも?」

「いくらなんでももっと綿密な相談が必要だろう」

「畑が心配だ」

「狂ってる」

「何でずっと半裸なんだよ」

 総長はまた渋い顔をして両耳をふさいでいる。そしてひとしきり嵐が過ぎ去るとようやく顔をあげた。

「王女が殺されたら元も子もないでしょ。早く寝ようよ」

 それは確かにその通りだ。この話し合いで得た情報によると今こうしている間にも王女は暗殺される危機にさらされていることになる。それを覚悟で目的があって城に戻ったのだとしても、できるだけ早くそのリスクを排除できるにこしたことはない。

 集まった頭たちも何か言おうと口を開けたり閉じたりしていたが、結局「早い方がいい」という正論には何も言えないでいる。

「――あんたのいうとおりだ。じゃ、私は寝るよ。日の出の頃にまたここに来る」

 はじめに女性の頭が立ちあがると、他の頭たちも次々と立ちあがり、テントを出ていった。みな明日からの戦の方に意識がいっているのか、小競り合いのときの思慮の浅そうな顔つきではなく、真剣な面持ちをしている。

 どちらかというと総長に主導権を握られたことが気に入らないという様子の獅子が最後までテントに残りムッとした顔で両腕をくんでいたが、結局「じゃあな。明日、怖気づくんじゃねぇぞ」と捨て台詞を残して出ていった。

「あー、疲れたな、まったく」

 総長は半裸のままクッションでむずがる赤子のようにごろごろしている。何だか微妙にふわふわした感じではあったが総長がちゃんとあの変人たちをまとめ上げた、といえないことはない。やはり不思議な人だ。

「そういうことに決まったんで、各隊の隊長たちも早く寝て、明日は早起きしてね」

 ごろごろしたまま隊長たちへの解散を指示している。やはり微妙にゆるい。

「しかしあの『秘め事』の頭はなかなかいい女だな」

 またひとりごとのようなものがダダ漏れになっている。いや、あの女性、「秘め事」の頭なのか。

 各隊の隊長たちもまじめな顔つきで明日のことを相談しながら順番にテントを出ていった。エリッツたちも腰をあげたが、すぐに総長に呼びとめられる。

「ねぇ、きみ、エリッツくん、景気づけにエッチなことでも――」

「しません」

 条件反射のように声が出てしまった。景気づけとはどういうことだろう。さすがのエリッツも城攻めとなると緊張でそれどころではない。

「総長、早く寝てください」

 立ち上がったライラも真顔で総長を見おろしている。ちょっと怖い。

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