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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第七章 盛夏の逃げ水
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第百四十九話 盛夏の逃げ水(14)

 話は移動の詳細にうつっていった。

「この道で面倒なのは、賊の方なんだ」

 ライラは真ん中に広げた地図を指差した。アルメシエとレジスを含むかなり広範囲の地図だ。エリッツは話を聞きつつも地図上でこれまでの道のりを追ってみる。すごく長いこと旅していたような気がしたが、この地図で見ると小指の爪ほどしか動いていない。アルメシエもレジスも広大である。ますます十日という期限の短さが感じられた。いや、残りは七日だ。

 ライラたちはレジス国境の様子を見るために本隊を離れていたが、その調査を切りあげて本隊に戻るのだと説明した。戻るということは何かしら収穫があったのだろうか。もちろん教えてはもらえない。

「その本隊というのはどこにいるの?」

 エリッツは日程が気になっている。アルメシエの奥地であれば絶望的だ。国を横断するのに何日もかかる距離である。

「そんなに遠くないよ。そもそもアルメシエの城がここなんだから」

 エリッツはライラの指先を見ておどろいた。いや、アルメシエの地図は何度か目にしたことがあるはずだが、こうやって自分の足で歩いて現地を知ってからだと印象が全然違う。

「近すぎませんか」

 レジスとの国境から近すぎる。エリッツが移動した距離から割り出すとだいたい馬で一日半から二日といったところか。

「まあ、そうだね」

 ライラは何でもないような様子で受け流す。城の立地に関してあまり関心はないというか、現地の人にとっては今さらなのだろう。

 レジスの城もラインデル帝国との国境にずいぶんと近いが、レジスの場合はコルトニエス山脈とスサリオ山に抱かれるような地形にあるためまだ守りやすい。だがアルメシエの城とレジス国境との間は荒れ地ばかりでがら空きである。地図に記載がないだけで砦などの軍事的要所があるのかもしれないが、それにしても不安になる立地ではある。

 もしもレジス軍がアルメシエに攻め入ったら、さてアルメシエはどう城を守るべきなのか。まるでゲームの盤上のようにエリッツは地図を眺めてぼんやりしていた。

「城は旧アルメシエ軍が籠城しているという解釈でいいの? それできみたちはこの城を落すつもり?」

 アルヴィンが聞き返したが、ライラはしばし間をおいて「それはどうでもいいんじゃないの?」と真顔で言った。

「そもそも欲しいのはレジスからアルメシエに入ったロイの情報だろ。あんたたちは本隊に合流するまでのことを気にしてればいいよ。最後まで協力してくれるなら別だけどね」

 確かにシェイルさえ連れ戻せればエリッツの仕事は終了だが、もしもシェイルが本当にレジス国王陛下から何らかの指示を受けているのであれば状況は知っておきたい。しかし最後まで協力するのはむずかしいのも確かだ。

「わかったよ。それで、肝心のきみたちの本隊はどこにいるの?」

 アルヴィンもエリッツと同じ意見なのか、そこにはこだわることなく話をすすめる。

「このラクール渓谷の先だ」

 地図を見るとこの渓谷はアルメシエの城に側面から回りこむような形で走っている。なるほど、渓谷にひそんでいればチャンスを見て城を攻められる。だが城側から見てもそこが格好の隠れ場所になるのは一目瞭然だ。

「さっきも言ったけどこの辺りは賊が多い。渓谷ぞいにある町や村は国が乱れてからは毎日のように被害に遭っている。軍がまともに動けないことをいいことに、火事場泥棒みたいなことをやってる」

 うんざりしたようにライラはため息をついた。

「そうだ」

 突然思い出したように、ライラは仲間たちの方を見る。

「それで、足りなくなった馬は手に入ったのか。ここに来るまでも何度か賊とやりあったんだよ」

 後半はエリッツたちに説明するような口調だ。

「隊長、馬も武器もある程度補充できましたよ。エリッツさんたちがいれば戻りは楽勝かもしれませんね」

 その話はもう忘れて欲しい。エリッツはしつこくアルヴィンの方を恨みがましい目で見るが、それに気づく様子もなく地図を見て経路を確認している。

「よし。食糧も確保したし、明日すぐにでもここを出よう」

 ライラの声にまたもやテント内が騒がしくなる。

「移動は結構久々だよな」

「国境の偵察もちょうど飽きてきたし」

「ラットル村を通るならまたあの卵を焼いた料理が食べたい」

「みんな元気かな」

 ここに来るまでに賊とやりあって被害まで出ていたのに何だかのんびりしている。エリッツとは違って戦いに慣れているのだろう。

「あの子たちも一緒なのかな」

 アルヴィンが地図から顔をあげる。

「外の子供たちのこと? もちろんだよ。あの子たちは賊のせいで親を亡くしてるんだ。他に身よりもないみたいだったし、連れて行くしか仕方ないよ」

 エリッツはライラが子供を商人から買ったのかと誤解していた。思っていたよりもまともなようだ。

「それにあの商人から買った術士の子もいる。大事な戦力だよ」

 やっぱり買ったのか。

「何か文句ありそうな顔だな」

「人を売り買いするのはよくないんじゃないのかな。レジスでは一応禁止されてる」

 一応というのは、表向きはということだ。どこにでも裏側があることくらいはさすがに知っている。

「じゃ、放っておけばよかったのか。あの商人が売れなかった子をどうすると思う?」

 それを言われると何もいえない。外で遊んでいる様子からもここでひどい扱いを受けているわけではなさそうだ。ライラたちに買われてよかったといえなくもないのだろう。

 エリッツは何だかよくわからなくなってくる。国が乱れると当たり前だと思っていた価値観が通用しなくなるらしい。ここではもうレジスのような道理は通じない。甘いことをいっていると怪我をしそうだ。


 早速だった。

 あの岩場を出たエリッツたちは翌朝にラットル村というそこそこ大きな村の近くにさしかかった。誰かが卵料理がおいしいといっていた村だ。

「エリッツ、あれ」

 アルヴィンが指さした方向から煙があがっている。相変わらず乗馬は苦手なようで指をさしたと思ったらすぐに馬にしがみつくように手をおろした。

「何だ。あれは」

「賊だ。火の手が見えるぞ」

「こんなところにまで出やがるのか」

「ラットルは自治もしっかりしているはずだが。獲物が減ったからか」

「隊長、どうしますか」

 先頭をゆくライラはすぐに声を張り上げる。

「ローガン、ダン、ミリー、エリッツ、アルヴィン、あたしに続け。後は岩陰に隠れて待機。半日戻らなければ、ルイースに従って本隊に向かえ」

 指示が早い。

 エリッツたちの背後には食糧や子供たちを乗せた馬車が数台と何十人もの仲間たちがいる。呼ばれた三人は腕に覚えのある精鋭なのだろう。そこに入れてもらえて光栄なのかどうなのか。エリッツは手綱を引いて馬首をめぐらせる。

「エリッツ、僕も呼ばれたんだけど」

「そうだね」

 ライラだって大事な仲間を危険にさらすよりも余所者をつかった方がいいに違いない。買われた身なのだからこれも仕方がない。

「僕は馬もアレだし、術も使えないんだけど」

「ダガーナイフくらいはふり回せるでしょ」

「まあ、ね。指揮官だけじゃなくて、シャンディッシュ将軍にも稽古はつけてもらっていたし。得意とはいいがたいけどね。まさか術が使えない状況で戦うなんて思わないでしょ」

 聞き覚えのある名にエリッツはまばたきをする。シャンディッシュ家のラウルド将軍か。義姉フィアーナのお父さんだ。そういえば西の国境にいると以前聞いていたのだった。

 数度しか会ったことがないが、エリッツはなぜかお菓子を渡されて、子供扱いされた記憶しかない。温厚そうな人に見えたが仕事ではどんな感じなのだろう。

「シャンディッシュ将軍は厳しかった?」

「結構ね。容赦ないよ。こういう状況ではありがたい限りだけどね」

 そのとき先頭のライラがふりかえる。

「エリッツ、アルヴィン無駄口叩かない」

 アルヴィンが小さく肩をすくめる。

 確かにおしゃべりをしている場合ではない。渓谷の岩肌に切れ目のような場所があり、そこから突き出すようにある道を登った先に大きな村が見える。賊の人数は把握できないが、多くの人が逃げまどっているのが遠目にもわかる。家を焼き、人を追いながら略奪をしているのだろう。

「急げ!」

 ライラが声を張る。

 わざわざ助けてあげる義理もないだろうに、やはりいい人なのかもしれない。

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