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亡国の草笛  作者: うらたきよひこ
第五章 風のわたる日
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第百十八話 風のわたる日(3)

 案の定、居心地は最悪だった。

 休暇前に仕事仲間と風迎えと称して遅くまで「わいわいやる」というのはどうやら城勤めの者だけの文化ではないらしい。

 安食堂や飲み屋の入口には「風迎え割引き!」「風迎え限定メニューあります」などの呼び込み目的の張紙が多数張られており、通りは様々な風体の人々で大にぎわいであった。

 その中のこぢんまりとした店舗にカーラたちは迷いなく入っていく。

 入口には「風迎え! 大人数様歓迎。※割引きあります」と書いてあった。そういうことなら三人より四人の方が安くすむのかもしれない。

 行きつけの店らしく店員の女性とカーラは親しげに話し始め、残りの二人は案内不要とばかりに勝手に店の奥へ入っていく。

 エリッツだけぽつんと残されてカーラと女性店員の話しを聞くともなく聞いていた。新しい洋服や化粧品の話をしている。

 そういえば兄のダグラスが出世をしていくには女性との話題にもどんどん入れるように洋服や美容に関する一般的な知識や流行を知っていた方がいいと言っていた。その方が人脈を広げるチャンスが増えるのだとか。この頃は自分の仕事の勉強だけで手いっぱいでとてもそこまではやっていけない。

 その後もとにかく場違いなところに来てしまった感が否めなかった。

 カーラはエリッツを会話に加えようと躍起になるが、後の二人はそれを拒否するかのごとく内輪の話題ばかりに盛りあがる。店内はかなりのにぎわいだが、それにかまうことなくエリッツに聞こえないであろう声で話し続けた。

 主に事務長官の悪口のようだ。注意されたことに対しての文句や口癖を真似したりしている。

 意外だったが虎視眈々と事務長官の座を狙っているはずのカーラはその悪口にはほとんどのらない。「まぁ、そうかも」とか「そういうこともあるね」と、曖昧に流している。

 仲間に入れてもらえないエリッツはその様子をじっと観察していた。

 カーラは事務長官を目指すと言うだけあって、わりと大物なのかもしれない。人の悪口にはのらず、しかも興をそがないよう二人に気もつかっている。会話の中に入らず外から見ているとそのスタンスは明らかだ。

 エリッツは少し感心した。本気で人の上に立つつもりで励んでいるのかもしれない。カーラのことは仕事上信頼してもよさそうだ。

「エリッツは何をもらったの?」

 いつの間にか長官の悪口が終わっており、またカーラがエリッツを会話の輪に入れようと試みていた。隣の席もかなり盛りあがっているようで会話がところどころ聞こえづらい。

「ごめん。聞いてなかった。何の話?」

 見るとカーラ以外の二人はそっぽを向きながらもちらちらとエリッツの様子をうかがっている。二人にとっても興味のある話題のようだ。

「上官から『風見舞い』もらったでしょ。帰省するときに持って帰るヤツ」

「え? 何、それ?」

 しばらく間があった。

「もらってないの?」

 他も二人もさすがに驚いた表情を隠せないとでもいうようにエリッツを凝視している。

 そもそも帰省しないと言い切ってしまった。帰省するなら何かくれたのだろうか。シェイルがくれるものなら何でもうれしい。もらいたかった。

 そういえば部屋で寝て過ごすと言ったら少し困ったような顔をしていたし、その会話のとき引き出しを探っていた。何か準備していたのかもしれない。

「先輩がいないとそういうのわからないよね」

 カーラが驚きから立ち直ろうとするかのようにフォローしてくれるが、逆にいえばそれほどエリッツはズレていたということか。

「帰省するときに、上官が家族あてにお土産をもたせてくれるのよ。初年度は特に、なんというか、嫌らしい言い方だけど、『いいもの』をくれるわよね」

 カーラは同意をもとめるように他の二人に目配せをする。二人は戸惑ったようにそれにうなずいた。

「初年度以外はほぼこれだ」

 エリッツには決して話しかけまいとしている様子だったカーラの右にいる事務官が白い布の包みをエリッツに見せてくれる。もう一人の事務官が「裏切り者」と言わんばかりにそちらを睨みつけた。

「それは何?」

「昔からある保存食よ。甘くてかたいだけのヤツ」

 カーラが元も子もないことを言いながら、同じような白い包みを見せてくれる。みんな同じものをもらうことになっているのか。

「でも王家の紋章の焼き印が入っているの。これをどう使うかというとね。田舎の両親が城勤めの子供を自慢するためにご近所に配るのよ」

 なるほど。そのためのお土産なのか。

 だがエリッツは兄たちがこれを持ち帰っていた記憶がない。近所に配るようなものであればエリッツの目に触れないのもわからなくはないが、父がそれを近所に配るという状況は全然想像ができない。

「みんな、知ってた? 実は『風見舞い』ってそれだけの意味じゃないのよ」

 エリッツを含め三人ともがカーラの方を興味深そうに見た。

「休暇で一度実家に戻ってしまうと、『もうしばらく働きたくないな』って思っちゃって、城に戻らない人が出てくると思わない?」

「まぁ、それはありえるな」

 ずっと黙っていたエリッツの左隣の事務官が思い当たることでもあるのか、とうとう口を開いた。

「でもさ、お土産を配られたご近所の目が気になって『城に戻りたくない』なんてとても言えないでしょう。そのときにはもう散々『よくできたお子さんね~』なんて周りに言われて家族も鼻高々なわけよ」

「うわ、えげつないな」

 カーラの右隣の事務官がフランクに感想をのべる。

「それが初年度の『風見舞い』が豪華な理由にもなるのよ。初年度は特に覚えることも多いし、新しい環境に慣れなくてしんどく感じるでしょう。上官からの『戻ってきてね』というメッセージがより強くこめられるということね。初年度だけは支給品のコレじゃなくて上官が品物を選ぶみたいだし」

 カーラがまたひょいとさっきの白い包みを持ち上げる。

 それに「ほおー」という感嘆のため息が三つ重なった。すぐに二人の事務官は気まずそうにそっぽを向く。

 やはり先輩や同期と仲がよくないといろいろな情報が入ってこないのだ。エリッツは城勤めの慣習の一端を目の当たりにして、さらに不安になった。これではあちこちで首をかしげられるのも無理はない。

「え、待って!」

 エリッツは急に椅子を蹴るように立ち上がった。

「な、なんだよ」

「どうしたの」

 もはや無視することも疲れてきたのだろう。二人の事務官もカーラと一緒に問いかけるようなまなざしを向けている。

「つまり初年度の風見舞いで上官の愛の深さがわかるというわけ?」

「あ、愛……?」

 二人の事務官はエリッツの勢いに呆然としている。

 カーラは「ほんとエリッツはカウラニー様が大好きだよね」と言いながら、煮豆などをつまんでいた。

「愛かどうかはわからないけど、エリッツはたった一人の部下だからそれなりに……あれ? さっきもらってないって言ってなかった?」

 カーラは煮豆をつまむのをやめて、まじまじとエリッツを見る。

「おれ、実家には帰らないって言っちゃって――」

「そりゃ、出すに出せないな」

「困っただろうな。建前上、風見舞いは部下の家族にあてて贈ることになってるし」

 エリッツのあまりのズレっぷりにずっと無視を決め込んでいた二人もあわれむように言葉をはさむ。

「みんな、初年度は何をもらったの」

 エリッツは立ったままテーブルに身を乗り出した。行儀が悪いとはわかっているが、シェイルの気づかいを無駄にしてしまったかもしれないショックで軽いパニックを起こしていた。

「うちは初年度みんな同じものだよね。違いをつけるとケンカになっちゃうし」

 カーラが冗談めかして笑う。

「家族には上等な織物、本人にはペン」

 カーラの右側の事務官が胸元からペンを出した。

「これ、中にインクが入るんだ」

 自慢げにエリッツに見せてくれるが、以前エリッツもシェイルにそういうペンをもらっていた。もちろんまだ大事に使っている。

「そういえば俺のとは軸の色が違うんだよな、ちょっと見せて」

 もう一人の事務官がそのペンに手をのばしたとき、ちょうどペンを手渡そうとした事務官の手がぶつかってペンは大きくはね飛ばされてしまった。

 声をあげる間もなく、隣にいた別の客の頭に刺さるような角度でペンがぶつかる。

「痛ッてぇ!」

 運が悪いというか、なんというか――見るからに「すみません」ですみそうな相手ではない。先ほどから大声で盛り上がっていたお隣さんである。

 二人の事務官は手をペンが飛んだときの形にしたままで青ざめて固まっていた。

 しかもその隣の客というのが一人ではない。同じように柄の悪そうな連中がざっと十数名、視界におさまらないほど座って、テーブルにあふれんばかりの酒と食べ物を囲んでいる。ほぼ全員酔って半裸になっていた。

「なんだぁ?」

「どうした、兄弟」

 先ほどの声を聞いた仲間たちがエリッツたちの席とペンがぶつかった男を見比べて、徐々にそれぞれの顔を険しくしてゆく。

 そういえば「大人数様歓迎」だったっけと、エリッツはぼんやりと思い出していた。

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