03
ようやく解放されたものの、なんとも言えない雰囲気に慧は堪らず口を開く。鈴はゴロゴロとベッドで転がり、乃彩は椅子に座ってボーっと虚空を眺めている。
正直言って帰りたい、今すぐに。
「……帰っていいか?」
「いや、今日はもうダメだよ」
だが慧の切実な願いは直様拒否される。乃彩の瞳が慧を捉える。何を言うでもなく、じっと見つめてくる乃彩に慧は少したじろいだ。
なまじ顔が人形めいている分恐怖感は倍増というものだ。
「高塒くんのご両親は何をなさっているのかしら」
「二人とも研究者だ。……国防軍でな」
「ひょっとしてキチガイが多い国防軍の研究者の中でもまだまともな部類の高塒宣斗さんと胡乃葉さんかな?」
「間違いないと思う」
能力の研究をしているということは知っているが、その詳細については知らない。ただ、あの二人が変わり者だという事を慧はよく知っている。
それでもまだまともな部類と言うのであれば、国防軍には一体全体どんなマッドサイエンティストが生息しているのだろうと、想像して頰を引きつらせた。
「じゃあ大丈夫だね。あの二人は常に研究所に寝泊まりしてたんだから」
「どういう意味なんだ?」
二人が帰宅するのは月に一度あるかないか。妹がいるが妹も帰りが遅い事が多く、大体の家事は慧の仕事だ。親は稼いだお金を全額口座に入れるだけ。
金に執着は無いのだろう。ほとんど二人が引き出すことはなく、銀行にはかなりのお金が預けられている。
「他にご家族は?」
「妹が、一人いる」
能力者。それも優秀だと慧は聞いている。
「どうしても帰りたいなら帰っても良いんだけど今はもう午前二時なのよ。最近の夜は物騒だから」
慧は、物騒にしているのはお前たちじゃないのか、という言葉を呑み込むと虚空を仰ぐ。
「今夜は帰さないよ、慧」
ぺしぺしとベッドの空いているスペースを叩き始める鈴。
反応出来ずにいる慧を見て朝国がため息を吐く。
「ボス、高塒くんをからかうのも程々にね。それなりに困ってるみたいだから」
どこか掴みどころのない人間だ、と慧が鈴を評しているとくすくすと笑い始めた。
「別に帰しても良いんだけどね。流石に放り出すのも気が引けるってもんだよ。だからリスタ……乃彩の家にでも送ろうと思うんだ」
「それって……良いのか?」
「仕方ないわね。どうせ暫く同じ任務に就くことになると思うし」
「なにをするんだ?」
当然仕事のようなものはあるのだろうと考えていた。乃彩の仕事は自分のような存在を見つけることだろうかと慧はあたりをつける。
「学校の能力者をこちら側に引き込むことと、要注意人物を消すこと。主にはこの二つね」
「と言っても俺たちの学校の能力者なんて高がしれてるだろ?」
要注意人物。おそらく強力な能力を保持する人間のことを言っているのだろうが、そんな人物がいるはずが無いと慧は考える。
どんな能力でも発現したら能力者養成学校へと転入することになっているからだ。だから一年に一度ある能力診断で、無能力者か引っかからない程度の極めて弱い能力の持ち主しか慧の学校にはいないはずなのだ。
「中にはいるわよ、見込み違いでなければだけど」
その言葉を聞いて慧の中で矛盾が生じた。乃彩は紛れ込んでいる。どのくらい強いのかはわからないが、多分昨日、鈴が殺した三人よりは強いというのが慧の見立てであった。
「そうそう。ひとつだけボクからアドバイスだ。殺す時は躊躇わないことだよ。殺しは良くないことだけど、目的達成にはやるしかない時もある」
ちゃらけた雰囲気の鈴がいきなり真顔になったかと思えば、そんなことを言った。殺しは良くない。その言葉に慧はわずかに驚いた。
「……わかってる」
「私達は正義のヒーローじゃないわ。寧ろ逆ね、偶に慈善活動もするけれどそれだけ。碌でなしには変わりない。嫌になったらすぐに言いなさい」
「ま、そうなっても殺しはしないよ。うちは人手不足なんだ。当然後方支援も足りてないんだよ」
慧が不安に思っていると感じたのか鈴がフォローをする。ただ、反応し辛いのか固まっている慧を見かねた乃彩が溜息を吐く。
「嫌になったら言いなさい。死にたいと思うようになったら私が殺してあげるわ」
冷酷な物言いに慧の背筋に悪寒が走る。いきなり景色が変わった。高級ホテルの一室のような場所へと慧たちは移動している。
「さて、じゃあボクは帰ることにするよ。アンノウンに入る以上仕事はして貰う。まぁ順を追って連絡するよ。それじゃあね」
言うだけ言って、次の瞬間には既にリンはいなかった。空間に干渉、最早支配しているかのようにすら感じる。敵対は無理そうだと、慧は内心で溜息をつく。
「……さて、貴方にも明日から手伝って貰うけれど聞きたいことがあるわ」
「何を?」
「暴走時の記憶はあるかしら?」
そう言われると、暗闇の中、時計の針音がやけにはっきり聞こえた気がする。傷が逆再生するかのように元に戻り、その後時が限りなくゆっくりになった。
「ぼんやりと、思い出した気は……する」
「自分の能力と媒介は何かわかる?」
そう言われて慧は何時からか首にかかっている時計を見た。
「多分、これだ。能力は時への干渉、だと思う」
「そうね、間違いないと思うわ。貴方の能力媒介はその時計よ」
いつの間にか身につけていた時計。風防には幾つものヒビが入っているが、針はいつも通りに時を刻んでいる。
「朝国は、何なんだ?」
能力媒介は人それぞれであり、だいたいが自分の能力に関わりがあるのだが、中にはそうでない場合もないことはない。
「眼と右手ね」
慧を見ながら朝国はパチパチとまばたきをしてみせる。
「物じゃ、ないんだな」
「寧ろ貴方やボスの方が珍しいと思うけどね」
「それで、俺は戦うのか?」
そう、そのことだけが慧にとっての心配ごとであった。武器も能力も持ったことのない一般人。言っては見たものの戦えるなどどは慧自身思っていない。
「まさか。暫く戦闘には参加させないわ。貴方が戦えない間は私に守られてなさい」
その言葉に少しだけほっとする。
「大体甘いわよ。時間に干渉するだなんてあり得ない能力を簡単に使える訳ないじゃない」
「俺より鈴の方があり得なくないか……」
とはいえ乃彩の言うこともごもっともである。能力と言っても漠然としていて使い方すら慧にはわからない。
「あの人の能力も確かに規格外だけれど、ボスは能力を使いこなしてる。今の貴方を戦わせる理由にはならない」
「……そうだな。じゃあ明日以降何をすれば良いんだ俺は」
仕事と言われても正直なところ何をすれば良いのかが慧にはわからない。能力者かそうでないかなど判断はつかないのだ。
「そうね、私と親しくなった様に見せかけなさい。いきなりずっと行動していると目立つわ。私ほどでは無いにせよ貴方もそれなりなのだから。徐々に親密になっていくようにしていきましょう」
「はいはい、ありがとうございます。ではそのようにさせていただきますよ」
「含みのある言い方ね。まぁいいわ、付いてきなさい」
部屋から出た慧は無言のまま乃彩の後ろを歩いていて気づいたことだが、この家は途方もなく大きな家だ。目的地にたどり着くために五分ほどは歩いただろう。そうして目的地の前と思しき扉の前に着いた慧は息を飲んだ。
「ここは……?!」
地下一階に在るその部屋は無骨で冷たさを感じるような分厚い鉄で蓋がされている。
扉の脇についているコントロールパネルを乃彩が操作すると、ズズズッと低い音を立てて扉が開く。
「武器庫ね。私の、正確には育ての親が持っていた会社は武器の製造もしているの。一応経営者だからそれを手に入れるのは簡単なことなのよ」
世界革命以降、武器は大幅に流通することとなった。それは時折現れる異形種と呼ばれる存在のせいである。銃刀法違反なんてものはとうの昔に無くなってしまった。
とはいえ武器の製造をしている会社というものは多くない。
「ご両親は?」
「私の母が私を朝国詩乃に預けた、つまり養子ね。本当の両親は知らないわ。まだどこかで生きてるんじゃないかしら」
朝国は気にしていなさそうだが、慧は失敗したか、と息を飲む。
「朝国詩乃……今行方不明だっていうPBCの社長か?」
慧はその名前に聞き覚えがあった。Patriot blade company……通称PBC。国内でも三つの指に入るのではという大きな会社だ。武器製造から新薬開発などなど手広くやっているらしい。
「そう、実際は死んでるわ。もう二年も前よ、殲滅包囲網作戦は知ってるわね」
「あぁ、知ってる」
国防軍が大規模な討伐軍を編成し、極秘裏にアンノウンを襲撃したという話だ。その根底にはアンノウン構成員の裏切りという事実があった。
「私達、アンノウンのメンバーを逃がすために死んだ。いえ、本人には死ぬ気は無かったのでしょうけど結果的に物量で押し切られたみたい」
「随分と人ごとなんだな」
「私は生きてる。ここで立ち止まっていてもあの人は喜ばない。……そんな人だから悲しむより進むしかない」
一瞬だけ、ほんの僅かな間だけ、乃彩の瞳に寂寥の色が浮かんだ。それを隠すように慧から目を背ける。
「そうか」
中に入り、電気をつけると、二人の前に無数の武器が広がる。
「……早く武器を選びなさい。ナイフでも、銃でも手榴弾でも好きな物を選ぶことね」
「わかった。じゃあ……」
慧は拳銃を手に取ると、一際存在感を放っている大きな鎌が目に入った。それを見た瞬間、時計が大きく反応したように感じた。
「大鎌は扱い辛いわよ。良いの?」
慧は拳銃を床に置き、大鎌を近づいて手に取ろうとする。乃彩の忠告はもっともだと思うのだが、慧はその大鎌に抗い難い魅力を感じていた。
「わからない。けど、多分これが合ってる」
「ふーん、ボスみたいなことを言うのね。好きにしたら良いわ。……ちょっと見せて頂戴」
「うん、大丈夫ね。多分詩乃の趣味だわ。ちゃんとした素材で作られている……高塒くん、それを持って能力を少しで良いから使いなさい。そして小さくなるイメージをすること。できるわね?」
じっくりと眺めて納得したのか、一度頷くと乃彩は大鎌を慧へと返す。
「やってみる」
「能力波長に反応する特殊な金属で作られているのよ。同じように先ほどの形に展開するイメージをすると戻るはずよ」
小さな10センチ程の棒になった大鎌を呆然と眺めていると、乃彩が簡単に説明をする。
「これは、便利だな」
「そうね。気に入ったなら良かった。じゃあ此処には用は無いわね」
「そうだな」
部屋から出ると、再び慧達は歩き出す。次に立ち止まった部屋は先ほどいた部屋とは違った。
客間、というのだろう。清潔感のある和室に案内された慧は大鎌を床へ置いた。
「高塒くん。今日はお疲れ様、色々と大変だろうけどこれからよろしくお願いね」
「こちらこそよろしく頼むよ」
「あぁ、部屋の中のものは自由に使ってくれて構わないわ。それじゃ、おやすみなさい」
そうして乃彩がいなくなった後、慧は部屋に備え付けられたシャワー室でシャワーを浴びると手早く布団に潜り込む。長かった一日を振り返る間もなく、慧は微睡みに身を委ねた。




