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槍を防いで尚、氷の壁は慧たちの前にあった。
一瞬の攻防。乃彩から困惑が慧へと伝わる。きっとそれは異形種が使っていた能力のことだろうと慧は推測する。
「話は後だ。まずこいつらをどうにかしよう」
「……ええ、そうね」
防がれたことは意外でもないのか、敷根は一気に飛び出すと、慧へ能力で創り出した剣で斬りかかる。
「便利だな、それ」
それを捌きながら、ふと思ったことを呟くとギリっという音が慧の耳に届く。
「撤退だ、才藤くん。援軍を頼む」
「ッ! 中隊長は?」
「誰かは足止めしなければならない。これは命令だ、さぁ早く!」
地面が隆起し杭の形を成す。そして慧を貫くべく勢いよく四方から伸びる。慧は軽く空中に飛び跳ねると、能力を行使する。瞬く間に地面を氷が覆い、杭はその中で閉じ込められる。
『マスター。あまり浮気はダメですよ』
『悪いな、クロノ。でもこれ便利じゃないか?』
『それは認めます。でもそんなことばかり言ってると、知りませんからね』
迫り来る剣を躱すと大鎌の柄を突き出す。いとも容易くそれは胸に吸い込まれると、直後ボキリと鈍い音を立てた。
「ごッ!?」
「中隊長ッ!」
そして続け様に銃声が二回、轟いた。しかし、乃彩の放った弾丸は既のところで現れた石の壁に弾かれる。飛び退いた敷根の横に才藤が並ぶ。
「いいや、まだだ。それより君は早く!」
「私も、私も戦いますッ!」
最低でもどちらか一人。可能であれば両方捕らえる方が望ましい。慧は大鎌を握りこむと、走り出す。
敷根は能力の使用こそ可能だが、激しい動きは恐らくできない。先ほどの一撃は間違いなく肋骨を破壊した。
狙うべくは才藤。接近すると同時にその足を刈るように慧は大鎌を振るう。だが、大鎌は上から放たれた何かに弾かれ、地面を削る。
「ッ!?」
予期していなかった方向からの妨害。慧はすぐさま飛び退くと、攻撃の方向、上空を見上げた。再度行われる投擲。尋常ではない速度で飛来するそれが鉄球だと気づいた慧は弾くことは不可能と判断し、大人しく後方に跳躍する。
「無理は良くないと思うぜ」
どこか聞き覚えのある声。
そして空中に停止している男と目が合い、息を呑んだ。
そこにいたのは慧が良く知る人物。そのはずだった。
「貴方は、一体?」
「安心しな。所属は明かせないが、軍人だ」
「なぜ、ここに?」
「別件さ。要注意人物の監視、といえばあんたらはわかるだろ?」
甘粕宏人。
普段と雰囲気こそ違うが、目の前にいる人間は紛れもなくその人物だった。
ゆっくりと地面に降り立つと、宏人は才藤と敷根を庇うようにその前に立つ。
「リスタ。どうする?」
「どうもこうもないわ。私たち二人で処理する。フェイもこちらの状況は把握しているはずだし問題はないわ」
つまり、まとめて相手をするということ。宏人の能力はまだ不明。できることなら手負いの敷根か、戦闘が得意ではなさそうな才藤。どちらかは二人を相手しないといけない状況。
「リスタ、そっちで女を処理してくれ。あとはこちらで引き受ける」
「させるはず、ないだろ?」
宏人が持ち上げた手を振り下ろす。
「重圧領域」
突如として全身に強大な圧力が降りかかる。みしりと全身が軋む。この負荷を無視して行動することは慧にはできない。動くことは可能なものの、このままでは処理しきれなくなる時の方が早い。
リスタが動き出していることから、ほとんどの能力が自身にかかっていると慧は予想する。
『範囲はどうなっている? まさかここら一帯ってことはないだろ?』
『正確には把握できていません。ただ、この規模の能力ならば精々三メートルほどでしょう。しかし、幾つかの懸念事項を抱えている以上、出し惜しみは良くないかもしれませんね』
『一旦、領域から抜け出す!』
「能力解放、刻時壊敗」
咆哮。慧は身体の悲鳴の全てを無視し、重圧領域から脱出する。
「狂針時計」
「チッ、重圧領域!」
限りなく時が遅く進む世界で慧は空間が歪む瞬間を捉える。そして重圧領域を躱すと、宏人へと切迫する。
大鎌を振りかぶった瞬間、普段の宏人の姿が脳裏を過る。
「クッ!」
振り抜いた大鎌は脇腹を抉る。しかし、一瞬の迷いで致命傷を与えることができた機会を逃したことは間違いなく。
「退いてなさいユール。後は私が、片付けるッ!」
それを察してかリスタが腰に銃を構えて突撃する。慧は、歯を食い縛ると、叫ぶ。
「こいつは俺がやる。リスタは二人をッ!」
距離を取ろうとした宏人の足を目掛けていつかの異形種の様に凍りつかせるべく能力を使用する。
靴が地面に縫い付けられていることを悟った宏人は靴を脱ぎ捨てると、上空に落下した。
リスタは舌打ちすると、標的を才藤と敷根に絞り、銃弾をばら撒いた。走りながらだというのに、それらは正確無比に急所へと吸い込まれていく。
「まだだ、こんなところで倒れるわけにはいかない」
蒼白の顔が処理限界の近さを物語る。だが、それでも敷根は銃弾を防ぐべく能力を行使し続ける。
「限界が近いか……」
「お前の相手は俺だろう!」
氷の槍を創り出すと、慧は宏人へと投擲する。宏人はそれを躱すとお返しとばかりに両手に握った鉄球を慧へと放つ。まともに食うことはできない。
慧は方向を変え、壁に向かって走る。空中に飛び上がれば敵の能力で地面に叩きつけられる。それを回避する手段は慧には一つしかない。
「時針停止!」
全てが停止する。頭痛が慧を襲い、これ以上の能力行使ができないことを強制的に理解させられる。
壁を蹴る。大鎌を握る力が強くなる。
甘粕宏人。
友人とも呼べる存在。そのはずだ。
だが、ここで逃がすわけにはいかない。殺す必要はないかもしれない。しかし、この千載一遇の機会を逃せばこちらがやられかねない。
歯がギシリと音を鳴らす。
後、少し。もう少しで大鎌の射程に入る。体重を乗せた大鎌が振り下ろされようとした瞬間。
慧は確かにその言葉を聞いた。
「それをされるのは困る」
動揺。時が動き出す。
失敗したという事実の前に、重圧が周囲を包み込んだ。それは敷根や宏人も同様であり、誰も彼もが行動を止める。
着地と同時に慧は振り返る。
『バカなッ! 私の領域がこんな一瞬で破られた!?』
クロノの悲鳴にも似た叫びが慧へと伝わる。
「双方、引け。ここで潰し合うのは私の本意では無い」
白色無地の仮面。背は高く、細身。無感情な瞳からは敵意や害意は感じられない。その仮面の奥から発せられた声は先ほどの声と全く同じものだった。
「リスタ。あいつ……」
「わかっているわ。最大限の警戒をしなさい」
敷根と才藤はもはや戦う意思が挫かれたのか、呆然とその姿を見ている。宏人はその姿を睨みつけながら問いかける
「お前は、何者だ?」
「ノーフェイス。その代表、のようなものだ。今回の衝突は私が仕組んだものとなる。聞きたいことはこのくらいか?」
「あなたの目的は?」
リスタが口を開く。リスタを男の目が捉える。
「計画に必要な能力者の選定。本当に私が望む能力を有しているか知るため」
二人で話し合って一向に結論の出なかった答え。だが、それがどういった内容なのかがさっぱり読めない。
「これ以上、話すことはない。待つのもこれまでだ。抵抗するなら、仕方ない。その時は、消す」
重圧が増大する。これ以上ここに残ることは危険。
慧はそう判断した。リスタと視線を交わすと、慧は大鎌を構えたまま距離を取る。
「退くわよ」
「あぁ」
国防軍とノーフェイス。どちらの追っ手も来ないことを確認して、慧たちは一気に園外へと撤退するのだった。




