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時の掌握者  作者: 夢我霧中
三章
37/39

10

 ガコンという音が鳴る。慧は自動販売機からお茶を取り出すと、キャップを捻り喉を潤す。


「連絡は来ないのか?」

「まだね。もし取引が行われていても気づかない可能性だってあるわ。向こうも人混みに紛れられるからこそ、ここを選んだのだろうし」

「そうだな。じゃあちょっと早いけど昼食にするか」


 そう、慧が提案したその時だった。乃彩の携帯が震える。差出人は監視の一人だろう。


「どうなってる?」

「現在、交戦中……らしいわ」

「状況は?」


 一体何がどうなっているのか理解できない。慧は乃彩から転送されたメールに目を通す。

 どうやら監視がバレて襲撃を受けたらしい。取引自体は既に終わっており、そちらにはフェイの分身が向かっているとのこと。


 そして続けてメールが届く。差出人はフェイであり、簡潔に近くのトイレが指定されている。


「できる限り急ぐわよ」


 ここで走り出してはこちらを監視している相手に不信感を抱かせることになりかねない。楽しそうに談笑を続けながら慧たちはトイレへと向かう。


 指定された奥から二番目の個室に入ると、スーツケースが置かれており、中には黒の無地のスーツが入っている。スーツに着替え、荷物を全てスーツケースに詰め込むとフェイの指示を待つ。


 そして数分と経たない内に、


『入れ替わった、任務開始。スーツケースは別の人間が回収するため放置』


 という短い文章が届いた。それを確認すると、慧は扉を開き、誰もいないことを確認してトイレの外へ出る。同時に現れたリスタと合流し、はぐれないように、しかし高速で人混みをすり抜けるようにして移動する。


 慧たちに気づいた通行人から悲鳴が上がるのと同時に、避難指示が園内に放送される。


「まずいな」

「ええ、そうね」


 わらわらとパニックに陥った人々が逃げ出そうと必死に慧たちの方へと向かってくる。


「あっ」


 転んだ男の子が後ろから押し寄せる人に踏み潰されそうになっているのを慧は抱きかかえると、比較的人の少ないところに下ろす。


「あの、ありがとう」

「慌てず落ち着いて、気をつけて逃げろ」


 親らしき人物が慌ててこちらへと向かうことを確認すると、すぐさまその場を立ち去る。

 乃彩はどうやら待ってくれていたようだが、あまり良い感情は抱いていないようだ。


「随分と優しいのね」

「慈善活動だ。時間をかけたことは、すまない」

「良いんじゃないかしら。見捨てようとした私より貴方の方が余程立派よ」


 だが、それは自らに向けられているようであり、そのことに少しだけ驚く。だが、今は気にしている場合ではないと、慧は思考を振り払い、リスタの背中を追う。


 未だ人々は混乱に陥ったままだが、通り抜けられないほどではなくなっていた。


 まだ到着しないのか。


 慧の噛み締められた奥歯からギリっという音が鳴るのと、鉄のような匂いが鼻を刺激したのはほぼほぼ同時であった。


 どうやら民間人も巻き込まれたようで、あたりには物言わぬ骸が幾つも転がっていた。敵と思しき人物は、慧たちを見ると、舌打ちすると同時に、銃を向けてくる。

 慧は加速すると、大鎌を展開し、近くにいた敵の一人に振り下ろす。何の抵抗もなく首が転がり、どこからか悲鳴があがる。


 初めての殺人。多少の嫌悪感はあるものの、慧が抱いたのはそれだけだった。


 辺りを見渡す。残っている敵は二人。銃弾を大鎌で弾くと慧は小さく舌打ちする。


「国防軍は何をやっているんだ」

砂縛(バインド)


 慧がそう言った瞬間、どこからか現れた砂が頭部以外の敵の全身を覆う。何が起こったか、理解できなかったのか、男はパクパクと口を上下させた後、慧の背後を見つめていた。


「到着が遅れた結果こうなってしまったとはいえ、まさかアンノウンにそんなことを言われるとは思わなかったよ」


 現れたのは予想した通り、敷根と才藤であり、慧はアンノウンの構成員と思われる生存者に逃げるよう合図を送る。


 現場にいたのは五人。敵と思しき人物は残り一人。こちらに抵抗するかと思いきや、一目散に駆け出していく。しかし、どこからか現れた砂の手に足首を捕まれ転倒する。

 そして瞬く間に先ほどの男のように拘束されるのだった。


 こちらの構成員を追おうとした才藤の前に、乃彩が立ち塞る。

 彼らが逃げ切ったことを確認して、慧は敷根の方を向いて武器を構えた。


「貴方たちはこんなところにいて良いのかしら。取引していた連中は逃げたみたいよ」

「そちらも気にはなります。が、急遽別の人員を送りましたので貴方達が気にすることではありません」

「一つだけ聞こう。君たちの今回の目的は? アンノウンはなぜここに現れたんだ?」


 慧はリスタを横目で見る。答えるつもりはなさそうだが、答えても答えなくてもどちらでも良い、ということらしい。


「慈善活動だよ。アンノウンは社会貢献できる団体なんだ」

「ふざけるなッ!」

「そう怒るな。今回の取引が気に食わないのは事実だ。軍とやりあうつもりは微塵もない。寧ろあんた達こそどうしてここにいる? どこからこの情報を入手した」


 慧は努めて冷静に切り返す。敷根の顔が歪む。


「リーク元はどこの誰だ。なぜそいつを信用した。そいつはなぜ今回の件を知っていたんだ」

「……お前達に教えることなどない」

「中隊長。今は一刻を争う事態です」

「そうだな。安心すると良い、私たちの事情聴取は丁寧なことで有名なんだ」


 敷根の手に鋭利な槍が現れる。慧は敷根の能力が土に関することだと確信する。そしてリスタが銃を握ったのを見て、指輪を展開する。


 銀色の大鎌が戦闘態勢に入ると同時に強い冷気を放つ。先ほどまでとは違った感覚。異形種が使っていた能力を武器を通して使用できることを理解する。

 狂針時計(オーバークロック)を使用し、時を引き伸ばし、慧はクロノに声をかけた。


『クロノ。この大鎌はあの能力を使えるということか?』

『昨日今日と随分と楽しそうですね、マスター』


 乃彩とネズミーランドへといく事が決まってからクロノの機嫌は悪く、昨日に至っては一切話しかけてこなかったため予想はできていたが、かなり拗ねているらしい。


『今はそんなこと言っている場合か』

『今朝なんて……はぁ』


 てっきり眠っていると思っていたが、朝の件の時にはクロノは目を覚ましていたらしい。少しバツが悪そうに慧は顔を顰めると、心の中でクロノに謝罪する。


『悪かったよ。で、どうなんだ?』

『貸し一つです。使えると思いますよ、あの異形種には及ぶべくもありませんが。言っておきますが、その能力を処理するのはマスター自身です。私は一切関与できません。使用する場合はよく考えて使うべきかと』


 槍が慧と乃彩に目掛けて飛来したのはクロノがそう言うと同時で。

 それは次の瞬間、二人の前に現れた氷の壁に衝突し、轟音を響かせるのだった。



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