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時の掌握者  作者: 夢我霧中
三章
31/39

04

 慧は舌打ちする。現在恵令奈は周囲を気にして充分な能力行使ができない状況にある。


 既に狂針時計(オーバークロック)は使用中。おかげで度々投擲されるナイフが慧の姿を捉えることはない。

 慧を苛つかせているのは未だ確認できない敵影と、この状況を打開できない自分自身だった。


『止めますか?』

『いや、やめよう。範囲外なら無駄になる』


 慧の時針停止(ストップクロック)の限界範囲は、慧を中心とする50mといった所。確かに敵は範囲内に存在するだろうが、姿が確認できていない以上どうしても止めなければならない時間が長くなる。

 一対一が確定しているのであればそれでも構わないが、伏兵がいた場合消耗した状態で戦闘を行うのは避けたい事態だった。


「恵令奈、どうする?」

「どうするもこうするも、敵を倒さないことにはどうにもならないよッ!」


 銃声が轟く。慧達の前に氷の壁が現出する。その前の空間に漂う水で大幅に速度を減衰させた後、弾丸は氷の壁で受け止められる。

 氷の壁が消滅し、めり込んでいた弾丸がカラカラと音を立てて地面へ転がった。


「防戦一方か。だが、今の攻撃で大体の位置は把握した」


 銃弾の軌道。銃声からこちらへ到達するまでの誤差。慧は一瞬で敵の位置を割り出す。

 慧の表情が歓喜で歪む。恵令奈が心配そうに慧の方を見る。


「お兄ちゃん?」

「作戦は慎重に、けれども大胆にだ」

「バカなの?」


 恵令奈は目を細める。だが慧の目には映らない。今の慧には敵がいると思われる建物しか目に入ってなかった。


「バカで結構。フォローは頼んだぞ」


 おそらく誘い込むための罠。だが、罠と知りつつも慧は駆け出す。追加で銃弾がばら撒かれる。その一発が慧の頰を掠める。

 そんなことはどうでもいいとばかりに慧は更に速度を上げる。


「ちょ、お兄ちゃんッ!?」


 恵令奈が慧の速度に付いてこれず、後から追う形になる。


 露払いくらいはしておくべきか。

 慧は加速する時の中で、自身に向かう弾丸を大鎌で弾き飛ばす。射手の動揺が慧に伝わる。


 ローブで全身を隠した、あからさまに怪しい敵影を複数発見。手には一律に同じ銃が握られており、先ほどの銃撃は目の前の人間の手によるものであることを確信する。


 では、ナイフの投擲は?


「くっ!?」


 横から時を味方につけた慧と同程度、もしくは更に速い速度で動く影。ナイフが突き出される。慧は身を捩り、どうにか初撃を回避することに成功する。

 だが、引き戻されたナイフは再度慧へと牙を剥く。


 時が更に遅くなる。

 今の攻防で慧はわかったことがある。自身より敵は明らかに速い。それは確かに脅威だが、それだけだ。

 急所だけは受けるわけにはいかない。慧は刹那、身体を捻る。


 脇腹に深々とナイフが突き立つ。


「じゃあな」


 笑う、嗤う、嘲笑う。


 慧の左手は、ナイフを突き出した右手を掴んでいた。

 右足を振り上げる。ふり抜かれた足はやや華奢といえる敵の身体を上空へと浮かせる。

 口から零れた血が慧の服を赤く染めた。慧は落ちてくる敵を、大鎌の柄で思い切り殴打する。

 鈍い音と共に吹き飛ぶ。二転三転しつつ、ナイフ使いは倉庫のような建物へ衝突した。

 とっくに意識はないようで、ぐったりと地面へ身体を横たえる。


 慧は暗紅色の髪をした、仮面を被った人物へと視線を送る。

 ベイルが戦闘を見ていることにはすぐに気づいた。

 体良く使われたような気がしなくもないが、この集団はベイルとの相性は最悪と言っていいだろう。


 ベイルは口角を吊り上げると、慧が昏睡させたナイフ使いを小脇に抱える。慧は銃を持っている集団を指差すと、ベイルは首を横に振った。


 いらない、ということだろう。


 ようやく恵令奈が慧へと追いつく。ベイルは路地の闇へと姿を消した後で、恵令奈にベイルとの関係を気取られることはない。


「はぁ、はぁ……お兄ちゃん速すぎ。で、こいつらが攻撃を仕掛けてきた相手?」

「そうだな。見たところこの中には能力者はいない、手早く片付けるぞ」


 針動反転(リワインド)。ピシリと時計が音を立てて反時計回りに針が動き出す。

 数秒と経たないうちに、傷と服が何事もなかったように元に戻る。


 至近距離。呆然としていた敵が、我に返ったのか今度は出鱈目に銃を振り回す。

 ダダダダダッ、と絶え間なく襲い来る銃弾に、慧は面倒だなと内心で溜息を吐く。


 だがそれらが慧達を傷つけることはなかった。


「銃は気にしなくて良いよ、お兄ちゃん。でもその間私は攻撃できないから、制圧お願い」


 あからさまに敵が動揺する。慧と恵令奈が水の膜のようなもので覆われる。弾丸はそれに触れると、その動きを停止する。


時針停止ストップクロック


 全てが止まる。

 力加減などはわからない。だが、手心を加えた結果危険な目に遭うのなどは馬鹿馬鹿しい。

 とはいえ、恵令奈の前で人を殺すというのは抵抗があった。


 そも、俺に人が殺せるのか。

 堂々巡りとなりそうな思考を即座に止める。


 慧は目の前に並んだローブの人間達を、一人ずつ大鎌の柄で全力を以って殴った。


 時が動き出す。一斉に骨のひしゃげる生々しい音を立てながら、ローブの集団は倉庫に打ち付けられる。

 一人だけ意識を保っていたようで、ノロノロと立ち上がろうとする。慧は立ち上がる前に頭を蹴りつけた。

 ローブのフードが取れる。まだ若い男のようで、だらだらと打った箇所から血が流れ出した。


「や、やりすぎじゃない、お兄ちゃん?」

「ん、そうか? とりあえずこれで全員っぽいから警察なり何なりに連絡してくれるか? 俺より恵令奈が連絡した方が早く帰れそうだしな」


 全く気にした様子のない慧は、ローブの集団を一瞥するとそう言った。

 どう考えても何かしらの目的があったのは確かだが、相手の思考が全く読めない。

 慧と恵令奈を相手取るには弱過ぎ、一般人を想定したとすればやり過ぎだ。情報が不足している今、まともな結論など出るはずもない。

 結局はベイルが連れて行ったナイフ使いから何らかの情報が得られることを期待するのみだ。


 何かが気に入らなかったのか、ムッとする恵令奈を横目に慧は思考を中断する。


「もう、そんなことばっかり考えてるんだから」

「で、特軍へ連絡するのか?」

「そうだよ、警察に連絡しても結局こういうのは特軍が出て来るからね」


 本来であるならばこのようなものは警察の仕事だったらしい。世界革命前は。

 相変わらず、仕事の範囲が広い特殊作戦軍の活動に慧は苦笑いする。


「もしもし、お疲れ様です。非番の高塒恵令奈です。はい、ちょっと襲撃に遭いまして。え? あぁはい鎮圧済みです。えっと、兄と共闘しました。……いえ軍関係者ではありません」


 軽く事情を聞かれているらしい横で、慧は携帯を開く。ベイルから連絡が入っており、こちらも無事にアンノウンのアジトへと先ほどのナイフ使いを搬送したとメッセージが来ていた。


 どうやら慧がやり過ぎたらしく、意識が戻りそうにないので、尋問は明日もしくは明後日となるらしい。

 出来れば来て欲しいとのことらしく、慧は夜なら構わないと書き込んだ。


「はい……はい、わかりました。では後ほど、よろしくお願いします」


 恵令奈が通話を切ると、チラリと慧の方を見る。どうやら暫くすると特軍の関係者がここに来るらしい。


 今日は遅くなりそうだ、と。ぼーっとしながら慧はそんなことを考えていた。


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