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時の掌握者  作者: 夢我霧中
第一章
3/39

02

 ドサッという音と共に慧が崩れ落ちた。存在抹消(デリート)で抉られるように無くなった部分を埋めようとするかのように血が溢れ出る。


「ちょっとボス!?」

「……ひょっとして保護するつもりだった?」


 乃彩の僅かに怒気を孕んだ声に鈴は苦笑する。


「……ダメね、どうしようもない」


 乃彩が慧に触れた瞬間、ピシッという音と共に、慧の胸に風防に罅が入った時計が現れる。

 首にかかっているチェーンがじゃらりと音を立て、その瞬間、傷口から溢れ出る出血がピタリと止まった。


「離れてッ!」


 絶大なプレッシャーが撒き散らされる。

 時計の針が大きな音を立てた。針は反対に動き始め、それと同時に傷口がまるで巻き戻したように塞がっていく。

 何もなかったかのように傷が無くなると、慧はゆっくりと立ち上がった。


「まさか……」


 横にいる乃彩には目もくれずにただ鈴だけを見つめる慧。

 次の瞬間、慧が消え、鈴の目の前に現れたかと同時に鈴は後方に吹き飛んだ。


 慧の動きを目で捉えることは乃彩には出来ていない。それは鈴についても同様で、空中に浮いた瞬間に殴られたという事実に気づく。

 二転三転しつつ体勢を整えた鈴だが、背後から容赦のない蹴りが鈴を襲った。

 鈍い音と共に地面へと叩きつけられる。立ち上がった鈴は慧の背後へ転移し、手を突き出すが、届いたと思った途端に慧の姿が消え去り、虚しく宙を穿つ。


 一撃さえ、加えられれば。そんな考えが脳裏に浮かんだ瞬間、鈴の腹部に強烈な一撃が叩き込まれる。


「かはッ!?」


 血を吐きながら鈴は立ち上がる。右の袖で口許を拭うと、鈴の様子を窺う慧に溜息を吐いた。


「……気乗りしないけど仕方ない」


 やれやれといった感じで首を横に振ると、鈴は左手を前へ突き出した。


理想展開(イデアルエリア)、モデル監獄(プリズン)。強制鎮圧エリアだ、大人しくすると良いよ」


 その言葉に反応し、それまでの闘技場の風景が徐々に霞んでいったかと思えば、次の瞬間には無機質な牢獄へと周囲が変化する。


「ぅぉああアアッ!」


 乃彩が違和感を感じている中、慧を操る何かは状況が(まず)いと判断したのか、雄叫びを上げながら鈴の首へと手刀を繰り出す。

 だが、不可避の攻撃ではないそれは、鈴からすれば隙が多すぎた。鈴は慧の腕を掴むと背に乗せ投げる。慧が暴れる前に床に組み伏せると、小さな身体で抑えつける。

 慧は鈴を葬らんとばかりに尚ももがいていたが、やがて操り人形の糸が切れたように動かなくなる。


「身体が、気持ち悪い」

「そりゃあね、能力が使えなくなる制約ルール付きの空間なんだから」


 本当かどうか乃彩は試そうとすると、辛うじて使えるもののほとんど制御が出来ず、慌てて能力を解除する。


「ボスはよく空間の維持ができるわね」

「うーん、正直言ってかなり辛いね。ボクの能力だから少しは融通効くけどオーバーワークで頭も痛いし吐き気もする。この子が止まってくれて良かったよ」


 鈴の奥の手の一つ。だが、万全の状態なら兎も角、今の鈴としては使いたくなかった一つだ。

 ヘラヘラと笑っているものの、顔が青白い。余力はほとんど残っておらず、鈴の言葉に嘘はなかった。


「そうだ。死んでないよね、良かった」


 そして乃彩が慧へと駆け寄って心臓の位置に手を当てる。規則正しく脈を打っており、少しだけほっとする乃彩。


「というか保護するなら早めに言ってくれたらこんなことにならなかったのに」

「ボスが何も言わずに殺そうとするとは思わなかったのよ!」


 そもそも乃彩が人とあまり関わろうとしないことは鈴も知っているのだから、何か理由があると考えるだろうと乃彩は鷹をくくっていた。

 ペースを乱されっぱなしの乃彩はイライラしているからか声を荒げる。


「あーあー耳に響くって」


 乃彩に触発されて、鈴も不機嫌そうに乃彩を睨む。ただでさえ実力差があり、加えて向こうの有利なフィールドにいるという認識が乃彩を黙らせた。


「とりあえずさぁ、アジトのボクの部屋とこの空間を繋げるから後は頼むよ。連日連夜の仕事でボクもちょっとしんどい」


 しかし実際のところ鈴は限界だったらしく、そう言い切った後に意識を失い、周囲の監獄は崩れるように消え去った。

 代わりに映し出された背景は機能性の高いと言えば聞こえはいいが、言い換えれば酷く殺風景でほとんど何もない部屋だった。




 ーーーーーーーーーーーー


 窮屈だ。そう慧は思った。何かがギュウギュウと締め付ける。

 慧は重い瞼をこじ開け、目を開くとそこには手配書の人物の顔がすぐそこで映し出されていた。


「うぇえっ!?」


 意識が一気に覚醒する。逃げ出そうともがくも足まで絡められており拘束から抜け出せない。命の危険を感じた慧は先ほどの記憶を思い出し、動きを止める。


「目が覚めたのね高塒くん。気分はどうかしら」

「気分は最悪だよ、身体が重い。それよりどういう状況か教えてほしい」


 鈴の手に力が入る。控えめな胸に慧の手が押し当てられる。慧の心臓が高鳴る。


「その人抱き枕がないと眠れないらしいのよ。良いじゃない、男の子だし悪い気はしないでしょう」

「いや、そうじゃなくて」


 慧は殺されかけた相手でなければもっと良かったなどという思考を振り払う。


「わかってるわよ。あなた、もうちょっと面白い反応をしてくれても良いんじゃない」


「そんなことを言われても」


「まぁ良いわ、どこまで憶えてるかしら。そうね、うちのボスが貴方を処理しようとした事は?」


「……憶えてる」


 何の抵抗もなくぬるりと手が胸を貫く感覚を慧は思い出す。痛みなどないのに胸が締め付けられる。

 あの瞬間、慧は確実に死んだと思ったが、今、慧は間違いなく生きている。胸に手を当てると、なぜ生きてるのだろうかと疑問が浮かぶ。


「ボスが貴方を攻撃した直後、貴方の能力が暴走。自力で身体を修復しボスをぶん殴ったのよ」


 慧は唖然とする。あの能力者達を簡単に、そう簡単にあしらったこの空閑鈴を自分が殴った。それより、自力で傷を復元というのも信じがたい。何せ間違いなく心臓は破壊されていたのだから。


「信じられないって顔してるけど、貴方はもう無能力者じゃないわ。その後暴走している貴方をボスが無力化してそこに寝かせてたのよ」

「で、俺は……帰っていいのか?」


 そして慧はついに一番問題であると思われることを尋ねた。帰ることはできない、そう自分の中では結論が出かけている。


「あなた次第よ。あなたには三つの選択肢がある」

「アンノウンに入るか、死ぬかってことか?」


 後の一つは何だろう。裏方で支援するとかだろうか。そんなことを考えた慧を否定するような瞳が慧を見つめる。


「一つ抜けているわよ。私たちを殺すか倒すかして、国防軍へリークすればきっと向こうで面倒を見てくれるんじゃないかしら」

「なんでそんなことを自分から……」


 朝国は溜息を吐き、ジトッとした目で慧を睨む。


「少しは自分で考えなさい。それで、どうするの?」

「本当に、朝国なのか?」

「今更何を言っているのかしら。この私が他の誰かに見えますか?」


 そう聞いてしまうほど慧は目の前の少女が信じられなかった。品行方正、成績優秀、容姿端麗。絵に描いたような完璧な人間だと思っていた少女は反社会勢力の一員で、普段とは違う酷薄な表情をしている。


「は、ははっ。そうだよ、な。……あのさ」


「何?」


 まだ何かあるのかと、でも一応は聞いてやると。慧は言外にそんなことを言われている気がした。


「人を殺したり、するのか?」

「自分でさっき見たじゃない。戦闘員は殺人くらいは経験してるわ。もちろん私もね」


 微笑んで見せる乃彩だが、目は笑っていない。


「なんだよ、それ……」

「何も殺人が好きなわけじゃないわ。ボスだってそう、寧ろあの人は嫌いなんじゃないかしら」

「じゃあどうして」


 ここに来て乃彩は自嘲するかのように笑った。そして慧から目を逸らす。視線の先には空閑鈴の方を見ている。


「日本っていう国はね、能力者には不自由な国なのよ。それこそ特殊作戦軍なんか以外はね」

「それは……」

「でもそこに居場所がない者だっている。能力が発現しているのは世界革命から後に生まれた生物だけなのは知ってるわよね」


 乃彩は座っていた椅子から立ち上がると、ベッドへゆっくりと腰掛ける。慧からは背中しか見えず、その表情は読めない。


「何が言いたいんだ?」

「能力者に、レールから外れた私たちに居場所なんてない。もうここ以外にどこにも居場所がないのよ。貴方もきっとそうなると考えたから私は連れてきた」

「どういうことなんだ?」


 そう問いかけた慧に乃彩は一瞬口を噤む。


「……色々あるけど貴方の場合は能力の暴走よ。基本的に暴走を起こした人間は処理される。命の危険で貴方は結果的に暴走したけれど、きっと遠からず放っておいてもそうなったでしょうね。貴方のあの能力なら数十人くらいは簡単に殺すんじゃないかしら。例え国防軍だとしても。そうなったら一巻の終わりね」


 自身が能力を使用しているときの記憶はない。けれど能力者が危険であると言うことはよく知っていることであり、乃彩の言葉に思わず言葉を失う。


「……今までそうなった人間は、いたのか」

「何人もね。でも貴方は運が良いわよ、普通そうなったら生きていないからね」


 そんな話、聞いたことがない。そう言おうとした慧の顔を乃彩が見つめていた。


「能力者の暴動という形で放送されてるわ。基本的に暴走すると殺すしかないのよ。止まらないからね」

「じゃあ俺はどうして……」

「貴方を抱き枕にしてる人のおかげよ。私だけなら貴方を殺すしかなかったわ。ボスがいて良かったわね」


 本当のことを言っている確証はない。だが、嘘を吐いているとは思えない。


「それで、もういいかしら。貴方はどうするの?」


 先ほど乃彩は逃げられればと言ったが、自身がどんな能力が使えるかもわからない慧には不可能としか思えない。まして殺人なんて考えることすらできない。


 何より鈴から逃げきれる未来が一切見えない。


「……俺は、アンノウンに入ることにする」

「わかったわ。ボス、そろそろ起きて」


 乃彩は鈴に近づき揺さぶる。その際に慧も揺れるのだが精神衛生上大変よろしくないことになっている。


「もうちょっとだけ」


 呻き声が聞こえた後、鈴はそう言った。


「ダメよ。仕事があるでしょう」

「……仕方ない。で、何をしろって?」


 糸のような目を右手で擦りながら鈴は乃彩に尋ねる。


「ボスが抱き枕にしてる男の子。高塒くんがアンノウンの仲間入りをしたいそうよ」

「そんな些事で起こさないでよ。どうせそうなるしか選択肢はなかったんだから」

「いや、一応あったと言えばあったんだけれど」


 目を細めながら乃彩はボソボソと言う。ここで慧はようやく鈴と目があった。かなりの至近距離で。


「あー、高塒慧です。よろしくお願いします?」

「タメ口で良いよ、年齢も然程変わらないだろうしね。知っての通り空閑鈴だ。よろしく頼むぜ」


 ニコリと笑う鈴のことがこの時ばかりはケイには大量殺人犯に見えなかった。

 そして慧はずっと言いたかったことを言う決心をする。


「わかった。で、離してくれないか?」

「無理、あと二時間は寝るからさ」

「男を抱きしめて寝るのはどうかと思うんだが」


 ぎゅっと再度腕を絡める鈴に慧は文句の一つも言いたくなる。こちらは普通の男子高校生なのだ、刺激が強いことは控えてもらいたい。


「この間ボクの抱き枕が燃えちゃったんだから仕方ないじゃないか。それにベッドも一つしかない。君も体調は最悪だろうし、ボクも同じだ。なら二人で一つを使えば解決というわけだよ」


 そういう事じゃないと慧が口を開こうとすると、鈴はじとっとした目で慧を睨みつける。


「大体、僕にも過失はあるけれど君の能力も悪いんだ。身体の傷はもう治してもらってるみたいだけど、ボクの心の傷は治ってないよ。そのくらいのことには目を瞑ってもらわないと」


 言い分は到底理解も納得もできるものではないが、立場は明らかに鈴が上だ。


「はぁ……」


 無心になる。そのことだけに集中してきっかりニ時間、慧は耐え切った。





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