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時の掌握者  作者: 夢我霧中
二章
26/39

13

 慧達は爆発が起こると同時に、その場から脱出する。球形に抉られるように大地は姿を変え、周囲の木々は木っ端微塵に消し飛んだ。爆心地では土がけつき、大気が熱で揺らめく。一部はドロドロと液体のように流れ、尋常ではない熱気を放つ。


 リスタはその様子に、構えていた銃を下ろした。誰もが勝利を確信し、背を向けたその時。心臓を鷲掴みにされたような感覚が襲った。振り返り、異形種の姿を慧は探す。


「おい、嘘だろ……?」

「冗談だと言ってほしいところだな」


 慧の呟きにそう返すフェイだが、仮面の下の表情は強張っていた。リスタは銃を構え直すと、異形種がいたであろう場所に銃口を向けトリガーを引いた。


 無音。


 地面に当たったような音すら聞こえずに、不気味な雰囲気を醸し出す。依然として絶大なプレッシャーは健在で、何も起こらない状況が不安を掻き立てる。熱から逃げるために遠く離れた慧達だが、それが仇となり敵の姿が見えない。


「俺の分身を先行させる。問題ないな?」

「お願いするわ」


 いつのまにか現れたもう一人のフェイが、ゆっくりと異形種がいるであろう場所へと向かう。緊張が走る。徐々に高まる温度に、本体のフェイが息苦しそうに呼気を乱す。されど歩みを止めることはなく、ゆっくりとではあるがフェイの分身は異形種へと近づいていた。


「なんだ、こいつは……?」


 フェイの分身が見たのは一匹の幻想的な生物だった。爆心地の中心、ぽっかりと穴を開けた地面の上にそれはいた。体長は先ほどと比較すると明らかに小さくなっており、他の生物の特徴もなくなっていた。白銀の体毛に円模様や斑点が入り混じっている異形種は、姿こそ変わったが巨大だった異形種と同一個体であるとフェイは判断した。


 先ほどまでとは全くの別物。


 王者の風格とでもいうものを纏ったそれと、フェイは目があった。冷酷な瞳がフェイの分身を捉える。即座に理解した。否、理解させられた。この異形種が隔絶した存在であることを。


 こいつはやばい。


 フェイの顔が苦虫を噛み潰したように歪む。

 直感が叫ぶ、今すぐ逃げろと。そしてフェイは異変に気付いた。赤い大地が元の色を取り戻していく。急速に温度が下がっていき、雪がちらほらと舞い始めた。


 異形種が、重々しく一歩を踏み出した。

 その部分を起点に周囲が一瞬で凍りつく。下手をすれば斬りかかった時に武器ごと体を凍結させられるかもしれない。本体では試せない。フェイは分身の手元に一振の剣を複製する。フェイの分身は相打ち覚悟で全速力のまま突っ込んだ。異形種は避けようともせず、その剣を右の前足で払った。ほんの一瞬触れただけで、フェイに凄まじい冷気が伝わる。受け流そうとして吹き飛ばされたフェイの分身は、手元の剣に目を向け舌打ちする。刀身は半ばまで凍りついており、若干歪んでいた。


 一体どうしたものか。フェイは必死で頭を捻るも名案は全くと言っていいほど出てこない。その間も異形種は待ってくれることはなく、重い足取りでフェイとの距離を詰める。

 一旦引くか。フェイは能力の解除をしようとしたその時、体が凍りつき始めていることに気づいた。


 いつの間に?


 その問いに答えてくれる者はいない。既に足は地面へと縫い付けられ、身動きは取れない。氷が迫り上がる。異形種は感情の読めない瞳でフェイの分身を見つめた後、前足を振り上げ横に払った。氷像となりかけていたフェイの分身が砕け散る。


「がァァアアッ!」


 フェイは胴体を抑えながら絶叫する。フェイの分身が破壊されたことを悟り、ユールとリスタは武器を構える。メイリアは微かに震えながら異形種がいる方向を眺める。


「まだやれるか?」

「当たり、まえだ……」


 横目でフェイを見ながら訊ねた慧に、フェイがそう答える。剣を杖代わりに立ち上がると、じっとある一点を見つめる。


「相手の能力は?」

「氷、もしくは温度への干渉だと思う。気づいた時には足が凍っていた、接近時は動き続けることを提案する」

「私との相性は悪そうね。援護に徹するわ、頼んだわよ」


 氷と聞いて、慧に一つの懸念が生まれる。もしも、接触した時点で凍りつくほどの冷気を纏っているとすれば、接近して攻撃すること自体が困難になってしまう。


「斬った時に凍る心配は?」

「ある。だが、わずかな時間だと問題はない」

「わかった」


 慧は、フェイに頷くと異形種へと向かう。再度二人となったフェイも後に続いた。リスタは異形種を射程距離に収まると、周囲を警戒しつつ間髪入れずに撃ち続ける。


 残ったメイリアは、あの異形種の速度についていくことは出来ない。邪魔になる可能性の方が高いと判断し、この状況でできることを探し続ける。


 目測にして距離20mほど。慧が異形種の姿をはっきりと確認し、さらに速度を上げた時、立ち止まっていた異形種が前足を振り上げたかと思うと、地面へ叩きつけた。


「グルォウ」


 そして咆哮。何の意味があるのかと疑問を抱いた時、クロノが激しく反応する。咄嗟に体感時間を急激に引き伸ばす。


『下です!』


 慧を囲むようにして、地面から鋭利な氷の棘が凄まじい速度で伸びていく。破壊するのは更なる攻撃手段を与えかねない。慧は駆け出すと、氷の棘が体に触れる直前に空中へと回避する。


「ユールッ!」

『マスターッ!』


 安心したのは束の間で、フェイとクロノの声が慧を現実に引き戻す。この瞬間を狙われていたことを慧は一瞬で理解する。そして湧き上がる死への恐怖。


時針停止(止まれ)!」


 叫ぶ。氷槍が串刺しにする前に、時はその流れを止めた。慧は氷槍に触れないよう空中で姿勢を変え、着地する。

 感情が昂ぶる。時を止めたままで、慧は異形種へ向かって全力で走り出した。


「ぉぁあアアアッ!」


 雄叫びと共に大鎌を横薙ぎに振るう。研ぎ澄まされた一撃は胴を捉えるが、攻撃は浅くしか通らない。それでも、その白銀の毛の一部が深紅に染まる。ダメージは少なくとも、攻撃が通ることに慧は緊張感の中に安心を覚えていた。


 時が戻る。近くにメイリアの気配を感じた慧は、巻き込まれないようにその場から飛びのいた。見るのは二度目となる暗黒色の液体が異形種へ襲いかかる。


「ッ!」


 それが脅威であることは異形種も認めているのか、過剰とも取れる反応を見せ、当たらないように回避する。一箇所だけ逃げ道が用意されており、その先にはフェイがいた。フェイの周囲には同じような剣が無数に浮遊している。


「良いぞメイリア!」


 異形種はありとあらゆる角度から斬りかかる刃に、鬱陶しそうに唸ると、その一つ一つを氷塊へと変える。少しずつではあるが異形種に傷が増えていく。


「皆さんお願いです、三分時間をください!」

「倒せるか?」

「倒してみせます!」


 そう叫んだのはメイリアだった。ここぞとばかりに接近し、異形種に弾丸を放ち続けているリスタは小さく笑った。


「らしいわよ、フェイ。まだ平気よね?」

「人使いが荒いな。そう言うのは新入りの仕事じゃないか? なぁユール」


 フェイもクックと笑うと、残っている剣を異形種へ一直線に飛ばした。だがそれは突如として現れた巨大な氷壁に阻まれる。


「あんまり無茶を言わないでくれよ、なッ!」


 加速に次ぐ加速。慧は弾丸のような速度で飛び出すと、異形種の死角からその刃を振るう。それに気付いた異形種は瞬時に背中を氷で覆った。


 ガキィン、と高い音とともに大鎌が弾かれる。

 慧は舌打ちするとその場から離脱する。慧の姿を探し続ける異形種の背後に回り込み、今度は斜め下から斬りあげた。確かな感触が慧へと伝わり、苦悶の声が異形種から漏れる。


 好機とばかりに慧は持ち上げられた鎌を勢いよく振り下ろす。だがそれが悪手であったことを慧は悟る。横と斜め後ろから氷槍が飛来する。大鎌を止め、強引に横に振るう。一本は粉砕したものの、もう一本は破壊できずに慧の脇腹を抉る。

 傷は決して小さなものではなく、負傷した箇所が慧に熱を訴えていた。今度はこちらの番だとばかりに、慧を刺し貫かんと氷の槍が大量に襲いかかる。


 間一髪、ギリギリの攻防が続く。幾らかはフェイが弾き、リスタが異形種の注意をそらしてくれるために何とか致命傷はもらっていない。


「下がってください!」


 まだなのか。そんなことを慧が考えたその時。メイリアの声が響く。いつのまに作成したのか、その手には弓が握られており、暗黒色の矢が三本つがえられている。ぎりぎりと音を立てる弓から放たれた矢はてんでバラバラの方向に飛ぶが、向きを変え、どれもが異形種へと狙いを定める。


 メイリアは次々と矢を生成し、放ち続ける。

 異形種は必死にその矢を防ぎ続けるが、やがて一本の矢が浅く異形種に突き立った。グジュグジュと矢を受けた部分が侵食され始める。


 勝ちを確信したその瞬間。

 異形種はその部分を凍らせると、自らの手で削り落とした。


 一瞬の気の緩み。


 その僅かな間が仇となった。全員の足元がピキピキと音を立てる。足首まで凍りつき、動くこともままならない。フェイとリスタは苦い顔をして自らの足を砕く。メイリアはそうする勇気が出ないのか、うめき声をあげ視線を氷に向ける。


 だがそれはその場の死を回避したに過ぎず、フェイとリスタはおそらくもう戦えない。

 万事休す。慧の足も氷が徐々に氷がせり上がり、身じろぎひとつままならない。


 ――――ここまでなのか。


『諦めるつもりですか?』


 不意にクロノの澄んだ声が響く。かつて夢見た不思議な空間。そこに佇む少女はひどく不安そうで。


「そんな訳ないだろ」


 諦める? 冗談じゃない。まだ死ぬわけにはいかない。

 弱気になっていた先ほどまでの自分を慧は嘲笑うと不敵な笑みを浮かべる。不意に口から出た言葉にクロノは即座に頷いた。


 慧は口角を吊り上げる。


 時は限りなく遅く進んでおり、その冷気は未だ慧を包み込むには至っていない。

 何をすればいいのかはわかっている。ここから先はクロノから伝わるイメージの通り行動するのみ。慧は目を閉じる。閉じられた暗闇の中に再度クロノの姿が浮かんだ。


 慧はゆっくりと目を開くとその言葉を口にした。


『「能力解放。刻時壊敗(タイムブレイカー)!」』


 二秒。それが慧に与えられた時間。だが、それで十分だった。


 まるでそんなものはなかったとばかりに慧の足を覆っていた氷が消滅する。そして、全員の状態が戦闘開始前に巻き戻される。

 短すぎるその時間は限界まで引き伸ばされる。時の流れを支配している慧にとってその程度は造作もなく、もはや止まっているのと大差ない流れの中、慧はゆっくりと異形種へと歩み寄る。


 異形種は刹那、自身が切り裂かれたことに気づいた。

 知覚した瞬間に別の場所が切り裂かれる。緩むことのない攻撃は苦痛による叫び声を上げることさえ許さない。


 フェイ達が見たのは認識できない速度で動く何かと、血に染まっていく異形種の姿だった。目を疑う光景は長くは続かず、直後それをやったのが慧であることに気づく。

 異形種は既に息絶えており、慧の動きが止まると同時に、ゆっくりと崩れ落ちた。


「あとは、任せたぞ」


 そう言って異形種の隣へ倒れこんだ慧に、リスタは慌てて駆け寄る。その際に、自身で砕いたはずの足があることに驚愕し立ち止まるも、そのことを思考の隅に追いやり慧の傍らへと急ぐのだった。


次回更新は本日二十二時です。

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