表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時の掌握者  作者: 夢我霧中
二章
25/39

12

 その異形種は、生まれた時から強者であった。だが、それはあくまで動物の世界においてである。 しかし、異形種がまだ動物だった頃はそんなことは知らなかった。川縁でのんびりと喉を潤す生物を発見すると、意気揚々と襲い掛かる。

 自らが最強であると確信していた。だが、そんな考えはプライドと共に粉々に粉砕された。舐めていたわけではなかった。その上で痛烈な反撃を受け、命からがら逃げ出したのだ。痛みと屈辱で頭がどうにかなりそうだった。

 通常であるならば草を食んでいる生物などすべては捕食対象のはずだった。今までそうだったように、これからもそうであると漠然と思考していた上での完膚無きまでの敗北。

 弱肉強食、そんなことはわかりきっている。だからこそ、殺そうとすらされなかったことに怒りを覚えた。歯牙にもかけない、取るに足らない存在だと、そう言われたに等しかった。次こそは必ず殺して血肉に変えてやると、傷を癒し、食らってやるとそう誓った。


 翌る日の朝、目を疑った。自らを片手間であしらった、再戦を誓った敵がズタズタに皮膚を引き裂かれて死に瀕していた。それを行なった相手は一口齧ると、肉片をすぐさま吐き出す。何が気に食わないのかはわからない。食えないのならば用はない。そんな様子でとどめを刺すこともなく森の深くへと消えていく。

 傷のせいで満足に獲物を捕らえることができていなかった。腹が減っていた。

 自分が殺したかった相手はどう見ても致命傷で、今なら容易に食うことができる。横取りのようで気分は良くはないが、因縁の相手だ。牙を立てることに躊躇いはなかった。


 敵を食い殺す充足感。肉を噛みちぎり飢えを満たすことに喜びを感じていたのは束の間に過ぎなかった。全身が熱くなる。腹の中で何かが暴れまわっているかのように、止めどなく痛みが襲った。地面をのたうちまわる。

 ようやく痛みが治まった頃、既に辺りは薄暗くなっていた。狂ったように叫びながら耐え忍んだ時間は予想以上に長かったらしい。いつの間に食い尽くしたのか、乱雑に食い散らかされたそれはもはや原型はとどめていない。

 何にせよ、喉が渇いた。水の中を覗き込む。しかしそこに映り込んだのは今までの自分ではなかった。自分が口にした敵と同じ角のようなものが生えている。この時、自分の身に起こった変化に気づいた。

 これまでの自身とは根本的に違う存在へと変化したことに。

 それ以来、その異形種は自らと同様の存在を見つけるたびに襲い掛かる。貪欲に力を求めて。飢えと渇きを満たすために。


 その異形種は獲物を求めて森を練り歩く。今までみた生物に、現在の自分の敵になり得る者は存在しない。過去に威勢良く襲いかかって来た敵を蹂躙し、食い尽くしたからかその異形種に挑む生物は非常に少ない。それどころか、遭遇した瞬間逃亡を図るものがほとんどだ。そのため、異形種の日に日に増していく食欲が満たされる日は少なかった。

 昨夜は運が良かった。獲物が四体も転がっていたのだ。気配を探ると、普段は見かけない小型の生物を四体見つけた。おかしなもので体表が覆われており、強そうでもなく美味そうというわけでもない。そう考えた異形種は、腹も満たされており捨て置くことにした。

 だが、今になってその行動は誤りだったのではないか。と、どこからか嫌な予感とでもいうべきものが滲むように湧き上がる。


 それは明確な死の予感、敗北への恐怖。

 ここには敵と成りうる存在はいないはずなのに、本能が警笛を鳴らす。この感覚に助けられたことは多い。異形種は警戒を強める。数多の敵から奪い取った力をいつでも使えるように神経を張り詰める。そして現れたのは想像通り、昨日の四体だった。


 異形種は空へと吠える。かかってこい、と意思を込めて。

 だが次の瞬間、身体の異変に気付く。空気が淀んでいる。異形種はその巨体には似合わない機敏な身のこなしでその場から離脱すると、風を自分を中心に渦巻くように吹かせた。一度、色鮮やかな草を食べて体が痺れた時と似ている。

 小賢しい真似を。異形種は怒りを隠そうともせず牙を剥き出しにすると、敵に向かって駆け出した。


 ーーーーーーーーーーーー


 リスタ達と異形種との距離は遠く離れている。それでいて空気を揺るがすプレッシャーに、慧はどういうわけか笑っていた。その理由は自分にもわからない。


「気づかれたわね。毒を吸い込んだとはいえ、敵は未だ健在よ。このペースだと二十秒後に会敵するわ。各自戦闘準備!」


 凄まじい速度で移動を開始するフェイは、何もないところから槍を掴み取った。慧がそれに続き、メイリアは少し離れた場所で立ち止まる。


「敵は想像以上の速度だ。ユール、メイリア、プランBへ移行。俺は援護に回る!」

「わかった」

「フェイさん、ユールさん。任せました!」


 メイリアはそこから下がると、異形種を警戒しながら作戦を遂行すべく集中し始める。


自己複製(クローンズ)


 フェイの姿が二つになる。フェイが自らと同様に同時に操作できるのは一人分が限度であり、負担軽減のためにも二人に抑えるというのが話し合いで決めたことの一つだった。


「……来たか。狂針時計(オーバークロック)


 ユールはフェイの一歩前へ出ると、大鎌を腰の横で構えた。異形種は慧の前で止まると、値踏みするような視線を向ける。睨み合うかと思いきや、その時間は長くは続かない。先に動いたのは異形種だった。


「グォウッ!」

「任せろ」


 フェイの槍が大楯へと変化する。無事に防ぎきったフェイと入れ替わると慧は大きく振りかぶった大鎌を勢いよく振り下ろす。迫り来る大鎌に異形種はその天を衝く角を向ける。

 ギインッと高い音とともに、慧の渾身の一撃は異形種の角で受け止められた。ギギギッと不協和音が生じる。強引に押し込もうとする異形種から、自ら弾き飛ばされることで距離をとる。


「なんて力だ」


 どうやら異形種はまず慧から倒すことを決めたようで、濃密な殺意が慧へと向けられる。

 異形種が動き出そうとした時、フェイの一人が槍を投擲する。が、それは鋭利な棘のような毛に阻まれ、傷を負わせることはできない。しかし、注意を引くには十分だっとようで、ぎょろりと瞳が動いた。

 その瞬間、銃声が唸りを上げる。銃が吐き出した弾丸は八発。そのどれもが慧の横を掠めるようにして、異形種の顔めがけて飛ぶ。だが、それらがぶつかる直前に石のような壁が現れる。弾丸は壁を削りはしたが貫通には至らない。


 いきなりの出来事に慧は思わず足を止める。鈍い音を響かせると、石の壁に亀裂が入る。後ろに下がろうとした瞬間、砕けて礫となった石の壁が慧めがけて飛ぶ。

 速度、大きさ、硬さ。どれを取っても十分な威力を備えており、咄嗟に慧は時間を止める。回転をしながら飛来するそれは、人間に当たろうものなら容易に衣服を深紅に染めるだろう。


 この際だ、一撃浴びせてから下がろうか。そんなことを考えた慧にクロノが反発する。


『離脱が優先です、生き残ることを第一に考えてください』


 慧は素直に頷くと、横に一歩逸れる。石が凄まじい速度で飛んでいく。木に直撃した幾つかは、体積の何割かをめり込ませた。先ほどの判断は正しかったと、慧は背筋に冷たいものを感じる。


 間髪入れずに飛びかかってくる異形種を、大きく横に跳ぶことでその凶器から逃れる。あまりの巨体に慧は受け流そうとは思えない。

 慧は横目でフェイを見る。フェイが頷いたことを確認すると、二人はじりじりと後退する。


 躱し、躱し、躱す。


 基本的には慧が攻撃を処理し、二人のフェイの連撃とリスタによる射撃で徐々に削り取る。目立った傷こそないが、着実に異形種は消耗していた。

 いつまで経っても数の一人も減らないことに業を煮やしたのか、異形種の攻撃が激しく、荒々しくなる。好機とばかりにフェイが重い一撃を叩き込み、リスタが弾丸を打ち込む。

 異形種は慧に食らいつくように飛びかかる。完全に頭に血が上っている。慧は御し易いとほくそ笑むと、予定の場所の近くまで来ていることを確認する。慧とフェイがオオカミの異形種と戦った場所。未だ濃い血の匂いが漂っているその場所に来たことを確認すると慧は嗤う。


「ユールさん!」


 メイリアが叫ぶ。


「あぁ!」

万物溶解(アルカエスト)


 叫ぶメイリアに返事をすると、慧はその場から大きく飛び退いた。黒い液体が異形種へと降り注ぐ。その液体を再び壁が防ぐ。だが、それこそが慧達の狙いだった。地面に敷かれた鉄板が侵食される。唐突に崩れる地面に異形種は足を取られる。


「死になさい」


 リスタの放った弾丸が異形種に着弾し、燃え上がる。そして瞬く間もなく大きな爆発が木々を巻き込みながら異形種を包み込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ