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パチパチと音を立てながら、焚き火がぼうっと周囲を照らす。その上にはフェイが複製した大きな鍋が吊られており、グツグツと煮立っている。
誰も言葉を発することはなく、じっと鍋を見つめる。食欲をそそる匂いが鼻を突く。
と、その時。きゅう、という音が聞こえた。慧は音の出所の方へと目を向けると、紫の瞳が慧を見つめていた。最早全員が仮面を取っているため、リスタの表情が良く分かる。
「私がどうかしたのかしら、ユール?」
「いや、そろそろいいんじゃないかと思って」
口角が吊り上がり、一見笑顔に見えるのだが目が全く笑っていない。それでいて射殺すような視線を向けてくるものだから、慧は理不尽だ、と心の中で嘆く。
「それでどうして私を見る必要があるのかしら? 言いたいことがあるのなら、聞くけど」
「……随分かわいい音が聞こえたなと思っただけだよ」
「そう。今回だけは許してあげるわ」
慧は、自らには非はないような気がしたものの、一先ずは難を逃れたようだ。一応矛を納めてはくれたようだが、また難癖をつけられてはたまらないと慧は無心で鍋を見つめる。
ずっと鍋を見つめていたフェイが、箸で具の柔らかさを確かめた後、スープを口に含む。
「まずまずだな。男料理で悪いが、そこまで味は悪くないと思う。おかわりは自由だ」
フェイは人数分の器を用意すると、それに同じ量を装う。器と箸が行き渡ると、慧たちは手を合わせる。若干緑っぽいスープのため、正直なところ美味しそうには見えないというのが慧の感想だった。だが、慧は直後、それが間違いだったことを知る。思わず感嘆の声が漏れた。
「う、美味い。あの限られた食材でこんな味が出せるのか」
「フェイさんって料理できたんですね。こんな美味しいならお店出せるんじゃないですか?」
浅緑の瞳が器とフェイの顔を行ったり来たりする。メイリアは即座に器を空にすると、玉杓子へと手を伸ばす。幸せそうに頬袋をいっぱいにするメイリアは、男顔負けの量を胃袋に納めていく。
「そこまでではない。見た目もあまり良くないしな」
「見た目は確かに悪いけれど、フェイの料理は美味しいわよ。本当に多芸で助かるわ」
リスタは空になった器を地面に置くと鍋の中身を見る。鍋にはまだ僅かに残ってはいるものの、それほど多いわけでもない。全員が箸を置いたことを確認すると、フェイは全員の顔をゆっくり見回した。
「それだけが取り柄だ。さて、時間にも限りがある。そろそろ作戦会議に移ろうと思うんだが、構わないか?」
全員が真剣な顔で頷くと、食器が鍋を残して全て消える。
「それで、俺はその巨大な異形種とやらは見ていないからなんとも言えないが、どうするつもりだ?」
その問いかけにゆっくりと挙手をしたのはメイリアだった。空色の髪が風で揺れる。
「このまま救援を待つのはダメでしょうか?」
「それも悪くはないんだけど、もしここが外界から完全に隔離されたり、時間そのものが狂ってしまってたりすると帰れなくなるかもしれないと考えているのだけど」
リスタは眉間に皺を寄せながら、慧とフェイを見る。能力でできることには限りがある。リスタが言ったことが現実に起こるとするならば、慧たちに打つ手は残されていないに等しい。
それが想像できたためか、慧とフェイも難しい顔で思案する。
『私もそれには同感です。あれを倒さないことにはどうにもならないと思いますよ』
「俺も倒した方がいいと思う。できるだけ早くに」
「ユールはどうしてそう思う?」
慧には、帰れなくなる可能性もさることながら、クロノが言っていたことが、共食いを行うことで能力を得るということが頭に引っかかっていた。
「異形種は、共食いをすることで能力を得ることができるらしい。もし更に時間を与えると手がつけられなくなるんじゃないか?」
「そうね。確かに報告されたデータには複数の能力を使用するということも書いてあったわ。それらの練度は低いようだけれどね」
「そんなのどうやって倒せば……」
「メイリア、嫌なら戦わなくてもいい。俺たちが敗北し、救援が来なかった場合はおそらく死ぬがな」
「そんな……」
弱気な発言をしたメイリアに突き放すような言葉をフェイが浴びせる。メイリアはどうすればいいのかわからずに視線を右往左往させる。
何か言葉をかけてやりたい気もするが、これから行われることは勝算の低い命のやり取りだ。慧はメイリアから視線を外し、フェイとリスタに話しかける。
「大雑把な作戦だと、リスタが攻撃要員で、俺が攻撃兼サポート、フェイがサポートに徹するって感じになるのか?」
「そうね、それが無難でしょうね。それとフェイ、自身の複製はあと幾ついける?」
「明日の朝だと五体が限度だろう。破壊された後も戦闘を続行するならな」
五体。おそらく万全の状態だともっと使用できるのだろう。つまり、それはあのオオカミに手酷くやられたということで、一晩眠っても戻らないほどの負担を強いるものだということだ。
「フェイ、あれはそんなに負担がかかるのか?」
「感覚を共有しているものは、破壊された時に同様の痛みを伴う。そして人型の複製は最低でも触覚がないと使えない」
「じゃあ、あの時は……?」
「人型が破壊されるということは死ぬレベルの攻撃、痛みを受けたということよ」
リスタの補足に慧は絶句した。あの雷撃を使用するオオカミに破壊された人型の複製の数は五体。つまりフェイはあの時五度死ぬだけの痛みを受けたことになる。その後も能力を行使し続けたのだからその精神力は計り知れない。 慧が言葉を失っている中、リスタは俯いているメイリアの方を向いて口を開く。
「それで、メイリアはどうするの。ここに残る?」
「私は、逃げたくない……です。私も、戦わせてください」
か細い、それでいて力強い感情が込められた返答に、リスタは微笑む。リスタとフェイは、メイリアの戦闘を見ているが慧はそうではない。
「メイリアはどんなことができる?」
「主に物質を作り出す能力です。フェイさんのようなものは無理ですが、毒ガスや超酸も作ろうと思えば作れます」
「どちらかといえばサポート向きだな。どうしたい?」
じっとメイリアを見ていたフェイは、その使い方を想像しながらメイリアに訊ねる。
「サポートは、実は苦手で……出来れば攻撃に参加させて頂きたいのですが」
「私は良いと思うわ。ユール達を巻き込んだりするものは禁止よ?」
「わかってます!」
大きな明るい声が響く。幸い周囲に異形種はいなかったようで、すぐに静寂が戻る。
「よし、では具体的な作戦を立てるとしようか」
どのようにすれば全員無事に日本に帰れるのか。慧たちがそんなことを話し合っている間も時は着実に進んでいく。
分厚い灰色の雲の切れ間から月が姿を現した。




