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リスタは急にしゃがみこんだかと思うと、植物を引き抜き腕に抱える。既にこの光景は幾度となく行われておりリスタの腕には大量の植物が抱え込まれていた。
慧にはどの植物が食べられるのか判別不能であるため、慧はリスタが採集したものを小脇に抱えているだけだ。メイリア達と別れてからはそれなりの時間が経過しており、若干あたりは暗くなってきている。
「それで、動物は見つかった?」
「いや、異形種なら割と頻繁に見つけるんだけど、動物は今のところいないな」
「……まぁこの森にはそのあたりは期待していないし仕方ないわね」
不意に声をかけられた慧は小さく首を振る。リスタも時折自身で確認しているためにため息をつくしかなかった。そして左脇に抱えられた植物を慧へと押し付ける。それらをまとめて腕の中へ抱え込むと、まじまじと眺める。
「なぁ、本当にこの植物は食えるのか?」
一種類、やけに色鮮やかで変な匂いがするものが混じっている。慧は、いくら大丈夫だと言われても、これを躊躇なく食べることはできない気がした。
「多分ね。まぁこういうことはフェイが詳しいから起きたら確認してもらいましょう。ところであれは何かしら?」
若干自信無さげにその植物から目を逸らすと、その逸らした先を指差した。ツノはまっすぐと伸びており、歪な形状をしている訳でもなく、考えられないほど枝分かれしたりもしていない。体表も、カラフルな模様などはなく、いたって普通の鹿にしか見えなかった。
「鹿、に見えるな。」
「奇遇ね、私もよ。あれは確かガゼルという鹿だったはず」
仮面の奥で、リスタの紫水晶のような瞳が煌めく。植物を地面に下ろし、右肩の銃をゆっくりと構えると、草を食んでいる鹿へと照準を合わせる。
「外すなよ、リスタ。貴重な肉だ」
「まず外れないはずだけど、フォローは頼んだわ」
慧が無言で頷くと、リスタはトリガーに指をかける。そしてダンッという短い銃声の後、鹿は鈍い音を立てて倒れこんだ。リスタは銃を下ろすとゆっくりと鹿へと近づいていき、慧もそれに続いた。どんな弾を使用したのか慧は知らないが、銃弾は頭を貫通し、着弾した周辺を破砕している。ピクピクと痙攣を繰り返す鹿の下には血だまりが広がっていった。人以外の死体は今回の任務でかなり見慣れてしまったとはいえ、積極的に見たいものではない。 慧は顔を上げる。
「そういえばリスタはどういう能力なんだ?」
「天意改変。簡単に言うと確率を操作する能力ね。ただ、可能を不可能に変えたりはできないわね」
「それって攻撃がほぼ必中ってことか」
だからこそ鹿へ射撃する際に、外れないはずだと言ったのかと慧は納得する。そういえばあの異形種が捕食した四体も綺麗に急所を一撃で仕留められていた。
「そうね。相手がよほど理不尽な存在じゃなければ必中と呼べるかもしれない。例えばボス相手だとほぼ当たらないわ」
「前に俺の能力をありえないとか言ってたけど、リスタも大概だな」
「まぁ一番はボスでしょうけどね」
違いない、と慧は笑う。あの威厳のかけらもないボスだが、強さでいえば本当に同じ人間なのか疑わしいほどだ。仮面の奥でリスタも笑っているような気がした。
「で、鹿はどっちが持って帰るんだ?」
頭の大半が損傷している鹿だが、まだ子供であったようでそれほど重いというわけでもない。能力者になることで基礎的な身体能力が向上すると言われている通り、慧もリスタもこの鹿を運ぶくらいは大した問題ではない。
着替えることができないこの状況で、慧とリスタが考えていることは服を汚したくないということだった。すでに多少の血と泥は被っているものの、鹿を運ぶとなると血まみれになることは避けられない。
慧とリスタの視線がぶつかり合う。
「ユール、私はこれでもか弱い女の子なのだけれど」
「生憎だが俺は男女平等主義者なんだ。それにお前が怪力なのは知ってる」
慧がアンノウンに加入することになった日。慧がリスタの手を振りほどこうとして、ピクリとも動かなかったことを思い出す。
「最低ね。これはもうあなたで決定よ」
「いや、ここは平等にじゃんけん……」
じとっとした目で見つめられた慧は、運に頼るしかないとそう言ったのだが、最後まで口にすることはなく自らの言動が失策であったことを悟る。それを肯定するかのごとくリスタの目が細くなる。
「へぇ、じゃんけん。私、どうしてかじゃんけんって負けないのよね」
ここまできて取り消すことはできない。慧は意を決して拳を突き出すと、なぜかグーを出したくなる。リスタが能力を使用していることは間違いがない。ならばきっとリスタが出すのはパーに違いない。
「「最初はグー……じゃんけん、ポン!」」
慧が勢いよく出したチョキは、リスタのグーにあっさりと敗北していた。
「チートだ……」
自分の右手を眺めながら慧は呆然と呟く。その様子にリスタは口元に手を当てて笑う。
「ふふっ、頼んだわよ」
「わかったよ。日も暮れかけていることだし早く戻ろう」
慧は鹿を肩に担ぐと、空いている方の手に植物を抱えた。リスタは念の為すぐ銃を使用できるようにグリップを握っている。空は濁った雲が流れるように過ぎ去っていく。慧とリスタはメイリアたちのところへ急ぐのだった。
「戻ったか」
フェイは鹿を担いだ慧と植物を腕いっぱいに抱えたリスタを視界に捉えると、背中を木に預けたまま声をかけた。 それに気づいた慧は鹿と植物をゆっくりと下ろし、フェイへと歩み寄る。
「フェイ、体は大丈夫か?」
「あぁ、なんとか動けるくらいにはなった」
その言葉には力があり、少なくとも無理をしているというわけでもなさそうで、慧は一安心する。 メイリアは不安だったのか、リスタのところへ駆け寄る。その様子に、仮面に遮られて見えないがリスタは苦笑する。
「メイリア。私たちがいない間に何かあった?」
「特にはありませんでした。異形種が二度襲って来ましたが強くはなかったのでなんとかなりました」
「どうにかなったのなら良かったわ」
頷きながらそういうと、リスタは慧へ視線を送る。慧は地面に下ろした鹿と植物を再び抱えると、フェイとリスタの方を見る。
「とりあえず移動しよう。ここだと水がないから料理もできない」
「水辺を見つけているからそこへ向かいましょう。夕食と作戦会議よ」
慧はフェイが問題なく歩けていることを確認すると、先導しながら歩いていく。 三十分と経たないうちに水の涼しげな音が聞こえてきた。




