06
「狂針時計」
ザンッという音と共に、ラクダのような生物の首が落ちる。
慧は大鎌を振るい刃に付いた血液を飛ばすと、縮小させ、ポケットに突っ込んだ。
『多いですね』
『あぁ、これで四体目か。だけど……』
首と体が分かたれた亡骸を見つめながら、慧は呟くように返事をした。
既に四体の異形種を返り討ちにしている慧だが、それらの異形種は能力を使用することがなく、一瞬で始末することができたために、まだ負担は大きくない。
『はい。しかしまだ周囲にはかなり数の気配が残っています。早々に他の方々と合流しないと不味いことになりそうです』
そうなのだ。さすがに目に見えるところにはいないが、少し耳を澄ませば荒い息遣いが聞こえ、こちらの様子を窺っていることが容易にわかる。
慧自身、自らの限界は理解しているつもりだ。時間にして三時間。それが慧が自らに下した評価であり、問題なく行動できると判断した時間である。
『クロノ、能力でリスタ達を探せるか?』
『無理ですね』
『だよな』
刻時壊敗は、あくまでも周囲の時の流れに干渉する能力だ。
期待はしていなかったが、はっきりとそう言われると諦めが付く。地道に探すしかないと慧は腹を括ると、異形種の気配が少ない方へと進んでいく。
光のほとんど入り込まない深い森。樹齢が百年を優に越えているのではないかと思わせるような太い木々がそこら中に乱立しており、お世辞にも視界が良いとは言えない。
辺りから感じる複数の視線に慧の緊張感が高まる。
間違いなく尾けられている。
遮蔽物が多いこの場所で戦うのは得策ではない。いくら多少早く行動できるとはいえ限度がある。物量で押し切られた場合、慧は対処しきれない。
先ほどまでとは打って変わって静まり返った森を歩きながら、開けた場所を探す。
『敵の数はおそらく八匹。姿は少ししか確認できませんでしたが、犬に似通った生物です』
『……多いな。まだ時間を稼げると思うか?』
『隙を見せず、向こうを刺激しなければ今しばらくはどうにかなると思います』
クロノの情報に慧の心拍数が跳ね上がる。犬と同様の特徴を持ち群れを作る生物。慧の頭に真っ先に浮かんだのはオオカミだった。日本では遥か昔、それこそ世界革命よりもずっと前に絶滅した生物。
そもそも人間は身体能力が動物に遥かに劣る。
能力を行使することで対等とも言える戦力を持つに至ったが、この八匹の敵全てが能力を使用するとなると笑えない。
遮蔽物がないことに越したことはないが、なかったとしても苦戦は必至である。平静を装いながら目的の場所を探し続ける慧に希望が映った。
まるで何か大きな生き物が暴れたかのように、木々がなぎ倒された場所が見つかったのだ。倒れている木には爪や牙の痕はないが、半ばから割れるように折れている。朽ちている形跡もなく、明らかに自然に起こったものでないことが見て取れる。
嫌な予感が頭から離れないが、現状どうすることもできずに慧は気取られないようゆっくりとその場所へと近づく。
「グルルルル」
そこへ足を踏み入れた瞬間、今まで静観していた敵側に動きがあった。クロノの言うような姿をした生き物が慧の後方から唸り声を上げる。
慧は、本やインターネットでしか見たことはなく、それらとも姿形が多少違うが、現れた生物がオオカミの異形種だと確信する。
後方から現れたのは二匹。ならば残りは?
慧の疑問に答えるように、左右からも姿を現す。尖った牙や、その瞳からは好戦的な姿が見て取れるようで、慧は嫌な汗が流れた。
『……もしや初めからここに誘導するつもりだったのかもしれませんね』
『やるしかない、か』
『全力で迎え撃ちましょう。と言いたいところですが、温存できるのならば温存しますよ』
ここにきて無茶を言うクロノ。軽口を叩きたいところだが、慧から余裕はとうになくなっていた。
即座に大鎌を展開すると、体の前で構える。
初めに姿を現した一際大きな体躯を持つ一匹が遠吠えを上げる。それを合図に慧の両側の個体が、慧へと突進する。
時が目に見えて遅くなる。みたところ能力を使用しているようには見えないオオカミだが、慧の本能が警笛を鳴らす。カウンターを叩き込むか迷うも、慧は直感に従い、後方へ飛び退く。
「ッ!?」
左腕に異常な熱を感じた慧がちらりと目を向けると、服に切り込みが入り血で赤く染まり始めていた。
間違いなく爪も牙も回避した。あるとすれば能力だが、見えない攻撃に慧は戸惑う。先ほどの攻撃を警戒して迂闊に近寄ることができない慧を追い詰めるように、二匹のオオカミは大胆に距離を詰める。他のオオカミは慧が逃げ出すのを防ぐためか、慧の周りをぐるりと囲んでいる。
「見えない攻撃、まさか」
慧の思考を肯定するかのように鋭い風切り音がし、パラパラと髪の毛が地面へ落ちる。幸い掠めただけだが、慧に背筋に冷たいものが走る。
敵の能力、少なくとも今襲ってきている二匹のどちらかは風を操作する能力だと予想する。
だが、それがわかったところで、明確な対処ができるわけではない。慧は覚悟を決めた。
『確かにそれしか方法はなさそうですね』
「『時針停止』」
時が止まる。慧が時を止めていられる時間は万全の状態であっても五分間に満たない。
「だけど今はそれで十分だ」
二匹の首が落ちる。噴水のように溢れ出す血液が地面を赤く染める。オオカミは唐突な仲間の死に、低く唸る。群れのボスと思しきオオカミが一段と低く唸ると、周りもそれに習い、唸りだす。
残るオオカミは六匹。
慧を取り囲む六匹全てが、慧を中心にぐるぐると回り始める。
先の二匹の死により、作戦を変えたらしい。慧がそんなことを考えていると、一匹のオオカミが慧へと駆け出す。それを受け流し、払い飛ばすと、後方から襲いかかってきたオオカミの頭を蹴り上げる。
キャンッと甲高く叫ぶと、再び円に加わりグルルと唸る。
拙い。このままでは先に力尽きることは間違いない。不穏な思考が脳裏を掠めた時にはすでに爪が目の前へ迫っていた。咄嗟に時を遅くした慧は、どうすることもできず、思い切り鎌を振り抜く。確かな手応えと、死という言葉が頭に浮かんだのは同時だった。
慧の重心は前へと移っており、後方に対処することはできない。
慧が再度時を止めようとした瞬間、後ろのオオカミが飛来した剣に刺し貫かれ、地に転がった。剣が飛んできた方向へ視線を向けると、スーツで身を固めた男がゆっくりと歩いている。
その周囲には幾つもの剣が浮遊しており、仮面からは鋭い眼光が覗いていた。
「待たせたな」




